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8話

مؤلف: Everain / 郁雨
last update آخر تحديث: 2025-11-23 20:22:53

〝笑い犬〟はわずかに躊躇するような気配を見せてから、頷く。

「そうですね。昔のあなたは感情が乏しかったせいで、他人の気持ちに鈍感でした。普通の人なら良心が咎めて言えないようなことも、平気で口にしてしまう。そういうところがありました」

「……つまり、かなり嫌な奴だったということだね」

自嘲の笑みが漏れる。

今日は楽しく──とまではいかなくとも、それなりに和やかに過ごせたつもりだったのに。

まさか〝さかさま〟も〝長老〟も、内心ではそうではなかったなんて……。

怖いな、と思った。

ここの患者たちは、表に見せる顔と裏に持つ顔がまるで違う。

むやみに彼らを信用すべきではないのかもしれない。

不安が顔に出ていたのだろうか。

〝笑い犬〟がわずかに口端を緩めた。

「ご心配なく。それはあくまで昔の話。今の貴方であれば、きっと彼らも受け入れてくれます。このまま記憶が戻らなければ──いえ、消してしまえさえすれば」

「……ずっと気になっていたんだけど、そんなに上手くいくものなのかな? 記憶を消すって」

「可能です。〝先生〟であれば。彼は、この分野の最高権威ですから」

その声音には、どこか高揚した響きが混じっていた。

「明日から、さっそく記憶をコントロールする治療が始まります。ご心配なく。〝先生〟の言うとおりにしていれば、すべてうまくいきます」

〝笑い犬〟はそう言い切ると、「おやすみなさい」と残して棟を後にした。

消灯時間を過ぎても、中々眠れなかった。

ぐるぐると様々な思考が頭を巡り、かえって目が冴えてしまう。

ベッドからのっそりと体を起こす。

高窓からさす月の淡い光の中、ジッと耳を澄ました。

深夜。

患者たちは誰もが眠りにつき、閉鎖病棟の中は静寂に包まれていた。

隣の部屋からも物音はない。

あの日以来、〝王様〟は一度も保護房から戻ってきていないよ
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  • 白い檻   25話

    診察室のドアを開ける。 中は暗く、〝先生〟の姿もなかった。当然だ。 今日は週に一度の、『外』の学会に出かける日。 さっき、広間の窓から彼が病院を出て行くのを確認したばかりだ。普段通りなら、夜までは戻らないだろう。物音を立てぬよう注意しながら、〝先生〟のデスクに近づく。 一つ一つ、引き出しを開けて、中を確認していく。欲しいのはカルテだった。私と〝王様〟の。 それを見れば、何か思い出せるかもしれない。自分が何者なのか、なぜここにいるのか。 ——そして〝王様〟のことも。「……あった!」デスクの上にある書類立ての中から、見覚えのあるファイルを見つけた。 診察の時、〝先生〟が記入していたものだ。 表紙には『NO.01』と記されている。緊張に息を詰め、一呼吸おいてから、ファイルを開く。 中には、数字や英字が羅列されたカルテと、二枚の写真が挟まれていた。一枚は少年、もう一枚は青年が写っている。 似た面立ちから察するに、同一人物なのだろう。どちらも、口元ひとつ動いておらず、冷めきった表情をしている。 カメラを見ていながらも、まるで心をどこかに置き忘れたかのような、虚ろな目。(もしかして、これが……私?)初めて見るはずの自分の顔なのに、それ以上の興味は湧かなかった。 『NO.01』のファイルを閉じ、その場にそっと置いた。〝王様〟のカルテも探す。 だが、どこにも、見当たらなかった。デスク、棚、引き出し。 ありとあらゆるところを探す。 けれど、〝王様〟──どころか、他の患者のファイルすら存在しない。(どうゆうことだ……?)不可解な胸騒ぎが拭えず、私は診察室の中を改めて見回した。目に飛び込んできたのは、デスクの背後──特別な治療室へと続く一枚の扉だった。(……もしかした

  • 白い檻   24話

    そう言ったきり、隣の部屋からは物音一つ聞こえてこなかった。寝てしまったのかと思い、私は壁を小さく叩いた。「どうした?」少し間を置いて、優しく静かな声が返ってくる。これまで以上に穏やかな声に、目の奥から何かがこみ上げてきそうになる。「泣くな」〝王様〟が言った。私は慌てて手の甲で目元を拭う。「泣いて、ない……私は、泣き方を知らないんだ」「あぁ、そうだったな。〝人形〟も、確かそう言っていた」しばしの静寂のあと、〝王様〟は妙に確信めいた声で続けた。「でも大丈夫だ。お前も、いつか泣ける日が来る。そのときは思いっきり泣け。今までの分まで」言い終えてから、〝王様〟は小さく笑った。「……馬鹿だな、俺は。泣くなって言ったり、泣けって言ったり。これじゃ、まるで〝さかさま〟だな」低い笑い声を聞いていたら、私はどうしても聞かずにはいられなかった。「〝人形〟は貴方に優しかった……?」しばしの沈黙のあと、〝王様〟はぽつりぽつりと語り出した。「そうだな。けど最初に会ったときは……俺も他の連中と同じで、なんて冷たい奴だと思ったよ」彼はゆっくりと言葉をつなぐ。「でも、それは間違いだった。あいつの腕は……温かかった。俺は、あの温もりがあったから……今もこうして、なんとか正気を保っていられるんだ」当時を懐かしんでいるのか、〝王様〟の声は遠くかすんでいた。その声音に、不思議と昨日感じたような苛立ちも焦燥感も覚えなかった。逆に、〝人形〟に感謝したくなるほどだった。この先の見えない閉鎖病棟で、どこか寂しげな〝王様〟の心を救ったのが〝人形〟だったなんて。冷酷だと言われていた彼が。──〝人形〟は、どんな人だったのだろう

  • 白い檻   23話

    どちらも、信じてはいけないのだ。 これは、すべて〝王様〟の罠なのだから。そうわかっているはずなのに、なぜか彼を信じてしまいそうになる。 信じたいと思ってしまう。この感情は、一体どこから来るものなのか──。私はその答えを探すように、壁に指を這わせた。すぐ向こうに〝王様〟がいる。 そう思った瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。昼間のあの絶叫を聞いた私にとって、彼が無事でここにいることは、まるで奇跡のようだった。(ほんと、何なんだ……)苦笑いが、こみ上げてくる。 あんなことをされたというのに、〝王様〟があの責め苦に耐え、戻ってきてくれたことに、私は──安堵していた。「……ありがとう、〝王様〟……」心の中で思っていた言葉が、ポロリと口からこぼれてしまった。「は?」 〝王様〟がガタリと腰を上げたのがわかった。「お前……何を言っているんだ? 俺がお前に何をしたのか覚えていないのか?」 「でも、さっき……助けてくれただろう?」 「……あのな」〝王様〟が呆れたように大きく息を吐く。「助けられたら、何をされてもチャラになるのか」壁の向こうから聞こえるその声音は、あきれ返ったというより、呆然としているようだった。 しかめっ面をしているだろう顔が、手に取るように浮かぶ。「ぼおっとするのも大概にしろよ。お前は前からそうだった。異常に頭はいいくせに、変なところで抜けてるんだよ」くどくどと言い募る〝王様〟の声に、思わずぷっと吹き出してしまった。 すぐに、むっとした声が返ってくる。「おい、笑いごとじゃないぞ。冗談抜きで言ってるんだ。お前は緊張感がなさすぎる」その語調は、いつになく真剣だった。「今の〝笑い犬〟の件でも、よくわかっただろ? ここにいる誰のことも、信じちゃいけない。もちろん、俺のこともだ」 「……どうして?」問いか

  • 白い檻   22話

    「そいつに、触るな」〝王様〟の低く静かな一声。 その瞬間、ナイフを私に押し当てていた〝笑い犬〟の手がわずかに揺らぐ。「なっ、命令するなっ……貴方の言うことを聞く道理はない!」 「そう思うか? だが、これは命令だ」〝王様〟の声が一段と冷え込む。「俺は知っているんだぞ。昨日、そいつの房の鍵を開けておいたのは、お前だろう?」〝笑い犬〟がはっと息を飲む。 その沈黙を縫うように、〝王様〟の声が続いた。「一体、そいつに何をするつもりだったんだ?」〝王様〟の声は一瞬だけ揺らぎ、ほんの間を置いてから、元の冷えた調子へと戻った。「目隠しや、手錠なんか持って。〝先生〟殿にお預けでもくらって、我慢できなくなったのか?」〝笑い犬〟は、グッと口をつぐんだ。 ナイフの先が震え、私の肌を小刻みにかすめていく。 その間にも、〝王様〟の淡々とした声が響き渡っていた。「だが、それが〝先生〟にバレたらどうなる? お前は看護士の任を解かれ、患者に逆戻りだ」一拍置いて、〝王様〟は続ける。「そうしたら——〝人形〟。お前の、敬愛するご主人様のそばに、もう、いられなくなるぞ」王様の声が響くたび、ナイフの先がさらに震え、私の肌に、かすかな痛みが走る。 念を押すような低い声が、壁の向こうから落ちてきた。「……それでも、いいのか?」 「……くっ」笑い犬〟の顔に、動揺が走った。 決めかねるように、私と向かいの壁とをちらちら見比べる。そこへ、〝王様〟がさらに追い打ちをかけた。「それが嫌なら、さっさと小屋に帰るんだな。ワン公。もう一度言ってやろうか? お前の部屋は俺の隣──〇三号室だ」 「……〝王、様〟っ……!」怒りに震えながら、〝笑い犬〟はギッと壁を睨みつけた。 だがナイフを持つ手には、もはや何の力も残っていなかった。「どうした〝笑い犬〟? ハウ

  • 白い檻   21話

    ※暴力/脅迫/加害表現を含みます。私の全身を舐め回すように見ていた〝笑い犬〟の視線が、あるところで止まった。「──この髪、邪魔ですね。〝人形〟は、こんなに長くはなかった。いっそのこと、切ってしまいましょう」ナイフの刃が、私の襟足にあてられた。ビクリと、身体が電流に打たれたように反応する。「い、嫌だっ……! やめろっ……!」私はナイフを奪おうと手を伸ばした。怪我することなど、一瞬たりとも頭に浮かばなかった。ただ、守りたかった。あの日、〝王様〟がここに優しく触れた──その記憶を。「檻に戻れ! 〝笑い犬〟!」突然、隣の部屋からドンッと壁を叩く音が響いた。びくりと〝笑い犬〟の身体が痙攣し、信じられないものを見るかのように向かいの壁を凝視する。「この声……まさか、〝王様〟……!? いや、そんなはずはない……貴方はあの治療で気を失って、二、三日は目を覚まさないって〝先生〟が……」「そりゃ、残念だったな。お前の〝先生〟も、たまには間違うってことさ」かすれたせせら笑いに、〝笑い犬〟の顔が赤く染まる。だが、〝王様〟が苦しげに咳き込むと、彼はほっと息をついた。「なんだ、やっぱり〝先生〟は正しかったようですね。驚かせないでください。気丈に振る舞っても無駄ですよ? 声が震えていますから」「黙れ、〝笑い犬〟。無駄吠えしていないで、そろそろ自分の犬小屋に戻ったらどうだ?」途切れ途切れではあったが、〝王様〟の声は自信と軽蔑に満ちていた。 「まさか、興奮しすぎて忘れたってわけじゃないよな? それなら教えてやろうか。お前の部屋は──」「言うなっ……!」〝笑い犬〟がギクリとして、下に横たわる私の方を見た。「ふん。どうした? 〝笑い犬〟──いや、〇三番。お前の病室は俺の隣、〇三号室だろ?」「……〇三番?」私は〝笑い犬〟を見上げた。相手の顔はみるみるうちに赤くなり、身体が小刻みに震え出す。「それ以上、言うなっ……! この人に!」「なぜだ? いつかわかることだろう?」〝王様〟の声は冷ややかだった。「お前が、人を痛めつけるのも、痛めつけられるのも大好きな、性的異常者だってことがな」キーンと耳鳴りがするほどの静寂の中、〝王様〟の声だけが響く。「お堅そうなフリをしたって無駄だ。『外』でさんざんイタズラをして、更生不可能の性犯罪者としてここに移送され

  • 白い檻   20話

    ※暴力/流血/脅迫表現を含みます。あの時は、確かに誰にも見られていないはずだった。「いいから答えてくださいっ、どうして、どうして……!?」肩を揺さぶられ、言葉にならないまま息を呑む。「……ッ、わ、わからない……自分でも……なんで、あんなことをしたのか……」ぴたりと〝笑い犬〟の手が止まった。「……〝王様〟だな」伏せた口元から、低い唸り声が漏れる。「〝王様〟のせいだろうっ! いつもそうだ! あなたはなぜ、あんな人の言うことを信じるんですっ!?」肩を揺さぶってくる手の力が増す。「あの人は狂ってるんだ! どうして、それがわからない!? 昨日だって、あんな目に遭ったのに!」〝笑い犬〟の口ぶりは、まるで昨日、〝王様〟と私の間に何があったのかを知っているかのようだった。(もしかして、見られていたのか? あれを……?)顔がカッと熱くなる。 それを見て、ピクリと〝笑い犬〟の眉がつり上がる。ドン、と私の顔の横のシーツに拳が叩きつけられた。「どうして……! どうして、あなたにそんな顔をさせるのは、〝王様〟だけなんだ!」〝笑い犬〟は私の髪を掴み上げると、顔をさらに近づけた。「貴方は〝人形〟だ。人を人とも思わず、顔色一つ変えることなく精神を解剖し、切り刻む冷酷無比な〝人形〟」薄闇の中、〝笑い犬〟の目は血走り、白目がぎらりと底光りして見えた。「私は貴方がずっと、憎くて仕方がなかった。あのすました顔を、グチャグチャに歪ませてみたかった。泣き叫ぶ顔、恥辱にまみれた顔を、見てみたかった……」顔の間近まで迫った〝笑い犬〟の呼吸が、頬にかかる。 その息づかいは、嗚咽のようでもあり、ひきつった笑いのようでもあった。「でも、あの頃——それができたのは〝先生〟だけだった。だから私は、〝先生〟の側についた。……それなのに」ごくりと息を飲む音が、やけに大きく響いた。「〝王

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