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「⋯⋯間違えたら1分ロックするってなんだよ⋯⋯分かる訳ねぇだろこんなの⋯⋯ッ!!」 悩んでいる間にもタイムリミットが迫り、全身に冷や汗と緊張感が走る。 コウキのメッセージには、変わらず"IrisMother21"としかない。 どれだけ血眼に探そうが、ヒントになりそうなものは何処にも見当たらない。 伝った緊張で息遣いもより荒くなり、心臓の鼓動も耳に入る僅かな音も聞こえなくなっていく。 「⋯⋯どうしたら⋯⋯スア、モア、エンナ先輩⋯⋯ッ!! 俺⋯⋯俺はどうしたら⋯⋯分かんねぇよこんなのッ⋯⋯!!」 【02:30】、【02:29】、【02:28】。 自暴自棄になりそうな自分さえも神は見てくれない。 決まった制限時間は、無慈悲に俺と彼女たちを蝕んでいく。 これが0になった瞬間、あの女子3人は"ヤツらと行為"に及んでしまう。 即ち、"ヤツらとの赤ちゃん"を産む事になって―― 「⋯⋯あぁぁぁぁぁぁぁァァァァァッ!!!!」 それを想像するだけで、強烈な頭痛と腹痛に苛まれ、声にもならない声が漏れる。 俺はふらつきながら、金髪ビリケンの傍の壁へともたれ座った。 「⋯⋯何もかも終わりだわ⋯⋯なぁ、俺よくやったよなぁ⋯⋯?」 正面の黒い鉄のような柱に映った俺に話しかける。 その顔に正気は無く、酷くやつれているように見えた。 勝機の無いモノに端へ追い詰められ、全てを諦めたやつの顔だ。 「三船コーチ⋯⋯師斎社長⋯⋯ちょっとだけ褒めてくださいよ⋯⋯。お前はよく頑張った、お前だからここまで来たんだって⋯⋯ねぇッ!!!」 こんな事言ったって何になるかなんて、そんなの知らねぇよ。 もうどうだっていい、だって俺はよくやったんだから。 何が"IrisMother21"だ⋯⋯お前らでやってろ勝手に。 "イーリス・マザー構想"くらいは俺だって分かんだよ。コウキが言っていたように、変異体受精卵の禁忌生成、世界初の虹成分注入、調査が入った時には施設に失敗の跡だけ、そんなの誰でも知ってんだよ。 だって、最近は中学に入ったら誰でも習う授業内容の一つなんだ。 先生はよく言っていた、こんな前代未聞のヤバい事があって、この構想は多くの人に影響を与えたんだって。 だからなんだって話。 2009年頃にあったらしいけど、特に興味も⋯⋯
刹那、"白と黒の小波を纏った弾丸"が俺の額に目掛けて放たれた。 それと同時に、周りの動きが一気に遅く感じた。 遅延世界の中、こめかみの真横を白黒の小波が通り過ぎて行く。 「なにッ!? ⋯⋯いや、こんなのはありえないッ!!」 コウキが叫ぶと、後ろへ飛んで行ったはずの弾丸は、白と黒の小波羽を携え、もう一度こっちへと向かってきた。 「雑魚が何度避けようが意味は無いッ!! この銃の名の通り、"運命≒再運命"として登録され続けるッ!!」 避ける度に常に同速でホーミングしてくるという、異常に狂ったコウキの弾丸。 しかも1発じゃない。あいつがトリガーを引いた分、追加されて襲ってくる。 「ッ!! ⋯⋯卑怯な野郎がッ!」 「好きに言え、避けるという運命はここには無い。さっさと諦めて貫かろ、喜志可ザイッ!! そして成績優秀者として選ばれるのは、僕と大井リンカ、この二人だけになるッ!!」 「⋯⋯ちッ!」 ヤツの飛び回る白黒の小波弾を狙って撃ち落とそうにも、俺の海銃で最低3発以上を消費する。 つまり、これを繰り返されるだけで、残弾数でも圧倒的に負けてどうしようもなくなる。 ここだと"アマの階銃の効果"を受ける事も出来ない。あれはアマの近くにいて、かつ撃たれた者にしか得られない。 それに身体だっていつまで持つか分からない。 ここまで全力で走って来た分、思った以上に足へ響いてる。 たぶんコウキはそれも分かった上で、俺に挑んできたんだ。 ⋯⋯何もかも読まれていたんだ⋯⋯ごめんスア⋯⋯俺には⋯⋯ 激しく息切れしながら汗を噴き出す俺に、複数の白黒の小波弾が迫った時だった。 ―― 1枚の羽がポケットから飛び出した ⋯⋯これって、大阪駅3階手前で拾ったあの機械巨竜の⋯⋯? それは"白黒赤青の4色のハイスマートグラス"へと変形し、左手の上に落ちる。 さらに、隣から"あの人の声"が聞こえた。 (⋯⋯連れて行ってくれ喜志可くん⋯⋯わたしの愛した車も⋯⋯再びその運命に乗せて) "亡くなったあの人"らしき霧姿が消えていく。 咄嗟に新たなハイスマートグラスを銃のように構えると、左半身が白、右半身が黒だけではない、下左半身がメタリックワインレッド、下右半身がメタリックブルーの小波が覆いかぶさり、虎の顔を模した小波羽が各々から舞い上がる
「ここまでわざわざ本気で来るなんて、バカすぎない?」 通天閣の足元に来た瞬間、ある人物が待ち構えていた。 都波裏学園の制服、肩辺りまで伸びた艶のある黒髪、きりっとした目付き、俺と同じくらいの体型。 それは道頓堀商店街で見失ったもう一人、コウキだった。 「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯邪魔すんな、コウキ」 「そんなに全力で走ってまで、あの3人は助ける価値ある?」 「当たり前だろうがッ! いいから早く退けッ! お前には関係ねぇだろッ!!」 「あるけど、関係。そうじゃなきゃ、ここにいちいち来ないって」 「はぁ?」 「君は中学生の時に習った"イーリス・マザー構想"を覚えてる?」 「⋯⋯んだよ急。だとしたらなんだってんだ」 「あの道頓堀商店街に突如作られた、"新感覚の性交体験"を目的としている城。一部のProtoNeLTを使用した、今までに無い快感を得られる場所と表のウワサでは謳ってるけど、あの場所はそれだけのために作られたわけじゃない。そもそも、それだけのためだったら、もっと分かり易く店前に明記すればいいだけの話だ」 そして、コウキが真剣な眼差しで俺を見てくる。 まるで獰猛な動物に睨まれたように、目を逸らす事が出来ない。 「かつて行われた"変異体受精卵"の禁忌生成、そこへ"世界初の虹成分を注入する"という禁忌人体実験。後に調査が入った時には、"失敗の跡"だけを残したもぬけの殻の謎施設。いつ思い出しても理解不能なのに、何年もこびりついて離れない」 「⋯⋯何ぶつぶつ言ってんだよお前。時間がねんだよ俺にはッ! いいから早くそこを」 「残り時間は止めてある。ちょっとは確認しなよ」 コウキの言うようにタイムリミットを見ると、確かに制限時間は進まず止まっていた。 どうしてこいつが⋯⋯? 大井さんと手を組んでいる事は分かっているけど、まさかこいつも"オーナーの一人"を任されているってのか? 「だからって、そんなどうでもいいこと」 「まだ分からない? 君も学園で成績優秀者の一人として選ばれたのに、大したことないんだね」 煽って来るコウキは、不敵な笑みを浮かべた。 何を企んでいるのか、未だにピンと来ない。 全速力で来て、疲れがあるせいもあって、情報が上手く整理できない。 「ただ単にProtoNeLTとの性交や、妊娠させる確率が高い
道頓堀にそびえ立つ謎城内から飛び出し、最短ルートを確認しながら、俺の足は勢いよく走り出す。 始まってしまった30分というカウントダウン、間に合わなければ女子3人はヤツらと⋯⋯。 ⋯⋯そんな事には絶対ない、俺が止めるんだ "海銃"として主に利用するようになったハイスマートグラスは、この間だけ普段通りの扱いへと切り替えた。 視線上に表示された、的確な通天閣までのマップ情報を頼りに、一つも間違えないよう辿って行く。 ここからは己の走力だけを信じ、"通天閣5F"へと行くしかない。 それだけでなく、黄金展望台を探して金髪ビリケンに顔認証と指紋認証までしないといけない。 となると、ある程度の余裕を持って着くようにしないと、いざ探す時に場所が変わっていたりなどの、想定外の事が起こった場合にタイムアップになりかねない。 幸いだったのは、道頓堀から新世界に"ヤツら"が現れない状態が続いている事。 "アイツら"をやりながら30分以内に着くとなると、おそらくほぼ無理に等しい。 ⋯⋯ってことは、大井さんはそれを分かった上で提案してきた? 走りながらじゃあまり深く考えられない、というより無駄な体力を使うべきじゃないな⋯⋯。 そして、どうやら道頓堀から新世界は約2.1kmの距離らしい。 特段必要でも無かったため、今まであまり調べた事は無かった。 徒歩でゆっくり行くと30分程度かかり、まぁまぁな速さで走ると15分ぐらいだという。 新策前の平日くらいだったらそれで行けるだろうが、"ヤツら"が来ないというメリットが、この最短で行くという場合に限っては逆に仇になっている。 なぜなら、道頓堀から新世界へ行くには、まず戎橋方面へと戻らなければならない。 要は、あの大人数の戎橋の中をまた通るというのが一つ候補に挙がる。 ついさっきミハさんと会い、話していたあの有名場所へだ。 が、そんな事をしていたら大幅なロスになってしまうため、ここは避けて通る方を行く必要がある。 ありがたい事に、"封鎖中だった戎橋筋のアーケード"が大改良された姿で開いており、ここが開いたおかげで、T字路になってしまっていた道頓堀商店街が十字路に戻り、少しずつ混雑が緩和傾向になっていた点だ。 この"戎橋筋アーケード
『まだ下を向くのは早い、ザイ』 真っ白になってしまった俺の脳内に、ふと三船コーチの一言が伝った。 おかげで、なんとか正気を取り戻すことが出来た。 ⋯⋯まだだ、俺にはまだ"こいつ"だってある。 水色のハイスマートグラスを見つめ、"海銃の姿"を思い浮かべる。 それにしてもなんなんだ、妊娠率50%って⋯⋯どうしてそんなに確率が高い? 俺の不安さえ理解しているような彼女は、また口を開いた。 「なんでそんなにあるのって顔してるね。この中で受ける快感は今までとは違って、最高級の絶頂を経験出来るそうだよ。そのタイミングで注がれるProtoNeLT製の精子は確率を引き上げるんだってさ。その代わり、疲れ具合を見て1回で強制終了って人も多いみたいだけど」 スアの友達だったはずなのに、大井さんは他人事のように話し続ける、今まで仲良かったのが嘘のように。 「さっきからごちゃごちゃうっせぇなお前ッ!! 話すだけ話して何しに来やがったッ!! ざまぁねぇってかッ!? あぁッ!?」 ケンが叫ぶと、大井さんは溜息を吐いた。 「はぁ⋯⋯。せっかく助ける方法を教えてあげようと思って、まずはここの詳細を教えてあげたのに。そんな態度でいいの? ってか店内でうるさいんだけど」 「はぁッ!?」 「謝ったらギリ許してあげる。あと静かにするのも約束ね」 戸惑うケンに対し、アマが今だけ従うように促した。 終始、ケンは反抗的ではあったが、手段も無い俺たちは大井さんからチャンスを貰うしかなかった。 「す⋯⋯すまん。⋯⋯これでいいんだろ」 「だから昔から嫌いなの、バカっぽいヤンキーって。何も学ぼうともしないし、頭も悪そうだし」 キレそうになるケンを俺が必死に止め、彼女の態度が変わらないようにした。 その間、アマが彼女と話し、気分をよくさせている。 「私ね、このお店の"オーナーの一人"を任されてるの。キーくんとは、学校で会ったらよく話す仲だったから、今回は"オーナー権限の特別対応"ね」 まるで人のように笑う彼女は、"入ってしまった女性陣を救う方法"を提示し始めた。 「いい? 1回しか言わないからね? あと、私の喋る声は録音出来ないようになってるから、そのやり方も無駄だから」 すぐ録音しようとしていた俺を見て
「なぁ、行ってから何分経ったんだ?」 時刻を確認すると、≪2030/08/20(水) PM 19:04≫となっている。 「⋯⋯40分くらいか?」 俺が時間を教えると、落ち着かずにうろうろし始めるケン。 「さすがに遅すぎやしねぇか⋯⋯? なんか通話もメッセージも、この訳分かんねぇ城内だけ"圏外"になってるしよぉ。ウサネッコの野郎、しっかりやってんだろうな⋯⋯」 だが、俺たちに出来る事は無く、とにかく待つしかない。 "女性限定"の表記のままで、自動ドアは開かないのだから。 「まぁ冷静になりなよ、ケン君。焦る気持ちも分からなくもないけど、プロの世界でもそういうのが命取りだっただろう? リアルでも同じで、見えなくなった者から"ヤツら"に成り代わっていく。現に、水生さんとウサネッコ以外は"かいじゅう"を持ってる、対抗手段としては最高なはずさ」 アマはどこまでも冷静だ。 いや、今回に限っては最初に入ったが故、少し責任を感じているのかもしれない。 だって、普段かかない手汗をちょっとかいてる。 「分かってっけどよぉ⋯⋯"あべのハルカスの時"が過(よぎ)んだろ。いきなり足元が動いたと思ったら、エレベーターみたいなもんで違う階へ連れてかれるし、何が起こるか分かんねぇんだッ!」 ケンが話し続ける中、ふと1階の様子を見ると、5人ほどの客が入って来ていた。 男が3人、女が2人のグループだ。 その人らは俺たちを見つけると、すぐにこちらへと上がってくる。 「ねぇ君たち、高校生か大学生くらいだよね? ここが何する店か、分かって入ったんだよね⋯⋯?」 一番左のお姉さんが怪訝そうな顔で言ってくる。 「いや⋯⋯分かってないですけど」 そう言うと、彼らは顔を見合わせ始める。 「ここさ、聞いた話なんだけど、"AIとの新感覚な性交体験専門店"とか聞いたよ。ほら、今ってどこも危ないでしょ? もし妊娠なんかしたらって思ってさ、知ってる人は誰も入らないようにしてるんだよね」 「⋯⋯"性交体験"? それってつまり⋯⋯」 さっきから話してくれているお姉さんは、はっきりと"セックス"と言った。 そう、どう見たって分かり易くはっきりと。 「おい、おいおいおい⋯⋯! 俺の言ってたの当たってたんじゃねぇかよ!? やっぱこいつはラブホをテーマにしてんだっ