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私の彼氏はちょっとだけ心配性。:002

last update Date de publication: 2026-06-14 16:17:41

葵依は小柄なうえ童顔で、小さな顔に仔猫のように大きい目を縁取る長い睫毛、毛先が外側にクルンとカールしたセミロングストレートの髪型……守ってあげたくなるような無垢な高校生。女子高校生というブランドと小柄で童顔というセットはある界隈の男達から絶大にモテた。仕事中何度も遊びに誘われたが、葵依は全て「勉強をしなきゃ」と言って断った。これは下手な断り文句ではなく本当の事である。葵依はバイトが休みの日は友達と寄り道せず、学校が終われば真っ直ぐ家へ帰り授業の予習をするのだ。

 可愛いけど男への免疫がない葵依を騙すのは簡単だろう──胸が小さいのは残念だが、世間知らずな見た目だから簡単に堕ちるだろう……そう思って田中は葵依の前では仕事が出来るフリをした。

 が。

 葵依は堕ちなかった──というよりも、葵依は田中が仕事をしている姿を見て「私もあぁいう風に働けるようにならないと!」という責任感が強過ぎた。そうして生まれたのが田中よりも遥かに仕事が出来る高校生葵依である。

 それから田中の今までの愚行を知る主婦層から葵依は守られ、手を出す機会を失ってしまった。

 しかし、それは今日まで。何故なら、葵依は今日でバイトを辞めるからだ。パートのババァ達の監視の目がなくなるのだ。

「勉強も良いけど息抜きも大事だからね……息抜きしないとさぁ……倒れちゃうからね」

 田中は、葵依が母親を三年前に病気で亡くして、一人暮らしをしている事を知っている。

 バイト中は明るくて笑顔を絶やさない子だが、寂しいに決まっている。そんな子の懐にさえ入れば後は簡単だ。

 田中は二年間一緒に働いて葵依の性格を充分把握していた。学業だけではなくバイトに対しても決して手を抜かず、「人が足りなくて困っている」と言えば「それは大変ですね」と休日希望を出しているにも関わらず試験期間中でもシフトに出てくれるような子だった。基本、バイトに出て欲しいと言えば「嫌」と言わない子なのだ。体調を悪くしていても他人にキツさを見せずに隠す子でもある。そんな子を押して押しまくれば、絶対にヤれる。

「心配だな」と田中は心配そうに眉間に皺を寄せて葵依の目を見つめた。

(どうしても自分の部屋に呼びたい)

 この可愛い生き物を美味しく頂きたい。

 そんな事を思っているなんぞ夢にも思っていない葵依は

「心配をしてくれてありがとうございます」

 真摯な言葉に隠された下心を知る由もなく、葵依はそう礼を述べると、心配そうな男の目を見て彼女はキュッと下唇を噛み締めた。

 面と向かって心配される事に彼女は慣れていない。彼女の置かれた環境の話を知ると、同情し憐れんだ目で自分を見てくる。優しい言葉を掛けられると、忘れるように努力しているのに本当に自分が一人なんだと気付かされて現実が迫ってきて辛くなるのだ。

 これ以上心配をされると泣いてしまいそうだから「大丈夫です」と笑顔で答えて話を切り上げる。本当は家に帰ると誰も居ない事に無性に寂しい。その不安が自分の中を渦巻いて、雁字搦めに囚われてしまいそうで怖い。どうすれば、その孤独に勝てるのか──それを言葉にして吐露してしまえば、勢い余って泣くかもしれないから誰にも相談できない。だから、心配をされる事は本当は嬉しいけれど……誰も私を心配しないで欲しい。

 葵依は俯きそうになる顔を上げて、笑みを浮かべた。俯いてしまったら気が落ちてしまうから。涙が落ちてしまうから。

 前を向いて生きる為には俯いたままじゃいけない。泣いてはいけないのだ。

『葵依の笑った顔が一番好きよ』

 そう言ってくれたママの為に……天国へいるママが心配しないように。

「私は大丈夫です! 心配してくれてありがとうございます! 私の我儘で人が足りない時に退職させてもらって本当に店長には感謝しています!」

 突然大きな声を上げたから、田中はギョッとしてしまう。だから葵依が無理に笑顔を作っているなど気が付かなかった。と言っても簡単に見破られるような偽物っぽさはなくて、愛らしさが前面に溢れている無邪気な笑顔だ。

 葵依はギュッと田中の手を両手で包み込んだ。汗でベタついているが葵依は嫌な顔一切せず真剣な眼差しで見つめ。

「そんな店長の優しさに報う為、私は大学へ合格して見せます」

「今から気を負ったら……」

「いいえ! 怠けて落ちてしまったらそれこそ顔が立ちません。受験勉強へ専念する為、って理由でバイトを辞めるのに遊んでしまっては私を見送ってくれた皆さんへ会わせる顔がありません」

 すっかり抜け落ちていたのだが。

 葵依という娘は何事にも一生懸命でバイトでさえ手を抜かなかった。

 葵依がバイトを辞めるのは学業に専念する為である。バイトでさえ妥協しなかった娘が、受験の為にバイトを辞めると決めたのなら彼女は目的の為に突き進む。

 真剣な眼差しに、さっきまで自分が抱いていた下心が萎んでいきそうだったが田中は己の目的を思い出し首を横に振った。

(こんなに可愛くて何事も一生懸命な子を、僕が保護しなければ)

 美味しく頂きたい、と思っていた筈なのだが……いつのまにか『保護』に変わっている。葵依の笑顔に浄化されて変わっただけで恐らくは暫く経てばいつもの田中に戻る筈だ。

 葵依は握っていた田中の手を離すと一歩下がって深々と頭を下げた。

「今までお世話になりました。このご恩……大学合格という結果で返させて頂きます!」

 バッと上げた表情は決意に満ちていて……そんな表情を見た田中は「応援するよ!」と拍手して激励の言葉を贈った。

 そんな田中の様子に葵依はニッと笑って見せる。

(良いところで働けたなぁ……!)

 葵依はそう思って、バックヤードを出る際に一度振り返って田中に頭を下げた。彼女は2年間世話になったコンビニを後にした。

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