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第4話

Author: 匿名
周りの人たちの視線を感じながらも、綾菜は私物を抱え、一歩一歩を踏み締めるように会社を出て行った。

どれくらい歩いたのか、ようやく「家」と呼んでいた場所へたどり着いた。

家に足を踏み入れた途端、綾菜はふと思い出す。心を込めて描いた絵がまだアトリエにあって、そのままになっていたのだ。

あの絵だけは、どうしても持っていかなくてはならない。

しかし、アトリエに駆け込むと、壁もイーゼルも何一つなく、すっかり空っぽになっていた。

パニックになった綾菜は、まるで狂ったように広い家の中を探し回る。

使用人を見つけると、震える声で尋ねた。「私の絵を見なかった?あの絵はどこにあるの?」

あの絵には、これまでの全てが詰まっている。自分の誇りであり、多くの賞も受賞していた。

置いていくなんて絶対にできない。

使用人は視線を逸らすと、困った顔で口を開いた。

「内田様……あの絵は、確か旦那様が誰かに運び出させていました。どこへ運ばれたのかは、ちょっと……」

綾菜の心に、怒りが潮のように押し寄せる。

綾菜はすぐに携帯を取り出し、震える指で雄太に電話をかけた。

1回、2回……10回目にして、ようやく電話が繋がった。

しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、由理恵の挑発的な声。

「綾菜さん。今、雄太さんはあなたに構ってる暇なんてないの。だって、私と一緒にいるんだから。だから、ちょっとは空気を読んで、邪魔しないでもらえるかしら?」

綾菜は唇を震わせ、歯の間から声を絞り出した。

「雄太に代わって」

電話が奪われるような音がした後に、すぐに雄太の聞き慣れた声が聞こえてきた。

「綾菜、どうした?ごめん、今夜は少し帰りが遅くなりそうなんだ。会社でちょっと処理しないといけないことがあってさ」

綾菜は雄太が何をしているかなんてどうでもよく、焦って問い詰める。

「私の絵をどこにやったの?」

雄太は綾菜がひどく焦っている様子を感じ、すぐに彼女を宥めた。

「綾菜、ちょっと落ち着いて。以前、お前のために個展を開いてやるって約束しただろ?

だから、お前の絵は全部、会場に運び込んであるんだよ。サプライズをしようと思ってさ。これも由理恵のアイデアなんだよ。最近、お前はなんだか色々あるみたいだから、それを少しでも癒せるんじゃないかって言ってくれて」

強い不安が、綾菜の心臓を鷲掴みにする。

由理恵のアイデア?あの女がそんな親切なはずがない。

綾菜が何か言う前に、雄太は用事があると言って、早々と電話を切ってしまった。

すぐに雄太からメッセージが届く。

【綾菜。住所を送ったから。また明日ね】

その晩、綾菜は眠れない夜を過ごした。

翌日、住所を頼りに見知らぬ美術館の前にやってきた。

完璧な笑顔を浮かべる雄太が、すでにそこで待っていた。

「綾菜!待ってたよ!」雄太は自然に綾菜の手を取り、「さあ、お前のために用意した個展を見に行こう」と言った。

綾菜は雄太に半ば引きずられるようにして会場に入った。

雄太はさらに勿体ぶって、スカーフで優しく綾菜の目隠しをする。

サプライズをしたいんだ、と雄太は言った。

しばらく静かに歩いた後、雄太は足を止めた。

スカーフが解かれた瞬間、眩しいほどの照明がつき、綾菜は眩しさに目を細める。

目が慣れてくると、綾菜は息を呑んだ。

自分の絵が!寝る間も惜しんで、心血を注いで描いた作品たちが!

今は見るも無惨にペンキをかけられ、目も当てられない姿になっているではないか!

雄太はすぐに近くのスタッフの腕を掴み、怒りを顕にする。

「どういうことだ!わざわざお前たちに準備を頼んだのに、なぜこんなことになっているんだよ?お前たちは何をしてたんだ?」

スタッフたちも驚いたが、何度も手を振り、慌てて説明した。

「ち、違います、黒崎社長。これは横山さんが……以前、横山さんから、このように飾るようにと指示がありまして……何度も確認したのですが、『破壊もアートの一種だから、作者の方もきっと喜んでくれるはず』と……」

綾菜は死んだようにその場に立ち尽くし、手のひらが痛くなるほど拳を握りしめていた。

果てしない憎しみと絶望が理性を押し流し、振り返って雄太の腕を強く掴む。

その声は、極度の怒りで激しく震えていた。

「雄太!あなたも見たでしょ!これがあなたが大事にしている由理恵がやったこと!この絵が私にとってどれだけ大事か知らない訳はないよね?なのに、どうして彼女に任せたの!?」

雄太の目に一瞬だけ罪悪感の色が浮かぶ。

しかし、すぐに彼は宥めるような表情になり、綾菜の手の甲を摩った。

「綾菜、落ち着いて。必ずなんとかするから。だから、安心して」

そう言うと、雄太は綾菜の手を離し、「由理恵に話をつけてくる」と背を向けた。

去っていく雄太の背中を見る綾菜は、心の中の怒りと悲しみをもう抑えられなかった。

綾菜は迷うことなく、雄太の後を追いかけた。
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