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喪失

Author: エチカ
last update publish date: 2026-06-23 19:15:48

 彼女からしてみたらオルレイン伯爵の研究が、貴族の道楽に見えるのかもしれない。

 だが、金を持っている貴族だからこそ、価値の高い研究が出来るのも確かだ。

 異国に通じる知識も、研究に必要な道具や書、そして何より有り余る時間。

 労働をしない貴族だからこそ、彼は財も時間も研究に時間を費やす事が出来るとも言える。

 ふと、夜会で彼に言われた事を思い出した。

 ラヴェル殿にはこの国を背負って立って頂かねば――。

 その彼の言葉は、公爵家の嫡男への世辞だと思っていた。

 いや、実際に王家を支え、筆頭貴族として国に貢献するローゼン家を継ぎ、国内経済を一挙に握る当主となるべく育ってきた筈だった。

 だが、今はどうだ。

 重たいドレスを着こなし、化粧し、男の面影は何処にもない。

 街頭の窓ガラスに映る自分を見て、ラヴェルは立ち止まった。

 胸元に輝くジェイドがくれた夜鏡石のネックレスが、反射して目を細める。

 そ

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  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   訪問者

     あの日以来、洞窟内での秘密は自慰から愛撫へと変わった。 あの時間が、街で感じたあの世界から疎外されている様な孤独を紛らわす事が出来る。 ジェイドがラヴェルの存在を知り、求め、認めてくれていればそれで良い。 他の誰に忘れられても、消えてなくなるような儚い存在ではないと思える。 互いに言葉で気持ちを伝えることは無くとも、彼と自分の間には“特別な感情”が確かにあると思えるからだ。 それはベルの完成度にも拍車をかけた。「リゼル、お散歩でもしましょうか」 ジェイドはこの所忙しいらしく、よく屋敷を空けている。 ラヴェルは相変わらず屋敷の中にいる事が多いが、街で顔を見せた事で、敷地内の散歩くらいは許されるようになった。「ベル様、本日は雨になりそうです」「あら、そう……じゃあ晴れている内にお庭に出ましょう」「かしこまりました」 侍女のリゼルは相変わらずだが、彼女が片時も離れずに傍にいる事も、当たり前になっていた。 屋敷のテラスから出た瞬間、玄関先から声が聞こえる。「誰かいらっしゃいませんかー?」 その声に、リゼルが「見て参ります」と傍を離れた。 遠く見える玄関先に見える男は、風体からセルジオだと思われた。 ラヴェルはセルジオ嫌いのリゼルが気になり、後を追う。「旦那様はお出掛けなさっています」「あらら、入れ違いかぁ。おや、ベル嬢、今日もお美しい」「こんにちは、セルジオ。何か御用だったの?」 そう声を掛けるとセルジオは後頭部を掻きながら「出直しますわぁ」と苦笑いした。 リゼルは「お帰りはあちらです」と外門を差す。「相変わらず冷たいねぇ。お茶の一つでも出してはくれないのかい?」 そう言われてリゼルが食い気味に「それは」と言いかけ、ラヴェルはふと気

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  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   喪失

     彼女からしてみたらオルレイン伯爵の研究が、貴族の道楽に見えるのかもしれない。 だが、金を持っている貴族だからこそ、価値の高い研究が出来るのも確かだ。 異国に通じる知識も、研究に必要な道具や書、そして何より有り余る時間。 労働をしない貴族だからこそ、彼は財も時間も研究に時間を費やす事が出来るとも言える。 ふと、夜会で彼に言われた事を思い出した。 ラヴェル殿にはこの国を背負って立って頂かねば――。 その彼の言葉は、公爵家の嫡男への世辞だと思っていた。 いや、実際に王家を支え、筆頭貴族として国に貢献するローゼン家を継ぎ、国内経済を一挙に握る当主となるべく育ってきた筈だった。 だが、今はどうだ。 重たいドレスを着こなし、化粧し、男の面影は何処にもない。 街頭の窓ガラスに映る自分を見て、ラヴェルは立ち止まった。 胸元に輝くジェイドがくれた夜鏡石のネックレスが、反射して目を細める。 その光に反して、急に心に影が射した。 そしてさっきのセルジオの言葉が耳に戻って来た。 あぁ、あの男は首輪と言ったのか、と。 まさしく、この一年、屋敷に捕らわれ飼われていた様なものだ。 こんな所で、こんな格好をした自分が情けなく、着ているドレスがずっしりと重く感じる。 何をしているのだろう、自分は――。 ラヴェルはドレスの両脇を握り締め、俯いた。「どうかされましたか? ベル様」 ハッとして顔を上げ、ラヴェルは取り繕うように口角を上げた。「何でもないわ。少し疲れたみたい」「風が出てきました。今日は海が荒れるかもしれません。馬車に戻りましょう」「えぇ、そうね……」 到着した時は眩しい程だった太陽が陰り、遠く見える海は凪いでいるように見える。 だが、このデルベールではこの時期、碧夜と呼ばれる嵐の夜

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     不意に話し掛けられたせいでよく聞き取れなかったその言葉に、ラヴェルは素直に小首を傾げた。「え?」「いえいえ、こっちの話です。ベル嬢はアズユリカに何しに?」「来た事が無かったから……連れて来て貰ったの」「良い所でしょう?」「えぇ、とても」「蜜海月のプリンは食べましたか? 旨いですよ」「蜜海月?」 そんな話をしていると、セルジオとの間にリゼルが割り込んで来る。 余りに唐突で、追いやられる様にラヴェルは一歩下がった。「セルジオ様、ベル様に何か御用でしょうか?」「おや、君は男爵の屋敷の使用人……確か、リゼル」「何か御用でしょうか?」 話をする気はない。 無表情のまま質問を繰り返すリゼルに、セルジオは参ったな、と後頭部を掻いた。「可憐なご令嬢が一人で街頭に立っていたんだ。挨拶くらい良いだろう?」「では、我々はこの辺で。ベル様、行きましょう」「あ、うん……セルジオ、ごきげんよう……」 形だけドレスの裾を抓んで、さっさと腕を掴んで歩き出すリゼルに付いて行く。 苦手だと言っていたけれど、これほどとは……。 セルジオを見るリゼルの目は、まるで虫でも見るかのような冷たさだ。「まって、リゼル。何か怒っているの?」 足早に手を引くリゼルにそう声を掛けると、やっとリゼルは足を止めた。「いえ、怒ってはいません。ですが、あの男は危険です」 リゼルはいつもの無表情でそう答えると、掴んでいた手をゆっくりと離す。「……心配してくれたのね。ありがとう」「別に、職務ですから」 そう言ったリゼルに、ラヴェルは肩を竦めた。 言っている事も、言い方も、まるで冷

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  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   貴方の秘密

    「生まれ変わる?」 起き上がれる様になり、初めて食堂で一緒に晩餐をとった夜。 ラヴェルはジェイドにそう聞き返した。「えぇ、そうです」「ど、どう言う意味だ……?」「ラヴェル・ローゼンとしての全てを捨てて、別人としての人生を歩むのですよ」「別……人……。しかしっ……」「では、他に方法が?」 そう言われてラヴェルは唇を噛む。 ローゼン家の嫡男として追われている自分が、怪しまれずに外へ出るには、それしかない

  • 没落した薔薇は、碧夜の星になる   掬い上げる手

     ジェイドは出先から帰って来てリゼルとラヴェルの会話を扉越しに聞く。 巷では公爵家の嫡男が王家の秘密を持って逃走した――と派手に吹聴されていた。 「さて、どうするか……」 ジェイドが幼い頃はまだデルメール家が貿易の拠点として栄えていた。 王家御用達の宝石商として栄華を誇るローゼン家と、輸出入を担うデルメール家は懇意にしており、二つ年下のラヴェルとは幼馴染として過ごした時間もある。 だがデルメール家は十年ほど前にとある事情で、衰退の一途を辿る事になった。 静かに、沈殿するよう

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