LOGINさて、料理勝負を受ける少年のその発言を受けて、店員少女が笑って外に出た時…。
そこには、寂れた通りにもかかわらず一瞬で人だかりができていた。
「えっ、なにこれ」
熱狂している人だかりを見て少年が面喰らったようにそう言う。何やら、『審査員席』と書かれた机に偉そうに座っている四人の男もいる。
観客も審査員もいったいどこから湧いて出たというのか。そして、いつのまにこんな準備をしたというのか。温室育ちの少年には…いや普通の感性を持っている人間にもまったく理解ができない状況だ。
そんな彼を見てゆるふわ系の店主が心配そうに言う。
「あなた、さてはかなりのお坊ちゃまなのね。これがこの世界のルールなのよ」
店主が言うにはこうだった。
この世界では料理勝負が最大の娯楽で、野球、バスケ、格闘技等その他の競技をぶっちぎりで超える人気を誇っていること。
公式大会のみならず料理対決は私人同士でも可能であり、
料理勝負を持ち掛けられた場合は正当な理由なくして断ることはできず、最初に決めた敗北時の取り決めを絶対に遵守しなければいけないこと…。
「滅茶苦茶じゃないですか…」
料理勝負というものがあることぐらいは家で聞いていた少年だが、そのあまりに大げさで過激なルールにこれまた閉口する。
…しかし、もう退くわけにはいかない。少年にも家で叩きこまれた調理技術がある。またそれほどまでにこの世を支配しているルールならば、家出してしばらく一人で生きていくためにも避けて通れまい。
ここまで来たら
――――――――――
さて、外に設けられた調理場を前にして、審査員が料理のテーマを決める。
テーマは…『
「天丼ね!得意中の得意だわ!」
テーマ発表を受けた少女、その名も『フレイヤ』が勇んで準備に入る。まずは米を炊く用意、そして海老の選別…どうやら先ほど作った天丼から海老のみを主役にするようだ。
ちなみにテーマを決めるのは審査員で、材料や調理器具も審査員が用意するらしい。しかしながら材料や器具の持ち込みも認められるとか。
「ううっ、さすが『
「食べ終わった後にいきなり勝負を吹っ掛けられ代金を五倍に、機嫌によっては五十倍にされるからなかなか食べに行けないが、あの天丼は超絶品だぞ!」
「すべての客を討ち取るため『町食堂 かがやき』には訪れる客がもうほとんどいないという!それほどの腕前だ!」
と、フレイヤの手さばきを見た地域住民が口々に言う。どうやら彼らも少年と同じ目にあったらしい。
さてその少年も準備を始めるが…なんと、彼は用意された生米を、湯の沸く鍋に入れ、蓋をする。そして海老の選別とタレの作成へ…。
「うっ、なんだあの少年!お
「天丼にリゾットだと!?どう考えても合うとは思えないが…」
「うむむ、あの少年、料理というものを知らないのか?しかし腕裁きは見事だ!」
と、観客は騒いでいる。対戦相手のフレイヤも少し不思議に思っているようだ。しかしながら、それを気にせず少年は天ぷらを揚げていった。
ゆるふわ店主や審査員は少年の洗練されたその動きに感心するも、やはり鍋で煮た米が気になっている。天丼の土台の米がお粥というのは独創的ではあるが、天ぷらがお粥の水分を吸ってしまい、すぐにその味や食感を台無しにしてしまうだろう。
あれほどの腕を持つ少年がそんなことに気づかないわけがないし、天ぷら茶漬け…いわゆる『
「…よし、そろそろかな」
と少年は鍋の蓋を開ける。そのまま少年は拳を腰に構えて、大きく息を吸う。そして…。
「はああっ!!」
と、鍋に右拳の正拳突きをした。すると、カァン!という中身が入っている鍋には不似合いな、甲高い金属音が周囲に響く。
少年を除くその場にいた全員が呆気に取られていると…途端に鍋から大量の蒸気が噴き出し始めた。
鍋はしばらくもうもうと蒸気を噴いていたが…それが止まった後、少年は鍋の火を止め、丼に鍋の中のものを盛り始める。
それはお粥ではなく…まぎれもない、輝くような白飯だった。
「は!?」
「はあ!?」
「はああ!?」
「はああああ!!??」
周囲は大混乱だ。観客も審査員もゆるふわ店主も、果てには対戦相手のフレイヤも仰天している。
それはそう、当然だ。お粥を飯に戻すなんて聞いたことがない。というかできるはずがない。水分を飛ばして多少整えることはできるにしても、まさか炊いた白飯にするなんて…。
しかも、鍋に正拳突きというなにがなんだか、なぜそうなるのかさっぱりわからない方法で。
しばし呆然としていたフレイヤだが…ハッと我に返り、自分の料理の準備に戻る。どんな魔法や奇術であろうと結局は米を炊いただけ、気にすることはないと自分に言い聞かせながら。
そして少年とフレイヤ、両者は調理を進め…。
「調理タイム終了!そこまで!」
審査員の一人がそう告げた時には、両者ともすでに調理を完了していた。
――――――――
さあ、審査員実食開始。まずはフレイヤの天丼からである。
審査員A曰く:「うむっ、やはり絶品!歯応え、風味、食感!すべてにおいて非の打ち所がない!これならば五倍、五十倍の値段を取られても認めるしかない!」
審査員B曰く:「この丼の中の調和、やはり見事だ!海老天の旨味を引き出す甘辛タレに、それをしっかりと支える白米!まさに『
審査員C曰く:「かつて高級料亭に勤めていた私だが、この味は認めるしかない。あの若さでこの味…恐ろしい才能もあったものだ」
審査員D曰く:「ラーメンじゃないので0点」
最後の審査員Dの評価に少年は首をかしげるが…観客も、調理人のフレイヤも特に気にしていない。ゆるふわ店主が少年に言うには、最後の審査員Dはラーメン以外は全員平等に評価しないとのことだ。
「どういうわけだか、いっつもいるのよあの人。もう当たり前過ぎて誰も何も言わないの」
「なんで審査員にそんな人が混ざってるんですか?」
「なんでなのかしらね…誰も知らないし、全員平等に0点だからもう誰も気にしてないの。そういう妖怪みたいなものよ。なんだかこんな説明するのも新鮮ね」
――さあ、次いで少年の天丼である。
お粥から白米に戻した奇跡の料理ではあるが、さすがに審査員たちも戦々恐々としている。これ、食べられるんだよね?と言いながら。
しかし、審査員が一口食べたところ…彼らは口々にうおおっ!と声を上げた。
審査員A曰く:「な、なんだこれは!?白米が…白米が蘇っている!通常の炊き方とは明らかに違う!明確な意志と命を持っているようだ!こ、こんな…こんなことがありうるのか!?」
審査員B曰く:「ぐうっ、白米もそうだが…この海老天の見事なこと!ふんわりサクサクとしてはらりと衣がほどけ、海老の身がぷりっと弾ける…まさに天女のようだ!これぞまさに『
審査員C曰く:「うぐぐ…高級料亭に勤めていた私もこの油切り、衣のバランスと揚げ方、タレの見極めは嫉妬してしまう…あの少年、どこでこれほどの技術を…!?」
審査員D曰く:「ラーメンじゃないので0点」
勝負は決まった。審査員Dを除く満場一致で少年の勝利である。観客も、おおっ、と声を上げる。まさかこの町一番のフレイヤの料理を凌駕するとは…と。
勝負後、審査員の一人が少年に尋ねる。君の名前は?どこであれほどの修練と技術を身につけたのか?と。
「僕の名前は『
少年…『影光』は微笑みながらそう言った。
――――――――――
「むーっ…まさか私が料理対決、しかも天丼で負けるなんて…」
と悔しがっているフレイヤの頭を優しく撫でるゆるふわ店主。
そして彼女は影光に尋ねる。父を超えるとはどういうことか、家出して行く当てはあるのか…と。それに答えようとした影光だが…。
――その時そこに、一人の男が近づいてきた。
歳のほどは五十歳前後、黒の
「影光よ…」
ゆるふわ店主とフレイヤは確信する。これこそが
いったい何の用なのか、というかどこにいたのか、今まで普通に勝負を見ていたのかと息を呑む二人だが…。
「…財布、道端に落としていたぞ。気を付けよ」
「あ、どうも。探してたんだ。ありがとう父さん」
と財布を渡して
そんな一幕を見て、フレイヤが影光に尋ねる。仲が悪くて家出したんじゃないのか、と。
「そんな、『
影光は笑いながら、そう答えたのである。
――――――――――
これは、遠い未来か遥かな過去かはたまたこの現代か、地球ととてもよく似た宇宙のどこかの星のお話。もしかしたら地球かもしれない。そんなお話が、広大な宇宙の片隅にある花宮町でのんびりと幕を開けたのである。
さて、影光がこの町『花宮町』に来てから二週間が経った。かつてとは変わり、多くの客が訪れている『町食堂 かがやき』でのアルバイトは忙しくも楽しく、研鑽の日々でもあった。一応アルバイトの期間は影光が花宮町に留まる一か月間と決めていたが、延長してもいいかな…と考え始めてもいた。そんなある日…店に、ある因縁の人物が現れる。ギラギラとした下品なスーツ、禿げあがった頭、妙に整えたヒゲに似合わないサングラス…そんなファッションをした小柄な五十代ほどの男性。そう、いつもの地上げ屋のおじさんだ。「お~う、フレイヤちゃん。お母さんおるか~?」「いない。帰ったら?」その姿を見るなりフレイヤがそう発言するが、地上げ屋のおじさんは今日は客として来たと言い張る。それでも帰れと言うフレイヤに対し、影光がなだめるように言う。「まあまあ、お客さんとして来たんだから。で、ご注文は?」「おう、カレーじゃ。普通のカレー。坊主、ワレが作ったカレーを食わせてもらおうかい」まるで何かを企んでいるかのようにニヤニヤと笑うおじさんだが…。まあそのくらいなら別にいいやとカレーを作る影光と、なんか変なことを言い出したら代金を百倍、いや五百倍にしてやるからねと思うフレイヤであった。当然ながら、この時はまだほとんど誰も気づいていなかった。闇の料理組織『G.O.D.』の魔の手は静かに伸びており、それが『町食堂 かがやき』の面々を大きな陰謀の渦に巻き込んでいくことを。――――――――――目の前に運ばれた『普通のカレー』600円を一口食べる地上げ屋のおじさん。だが…彼はその一口で食べるのを止め、店員の影光を呼んだ。「ふん、お勘定や。もう食う価値もないわ。これならワシが新たに雇った専属シェフのカレーの方が圧倒的に美味いわ。坊主、才能無いのう?ワレ」「えっ…」唐突にされたダメ出しに思わず声が出る影光。しかしすかさずフレイヤが…。「はいどうも。お勘定、迷惑料込みで300万円になりまーす」「えっ」地上げ屋のおじさんに対し、何の脈絡も
調理タイム終了!まずは影光の冷やしうどん。キリリと冷えたうどんに、いりこ出汁と醤油ベースの冷たいつゆ、薄切りの酢橘と白髪ねぎ、最後の仕上げに乗せたミニトマトという清涼を感じるうどんである。影光曰く、名付けて『香徳』。讃岐うどんの『香川』と酢橘の『徳島』を合わせた、ちょっとした言葉遊びである。さて、審査員実食!審査員A曰く:「うむむっ!コシが強く、うどんの茹で方シメ方ともに不足なし!うどんの旨味を十二分に引き出している!なんと見事な見極めだ!」審査員B曰く:「むふう、このツユも見事だ!醤油といりこ出汁をベースに酢橘の爽やかさが駆け抜ける!梅肉の酸味がほのかに香り、そこにミニトマトのアクセント!これは夏にはたまらない爽快感の贈り物だ!」審査員C曰く:「かつて高級料亭で勤めていた私だが、私の店では出ないタイプの料理だ。だが、味は申し分ない!毎日食べたい料理と言えるだろう!」審査員D曰く:「ラーメンじゃないので0点」「うどんでもダメなんだ。同じ麺料理なのに。妥協しないなあ、あのラーメンおじさん」そんな審査員Dに対する影光の皮肉を流して、フレイヤの料理が出される。熱いうどんにほのかに赤いツユ、その上には堂々と座るかしわ天と、それに寄り添う温玉と大根おろし。名付けて『 C . F . H . 』!「何その名前」「え?昔漫画で見たから」そんな影光とフレイヤの会話を横目に、さあ審査員実食!審査員A曰く:「むほー!熱い!辛い!しかしこれはどうしたことだ!箸が、箸が止まらない!旨味が!辛いだけではないツユの旨味がコシの強いうどんと見事に調和している!夏でも辛さはやっぱり欲しい!」審査員B曰く:「むむむ、ただの麺とつゆの調和ではないぞ!まるで両者が宿命のライバルの如く高め合い上昇気流に乗り、より高みへ上っているのだ!そこにこのかしわ天が両者を助け、大根おろしと温玉が辛みを優しく包み、味全体をまろやかにまとめている!ま、まさにうどんの三種の神器!!」審査員C曰く:「かつて高級料亭で勤めていた私だが、このバランスは見事!一つでも味が強く、また弱ければすべてブチ壊しになる!うむむ、この若さで恐ろしいバランス感覚だ…!」審査員D曰く:「ラーメンじゃないので0点」さて、両者の料理
さて、影光が『町食堂 かがやき』に来てから一週間後…。店は、今まで閑古鳥が鳴いていたのが嘘のようにお客さんであふれ返り、大繁盛していた。近所の住民はもちろん、ちょっと離れた隣町や隣県からも来ている様子である。影光やフレイヤも今までとは打って変わって朝から夕方まで大忙しの様子だ。母のリリスはあんまりいつもと変わらない様子であるが。――ここまで急に客が押し寄せるきっかけになったのは、影光のたった一つのアイデア。『お客さんには喧嘩を売られない限り、無意味に勝負を吹っ掛けない』それだけである。それをわざわざ店の前に張り紙までして周知したところ…敬遠していた客が押し寄せたのだ。もともと味は絶品で値段もわりと安く、実年齢より十歳から十五歳は若く見えるゆるふわ系美人店主(三十五歳)が適当に接客してくれるので、そりゃ来るわ来るわの大騒ぎであった。「とほほ~こんなに忙しくなるなんて思わなかったよ」などとフレイヤもこぼすほどである。また、たまに喧嘩を吹っ掛けてくる腕自慢の修羅がいても、以下のように正当な理由を付けて断っていた。『他のお客さんの対応で忙しいから今は無理。どうしてもやるならまず食べて待ってて』客も修羅も優先度は同じ、先着順というわけである。さらに地上げ屋のおじさんも来たが『帰れ』の一言でショボーンとして帰っていった。さてそんな中、影光はというと…実は少し困っていた。店が繁盛するのは良いことだ。文句を言いながらもイキイキとしているフレイヤやその母リリスを見ると嬉しいのは事実である。だが、せっかくだからやはり料理勝負をして腕を磨きたい気持ちもある。腕自慢の修羅が勝負を断られてショボーンとして帰っていくのは、やっぱりちょっと成長の機会が失われてもったいない気がした。もっともその修羅たちも店で影光やフレイヤの料理を食べて『うう、負けた…』と諦め帰っていくので、そもそも勝負をするまでもないのかもしれないが。…そんな影光を見てフレイヤも何か思うところがあったのか、昼休憩中に影光に話しかけてきた。「勝ち負けの条件はなしで、料理勝負しようか?ほら、私もお客さんに勝負を吹っ掛けられなくてつまらないし」フレイヤが影光に気をつかっているのか、それともとにかく喧嘩をしたいバーサーカーなのかは知らないが…フレイヤなら相手に不足はない、とその申し出をありがたく承諾す
さあ、影光&フレイヤとサイラスの料理が出揃った。いよいよ、審査員の実食開始!まずは影光側から料理を出す。皿の中央には、三日月のように弧を描く半熟オムレツ。その下には、赤く艶めくチキンライスが大地のように広がっている。影光曰く…名付けて『黄金の三日月』!審査員A曰く:「ふおおっ…溶ける!フォークを入れただけで卵が溶けるぞ!黄金に輝く半熟のオムレツに色鮮やかなチキンライス…なんと鮮やかな色彩のバランスだ!」審査員B曰く:「味も申し分ない!味の強いチキンライスを卵の優しき甘さが包む!力強くも大地を踏みしめる勇者と、それを優しく見守る姫のようだ!世界を救う僕たちの旅はここから始まる、と言っているようだ!!」審査員C曰く:「かつて高級料亭で勤めていた私だが、これほどまでに調和の取れたオムライスはなかなかお目にかかれん…味、色彩、温度…全てにおいて非のつけようがない!」審査員D曰く:「ラーメンじゃないので0点」最後の評価に少しため息を吐く影光だが、審査員の反応は上々のようだ。その分、なんで審査員Dのラーメンおじさんは許されているんだろうと考え込んでしまう。(でも…誰も文句を言わないのなら、仕方ないのかもしれない。何か凄い人なのかもしれないし…)ともかく、影光は相手のサイラスの反応を見るが…。なんと、サイラスはまったく動じず静かに笑っている。まるですべて予想済み、こちらは掌の上だとでも言いたげな余裕だ。(あの人、まったく動じていない…なぜだ?自分の料理にそれほど自信があるのか?)フレイヤもまた別の意味でサイラスのことが気になっていたようで、彼の方を見る。「あれほどの人が、なんで地上げ屋の専属シェフなんてやってるんだろうね?お金で動くような人でもなさそうだし」と、やっぱりそこは疑問に思っているようである。おそらく、会場の人間みんながそれを思っているのではないだろうか。――次に、サイラスが前に出る。「では、私の番だな。ご覧いただこう。これがこのサイラスの卵料理…その名も『卵貫全席』だ」そこに出された皿は五品…それを見て観客がうおおおっ!?と声を上げる。第一の品はまるで小籠包…しかし、卵白を皮のように薄く焼き、中には卵黄の餡。第二の品は黄身の低温固め…まるで黄身漬けのようだ。第三の品
さあ、卵料理バトル、調理開始!まずはサイラスが鶏卵を一つ手に取るが…。「教えてやろう。このサイラス、料理において一切の不得手はない。中でも卵料理は、食材に敬意を持って我が腕を振るうにふさわしい。卵こそ料理の基礎基本にして最重要とも言うべき食材だからだ!」そう言うと、彼は手にした鶏卵を一つ空中に放り投げ、人差し指で軽く突く。すると卵が勝手に割れ…黄身と白身が一瞬のうちに分離し、別々のボウルに流れ落ちた。それを見た影光とフレイヤも、目を見合わせながら驚愕し大声を出してしまう。「うえええええ!?何あれ!?」「あ、あれほどの技術…というか超能力?そんな人が、なんで地上げ屋の専属シェフなんかやってるんだ?」「あと、卵放り投げるのって食材に敬意持ってるのかな…」驚く二人をよそにサイラスはさらに次々と卵を割り、ボウルに中身を注いでいく。驚いている影光とフレイヤだが…ハッと我に返り、自分たちの調理の準備を始める。調理タイム終了までに料理が完成しなければ不戦敗…その時点で敗北が決定するのだ。何はともあれまずは動かなければならない。(しかし卵料理と言っても広範だ…何を作ればいい?あのサイラスという人、生半可な相手じゃなさそうだぞ。そんな人に対抗できる卵料理と言えば…なにがある?)オムレツ、キッシュ、目玉焼きに卵焼き、スクランブルエッグ…卵料理はあまりにも多種多様だ。解釈によってはベーコンエッグトーストやマカロン、スポンジケーキ、T.K.G.も含まれるかもしれない。創作料理まで含めればその数はもはや膨大だ。サイラスが言った『卵こそ料理の基礎基本にして最重要』というのは、決して言い過ぎではないだろう。影光が思案している中…彼のアシスタントとして入っているフレイヤは卵を割っている。どのみち卵を使うのだから今から割っておいても問題はない。だが、それを見た地上げ屋のおじさんは審査員にクレームをつける。「コラァ!審査員ども!目ン玉ついとんのかワレコラァ!!二対一でこっちが不利になっとるやろがい!!」しかし審査員はすぐにその意見を却下する。アシスタントは二名まで認められるのがルールだからだ。特に料理勝負に詳しくなかった地上げ屋のおじさんは、悔しそうに地団太を踏むが…。「ええい、ならばわしがサイラスの助っ人に入ってやる!」「なっ!?…バ
さてさて、影光とフレイヤの天丼対決から一夜明け、次の日の朝。朝の支度を済ませたフレイヤが、店を開ける準備を始める。店主である母は朝早くに出かけて行った。『ちょっと雲の流れでも見てくるわね』と相変わらずよくわからないことを言いながら。(まあ、どうせお客さんは来ないんだけどね)テーブルを綺麗に拭きながら、フレイヤがそんなことを考える。この町食堂、料理の味は絶品そのものながら、来る客すべてに片っ端から料理勝負を仕掛けたせいか、いつしか客は来なくなってしまった。噂を聞きつけ勝負を挑みに来る者もいたが、フレイヤはそのことごとくを返り討ちにし、いつしか店は『修羅が集う町食堂 かがやき』という異名まで付けられている。口コミサイトでも『料理は絶品。ただし決して気軽には行くな』『何が起きても責任は取れない』『廃墟には鬼が住む』『Eat & Die』という心霊スポットのようなレビューさえ書かれる始末である。フレイヤとしては自業自得とはいえ不本意であったが、母である店主は特に気にしていないようでその行動を咎めることはなかった。今日もどうせ客は来ないだろうな、と思い店の椅子に座っていたところ…。「おはようございます!」――と、元気に挨拶してくる少年がいた。見ると、昨日料理勝負をした影光である。「あれ?どうかした?忘れ物?」「えっ?いえ、昨日店主の方からここでしばらく働いたら?って言われたので」「えっ?」不思議に思ったフレイヤが影光から事情を聞くと…。どうやら、影光はしばらくこの花宮町にいることにしたらしい。一か月ほどビジネスホテルの部屋を借りたということだ。家出中にもかかわらず親の金で。とはいえ何もしないわけにもいかずどうしようか考えていたところ、ゆるふわ店主から『しばらくウチで働いたら?変な奴ばっかり来るからいい特訓になるわよ』と言われたとのことだ。フレイヤとしてはそんな話は一切聞いていないし、母はいま出かけているので聞きようもないが…まあ、あの母なら言いかねないな、と考える。どうにも昔からあの母は言うべきことを言うべき時に言わず、なんで今それを言うの?ということを不意に言い出すタイプの人間なのだ。それに、フレイヤとしても負けた悔しさはあるものの、店の手伝いが増えるならそれはありがたいことだ。「まあ、ママなら言いかね







