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14.十年前の残火

作者: 渡瀬藍兵
last update 公開日: 2026-07-21 12:43:56

 その後、僕たちは誠也くんを見つけるため、二手に分かれて病院内を捜すことになった。

 月瀬さんは一階から、僕は上の階から。

「何かあったら、すぐに私を呼んでくださいね」

 別れる直前、月瀬さんにはそう念を押された。

 そして僕は今、二階のナースステーションを捜している。

「誠也くーん。どこにいるのかなぁ……?」

 わざとらしく声を響かせながら、机と机の間を歩いていく。

 隠れている誠也くんへ、僕が近くまで来ていることを知らせるためだ。

 ……まさか、こんなふうに霊と遊ぶ日が来るなんて思いもしなかった。

 僕にとって、霊とは危険な存在だった。

 いや――今でも、その考えが完全に変わったわけではない。

 強い恨みや悪意を持った霊は、人を簡単に傷つける。つい先ほどだって、僕は誠也くんに吹き飛ばされ、扉へ叩きつけられたばかりだ。

 ただ、それだけが霊のすべてではないことも、今日初めて知った。

 あれほど恐ろしく見えた誠也くんも、本当は家族を待ち続けていた、寂しがり屋の七歳の男の子だったのだから。

 それでも僕は、母さんのように霊へ手を差し伸べることができない。

 僕が、霊を恐れない母さんとは正反対の考えを持つようになった理由。

 それは、十年前にまで遡る。

 ――僕と母さんは、何かに襲われた。

 あの日の記憶は、今も途切れ途切れにしか残っていない。

 僕へ迫ってきた、得体の知れない何か。

 咄嗟に僕を抱き寄せた母さんの腕。

 そして、僕を庇うように立ちはだかった背中。

 次に覚えているのは、白い病室の天井だった。

 母さんは僕を守った代わりに、その日から一度も目を覚ましていない。

 十年間、ずっと。

 鼻に残る消毒液の匂い。

 冷たく、どこまでも続くように思えた病院の廊下。

 そして枕元から聞こえてくる、

 ピッ、ピッ、という無機質な機械音。

 何度呼びかけても、母さんの瞼が開くことはなかった。

 手を握っても、握り返してくれない。

 あの日以来、病院も霊も、僕にとっては母さんを奪った記憶と切り離せないものになった。

 だから僕は、今でも霊が怖い。

 誠也くんのような子もいると分かっていても、その恐怖だけは簡単に消えてくれそうになかった。

「……って、今は捜すことに集中しないと」

 僕は小さく頭を振り、過去の記憶を追い払った。

     *

 机の下。

 倒れた棚の隙間。

 書類が散乱した休憩室。

 隠れられそうな場所を一つ残らず覗いてみたけれど、誠也くんの姿は見つからなかった。

「ここにはいないか……」

 ナースステーションを出たところで、僕はもう一度だけ中を振り返った。

 ライトの光が、埃を被った机の列をぼんやりと照らしている。

 黄ばんだパソコンのモニター。

 引き出しから溢れた書類。

 床へ転がった、用途の分からない医療器具。

 今では物音一つしない、時間から取り残された場所。

 けれど、かつては違ったはずだ。

 きっと大勢の看護師が忙しなく行き交い、患者たちと言葉を交わしていた。

 容体が良くなれば一緒に喜び、急変すれば誰かを救うために廊下を駆け抜けたのだろう。

 ここは確かに、誰かの命をつなぎ止めるための場所だった。

 見たこともないはずの光景が、頭の中へ浮かんでくる。

 どれほど人の声に満ちていた場所でも、時が流れれば、こんなにも静かになってしまう。

 そう思うと、胸の奥が僅かに締めつけられた。

「……もう行かないと」

 立ち止まっている場合ではない。

 誠也くんが、僕たちに見つけてもらうのを待っている。

 僕はナースステーションへ背を向け、再び暗い廊下を歩き出した。

 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸

 それから、数十分。

「誠也くーん……?」

 病室や物置、廊下の奥まで捜してみたけれど、なかなか見つからない。

 それどころか、翔太たちの姿さえ発見できずにいた。

 かくれんぼをしているだけのはずなのに、次第に胸の中で焦りが膨らんでいく。

 まだ捜していない場所はないだろうか。

 そう考えたとき、一つだけ心当たりが浮かんだ。

「……院長室」

 一階の隅にあった、あの部屋だ。

 初めて前を通ったときは入口から中を覗いただけで、きちんと足を踏み入れてはいない。

 誠也くんが隠れるには、ちょうどよさそうな場所でもある。

 月瀬さんも、今頃は一階のどこかを捜しているはずだ。僕もそろそろ下へ向かった方がいいだろう。

 それに、なぜだかあの院長室だけが、妙に心に引っ掛かっていた。

「よし……行ってみよう」

 僕は踵を返し、一階へ続く暗い階段を下り始めた。

 目指すのは、廊下の最も奥にある院長室。

 ライトを握る手には、無意識のうちに力がこもっていた。

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