로그인「……ちょうどいいや、邪魔すんなって、言ってくる」携帯を掲げ、龍之介は雨の中へと走り出した。……あの時どうして、行かないで、と言わなかったんだろう。言ったら、何かが変わったかもしれない。携帯には出ないでと言っていれば、龍之介はきっとそうしてくれた。そしたら、最果ての地へ……連れて行ってくれたのに。けれど龍之介は土砂降りの雨の中、行ってしまった。……私の見えないところへ。…………… …………………「いらっしゃいませ……あ、真理さん!」「こんにちは!どうしてるかな……と思って寄ってみたの」「おかげさまで……元気にしてますよ?」季節は移ろい、また、桜の季節になった。東京は今年、例年にないほど早く満開になったと、連日ニュースが伝えている。ここ、室井酒店からも、桜の枝が風に揺れているのが、桜の目に優しく映っていた。「あ…!真理さんいらっしゃい!」奥から美紀と昭仁が顔を出した。「こんにちは!また美味しいお酒が飲みたくなって。春の新作、出てます?」「あぁ…それならこれオススメ!東京の酒蔵がいいお酒作ったんですよ……」昭仁に連れられ、真理が行ってしまうと、美紀が少し心配そうな視線をよこしたので、わざとおどけた笑顔を作る。「……もう大丈夫だよ?」「そう?それならいいけど……ねぇ、本当にここに引っ越してくる気ないの?」「一番大変なときは過ぎたから大丈夫だって!」これから私は、1人でやっていかなくてはいけない。だからなるべく、自分を甘やかしたくなかった。「ここで暮らせば早くお金も貯まるのに!」口を尖らす美紀の唇をつまんでやろうと手を伸ばす。「確かにね……でも新しい仕事を任せてもらったから、収入爆上がりしたよ?ほんと、ありがたい」「……家でもできる仕事だしね?本当に良かったね!」お酒を選んでいた真理が戻ってきて話に加わった。昭仁が持つカゴに、3本のお酒が入っている。「このラベルも、桜ちゃんの作品でしょ?」「作品……ってほどじゃ……」「いや、立派な作品だよ。紹介した酒蔵さん、桜ちゃんデザインのラベルに変えた途端、売り上げ倍増したってどこも喜んでるんだから!」デザインの基礎を学んでみないかと提案してくれたのは昭仁だった。1日中ぼんやりしている私のところへ、美紀と一緒に毎日来てくれた日々。斎藤さんと真理さんも、日を置かずに
「龍之介さん、携帯が……」 「あぁ、あとで見るからいい」 チェックアウトを済ませ、車に乗り込む龍之介に尋ねた。 「これから、どこに?」 「羽田だ。できるだけ早く出発できる便を予約する」 「……待ってください」 ハンドルにかけた手に、桜はとっさに自分の手を重ねた。 「なんだよ、ついていくのが嫌になったとか、言わねぇだろうな?」 「そんなんじゃないです。……でも、斎藤さんにお世話してもらったアパート、そのままだし……」 「連絡して退去手続きをしてもらう」 「室井酒店でもう一度雇ってもらうことが決まってて……」 「取り消せばいい」 「美紀ちゃんが、オーナーと結婚して、そのお祝いをする約束が……」 龍之介はイラつきを隠さず、バンッとハンドルを叩く。 「落ち着いたら遊びに来てもらったらいいんじゃねぇの?……それより、2人でいることが大事だろ。なるべく、遠く離れて、見つからねぇとこで、2人で……」 やはり、龍之介は無理をしている。 本当は、さっきから何度か震えている携帯を気にしているのだろう。 まるで、メッセージを確認したら魔法が解けてしまうとでも思っているかのようだ。 「龍之介さん、正直に、教えてください。蔵之介さんに協力してもらって、私のところへ来てくれたんですか?」 フロントガラスを見つめたまま、何も言わない龍之介。 桜はその手を取り、撫でながら続けた。 「麗香さんも、最後に私と会うことをを許してくれたんですか?……それとも、囲うことを、許してくれた?」 「あいつはそんな女じゃねぇよ」 撫でられていた手を、桜の頭の上に置き、視線をこちらに向ける。 「屋敷に戻れば、もうお前には会わせないだろう。それを蔵之介が黙らせたんだ。自分が代わりに一緒にいてやるから、1度だけ行かせてやれって……」 その複雑な表情で想像できた。 志田川組との協力関係を目に見える形で表したのが、龍之介と麗香の結婚だったわけだが……それは契約結婚、というには重すぎる誓いだったのかもしれない。……2つの組織の行く末、そして存続にも関わる組と組の結びつきは、 とても計画的な離婚など実行できないと悟ったのだろう。 だから龍之介は今、最果ての地に行こうとしている。……私を連れて、誰にも見つからないように、
「あぁ、そっちのテーブルに頼む」 遠く、龍之介の声が聞こえた。……うっすら目を開けると、見慣れない和室。ここはどこだろう。私は……何をしていたんだっけ。 「フルーツは……メロンとイチゴでよろしいですか?」 「あぁ、いいだろう」 龍之介の声に混じって、年配女性の声が聞こえる。やり取りから、テーブルに料理をセッティングしてもらっているようだ。 「……あ、もうそんな時間?」 体を起こすと、毛布が滑り落ちて裸の胸元があらわになる。 そこでよみがえる記憶……性急に求め合い、つながった背後、折り重なる体。 思い出せば頬が熱くなる。 我を忘れて龍之介を求めた。龍之介も、私を求めてくれた。 裸、ということは、あの後何度も…… 毛布をたぐり寄せて胸元を隠し、額に手を当てて考え込んだ。 私は、いつ気を失ったのだろう。 「……それでは、温かいうちにお召し上がりください」 「ご苦労さん。無理言って悪かったな。……片付けは、明日にしてもらえるか?」 「もちろんでございます……!」 ごゆっくりどうぞ……と、年配の女性が下がる物音がする。何となくドキドキして動けずにいると、龍之介が襖を開けて入ってきた。 「起きたか?どうだ、イキながら失神した気分は」 「イキながら……?!」 毛布で自分の体を包み、胸元でギュッと合わせる。 「そんな、自覚はありません……けど……」 「けど?」 「途中で寝ちゃったなら、すみません……」 龍之介は下を向く桜を毛布ごと抱きしめ、こらえきれず笑い出した。 「覚えてないのか?……イクイクって、耳元で何回も言ってたのに」 ……いつの間にか、裸の背中に手が触れた。龍之介が器用に毛布の切れ目から入れたのだろう。 そしてあっという間に裸にされ、強く抱きしめられた。 「……こんなに夢中になって女を抱いたのは初めてだ。俺、何回出したんだ?」 そう言われて、ほの暗く照らされた室内を見渡した。 すると確かに、事後の残骸があちこちに散らばっている。 男の人って、そんなに何度もできるものなんだ…… 赤い顔がさらに赤くなるのを感じて、桜は龍之介の胸を押した。 「もう、終わりです。……そんなに何度も、体に悪いんじゃないですか?」 素肌に硬くなった熱いモノが当たったのを
「そういえば……何も持ってきてませんね」「そうだな。そんじゃ旅館に行く前に、買い物でも行くか」ご機嫌でプレートランチを食べ終わった龍之介と、今度は泊まるために必要なものを買いに行くことになった。到着したのは、東京では聞いたことのない商業施設。地下から5階まで、食料品から日用品、服や靴といった身につけるもの全般が販売されている。……どこか懐かしい雰囲気なのも旅情をそそられた。車を広い駐車場に停めて、店内に入ると、エスカレーター前の売り場案内を見て龍之介が言った。「まずは下着だろ。それから化粧品か?」チョン、っと頬を突かれた。「あと、パジャマとか……」「せっかくだから浴衣を着てくれよ」旅館というところには、そんなものが用意されているのか……両親と旅行などしたことがないのでわからなかった。確か美紀と旅行した時は、パジャマ代りのリラックス着を持って来いと言われ、浴衣を見た記憶がない。「龍之介さん、スーツだと疲れるから、Tシャツとか必要じゃないですか?」「あぁ、そうだな。先に桜の化粧品を……」「いえ、龍之介さんの服を、見てあげたいです」紳士服は5階、という案内を見つけ、やたらのんびりしたスピードのエスカレーターに乗る。3階くらいで階段を使おうとする龍之介をなだめ、5階に到着した。「……おいおい、壊滅的にすげぇデザインだな」「そうですかね?……イチゴのワンポイトが可愛いですけど」「俺に可愛いものが似合うわけねぇだろ」そんなことはないと思うものの、趣味ではないものを着るのは可哀想だと、できるだけ男っぽいデザインを探した。「これ、ロボットのイラストが入ってて男っぽくないですか?」「……却下」「文章が書いてあるTシャツは?喧嘩上等、天下無敵の一匹狼ここに参上……ですって」「……俺が着たら洒落にならん」「ボーダー柄は?」「……囚人ぽい」差し出すものすべてに文句をつけられ、さすがに少し凹み、唇を尖らせる。「普通に黒Tはねぇのか……どれもこれもよけいな模様をつけやがって」もう自分で選んでもらった方がよさそうだ。桜は少し離れた。「……なんだよ。どうした?」ふと、そばに桜がいないことに気づいた龍之介。「いえ、何でもないです。気に入ったのがあるといいですね」笑顔で言ったつもりだった。けれど、顔をのぞき込む龍之介の口角が少しずつ
車がどこに向かっているのか、私には見当もつかなかったけれど、なぜかそんなことはどうでもいいと思ってしまった。「ごめんなさい……」「なにが、?」「麗香さんと結婚すること、ちゃんと受け入れていたのに、手を差し伸べられて、振り払えなかったこと……」どれほど自分を偽ってきたのだろう。結婚式をこの目で見届けたら、諦められると思っていたのに。全然違う世界で生きていくと思っていたのに。「バカな女……」片手で器用にハンドルを操作しながら、もう片方の腕で桜の肩を抱く龍之介。「バカすぎて愛しくて、離せるかよ」百合の花が咲いているであろう胸に、桜は頭を寄せる。そして龍之介の腰に手を回し、自分からきつく抱きついた。「……桜、」信号で車が停車すると、憂いを含んだ瞳が近づいてくる。唇が重なって、擦れ合い、何度も愛しく……食む。「……龍之介さん、クラクションが、」「鳴らせとけ……」「ダメです、警察来ちゃう……」口内を犯していた舌が、名残惜しそうに唇を舐めて、車はやっと動き出した。「……え、ここは」車が滑り込んだのは、意外にも有名な観光地だった。季節折々の花々や樹木が、広大な敷地に美しく咲き誇る、関東最大のフラワーパークだ。「なんだよ、すぐホテルに連れ込まれるとでも思ってたのか?」「……正直に言うと、はい」憮然とした表情で立ち止まり、龍之介は桜を見下ろした。「がっつく男は嫌われるっていうからな。……それとも、」腰をかがめて耳元に唇を寄せる。「連れ込まれたかったか……?ん?」「は……はい」「……ッ?!」……コショコショと動く唇が耳たぶに当たってこそばゆい。肩をすくめて我慢して答えたら、つい本音が飛び出した。「でも、すごく綺麗なパークですね。早く見て回りたいです」顔を赤くしてチケット売り場に並ぶ桜の腰を、龍之介はスマートに抱き、入り口に連れて行く。「さっきネットで取ったから、すぐに入れるぞ」「わぁ……!」花のような笑顔を見せたのは、事前にチケットを手配していたからではなく、園内の花々が目に入ったからだと、龍之介にはすぐにわかった。「いい香りです……!これ、金木犀ですよ?!」オレンジがかった黄色い小花をつけた樹木に惹かれ、近づいてすぐに龍之介を呼ぶ。いつの間にか桜のバッグを持ち、片手に冷えたミネラルウォーターを掲げている。「
「お久しぶりです。桜さん」龍之介と麗香の結婚式が数日後に迫った日、桜は蔵之介に連れ出され、近所のカフェに出向いた。そこで待っていたのは、いつか支援を申し出てくれた松白屋の専務、斎藤だ。そして……「お久しぶりです。……いつかはごめんなさいね、追い出すような真似をして」斎藤の隣には、真理がいた。あの日の華やかなワンピースとは違い、黒のかっちりとしたスーツ、そして長い髪はきちんとまとめられている。「私の真意は聞いてないと思うから説明させてください。あの日西龍会の屋敷に行ったのは、あなたのことと、正直に言えば百合のこともあったからなんです」4人で座った広々としたテーブルの向こうは全面ガラス張りの窓で、庭に咲く色とりどりの花や緑が風に揺れていた。「桜さんの存在を斎藤さんに聞いて、とっさに、また龍之介は女性を不幸にすると思った。……だってそうでしょ?婚約者がいるのに桜さんを屋敷に呼んで手元に住まわせるなんて……」「はたから見れば、そうかも知れません。でも私は、龍之介さんに助けられたんです。傷つけられるどころか、私のために怪我までして……だから、とても感謝しています」「確かに……あなたをあっさり追い出すのを見て、本当に守りたいと思ってるってわかったわ。だからこそ、支援したいと思います。彼から離れて、1人で生きていく決意をしたあなたを……」頭を下げる桜の横で、蔵之介も頭を下げてくれた。……いつの間にか、兄のような存在になって、そばにいてくれる蔵之介。そんな彼とも、別れは近い。「俺には、たまに酒でも奢らせろよ?」こちらの考えが伝わったかのような申し出に、桜は笑ってうなずく。「はい…!酒じゃなくて、ご飯でお願いします」そこは否定しなくていいだろう。蔵之介さんにも、たくさん助けてもらったのだから。「新しい住まいは、桜さんの希望で更川市に準備しました」そこは室井酒店に近い場所だった。美紀に連絡をして、嬉しい報告を聞いて……そこを希望したのだ。「ありがとうございます。入居費用は……」「それは支援させていただくのでご心配いりません。申請すれば自治体が出してくれるお金もありますから。その辺については引っ越されてからご説明しますね」斎藤に、後は引っ越すだけだと言われ、桜はうなずいた。「あの……ひとつだけ、よろしいでしょうか」桜には決めていたこと







