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第5話

Author: ちびネジ
佑紀子は片手で桃香を抱きかかえ、もう一方の手でグラスの液体を飲ませようとしていた。

慎一は酒気を帯びた虚ろな目でその様子を傍観しており、眉間には微かな苛立ちが漂っている。

他の同席者たちは気にも留めず、グラスを合わせては酒を呷っていた。

純佳がここまで抱えてきた緊張と焦燥は、一瞬にして爆発的な怒りへと変わった。

前へ踏み出し、佑紀子の手からグラスを力任せに払いのけると、その勢いのまま思い切り彼女の頬を張り飛ばした。

パァンという鋭い音が響く。

不意の衝撃に佑紀子はバランスを崩し、ソファへと倒れ込んだ。白い頬にくっきりと真っ赤な手形が浮かび上がり、薄暗い照明の下でひときわ痛々しく際立つ。

「あんた狂ってる!赤ちゃんに酒なんて!」

純佳は怒鳴りつけ、彼女が呆然としている隙を突いて、桃香を奪い返した。

腕に抱き留めた桃香は、熱で顔を真っ赤に火照らせ、その小さな体は恐ろしいほど火のように熱かった。あんなに激しかった泣き声も、今では弱々しくかすれてしまっている。

「違うの、喉が渇いているのかと思って、少しお水をあげようとしただけ……」

佑紀子は無実を訴えるように弁明し、すがるような目で傍らの慎一を見つめた。

「お酒なんか飲ませてないわ。あれはただの炭酸水よ。アルコールなんて入ってない」

純佳は彼女を鋭く睨みつけ、すぐに桃香の様子を確認した。泣き声にはもはや張りがなく、呼吸も弱々しい。

心臓が口から飛び出しそうだった。桃香の状態が明らかにおかしい。今すぐ病院へ連れて行かなければ。

しかし、踵を返そうとした瞬間、慎一が妻の前に立ち塞がった。

酔いが少し醒めたのか、純佳の腕をきつく掴んで離そうとしない。

純佳は彼を睨みつけ、怒りを露わにした。

「離して!桃香を病院へ連れて行くの!状態がおかしいのよ!」

だが慎一は意に介さず、冷淡に言い放った。

「どうして佑紀子をぶった!子供の世話を焼こうとしてくれただけだ。さっさと謝れ!」

彼の眼差しから一切の感情が欠落しているのを目の当たりにし、純佳は凍りつくような声で叫んだ。

「この人でなし!桃香がまだ熱を出しているのに無理やり連れ出して、その上あの女がお酒を飲ませようとするのを止めもしないなんて!」

万力のように手首を締め上げる男の腕を必死に振り払おうとしたが、力は強まる一方で、ギリギリと骨が軋むほどの痛みが走った。

「佑紀子は親切心で水を飲ませようとしただけだろう。いきなり手を上げるお前の方がどうかしている。さっさと頭を下げろ」

慎一は険しい顔で純佳を見下ろし、逃げ場を塞ぐように冷酷な言葉を畳み掛けてきた。

その揉み合いの隙を突き、佑紀子が純佳の腕の中から再び桃香を奪い取った。

「何をするの!」

純佳は恐怖のあまり声を裏返らせた。

佑紀子は哀れみを誘うように泣きじゃくる。

「慎一は私の退院祝いのために桃香を連れてきてくれただけなの。彼を責めないで。本当にお酒なんて飲ませてないわ、あれはただのお水よ」

あの女が「水」と呼んだものは、このクラブのメニューにある低アルコールの酒だ。

生後三ヶ月にも満たない赤ん坊が、あんなものに耐えられるはずがない!

「聞こえないのか、純佳。いつまで騒ぎ立てるつもりだ!」

慎一が純佳の腕を乱暴に振り払った。

予期せぬ強い力に突き飛ばされ、彼女はテーブルの角に激しく体を打ちつける。背中の傷に鋭い痛みが走った。

「私は騒いでなんか……!」

純佳は痛みを堪え、歯を食いしばりながら言い返した。

夜な夜な高級クラブに入り浸るような男が、この店に純粋な水など置いていないことを知らないはずがない。

彼は露骨に佑紀子を庇っている。どちらが正しいかなど、彼にはどうでもいい。理屈抜きで、あの女の側に立っているのだ。

今の彼に真っ向から逆らったところで、火に油を注ぐだけだ。

純佳は両手を固く握りしめ、おくるみに包まれた桃香の顔を見下ろし、血を吐くような思いで妥協した。

「わかった……謝るわ」

桃香の顔色はすでに青ざめ始めている。これ以上は持ち堪えられない。

慎一は満足げに頷き、佑紀子へと視線を向けて穏やかに尋ねた。

「お前が決めてくれ。あいつを許すかどうかを」

佑紀子は答えず、ただ丸い目を潤ませてテーブルにこぼれた酒を一瞥し、不意に悲しそうな声を上げた。

「今日はせっかく慎一が私のために開いてくれたお祝いの席なのに……お酒がこぼれて、雰囲気も台無しになっちゃったわね……」

その言葉の意図を瞬時に悟った慎一は、新しい酒を持ってこさせ、酒瓶を手に取ると一列に並んだグラスに次々と注いでいった。

その内の一つを純佳の前に押し出し、目で促す。

「アルコールアレルギーだから、飲めないわ」

純佳は冷淡に拒絶した。

佑紀子は僅かに顔色を変え、涙ぐみながら尋ねる。

「ごめんなさい、慎一……やっぱり純佳さん、私なんかがいる席でお酒なんて飲みたくないのよね。私が出しゃばったから、気分を害しちゃったんだわ……」

慎一は一瞬たじろぎ、テーブルに並んだ酒をちらりと見て、数秒の沈黙の後、言葉を継いだ。

「たかがグラス数杯だ。度数も低い、飲めるはずだ」

その言葉を聞くや否や、佑紀子の顔には再びあの純真無垢を装った笑みが浮かんだ。

「よかった。慎一がそこまで言うなら安心ね。ねえ純佳さん、まさか、このまま私のお祝いを台無しにしたりしないわよね?」

純佳は両手をきつく握りしめる。

慎一の目に映る自分は、佑紀子の機嫌を取るための道具でしかない。生きようが死のうが、彼にとっては取るに足らないことなのだ。

ましてや、たかだか数杯の酒の事など。

純佳が躊躇して動かないのを見ると、慎一は冷ややかな視線を送った。

その合図で、傍らに控えていた屈強なボディガードたちが無言で進み出た。純佳に指一本触れなかったが、佑紀子への道を分厚い人垣で完全に遮断した。

「どいて!桃香を返して!」

純佳が叫ぶと、慎一は氷のように冷たい声で言い放った。

「さっさと飲め。子供を病院に連れて行きたいんだろう?」

純佳は震える手で、度数の高い酒がなみなみと注がれたグラスを自ら掴み取った。

「アレルギーだって言ってるじゃない!あの女を喜ばせるためなら、私が死んでもいいの」

絶望の中で彼に向かって叫んだ。

だが、慎一は冷酷に見下ろすだけだ。純佳は目を閉じ、自らグラスの酒を一気に呷った。

喉を焼くような強いアルコールが気管に入り込んで激しくむせ返り、鼻の奥へと逆流して肺が千切れるように痛む。

激しく咳き込むと、佑紀子が心配して背中をさするふりをして、先ほどテーブルの角に打ち付けた傷をわざと強く叩いた。

全身を貫くような激痛に、死にも等しい苦痛を味わう。

「やめて……っ、触らないで!」

純佳は痛みに顔を歪めながら彼女を突き飛ばそうとしたが、ボディガードに阻まれ無駄に終わる。

「まだ残っているぞ」

慎一の無慈悲な声が響く。

息つく暇も与えられず、純佳は涙目で次々とグラスを空にしていった。

慎一は氷のように冷たい目でその姿を見下ろしていたが、その眉間にほんの一瞬、躊躇いのようなものがよぎった気がした。

だが、それもすぐに冷酷な表情へと塗り潰されていく。

数杯を飲み干した直後、以前味わった、意識が肉体から切り離されていくような感覚が再び襲ってきた。今回はそれに加え、胸腔が窒息で引き裂かれるような痛みまで伴っている。

不意に目の前が真っ暗になり、純佳はそのまま床に崩れ落ち、意識を失った。

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