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第4話
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愛は川の流れ如き、東へ逝く 第10話
彼はまだ私を見つけ出そうとしていた。私ときちんとやり直したいと、償いたいと願っていた。だが私は二度と彼に会いたくないとはっきり言った。幸子が自殺を図ったとき、彼は胸を痛めているように見えた。だが今になって彼は分かったのだ。彼が何より苦しんでいるのは、私の去りゆくことだった。だが、すべてが既に遅すぎる。警察署長は光舟の同級生だった。彼の話を聞くと、すぐに状況を説明してくれた。実は病院は一度通報していたが、看護師がかすり傷だったため、調停で済ませようとしていた。幸子に謝罪させれば、それで終わるはずだった。ところが、何をどう間違ったのか、幸子は謝るどころか狂ったように暴れ、病院で大騒ぎを起こした。そこで一晩拘束されたのだ。光舟は眉間を揉み、わだかまる不快感を押し殺しながら同級生に礼を言った。引き取った幸子を自宅へ送ると、拘束されたせいか彼女の精神状態はさらに不安定だった。帰宅するとすぐに光舟の袖を掴んで離さない。「光舟、行かないで、そばにいて」幸子は涙を浮かべ、哀れっぽく訴えた。光舟はため息をついた。「幸子、海市に帰ろう。もう連絡はやめよう」二人とも京市の出身だが、三年前に神原家は海市へ引越し、次第に光舟とは疎遠になっていた。病気になった幸子は一人で京市へ来て、光舟に付きまとうようになった。かつては光舟も彼女を見捨てられなかったが、今はもう彼女を見たくない。見るたびに、まだ生まれていないあの子を思い出すからだ。幸子は顔色を変え、爪を光舟の腕に深く立てて言った。「あなたまで私を捨てるつもりなの？」刺されたような痛みに光舟は驚き、手を引っ込めて本能的に言った。「幸子、正気なのか！」だが次の瞬間、彼の視線は幸子の顔に釘付けになった。髪がほどかれ、蒼白な顔に鋭い目を光らせている。「やっと気づいたのね」幸子は不気味な笑みを浮かべ、続ける。「光舟、家族にも見放された私には、あなたしかいないの。だから、私を置いていけると思わないで」光舟は少し後退し、背筋に寒気を感じた。「何を言ってるんだ。お前はてっきりうつ病で療養に来ているのかと……」幸子は薄く笑い、甘ったるい声で言った。「療養に来たのは確かよ。でも私はうつ病じゃない、精神病なの。両親も私を見放した、私にはもうあなただけよ」
愛は川の流れ如き、東へ逝く 第9話
幸子が初めて発症したのは深夜だった。私は不安で、どうしても光舟を行かせたくなかった。光舟は焦り、携帯を取り出して適当にバッグを一つ選んでくれた。「涼凪、約束する。幸子には九十九回だけ付き添う。そのたびにバッグを一つ買ってあげる。九十九回になったら、そのレシートを持って来い。必ずお前と家に帰る」それ以来、このクローゼットは私にとって何よりも大切な場所になった。何度も、田村秘書はバッグを受け取った私が、どれほど嬉しそうに笑っていたかを光舟に話した。だが彼は知らなかった。私が喜んでいたのはバッグの原因ではない。あの「九十九回で心を入れ替える」という嘘が、また一歩進んだという希望のせいだったのだ。お手伝いさんは腹を立て、私が持っていかなかったバッグのレシートを指さして冷たく言った。「バッグごときで何になるんですか？奥様が本当にあのバッグを大事にしていたなら、旦那様とあの女の関係を知って、こっそり泣いたりなんかしないはずです！何度も奥様がそのバッグを見て涙を流しているのを私は見ましたよ。そんなにいい人なのに、どうしてあなたは奥様をこんなに粗末に扱うんですか！」光舟は震え、口の中に血の味が広がるようだった。彼は知らなかったのだ。何もかも知らなかった。彼がプロポーズしたとき、最初にくれたのはエルメスのバッグだった。ごく普通のデザインだったが、私はそれだけで飛び上がるほど嬉しく、数十枚も写真をSNSに投稿した。彼は私が金目当てで見栄っ張りだと思った。だから自分が私を傷つけたと思うたびに、バッグを買って私をなだめようとした。バッグだけで何になる？喜ばせられるなら買えばいい、そう思っていた。しかし……今度は秋山涼凪が彼を離れていく番だ。光舟は床にへたり込み、顔を覆って震え続けた。顔を上げると、ドレッサーの上に置かれた便箋が目に入った。彼はぱっと顔を明るくして走り寄り、その手紙を取ると、見慣れた整った筆跡が目に飛び込んだ。【光舟、これでさようなら。離婚協議書は弁護士に渡した。近日中に裁判所から訴状が届くでしょう。遅くなってごめんね。本当は出て行く日にきちんと別れを告げたかったのだが、自分を過信していた。あの日まで待てなかった。この手紙は、ただこの最悪の婚姻に別れを告げるためだけのものだ
愛は川の流れ如き、東へ逝く 第8話
光舟はよろめき、苦しみが洪水のように彼を飲み込んだ。「俺の子が……俺のせいで……」視線がお守りに落ちると、彼はあることにふと気づいた。狂ったように外へ飛び出した。――家へ戻るんだ！涼凪が！その瞬間、彼の頭の中に幸子の姿は浮かばなかった。ただ涼凪のそばへ戻るべきだけを考えている。彼は謝りたくて、贖いたくて仕方がなかった。幸子は慌てて追いかけようとしたが、主任に制された。「行かせません！」止められて顔色を変えた幸子は怒鳴った。「なぜ私を行かせないの？ここは病院よ、違法拘束でもするつもり？」主任は口元を引き、冷たく言い返した。「また勝手にないことを口にするのですか。人を傷つけて謝らず賠償もしないで立ち去るつもりですか？正直に言うわ。さっき警察を呼びました。大人しく待ってなさい」警察という言葉に幸子の目に動揺が走り、大声で「光舟！光舟！」と叫んだ。なんて似た場面だろう。十一日前、光舟は幸子のために涼凪を置き去りにした。今度は、涼凪のために幸子の叫びを無視する。だが、もうこれは涼凪には関係のないことだった。一方、光舟は家に戻った。「涼凪！涼凪！俺は間違ってた、涼凪！ごめん！お守りは取り戻した、涼凪！」しかし、どれだけ叫んでも返事はない。恐怖が一気に広がった。リビング、台所、寝室、誰もいない。ふと気づき、タンスを開けると服が半分なくなっていた。涼凪のものはすべてなく、残っていたのは一つの写真立てだけ。それは、光舟がプロポーズしたときに撮ったツーショットだった。あの夏、涼凪は彼に言った。「光舟、もしあなたがいつかプロポーズするなら、花火を忘れないでね。私たちの愛は花火のように輝かしいものにしてほしい」彼は街中に花火をあげてくれて、二人は花火の下で誓い合い、互いを大切にして年を重ねると約束した。だが、花火は所詮、一瞬の煌めきだ。短い輝きの後には何も残らない。光舟は結婚式の日も思い出した。あの日、涼凪は彼と手を重ね、涙を浮かべながら「光舟、これからよろしくね」と言った。賑やかな祝宴は昨日のことのように思えるのに、家の中には涼凪の姿はもうない。いつのまにか台所へ来て、いつも通りにきれいなままの台所を見渡した。振り向くと、光舟は不注意でクローゼットの扉にぶつかった。
愛は川の流れ如き、東へ逝く 第7話
ほかの人々も冷静さを取り戻し、嘲るような目で次々と彼女を見た。光舟はその様子に気づかず、顔を強ばらせた。「どういう意味？あんたたち看護師は人を助けるべきじゃないのか？基本的な同情心すらないのか！」主任は白目を向けた。「看護師だからってなんですか？私たちも人間で、基本の尊重を要求するべきですよ。あなたが人を襲ったのに同情されるべきだっていうのですか？余計な口はいいから、さっさと謝りなさい。ここはあなたたちが騒ぐ場所じゃないです」周囲からも声が上がる。「そうだ、早く謝れ」「謝らないなら警察を呼ぶぞ」「ったく、本当にいろんな人がいるもんだ」幸子はそんな非難に耐え切れず、怒りのまま主任の前に突っ走った。「あんたたち！」「待て、君の服に付いているのは何だ？」光舟が突然口を開き、視線を幸子の服に付いたお守りに釘付けにした。幸子はたちまちすこし後退し、服に付いたお守りを隠そうとした。水で濡れていたため、お守りは容易に彼女の患者着に貼り付けた。「な、なにも……」光舟は険しい顔で鋭く言った。「君に預かったお守りはどこだ？出せ」幸子は不安そうに視線を落とし、彼と目を合わせられなかった。「光舟、ただのお守りでしょ、私……」「最後に一度だけ言う、早く出せ」光舟の目には、今にも荒れ狂う嵐が潜んでいた。幸子はついにうろたえ、立ち上がって後ずさった。お守りは床に落ちた。赤地に金の文字、それは光舟が寺で参拝して授かってきたものとまったく同じだった。光舟は駆け寄ってお守りを拾い上げ、掌に深く刺さるように握りしめた。「看護師さん、さっき……涼凪が来ていたって？」莉々は眉をひそめた。「涼凪って、秋山涼凪さんですか？ええ、確かに来ていましたよ。廊下で病室から出てくるのを見かけたので、ここに来て伺ったんです」幸子は彼女を睨みつけ、わざとらしく微笑んで光舟の手を取ろうとした。「光舟……さっき寝てたんだけど、涼凪さんが来たなんて知らなかったの」光舟は言葉を発せず、ただ手にあるお守りをぼう然と見つめた。「看護師さん、教えてくれ。妻はどうして流産したんだ？」莉々は主任に目をやり、反対がないのを確認してから答えた。「秋山さんは衝撃を受けたため、子どもを守れませんでした。あんた
愛は川の流れ如き、東へ逝く 第6話
看護師に言われ、幸子は突然発狂したように床の果物ナイフを掴み、看護師向けて投げつけた。「やめろ！」光舟はようやく正気を取り戻し、その光景を見て叫んだ。しかし、もう間に合わなかった。ナイフは看護師の目尻をかすめ、長い血の跡を残した。「ぎゃあああっ！」看護師は目尻の血に触れて悲鳴を上げ、ドアを押し開けた。「助けてください！こいつが暴れてます！」近くにいた医師や看護師が駆け寄り、彼女の顔の傷を見て息を飲んだ。傷口は大きくはないが、ギリギリで目をかすめたんだ。もしもう少しずれていたら、眼球を傷つけていたかもしれない。「莉々、何があったんだ？」主任看護師が丁寧に傷を処置しながら心配そうに尋ねた。中田莉々（なかだ りり）は今年入職したばかりの若い看護師、今はまだ20代前半で結婚もしていない。顔に傷が残れば婚活にも影響が出るかもしれない。莉々はそれをよく分かっており、涙目で主任に訴えた。「主任、彼女が私に刃物を投げてきたんです！」彼女は幸子を指さし、許せない表情を浮かべた。主任の表情が険しくなる。「患者さん、説明してくれますか？ここは病院です。理由もなく人を傷つければ責任を問われますよ」幸子はようやく冷静を取り戻し、主任の言葉に不安そうに目を泳がせ、反射的に光舟の方を見て助けを求めた。その視線を受けて、光舟はいつものように彼女をかばおうと口を開いた。「幸子はわざとやったんじゃないです。彼女はうつ病を患っているので……」「故意でないからって人を傷つけていいんですか？うつ病だからって人を傷つけていいんですか？」主任看護師は彼の言葉をすぐに遮った。「いかなる理由があっても、あなたたちが人を傷つけた事実は変わりません。莉々にきちんと謝るべきです」光舟ははっとして、理性がそれが正しいことだと悟った。「すみません、こちらで賠償します」彼の対応が誠実だったため、主任の顔色は少し和らいだ。「莉々、どうする？」と主任が尋ねると、莉々は幸子をにらみつけ、歯を食いしばって言った。「賠償と謝罪を求めます」光舟は頷き、それを過剰な要求だとは思わなかった。「絶対に謝らない！」幸子は毛布をぎゅっと握りしめ、目に怒りを宿して叫んだ。「なんで私が謝らなきゃいけないの？私は何も悪くない
愛は川の流れ如き、東へ逝く 第5話
カチン！ナイフが床に落ち、甲高い音を立てた。果物の皮が散らばったが、誰も気に留めなかった。光舟は勢いよく立ち上がり、信じられないように問いただした。「お……お前、今なんて言った？」看護師は驚いて、怪訝そうに彼を見た。「あなたが秋山涼凪さんのご家族ですか？秋山涼凪さんは数日前に流産で入院されていて、お薬を受け取り忘れていらっしゃいました。つい先ほど、この病室から出ていくのを見かけたので伺いに来たんです。ご家族の方ですよね？」光舟は口を開いたが、顔色がさっと変わった。「お、俺は……彼女の夫だ」その言葉を聞いた看護師の態度は一変した。彼を上から下まで眺め、嘲るような眼差しを向ける。「あなたが秋山涼凪さんの、あの無責任な夫ですか？奥さんが流産してこんなに長く入院していたのに、一度も顔を出さないなんて、大したもんですね」光舟の瞳が揺れ、苦しげに声を絞り出す。「お……俺は知らなかった……流産したなんて……」看護師は鼻で笑った。「知らなかったって？あれだけ長く入院してたのに、夫として全く気にかけなかったとでも？秋山さんが流産した日、あなたに何十回も電話してましたよ。耳が聞こえなかったんですか？それとも頭がおかしかったんですか？」そう言いながら、VIP病室の豪華な内装を一瞥し、皮肉を込めて笑った。「見たところ、あなたとこの女性もこの病院にしばらく入院していたみたいですね。自分の妻がどこで何をしてるか、一度も気にしなかったんですか？」看護師の皮肉が続くにつれ、光舟の顔はどんどん蒼白になっていった。脳裏に浮かんだのは、あの日、病院で見かけた涼凪の真っ白な顔。そして、あの夜、家に戻ったときの不自然な態度。「気分が悪いから、気分転換に旅行に行くだけ」――気分が悪かったのは……全部、自分のせいだったのか。光舟は激しく拳を壁に叩きつけた。後悔と罪悪感で、息すらまともにできなくなる。「ここは病院です。お静かにしてください」看護師は眉をひそめ、容赦なく注意する。「何よその態度！」幸子が耐えきれず、看護師に食ってかかった。彼女はとっくに涼凪の流産を知っていた。今この瞬間、光舟が悲痛に打ちひしがれる姿を目にして、彼女自身も動揺していた。看護師は冷たく鼻を鳴らした。「何が悪
