桜花散りて春暮るる

私・桜庭遥（さくらば はるか）が失踪して三年目、久世浩也（くせ ひろや）は金融界で名を馳せる資本家となった。

祝賀会の席で、彼は片膝をつき、初恋の女性にプロポーズした。

「あの頃、会社が倒産寸前だった時、君が全財産を売り払って俺を助けてくれた。今度は君を世界一幸せな女性にしたい。結婚してくれないか？」

周囲の祝福の中、林野温（はやしの のどか）は感動の涙を流しながら指輪をはめた。

「久世社長、当時の会社危機の際、前妻が会社の資金を持ち逃げしてパトロンと駆け落ちしたという噂がありますが……

彼女はもう三年も姿を消しています。もし戻ってきたら、許す気はありますか？」

記者の鋭い質問に、浩也の表情が一変した。

彼の眼差しは骨まで凍るほど冷たかった。「あの金に目がくらんだ女は、見つけた時には、骨まで砕いて灰にしてやる」

私はシャンデリアの傍に漂いながら、彼の瞳に宿る濃密な憎悪を見つめ、無言の溜息をついた。

浩也、あなたはもう私を見つけることはできないわ。

なぜなら私は三年前、あなたの高利貸しを返済する途中で殺されてしまったから。あなたが窮地を脱した資金も、私が実家の屋敷を売って用意したものだったのに。

……

浩也がプロポーズした翌日、二人はウェディングフォトの撮影に出かけた。

「浩也、似合う？」

温は豪華なウェディングドレスを纏い、恥じらいながら浩也の前でくるりと回った。

だが彼は、コーナーに飾られたシンプルなデザインの白いドレスを見つめたまま動かない。

温は彼の視線を追った。「あれが好き？」

スタッフがすぐに口を挟んだ。「あちらは当店で最も安価なもので、お二人の身分には不釣り合いかと」

浩也が見ているドレスは、確かに地味で安物だった。

だが、私たちが結婚した時、私は最も安いウェディングドレスすら着られなかった。

あの日、役所で婚姻届を出した帰り、私はショーウィンドウに飾られたドレスに目を奪われた。

彼は笑って言った。「試着してみたら？」

私は首を振った。「会社がやっと軌道に乗り始めたばかりでしょ。お金が必要な時期なのに。

いつかお金持ちになったら、一番綺麗で高いドレスを着させてもらうから。約束よ？」

私はわざと怒ったふりをして彼の耳を引っ張った。

彼は笑って頷いた。

だがその願いは、永遠に叶わなかった。

かつての約束は、別の女の身で実現されてしまった。

呼ぶ声が聞こえて、浩也はようやく我に返った。

「会社が今まで発展してきたのは君のおかげだ。安物なんて君には相応しくない。君にはこの世で最高のものが相応しいんだ」

温は笑顔で彼の腕に身を寄せ、二人は親密な様子で撮影を始めた。

「久世社長ってあんなにイケメンで優しいのに、前妻はよく別れられたわね」

「あの女はただの拝金主義の寄生虫よ。会社の財政状況が傾いた際に彼を見捨てただけじゃなく、会社の資金まで持ち逃げしたって。本当に人でなし」

「死ねばいいのにね。でも今頃、久世社長の成功を見て後悔して、図々しく戻ってきたりして？」

周囲の何人かがそんな陰口を叩いていたが、浩也の表情がどんどん険しくなっていることに気づいていなかった。

最後には撮影も途中で中断し、拳を握りしめて怒りに満ちた顔で店を出ていった。

私は空中に漂いながら、彼の後を追って家まで戻った。

彼と温の家を見て、私の心は切ない痛みに包まれた。

彼は書斎に入ると、スイッチを押した。すると壁が開き、隠し部屋が現れた。

そこは綿密に隠された密室だ。

私が中に入ると、思わず瞼が震えた。

部屋中が私の使っていた品々で埋め尽くされている。写真、服、クッション、ぬいぐるみ……

彼は狂ったように物を投げ散らした。写真立てが床に落ちてガラスが割れる音が響いた。

力なく床に座り込み、写真を拾い上げる。

「遥、お前は本当に酷い女だ！なぜ俺にこんなことができる？

お前は金が好きだった。俺には今、金がある。それなのにお前は……なぜ戻ってこない？

俺はお前が憎い！！お前を見つけたら、絶対に地獄の苦しみを味わわせてやるからな」

手のひらがガラスの破片で切れ、血が床に広がったが、彼は気づいてもいない。

私は彼の傍にしゃがみ込み、荒れ狂う憎悪を肌で感じた。

私の胸は苦しくてたまらない。

浩也、私たちの何年の思い出は、結局他人のたった一言の嘘の方に敵わないか。

なぜ……私を信じてくれなかったの？

「浩也！怪我してる！」

温が部屋に入ってきて血を見て悲鳴を上げ、すぐに心配そうに消毒と包帯を始めた。

浩也はまるで人形のように反応せず、目は私の写真から一瞬も離れない。

浩也の視線を追って温の顔が青ざめたが、それでも苦笑を浮かべた。

「もうすぐ結婚するんだから、中の物は全部捨てよう。それか新しい家に引っ越すのもいいわ。

過去は忘れようか。これからは私がいる。自分を縛られてるものから解き放しなきゃ、新しく始められないでしょう。私は絶対にあなたを離れたりしないわ」

「離れる」という言葉を聞いて、浩也は顔を上げた。

温の優しい眼差しを見つめ、歯を食いしばって深く息を吐いた。

「わかった。君の言う通りにする。

忘れる。全部……忘れる」

温は彼の胸に潜り込み、腰をぎゅっと抱きしめた。浩也は目を閉じ、複雑な表情を。

機嫌が悪い浩也のために、温は手料理を作った。

食事をしようとした時、浩也の携帯が鳴り響いた。

画面には私を探すために雇った探偵の名前が表示されている。彼はすぐに電話に出た。

「社長、桜庭遥を見かけたかもしれません」