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第1050話

Auteur: 佐藤 月汐夜
桃はまるで雷に打たれたかのように、全身が固まった。しばらく沈黙した後、彼女は呟くように口を開いた。「どんなことを言われても、私は絶対に二人の子の親権を諦めない……絶対に、あの子たちを手放したりしない……」

「それはお前の意思でどうこうできることではない。子どもたちなら、すでに迎えを呼んで連れて行かせた。今すぐ、この男と一緒にここを出て行け。さもなくば、どうなっても知らんぞ」

「あなた……子どもたちを連れて行かせたって?どうしてそんなことができるの!?返して……あの子たちを私に返して!!」

永名がそう冷たく言い放った瞬間、桃の感情は一気に崩壊した。自分の命を懸けて産み、大切に育ててきたあの子たちを、簡単に奪われて黙っていられるわけがなかった。

桃は取り乱しながら、永名の服の襟を掴もうと身を投げ出した。しかし、その動きを読んでいたボディーガードが素早く身を差し出し、彼女を制止した。

桃は必死にもがいたが、その小さな体では鍛え上げられたボディーガードの腕力に敵うはずもなかった。すべては、無駄なあがきで終わった。

その姿を見た永名は、ますます自らの判断が正しかったと確信した。

こんな情緒不安定な女が、親としてまともに子どもを育てられるわけがない。

彼は、これ以上無駄な時間を使うつもりはなかった。雅彦が戻ってくる前にすべてを片付けねば、面倒事が増えるだけだ。

そうして、永名は一声命じて、佐俊を地下室から出すよう言った。

佐俊は体中に傷を負い、引きずるようにして支えられながら現れた。苦しげに息をつきながらも、何一つ文句を言わなかった。彼はすでに、雅彦からの報復で命を落とす覚悟すらしていた。

だが実際には、殴られて終わっただけで済んだ。ここから離れろと言われただけで、済んだ。彼にとっては、それこそ奇跡のような展開だった。

「この二人を今すぐ外へ連れ出せ。これから先、二度と菊池家の誰にも近づけてはならん。関係は、完全に――断つ」

そう宣告する永名の声は冷酷で、容赦がなかった。ボディーガードにより、桃と佐俊は強制的に引きずられて地下室から外へ運び出された。

「なんで……なんで私の子を奪うのよ!返してよ!絶対にあきらめない……あの子たちを取り戻すまで、私は絶対に引き下がらない……!」

桃の悲痛な叫びは、だんだんと遠のいていった。彼女と佐俊は一台の車に乗せら
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