私は異世界転生案内人『カイ』。今日も私の元に来客が来る。死んだ人間に私は選択肢を示す。異世界に転生できるなら、貴方は次はどんな人生を選びますか?
今日もお客様が来た。 前島カナ34歳。 私から見ればとても幸せな人。私はビューティーハイパーアドバイザー前島カナ、34歳、独身だ。
「こだわりが強すぎるから結婚できない」、「若い頃は綺麗だった」と言われて5年は経っていた。余計なお世話だ。
皆が野球選手だの、アイドルになるだの夢があるように私は美を極めることが夢だった。
美しさに自信がないものに魔法をかけて人が綺麗になり自身を持ち笑顔になる瞬間、私の心は満たされていた。モデルの園田守は私がその美を掘り起こしたことで売れた。
私たちは公私共に離れられぬ関係になり、来月には結婚する予定だった。著書の『あなたはまだ自分の美しさを知らない』、『美しさは努力が100%』、『女の就活は見た目採用』はベストセラーだ。メディアにも引っ張りだこで私は忙しい毎日を過ごしていた。
大阪出張がなくなり、私は守を驚かそうと2人で住んでるマンションに帰宅した。
そこにいたのはリビングのソファーで半裸で絡み合う守と若い女だった。
「守、これ⋯⋯どういうこと?」
「いや、これは浮気だよ。本気じゃないよ。そのこれは男の甲斐性だから⋯⋯」 見覚えはないが、若い女は量産型アイドルだろう。 彼女は私に見つかると、面倒そうに私をすり抜け玄関に向かった。 おそらく彼女も本気ではなくて、面倒な事にはなりたくないのだろう。「浮気か⋯⋯ごめん、そういうの無理なんだ。出てってくれる?」
ここは私が購入したマンションで、守はヒモ状態だった。 守は一度は売れたものの、だらしのない性格で現場受けは最悪で干されてしまった。「はぁ? こだわり強すぎの売れ残りババアの相手してるんだから、浮気くら良いだろう!」
優しい物わかりの良い年下男を演じていた守が急に私に牙を剥いてきた。
彼が言った言葉は私が毎日裏で囁かれていた陰口だ。
好きな美容を極めたら何が悪いのか⋯⋯34歳で周りがうるさくなってきて、付き合っていた男と婚約したのが間違いだった。
本当は結婚なんて全く興味はなくて、誰かと一緒に生活するのも苦痛だ。
ただ、大好きな美容だけを突き詰める毎日が欲しいと思っていた。浮気をした上に逆ギレするような男は心の底から必要ない。
「良い訳ないでしょ。それから、あんたもいずれジジイになるから。なんの取り柄もないジジイにね⋯⋯」
そう言った瞬間に腹部に鈍い痛みを感じた。(包丁? 死んだ? でも、これから醜くなっていく自分と向き合う自信がなかったからこれで良いかも⋯⋯)
♢♢♢
真っ白な空間に真っ白なドレスを着た金髪碧眼のウェーブ髪の美しい女性が立っている。
(美しい⋯⋯そのままでもパーフェクトビューティーだわ)「前島カナさん。あなたは今死の縁を彷徨っています。元の世界で前島カナとして生きることもできますが、異世界に転生することもできます」
これは夢だろうか。目の前のパーフェクトビューティーが私に異世界転生を薦めている。
前島カナに戻ったとして、私はどうなっているのだろう。 そこそこの有名人である自覚はある。 ヒモのように飼っている過去の栄光しかない園田守に刺されたなんて良い笑い者だ。「異世界転生など本当に可能なのですか?」
「前島カナとしての人生をお売り頂けるなら可能です。あなたが詰んだと思っている人生は他の方にとっては詰んでいなかったりします」目の前の美しい女性はこの世の人間ではないのだろう。
慈愛の笑みを浮かべながら話してくるけれど、心の底の冷酷さが隠せていない。 (人生を売る? すごい事言うわね⋯⋯)「34歳、未婚。飼い犬が若い雌犬と交尾していた上に刺して来たんです。このような人生欲しい方がいるのですか?」
「あなた自分で思っているよりも、結婚に拘ってますね。男を飼い犬扱いするなら、本当の犬を飼って悠々自適に独身生活を謳歌したら良かったのです」
謎の女の言い分に返す言葉がない。
私は人と結婚生活を送る自信などない。1人が好きだし、誰かに合わすのは苦手で、私について来られる男がいるとは思えない。
ただ、皆が私を称賛する際に「でも、結婚してないよね⋯⋯」と唯一の弱点のように突いてくるのが面白くなくて結婚したかっただけだ。承認欲求の塊だと自分を自己分析できている。
私を認めない誰かがいるのが許せない。 どうして、このように生き辛い自分になってしまったのかも分からない。「まあ、そうですね。別に結婚して、すぐに離婚でも良いんです。私と一生を共にしたいという男が世の中にいることをしらしめられれば⋯⋯」
ここには私と謎の女しかいない。
だから、本音を吐露できる。 「くだらない女ね。でも、人間らしくて私は嫌いじゃないわ。本当に自分にしか興味がないのね。私の名前はカイよ、人に興味を持っているフリくらいした方が愛されるわよ」カイから貰ったアドバイスは私にとって役に立つものだ。
(「俺に興味ないでしょ⋯⋯」) 私は今まで何人もの男から、このセリフで振られて来た。「カイさん。転生先の案内をしてくれますか?」
私の言葉にカイは少し驚いた顔をした。 確かに前島カナは稼ぎも良いし、他人から見れば詰んだ人生ではないのかもしれない。それでも、私は自分の世界に未練を持てなかった。
人に興味のあるフリはした事はあるけれど、疲れるだけで見透かされて来た。 どうせなら、異世界に転生し新しい美しいものを見る人生が欲しい。「分かりました。あなたは3つの人生が選べます1つ目は老いた伯爵と結婚が決まっている貧乏男爵令嬢マレリア・ハイント。2つ目は貧しいけれど特殊能力持ちなので貴族界に入る平民レオナ、3つ目は世界を旅するユアンです。さあ、どれを選びますか?」
私は選択肢にある3人が全員貧乏人で笑えてしまった。
まあ、私は自分の稼ぐ能力を疑っていないので問題はない。それならば、1つ目の婚約者がいる女が良い。
私に足らない結婚というピースを埋めて、すぐに夫になるべく人は死別してくれる。 「1つ目のマレリア・ハイントでお願いします」私の言葉と共に辺りはカイの姿が見えなくなるくらい、眩しい光で包まれた。
目を開けたら見るもの全てがダサく見えた。 (何故、このような趣味の悪い部屋にこの私が⋯⋯)焦茶色の髪に、エメラルド色の瞳。
マレリア・ハイント男爵令嬢になったようだ。 頭の中に18歳のマレリア・ハイントの記憶が入り込んでくる。私は今、平民と変わらぬ貧乏男爵の家に生まれたモブ顔貴族令嬢だ。
親が与えた部屋に文句なく済み、来年には家計のために二回り以上年上の侯爵と結婚させられる。「このダサい部屋の調度品、邪魔なだけでいらないわ。絨毯も、カーテンも全部おかしい。このような部屋に住んでるだけで、腐るわ」
私の言葉にメイドたちが慌てている。貧乏だというのに、貴族だという薄っぺらいプライドが故にメイドを大勢雇っているのがハイント男爵邸だ。
しかし、言われた事しかできないセンスのないメイドなど必要ない。
(お金をかけるのはそこじゃないわ⋯⋯)「お嬢様、本当にこちらも捨ててしまうのですか?」
メイドが持ってきたのは、ゾウが猿を咥えている、摩訶不思議な銅像だった。 (心底いらないわ! 北海道の木彫り熊の方がずっと可愛い!)「売るわ。世の中にはね、自分には無価値なものでも他人には価値のあるものだということもあるの。それから、おかっぱメイド! あなたはダイヤの原石よ。砂ほどの魅力しか引き出せていない自分の秘められた美に気がついている?」
私は目の前の黒髪と赤い瞳をした地味メイドに訴えた。
「美ですか?」
「そうよ、あなたは誰もが振り返る美人になれる金の卵よ! ちなみに名前は何?」 「ラリナです⋯⋯」 私は目の前のメイドを誰もが振り返る美人に変身させることにした。 目の前のメイドは人に興味のない私でも唆られる素材の持ち主だ。「ラリナ⋯⋯あなたがこの世界で初めての私が魔法をかけるシンデレラよ」
目の前の女の子が頬を染め期待した目で私を見ている。 私に魔法をかけた途端、きっと彼女は全然違う目をしているだろう。精神的におかしくなりそうだ。 他人の人生に関わるほど、他責体質の人が多くて突っ込みたくなる。 割と皆適当に生きてきて、勝手に不満を持っていた。(まあ、私も人のこと言えないか⋯⋯) 500年近くこの孤独な空間で過ごして思うのは、私の人生は詰んでいなかったということだ。 自分を愛してくれる両親も、友達もいて金を稼ぐ能力もあった。 貯金などなくなっても、また稼げば良い。 稼ぐ能力を付ける為に学生時代は真面目に勉学に取り組んでいた。 それなのに、男に弄ばれただけで自分の人生は詰んだと思い詰めてしまった。 男性経験が全くなかったから、初めての男に自分の全てを捧げてしまった。相手が自分をどう思っているかよりも、初めて味わう感情に酔っていた。(今の私ならもっとうまくやれるわ⋯⋯元の私に戻りたい) 深く願った瞬間私は戻れたのだろうか。 500年異世界転生案内人をやるという自殺者に課せられた刑罰を私は全うしたのかもしれない。 季節の感覚も、時間感覚もない空間で私はずっと後悔していた。 反省期間としては十分で、もう私を解放して欲しい。 今の私ならば、誰よりも時間や人⋯⋯何よりも自分の命を大切に生きて行くだろう。 私の人生は騙されて多くの借金を負い、男性不信に陥っても恵まれていたものだった。 今度生まれ変わったら、間違わない。 私は私を大切にしてくれる人と自分の命に感謝しながら生きていく。「500年経ちましたね」 その時、頭上から私の心を天にも昇らせる声がした。 どうやら刑期である500年が過ぎたらしい。 苦しい500年だった。 我儘なだけだと突っ込みたくなるような死人が、異世界に転生して来世を謳歌しているだけでイライラした。 私は確かに自ら命を断つという罪を犯した。 しかし、自殺した時の私の精神状態は異常だった。 そのような状態で犯してしまった罪は軽減されて然るべきなのではないだろうかと何度も思った。
私は異世界転生案内人『カイ』。今日も私の元に来客が来る。死んだ人間に私は選択肢を示す。異世界に転生できるなら、貴方は次はどんな人生を選びますか? 今日もお客様が来た。 澤村菜々子34歳。 私から見ればとても幸せな人。 私はあと100年くらいすれば、刑期の500年を終えるはずだ。 今まで何人の人の進路の案内をしただろう。 何人分の人生経験を積んだだろう。 早く私は私の人生が生きたい。 ここに来る人間は、横柄で贅沢な人間ばかり。 私ならもっと大切に自分の人生を生きる。 今度、生き返ったら人のために何かをするのもいいかもしれない。 ボランティア活動をしたりしたら、来世では良い選択肢を与えられる気がする。 男は浮気するものだと今の私にはわかっている。 男になど惑わされず自分の人生を生きていきたい。 1人で生きて行くだけのスキルを身につければ問題ない。 運よく美人に生まれてきたら男などあちらから跪いてくるだろう。 もう、2度と搾取される側にはならない。 今の私ならもっと上手くやれる。 早く刑期が終わってくれますように⋯⋯。 私は生きたい! 自分の人生を⋯⋯。 ♢♢♢ 何もかもに恵まれてきた私、澤村菜々子は常に刺激に飢えていたのかもしれない。 美貌も金も生まれながらに持っていた。 静かにしていれば、黄金のレールに乗った人生を生きられた。「菜々子お嬢様は、本当に勇気がないね。ドラッグストアが1番万引きしやすいんだって」 私は小学校5年生の時に、万引きをした。 それは、みんなの仲間だということの証明だった。 ポケットの中にそっと入れたリップスティックが仲間の証。 それで私は仲間と認識された。「私らって、ずっと将来的にもつるんでいるんだろうね」「菜々子様って、金持ちだし将来大物になりそう!」 小学生にして万引きを平気で
「女神様ではありません。私は異世界転生案内人カイです。あなたが選べる道3つをお示しします。1つ目は断罪直前の悪役令嬢であるリンド公爵令嬢、2つ目は貧しいけれど特殊能力持ちなので貴族界に入る平民レオナ、3つ目は世界を旅するユアンです。さあ、どれを選びますか?」「全部、モテなそうですね。選びません。どれもキモい人間の人生です」 私は目を瞑って自分の罪について考えた。 流されてしまった瞬間が確かにあった。 唯一愛したいと思っていた捨てた息子は自分を殺した。 ならば、私の存在には何の価値もない。「モテなければ、キモいですか? あなたがモテた瞬間がありましたか? 高校教師はあなたでなくても若い肉体を持っている女なら誰でも良い人間でした。あなたが結婚相手を条件で選んでいた通り、結婚相手も頭が悪くて扱いやすいあなたを顔だけで選んでましたよ」 カイはとても辛口に私が既に知っている事実を反芻する。私が誰よりも自分に対した価値がないと知っている。「価値はありましたよ⋯⋯少なくてもあなたの親御さんと、息子さんにとっては⋯⋯」 カイは私に苦い言葉を投げかけた「私は、私に価値があると信じた人間を捨て殺されたのですね。もう、何の未練もありません。無になりたいです。私は十分に生き恥を晒しました」 私が「生」への未練を持った瞬間、私は「無」になった。「カイ⋯⋯あなたは裁判官にでもなったつもりですか? あなたに権限は与えられています。しかし、あなたがするべき事は異世界転生を案内する事です」 頭の中でまた声がこだまする。 私は人を裁く裁判官になった気などない。 ただ、目の前に現れる人たちが新しい人生を望んでない。 私は未練を残して死んだが、意外にもそうではない人間が多く存在する。「人を裁いているつもりはありません。私は自分が罪人だと自覚しています。ただ、予想外に死を迎えた人間たちがいて⋯⋯案内人としての役割を自分なりに果たしているだけです⋯⋯」 頭の中にこだまする声に反発するように私は1人呟いた。 この孤独な時間
「仕事をちゃんとしてください⋯⋯転生させるのがあなたの役目です」 頭の中に声がこだまする。 聞いたことがないこの声は神様の声だろう。 私は杉崎美香を異世界に転生させず「無」に返した。容姿に恵まれ意地悪な彼女が私を中学時代に虐めた女に似ていたからだ。「ちゃんとやります⋯⋯すみません。人は力を持つとダメですね⋯⋯」少しの権力を持たせてやると、その人間の本質が分かると聞いたことがある。私は死んだ人間の行先を決められる権力を持ち、それを自分の思うがままに使い始めていた。「あなたに異世界カイは務まらないのかもしれません。このまま無に返しましょうか?」 頭に響き渡る声に震え上がる程の恐怖を感じた。 「無」になりたいと願った事もあったのに、ここで死んだ人間に関わるたびに「生」に執着したくなる。 みっともなくても、生きて何かしたいという感情が湧き起こってくる。 刑期は500年なのに、まだ数日しか経っていない事実に絶望する。「ちゃんと、やりますから⋯⋯どのような方でも自ら神より与えられた命を捨てた私よりは尊い存在だと認識してます」 「無」になるのが怖くて絞り出すように言った言葉と共に、頭の中にこだまする謎の声が消えた。 私は異世界転生案内人『カイ』。今日も私の元に来客が来る。死んだ人間に私は選択肢を示す。異世界に転生できるなら、貴方は次はどんな人生を選びますか? 今日もお客様が来た。 高野茉子29歳。 私から見ればとても幸せな人。 顔が良いだけの男。 体育祭で活躍するだけ足が速くて活躍するだけの男。 口が上手いだけの浮気性の男。 笑顔が可愛いだけの頭の軽い年下。そんな多くのどうしようもない男たちに振り回されて来た人生だった。でも、やっと辿り着いた私の幸せ。「汝 宮坂俊哉は、この高野茉子を妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分
「杉崎さん⋯⋯突然殺されて不本意かもしれませんが、あなたも悪いですよ。加害者を非難できないくらい、あなたも見た目でしか人を判断できない最低な人です」 目の前の女神のようなカイは私を非難してくる。 「だって、私は美しいもの。15年の時を経て不細工になった佐々木太郎と一緒にしないで!」「み、見た目は美しいかもしれないけれど、性格がブスです。絶対に誰からも選ばれませんいよ」 美人、ブス問答をすることに何の意味もあるのだろう。 目の前の金髪碧眼のこの世のものとは思えない美しいカイは、まるでブスの代弁者のようなセリフを吐いてくる。「美しさって何なんでしょうね。見た目など化粧や整形で変えられます⋯⋯」 美しさを具現化したような姿のカイの言葉に私は笑けてきた。「整形しても、化粧しても不細工は不細工だから! あんた、頭悪いの? これって夢?」「頭は悪くないです。顔は悪いけれど、私が1番悪かったのは中身かもしれません⋯⋯夢じゃありません。杉崎さん、あなたは死にました異世界に転生で来ますがいかが致しますか?」 目を泳がせながら私に語るカイは見た目とは全然違う性格をしている。まるで、自分に自信がないブスのようだ。 どれだけ美人でも振る舞いが不細工だと、彼女自身もブスに見えてくる。「異世界に転生? 話を聞かせて貰おうじゃない」私が言った言葉に挙動不審にカイが頷いた。(美人だけど、キモい女⋯⋯)「あなたが選べる道3つをお示しします。1つ目は断罪直前の悪役令嬢であるリンド公爵令嬢、2つ目は貧しいけれど特殊能力持ちなので貴族界に入る平民レオナ、3つ目は世界を旅するユアンです。さあ、どれを選びますか?」 提案された3つの選択肢はどれも私にとって魅力的ではなかった。「どれも選ばないわ。私は杉崎美香の人生に別に失望はしてなかったの。運悪くブ男に殺されたみたいだけどね」 私の言葉にカイは苦虫を潰したような顔をした。「あなたを殺したのは大罪ですが、さ、佐々木太郎さんの言った事は間違ってなかったと思
私は異世界転生案内人『カイ』。今日も私の元に来客が来る。死んだ人間に私は選択肢を示す。異世界に転生できるなら、貴方は次はどんな人生を選びますか? 今日もお客様が来た。 杉崎美香30歳。 私から見ればとても幸せな人。♢♢♢ 私、杉崎美香はずっと周囲の男のマドンナだった。 過去の栄光? でも、その栄光時代の私の好きだった人に今日再会する。 ずっとあなたに会いたかった。 佐々木太郎⋯⋯私の初恋の人。 30歳を迎えた日、中学校の同窓会の案内が届いて私は会場へと向かった。 佐々木太郎は2人いた。 私の初恋の人⋯⋯背が高く足が速い佐々木太郎。 彼は同窓会には来なかった。 そこにいたのは、もう1人の佐々木太郎。 高身長の私からは許せないレベルの身長にだらしのない体。 中学の時から、目立たぬモブだった。「美香ちゃん。本当に、ずっと綺麗だね」 私が存在さえ忘れていた佐々木太郎は私に頬を染めて近づいてくる。 昔は虐められていた彼がなぜか今は周囲の注目の的。 IT分野で成功をし、時代の寵児となっていた。 SNSのフォロワーも10万をこえるらしい。 今回の同窓会で彼と会えることを周りが楽しみにしていた事は知っている。 私はそんなミーハーな奴らとは違う。 彼がマドンナだった私と会えるのを渇望する事はあっても、私にとって彼は未だ大勢の私を称賛していた男の1人に過ぎない。(まあ、でも今の彼なら、少しは相手してやっても良いか⋯⋯)「太郎君、今ならあなたと付き合って良いかも」 私も三十路でそろそろ落ち着こうと精一杯の譲歩で言った言葉だった。「ごめん⋯⋯君レベルの女、相手にする程落ちぶれているつもりはないから」 一瞬聞き違えたかと思った彼の言葉。 周囲を見回すと周りは私を嘲笑していた。 私はその場にいられなくなり、外に出た。 外はバケツをひっくり返したような土