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62滴目:隠されたモノ

last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-07 11:00:08

 僕たちは調理場へ戻り、ウエディングケーキに使う生地などの下ごしらえを始めた。

 これまで作ってきたステーキや煮込みや活け造りなどは、メイン食材がなければ先へ進まないような料理だが、ケーキは、そうじゃない。

 エルドリスは今回のメイン食材を、小麦粉や生クリームなどケーキの土台となる食材系の魔物ではないと踏んだらしい。となると、その食材の使い道はもっぱらデコレーションだ。

 つまり、基本のケーキ自体は魔物以外の食材で作る必要がある。

 エルドリスが小麦粉と卵を計量してボウルに入れる横で、僕はエルドリスに渡された砂糖とバターのボウルを混ぜ始める。クリーム状になったら、エルドリスが用意した特製の香草入りのシロップを加えろという指令だ。

 僕は泡立て器をガシャガシャ動かしながら、逆に手持無沙汰になってしまった脳で考えを巡らせる。

「エルドリス。あなたが見ているリュネットは、幻覚みたいに実在しない存在だと思いますか? それとも、実在するけれど、あなたにしか見えない存在なんでしょうか」

 エルドリスの手が一瞬止まったが、すぐにまた作業を再開する。

「どうだろうな。決め手に欠けるが……少なくとも人間ほどの実体はなさそうだ。例えるならば、靄《もや》のような」

「靄?」

「歩いていても足音がしないし、実在するものに干渉しているようにも見えない。最初にベッドに寝ているのを見たとき、掛布団を被っていなかった。掛布団の上に横たわっていた」

「なるほど……つまり、掛布団を上から掛けられるほどの実体はなかった、と?」

「私はそう見た」

「だったら、"実在しない存在"だと考えるほうが自然ではないですか?」

「そう思ってもいい。だがさっきも言ったが、決め手に欠ける。実在しないモノかもしれないし、うっすら実在するモノかもしれない。前者であれば調理のしよう

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むらまさひょうえ
なんだろう。この屋敷自体が魔物なのか?
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