LOGIN私の小さな手がぎゅっと彼の服を掴むと、叶糸の顔が少しだけ強張った。だけどすぐに優しい表情に変わり、「……ホント、お前は可愛いなぁ」と嬉しそうな声で彼は呟いた。
一瞬見せた先程の表情は一体何だったのか。
でも……すぐに何となくその理由を察してしまった。服を掴んだ事で少しだけ引っ張らさった服の奥に大小の古傷があったからだ。タバコとか、鞭か何かで傷付けられた感じだ。服で隠れる位置ばかりな所に加害者の小賢しさが垣間見れる。長袖といった類の物を選んで着れば、だけれども。
(……『教育』や『躾け』と称した、『虐待』の形跡ってやつか)
ぎゅっと胸の奥が苦しくなった。彼レベルの魔術技術保有者ならば傷跡なんか簡単に消せるだろうに、そのままにしているのはきっと、消せば加害者が気分を害するからだろう。
……段々と自分が責められている様な気がしてくる。そして、この気持ちがあながち見当違いじゃない事実が心苦しい。それは私がこの《惑星》の《管理者》であるからだ。《私》や《歴代の管理者》達が、もっとしっかりこの惑星を余す事なく管理し尽くしていれば、彼にこんな経験をもさせずに済んだのかもと、どうしたって考えてしまう。 「腹は減ってるか?……って、訊いても意味なんか分かる訳がないよな」と言われたが、首を横に振って答えてみた。「——え?」とちょっと驚かれてはしまったが、「……お前は賢いんだな」と頭を撫でてくれる。広い世界だ、探せば何処かにはマーモットの獣人だっているかもだが、私に対してその可能性を疑っている感じではなかった。「じゃあ、今日はもう遅いから寝るか」
タブレットの充電をし、パソコンの電源を落として叶糸が私を抱きかかえたまま別の部屋に足を向ける。多分寝室に向かっているのだろうけど、その道中で「あ、お前の名前を決めないとだなぁ」と言われた。 ……私にも昔は《名前》があったはずなのだが、もう思い出せない。永い時間の中であやふやになってしまった肉体と一緒に消えてしまったみたいでさっぱりだ。私がまだヒトだった時代には、今みたいにその魂にまで名前を刻む様な魔法が無かったが、もし当時からそれがあれば今も覚えていられたのだろうか。「……『アルカナ』にするか」
あっさりと名前が決まりそうな理由が気になり、周囲を見渡すと、廊下の壁にタロットカードをモチーフとした絵が飾られていてすぐに納得した。間違いなく彼は此処から取ったのだろう。
「『アルカナ』には『秘密』って意味があるんだ。まぁ他にも色々違う意味もあるんだけどな」と私に向かって言い、その後すぐに「……お前の事を飼うのは、此処のみんなには秘密にしないとだから」と、この距離でなければ聞き取れない程の小さな声で言葉を付け足した。 あぁそうか。きっと彼の立場では、生き物を飼うなんて行為は、家族達に申告しようものなら『贅沢だ』と却下されるのだろう。『下手をすると、叶糸が面倒をみたい対象を嬉々として殺しかねないな』と、彼の服の下の傷を思い出してちょっと思った。 六畳間程度の寝室に到着したみたいだが、ひどくひんやりとしている。ベッドと布団があるだけマシなのかもだけど、他の場所より隙間風が酷い。さっきの部屋とは違って物が極度に少ないから余計にそう感じるのだろうな。 「アルカナの寝る場所は後日用意してやるから、今日は一緒に寝ようか」(——ど、同衾⁉︎今さっき会ったばかりよ?私達は!)
とは言え、彼から見れば私はただの《マーモット》なので、抵抗感なんか微塵もなく私を布団の中に突っ込んだ。そして頭以外の部分の掛け布団を丁寧に整えてくれる。そんな彼の事を黙って見上げていると、叶糸は室内にあるクローゼットを開けて着替えを始めた。《獣人》であるおかげで夜目が利くからか室内は暗いままだ。さっきの部屋でパソコンを使っていた事を考えると電気を止められている訳ではないのだろうけど、『あまり使わないように』とでも言われているんだろうか。
(ケチ臭いな、剣家の面々は)
ただの推測でしかないけど、ちょっと舌打ちでもしたい気持ちになってきた。
恥ずかしげもなく叶糸が服を脱ぎ捨てていく。……うぉぅ、実に良いボディラインだ。鍛えているのか素でそうなのかはわからないが、全体的に筋肉質でとても整っている。コレが逆三角形体型ってやつなのだろうな。
長袖の、でもちょっと薄手の生地の夜着に着替えて彼も布団の中に潜り込んで来る。『同衾だ!』とまた思ったが、緊張しているのは勿論私だけだ。 「あったかい……」と叶糸は喜び、私の体に寄り添ってくる。「ふふっ」と笑う雰囲気がとても嬉しそうだ。とてもじゃないが、既に四度も死に戻った者だとは思えない程に。
その件で彼とは真剣に話さないといけない事が沢山あるのに、叶糸の高い体温と布団のせいで眠気がじわりと襲ってきた。何でも思い通りに出現させられる場所にずっと居たクセに、此処何百年間もベッドとかで《休む》という行為をしていなかったせいもあってか、この時間が堪らなく心地良い。
(もう、明日でいいか……)
このマーモットボディではヒトとの会話がそもそも不可能なんだって基本的な事を眠気に負けて完全に失念したまま、この時間に身を委ねていく。瞼を閉じて、眠りという深海の中に落ちて、落ちて……でもすごくそれが、気持ち良かった。
『剣叶糸』の人生は、生まれる前からもう『不幸』になる事が確定していた。 平民の血筋の腹に宿ってしまったからだ。 エコー写真で、『獣人』であると確認出来た時点でもう貴族に売られる事が決まり、より高値で売れる先を両親は嬉々として探したそうだ。様々な貴族を相手にゴネにゴネ、最終的には男爵の爵位を持つ『剣』家へ養子に出すと決まった。 何処の家に売ろうかと考えるばかりで、彼の名前は、その辺にたまたまあった本を開いた時に偶然目に入った言葉をそのまま子供につけたらしい。そうでもなければまともな名前すらならなかったかもしれないから、そのテキトウっぷりには逆に感謝したくなった。 そう言えば別件で、産院と結託して平民の元に産まれた『獣人』を死産と偽り、即座に貴族に引き渡していた事件があった。貴族として名付けもされたおかげで、誘拐された子供のその後の人生はとても順風満帆だったそうだ。——それを読むと、あれは貴族なりの優しさだったかの様に思える程、『平民』出身の『獣人』は肩身の狭い人生が確定している事が悲しくてならない。 他の貴族を抑えて、男爵家が叶糸の産みの親達に最高額を提示出来たのは、ひとえに当時の当主であった『剣エイガ』の才覚のおかげであった。歴代最高を収益をあげる程に会社の業績は好調で、今の剣家はあの時の資産を食い潰して成り立っていると言っても過言では無い。 『犬』の『獣人』であった義祖父・エイガは『人間』しか産まれなかった実子や孫達に一握りの期待すら持てず、私財の九割をも投げ打って叶糸を『孫』として迎え入れたらしい。その分期待は相当大きく、経営学を筆頭に、経済学、歴史に数学などありとあらゆる分野の学問を、叶糸が言葉を理解し始めたと同時に叩き込み、詰め込むように教育し続けた。だが、スポンジみたいに全てを見事に習得していく叶糸の様子(幼少期から睡眠時間は四時間程度しか与えないという鬼畜っぷりだったそうな)を見て、『安い買い物だった』と満足していたそうだ。 だがそんなの、実子達にとっては面白くもなんともない。 エイガの息子達を筆頭に、長男の子として産まれた三人の叶糸の義兄達の不満は察するに余りある。義祖母や長男の嫁である義母からの反感は特に酷かった。『獣人を産めなかった』と長年肩身の狭い思いをしてきた彼女達は事ある毎に叶糸を、『教育』だの『躾』だの言
午後になり、叶糸は『授業があるから』と残念そうな顔で大学の講義室に向かった。私はといえば、大半の者には姿が見えぬのをいい事に大学の敷地内を見学させてもらっている。(叶糸相手には通じないが、それ以外の者が相手なら完全に隠す事ももちろん出来るしな) 叶糸的にはずっと側に居て欲しかったようだが、何かある度にチラチラこちらを見て授業に身が入らないとかが物凄くありそうなので断った。(圧倒的はまでの癒し不足とはいえ、学生は学業が優先だからな。気を遣わねば) 国立の大学である此処『幻都魔術大学』は国内最高峰の大学というだけあって、施設の充実っぷりは半端ない。都内の一等地にありながらも広大な敷地を誇り、駅は構内直結だし、当然バス停も正門の目の前で、学生達を主な客層にしている洒落た商店街まで近傍にはある。周辺地域には身分別で選べる学生寮なんかも数多くあるらしく、申し分ない環境が整っている。 主体となっている魔術系の学科以外にも、叶糸の通う薬学科や錬金術、機械工学などの他に農学部まである。当然学生達の質も高くて皆勉学に対して真剣だ。受験シーズンだけじゃなく、入学後も常に相当勉強をし続けねばすぐ周囲に置いていかれる程苛烈な学生生活となるが、その分得られるものが大きいから入学を願う者は後を絶たない。就職は他校出身者よりも相当有利だが、その分『楽しい大学生活』とは無縁だ。だけど真面目に研究や勉学に取り組みたい層には天国の様な環境が約束されている。 実は、叶糸のニ歳年上の義兄である滋流もこの大学を目指していた時期があった。叶糸に作らせたテスト対策問題のおかげで好成績を取れていたせいで自分の力量を笑える程に見誤っていたからだ。だが実技試験の結果が大学の入試を受けられるレベルには達していなかったせいで、受験すら出来なかった。魔法科目の実技は本人でなければ受けられないし、似ても似つかない二人では叶糸を替え玉に仕立て上げる事も不可能だったから、もしも受験資格をどうにかして得ていようが、結局どうにもならなかっただろうな。 『人生に箔が付くから』という理由だけで憧れていた学校に、義弟の叶糸がトップの成績で合格し、入学式では新入生代表として挨拶までするとなった時のキレ方はもう異常者そのものだったとか……。叶糸に利用価値が無ければ、それこそこの時点で殺していたかもしれない程だったらしい。(
「……あーでも、このままでもいいんじゃないかな」 開き直った様に言われたが、ちょっと寂しそうな顔をされてしまっては反発する気にもなれない。 「『形を持たぬ者』であるなら余計に、な。姿形があった方がこうやってコミュニケーションも可能になる。まぁ、それでも魔力が低い者には見えないみたいだけど、それは返って好都合だよな」(だからって何も『マーモット』のままである必要はないのでは?) とは正直思うが、……私をモフッている時の叶糸の様子を思い出し、渋々ながらも「わかった、ぞよ」と返しておいた。 「まぁ、しばらくはこのままでいるとしても、『管理者』である私は食事などの必要がない。なので君は、自分の食事を削るような真似はもうするんじゃないぞ、な」 「あー。気付いてたのか……」 「気付かぬはずがないだろう?」と言いつつ、彼の膝の上で体の向きを変え、対面の状態になる。決して、振り返ったままでいると食い込む肉が邪魔過ぎた訳では、にゃいっ。「しっかり食べて、しっかり寝て、より良い人生を君に送ってもらうために私は来たの、じゃよ」「……個別の案件には不干渉なんじゃ?」 私が言った『文化や文明に関してはもうここまで成熟してしまうと下手に手出しを出来なくて』の部分を叶糸はそう受け取ったのか。 いや、まぁ、実の所『管理者』は全権を委ねられているが故に個々への人生や環境への干渉や微調整もやれる。やれるのだが——(そこまで手を出すと、過剰労働で私の心が死ぬっ!) 私が今の任に就いた時代よりも人口が増加しているのもあって、現状ですらも『寝ずの番』みたいな状態が続いていて、もう頭も心もパンク状態なのだ。だけど、自分の個体としての『名前』を記憶から失い、体の原型を保てない程なのだとは、お互いの今後のためにも黙っておく事にしよう。『そんなに大変なら、後継の件は辞退する』だなんて言われては困るしな。「『君』は、『特別』なんじゃ」 そう口した途端、まるでこのタイミングを狙ったかの様に強い風が吹いた。私の『補佐』達が『演出』を加えやがったのだろう。 「……『特別』?」と叶糸が噛み締めるような声で呟く。言われた経験のない言葉だったのか、マーモットから言われたからなのか。目が少し見開き、私が自重で転がり落ちてしまわぬようにと支えてくれている手に軽く力が入った。 「叶糸」 改
「よし。まずは、この『ハコブネ』についての話を先にしようか、のう」 「小学や中学の時点で全て習っているぞ?」 「あ、いや。地理、構造や主成分とかに関しての話ではない、のじゃ。もっと根底の、始まりについてといった所だ、じゃな」などと、己の言葉遣いへの違和感をガン無視し、遠い目をしながら私は、私も前任の『管理者』から随分昔に聞かされた話を彼に語り始めた。 ——悠久の昔。 原初の宇宙に黒い靄の様なモノが誕生した。意思があるが、ただそこに『ある』だけで、何の目的も存在理由も無く、真っ暗な宇宙の中で身近にある全てを強欲に飲み込みながら、その『モノ』は、ただただ意味も無く彷徨い続けた。『自我のあるブラックホール』みたいなモノであると言えば多少はわかりやすいかもしれない。 永い永い年月を経て、その『モノ』は『とある惑星』の存在に気が付いた。 それは、青く輝く美しい惑星—— 『地球』だ。 どの星よりも青く綺麗に輝き、暗黒の宇宙空間の中で異彩を放っているその惑星に異常な程強い興味を抱いたが、その『モノ』が近づけば全てを飲み干してしまう。欲しい欲しいと我慢が出来ず、太陽系の絶妙なバランスをいとも簡単に壊せてしまう自分ではこれ以上近づく訳にはいかない。失わぬ為にと我慢に我慢を重ね、遥か遠くからただ見詰める事に徹した。 じっと、じーっとひたすら観察し続けるうち、その想いはもう『恋焦がれる』に近い感情へと昇華した。だが、その想いは応えてもらえる様なものではない事はわかっている。強く深いこの想いは永遠に届かず、押し付ける事も、欠片であろうと認知すらしてもらえない。だからって、せめて寄り添おうと近づけば腹の中に収めてしまってもう『観る』ことすらも出来なくなる。そのせいで悶え苦しみ、苛立ちから飲み込んだ星の数はもう、数え切れぬ程になった。 気が狂いそうな日々を悶々と過ごすうちに、その『モノ』は、ふっととんでもない考えに行き着いた。 己も、『アレ』と同じになればいいのでは?——と。 “素材”と言える物は、それこそ星の数程腹の中にある。思い付くまますぐに粘土のように我が身を変化させ、その『モノ』は自分自身を『地球』に似た姿に変えていった。青い海、広大な大地、清浄な大空と無数の植物。 ——こうして、『超越者』とも呼べる程のその『モノ』は、自らを『コピーキャ
生粋の《狼》は時速約五十六キロ程で走り、二十キロもの長距離を一日で移動する事も可能な生き物だ。《人間》要素が組み込まれている《獣人》では流石に《狼》であろうとそこまでの能力を素では持ち合わせてはいないが、鍛えた者であれば同等に近くはなれる。どうやら叶糸は後者のようで、剣家の敷地を飛び出し、アスファルトの公道を、草原や森の中みたいに駆けに駆けた彼は隣街にある廃れた公園にまで私を連行した。 「……大学は、いいの、か?」 余裕を持って一限目から出席出来るであろう時間にはもう家を出たんだ。てっきりあのまま大学に向かうとばかり思っていたのだが、此処では随分と離れている。 「あぁ、今日は午後からだから大丈夫だ。あの時間に家を出たのは、アイツらに渡す物があったのと……いつもは、家に、居たくないから習慣化しているだけ、だな」 ブランコに乗り、足だけで軽く揺らす。私は膝の上に抱えられた状態で一向に離してくれる気配はない。 住宅街の一角にあるこの公園には私達以外には誰も居ない。動くとギーギーと煩いブランコ、ペンキの禿げた木製のベンチ、他には小さな砂場があるだけの狭くて管理がずさんで小さな公園よりも、少し足を伸ばして、もっと大きな遊具のある綺麗な公園に子連れの人達は集まっているのだろう。「……お前が、無事でよかった」 ふっと緊張の糸が切れたのか、急にギュギュッと抱き締められて骨が軋む。きっと彼はその生い立ちのせいで一度も小さき者や動物なんかを相手にした事が無いのだろう。加減が一切出来てはおらず、私が相手じゃなかったら骨が折れるか、下手をすると砕けていたかもしれない。 「でも、何でアイツらには見えなかったんだ?」 今度は一転して力を緩め、私のわがままボディの腰っぽい箇所を掴んで少し距離を取る。 見上げた彼の目の下のクマが昨日よりも少しマシになっていたもんだから『昨晩は普段よりかは眠れたのか』と、つい関係の無い事を考えてしまった。が、疑問には答えようと「——ハッ」と笑い、胸を張る。だけどこの体ではただ腹を突き出しただけみたいにしかならず、ちょっと後悔した。「あの程度の者達に姿が見える程、下等な魔力は持っちゃおらんからなっ!」 突き出したままの腹、そして何故にこの口調なんだ。……と、やってしまってから後悔したが、もう遅い。変に《彼》が自分の《後継者》である事
慌てて外出して行く叶糸に対して『いってらっしゃい』と心の中だけで告げ、少しの間を開けて私も玄関を目指す。「指示を受けはしたが、出て行かないと私は約束していないからな」 ふふっと悪い奴みたいに笑い、敢えて考えを口にする。たったの一晩とはいえ、封じられていたからか『喋れる』というのが地味に嬉しい。文字での伝達を諦めた矢先にこれとは、まさに僥倖だ。 薄暗い廊下を通り、悠々と玄関ドアもすり抜けて、でもちゃんと距離を置いて叶糸の後にそっとついて行く。 昨夜の推察通り彼に今までの記憶が無いのであれば、かなり危険だ。そんな状態では確実に『一度目の人生』と同じ轍を踏むだろう。だが私が同行していれば危険を回避出来る可能性が高くなるだろし、彼と話すチャンスもあるはずだ。(もう、一度たりとも彼を死なせる訳にはいかないんだから、常日頃から警戒は強めでいかないとな) ——そんなふうに一人気合いを入れていると、敷地外に出る手前くらいの場所から耳障りな声が聞こえてきた。 「きっちりやって来たんだろうなぁ、叶糸ぉ」 「手抜きしてたら許さねぇぞ」 「ほら、早く渡せって」 遠目からその姿を見て、その声を聞いて、『うわ……』と心の中だけでそっとぼやく。揃いも揃ってなんともまぁねちっこい声だ。 門の側に立つ彼らは、全員叶糸の義兄達だ。 赤子の頃に養子として剣家に来る羽目になった叶糸とは、当然少しも血は繋がっていない。なので叶糸とはちっとも似ていないが、彼ら自身は『三つ子か?』ってくらいにそっくりだ。髪色に関しては染めている関係でバラバラだけれども。 「…………」 無言のまま叶糸が背負っている鞄を前側に回し、中からレポートの束を取り出した。 「勿論、ちゃんとやりましたよ」 此処に居る者達は全員まだ学生だ。大学院生だったり、大学生だったりと。補佐達の報告によると国内最高峰の大学に通う叶糸とは違って、奴らは全員揃ってFランクの学校に行っているらしい。各種属性魔術系の国家試験を一つも合格出来ず、テストの成績も芳しくないくせに、何故かレポートの成績だけはかなりの高評価を得ているというアンバランスな者達である。——だが、この後すぐにその理由がわかった。「早く寄越せ!こっちは急いでんだからよ!」 ズカズカと距離を詰め、叶糸の手から奪う様にレポートの束を受け取ると、表紙を確