ログイン車椅子を操りながら、私はウィルスが開いてくれた誕生日パーティーの会場に入った。さっきまで賑やかだったホールは、私の登場と共に一瞬の静寂に包まれた。 ここに集まった人々は、それぞれ違う思惑を抱えて来ており、私の誕生日を祝うためではない。 「これがウィルス社長の、車椅子の婚約者ジョウイっていう人か?」 「そうそう。でもウィルス社長の本命はアンナさんだって。さっき隅っこでキスしてたのを見たよ」 彼女たちはワイングラスで口元を隠しながら、遠慮なく噂話をしていた。私が今もまだ歩けず、耳も聞こえないと思っているようだ。 でも、彼女たちは知らない。実は先週、私は聴力を取り戻していたことを。今、この場で交わされる嘲笑や侮辱のすべてが、私の耳にはっきりと届いていた。 そして、私の婚約者であるウィルスも、すぐそばにいるのに、誰一人として止めようとしなかった。 彼はもう忘れてしまったのだろうか。私がこんな姿になったのは、彼を守るためだったということをーー。交通事故の瞬間、私は咄嗟に彼を突き飛ばし、自分が車にひかれてしまったのだ。 あのとき、瀕死の私を救い出したウィルスは、涙ながらに「一生君を守る」と誓った。 でも、たった三年で、その誓いはすっかり消えてしまった。 スマホに通知が届く。 【ジョウイ様、1:1で再現された遺体モデルが完成しました。ご返信いただき次第、仮死サービスを即時開始いたします。五日後、ウィルス様との挙式会場へお届けいたします】 私は迷わず確認のボタンを押した。 ウィルスーー。ご結婚、おめでとう。
もっと見るウィルスは七日間の昏睡から目を覚ました。私の葬儀はすでに終わっていて、彼を待っていたのは冷たい墓碑だけだった。結婚式の生配信によって、ウィルスの浮気は世界中に知れ渡り、プライスグループの評判は地に落ちた。株価は瞬く間に大暴落し、取締役会は一致してウィルスの社長職を一時停止することを決定した。秘書から報告を受けたウィルスは、無表情のまま頷き、すべてを理解したことを示した。そしてまた、私の墓碑の前に座り、私が一番好きだった歌を口ずさんだ。夕暮れになるまでそこを離れず、ようやく家に戻ったウィルスは、かつて私が読書とお茶を楽しんでいたお気に入りの場所に座り、ただぼんやりと時を過ごした。私たちのウェディングフォトは半分に破かれていたが、ウィルスはそれを部屋に飾り続け、空白になった私の部分を自分で描き足していた。まるで、そうすればずっと一緒にいられると信じているかのように。彼は私のベッドサイドの引き出しから、一冊の古びた日記を見つけた。それはウィルスに連れ帰られた日から、毎日彼への想いを綴ったものだった。【今日はウィルスがケーキを買ってくれた。今まで食べた中で一番おいしかった】【今日はウィルスが私が選んだ青いネクタイを締めてくれた。誓って言える、彼以上に青いネクタイが似合う人はいない】愛は、日々の何気ない出来事の中に宿っていた。そして、私があの事故に遭った日を境に、日記は途切れていた。きっとその瞬間、ウィルスは初めて、自分がどれほど残酷なことをしてきたかに気づいたのだろう。ウィルスの友人たちは、沈み込んだ彼を見かねて、アンナに会いに行くよう勧めた。アンナなら彼を立ち直らせられるかもしれない、と。アンナを訪ねたウィルスに、アンナは微笑んだ。でもその笑顔には、どこか無理があった。ウィルスは会社に与えた損害を補填するため、ほぼすべての資産を売却していた。手元に残ったのは、今住んでいる家だけだった。アンナは三度も高級ブランドバッグをねだったが、ウィルスはそれに応じなかった。するとアンナは、もはや以前のような優しいウサギではなくなった。ウィルスの差し出した手を荒々しく振り払うと、怒鳴った。「何も買ってくれないくせに、よくも好きだなんて言えるわね」そう吐き捨ててアンナは家を出ていき、三日間戻らなかった。ウィルスはまた、私との日
執事たちが式場の整理を始め、見物しようとする人々を遮った。ボディーガードの隊長がウィルスに近寄り、立ち上がらせようとした。だが、ウィルスはその手を振り払って、クリスタル棺に倒れ込んだ。彼は棺の蓋を押し開け、震える手で私の頬に触れた。だけど、指先に伝わってきたのは、ただ冷たい感触だけだった。ウィルスは自分のジャケットを脱ぎ、私の身体にそっとかけた。そして私の頬を必死に両手でさすりながら、ポロポロと涙を零した。「ジョウイ……なんでこんなに冷たいんだ。ほら、服を着せてあげるから、もう寒くないよ。だから、目を覚ましてくれよ……家に帰ろう、ジョウイ。これは、俺たちの結婚式だぞ。お前がいないと、俺、これからどうやって生きていけばいいんだ……こんなに、こんなに無情に……俺を一人にするのかよ?」最後の言葉は、かすかに震えていた。スタッフが私のスマホを持ってきて、感情のない声でウィルスに手渡した。「こちら、ジョウイ様の携帯です。中に、あなた宛ての遺言動画が残っています」ウィルスはチラリと見た。録画日時は、二日前の夜10時だった。その頃のウィルスは、アンナの首のリボンを引きちぎりながら、めんどくさそうに私に【しばらく家に帰らない】とだけメッセージを送っていた。震える指で、ウィルスはメモアプリの動画を再生した。そこには、リビングに座る私の姿が映っていた。私は、穏やかな声で語り始めた。「ウィルス。あなたは私にとって、王子様だった。家という牢獄から私を救い出してくれて、灰かぶりの私を、プリンセスにしてくれた。三年間、本当に夢みたいだった。あなたの愛を、一生信じられると、心から思ってた。でもーー夢は、いつか覚めるものなんだね。あなたの愛は、熱くて、でも短かった」「ねぇ、ひとつ秘密を教えてあげる。実は……私、聴力が戻ってたんだ。あなたにプロポーズされるとき、あなたの『ジョウイ、結婚してくれ』って言葉を、この耳でちゃんと聞きたくて。だから、もう一度手術を受けたの。でも、耳が治って一番最初に聞こえた声はーーあなたとアンナの、隣の部屋から漏れてくる喘ぎ声だった」「それからも、何度も何度もアンナから送られてきた、あなたたちセックスするときの録音。安心して、字幕なんかなくても、ちゃんと聞き取れたよ」「本当は、飛び出して行って、あなたに問い詰めたかった。あ
続いてスクリーンが点灯し、映し出されたのは、キッチンのアイランドで絡み合う二つの身体。それから、リビングのソファ、そして床一面の窓の前ーー。この映像はそのままライブ配信にも流れ、視聴者数は一気に十数万から数十万へと膨れ上がった。ウィルスが真っ先に反応した。彼は司会者に向かって怒鳴りつけた。「止めろ!今すぐスクリーンを消せ」司会者は新婦の友人と名乗る人物から渡されたUSBを、何の疑いもなく再生しただけで、中身を知らなかった。顔が真っ青になって、慌ててパソコンを操作して動画を止めようとしたが、どうしても止められなかった。ウィルスもすぐに駆け寄り、パソコンの電源を引き抜いた。だが、スクリーンの映像は止まらない。電源は別のケーブルで床下に繋がっていたのだ。映像はすでに背後アングルから正面へと切り替わっていた。そのタイミングで、音声がはっきりと流れた。「外にいるのは俺の婚約者。でも、今、俺の下にいるのはーー俺の大事なベイビーだ」誰の目にも明らかだった。スクリーンに映る二人の男女は、今日の新郎ウィルスと、彼の秘書アンナだった。【うそでしょ!?ウィルス社長って、業界でも誠実で有名だったのに】【見覚えある背景……あれってウィルス社長の自宅だよね?じゃあ、新婦のジョウイも家にいたってこと?かわいそすぎる……耳も聞こえないのに、こんな裏切り……】【見て、ウィルスの耳の後ろにリップマークがある!まさか結婚式当日まで情事してたってこと?】スクリーンの電源が地下に繋がれていると気づき、ウィルスはすべてが仕組まれたものだと悟った。彼はすぐにボディーガードを呼び寄せ、全部のケーブルを切断させた。周囲を見渡しながら、なおも必死に私の姿を探した。心のどこかで、私にすべて知られてしまったことを恐れていた。ウィルスは思った。私が「サプライズがある」と言っていた。つまり、最初から何かを知っていたのか?しかしまた思い直す。耳が聞こえず、歩くことも困難な私が、監視映像を用意し、それを持ち込んで流すなんてできるはずがない。ウィルスは再びスマホを取り出し、私に電話をかけた。微かに、聞き慣れた着信音が聞こえた。それは、式場の大扉の向こう側からだった。その着信音は特別なものだった。ウィルスがプロポーズの時に歌ってくれた、私が大好きな歌。私は懇願してもう一
結婚式の二日前、ウィルスとアンナは新居のあちこちに情熱の痕跡を残していた。高まった感情の中で、アンナはウィルスをぎゅっと抱きしめながら尋ねた。「私なら、もっとウィルスを幸せにできるよ。ウィルスの奥さんにしてくれない?」だが、さっきまで甘い目で見つめながら彼女の腰に手を回し、「別荘を買ってあげるよ」とささやいていた男は、急に動きを止め、澄んだ瞳で言った。「アンナ。ジョウイの前で騒がない限り、どれだけ甘やかしてもいい。でも、自分の立場はわきまえろ。手に入れてはいけないものもあるんだ」アンナの顔に、かすかに影が差した。三年間ウィルスに尽くしてきたのに、私の代わりにはなれなかった。それでも、彼女は男の喜ばせ方を知っていた。アンナは体勢を変え、ウィルスの引き締まった腰にまたがり、甘えるようにささやいた。すぐにウィルスの瞳に再び欲望が宿り、部屋の中には恥ずかしくなるような音が響き渡った。結婚式当日、ウィルスは朝早く目を覚ました。鏡の前でネクタイを締めるウィルスの姿はとてもかっこよくて、アンナの目に一瞬、嫉妬の色が浮かんだ。アンナはそっと後ろから抱きつき、油断しているウィルスの耳の後ろにキスを落とした。ウィルスはにっこり笑って振り返り、アンナの頬をやさしく撫でた。「いい子だな。新婚旅行から戻ったら、今度は一緒に海辺で一週間のバカンスしよう」式場へ向かう道中、ウィルスはやっとスマホを手に取った。しかし、私からの連絡はなかった。出発を促すメッセージどころか、二日前に自分が送ったメッセージにさえ、私から返信はなかった。ウィルスは少し焦ったが、もうすぐ式場に着く。すぐに私に会えるし、私が約束してくれた「サプライズ」も待っている。そう思い直して、不安を飲み込んだ。式場に到着しても、私の姿はなかった。スタッフによれば、「ファーストルック」の準備中だという。ウェディングドレスを着た私の姿を思い浮かべ、普段なら二億ドルの契約書にも動じないウィルスが、今はまるで初恋の少年みたいにそわそわしていた。十二時、式典が正式に始まった。ウィルスは新郎として、花束を持って舞台の真ん中で新婦を待った。列席しているのはビジネス界の大物や有名人ばかりで、みんな息を呑んで見守っていた。式の様子はライブ配信もされていて、ウィルスの「世紀の結