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第513話

Author: 風羽
瑠璃には、その心配が痛いほどわかっていた。

舞はさらに言葉を続ける。

「でもね、京介はまるで気にしてないの」

瑠璃はふっと笑みを浮かべ、柔らかく答えた。

「私は、澄佳が損をするとは思わないわ。あの子はただ、少し多めに差し出しているだけ。もしもこれ以上は無駄だと感じたら、きっと自分から引いてしまう。周防家に愚かな子はいないもの」

その言葉に、舞の胸は少し軽くなった。

やがて車は立都市の中心にそびえる高層ビルの地下二階へと滑り込んだ。

ここは富裕層の婦人たちに人気のティーラウンジ。何よりも、秘匿性が高いことで知られていた。

奥のフロアには高級エステサロンが併設され、新しい美容プランも導入されている。

舞と瑠璃は並んで施術を受け、その間、茉莉はひとり茶室で待つことになった。

暗色のヴィンテージ調のテーブルと椅子。すべて英国製の高級磁器のカップ。供される紅茶も最上級品だった。

茉莉はゆったりとした花柄Tシャツに黒のショートデニム。さらりとした黒髪を肩に垂らし、清潔感のある可憐さを漂わせている。ここで働くスタッフは皆、彼女が「葉山社長の姪」であることを知っており、決して粗末な扱いはしなかった。

その時、偶然にも妃奈がやって来た。

彼女は今や本庄家の御曹司と交際し、最上級の暮らしを手に入れていた。高級マンションに住み、最新のスポーツカーを乗り回し、日常の消費すら貴婦人同然。富を知ってしまった彼女には、もはや以前の暮らしに戻ることなど考えられなかった。

不意に茉莉の姿を見つけ、妃奈は少し驚いた様子を見せる。サングラスを外してバッグにしまい、少女の前へ歩み寄った。

「ご一緒してもいいかしら?」

茉莉は本を読んでいて顔を上げる。その瞬間、店員がすぐに寄ってきた。

「周防様、店内をお貸し切りにいたしましょうか?」

妃奈の表情が固まった。

——貸し切り?周防茉莉に、そこまでの顔が利くの?

茉莉は小さく首を振った。

「この方にも紅茶を一杯」

仕方なく腰を下ろした妃奈は、虚勢を張るように振る舞う。運ばれてきた紅茶のカップを指で弄びながら、探るように言葉を投げかけた。

「あなた、ここにはあまり来ないでしょう?私は何度も来てるけど、一度も見かけなかったわ」

茉莉は白い指を本の上に添え、穏やかに答える。

「このお店は、私の叔母が経営しているの。紅茶
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