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第7話

Penulis: 林檎
莉奈は突然の平手打ちに完全に面食らい、作りかけていた悲しげな表情すら顔に張り付いたまま固まっていた。頬には焼けつくような痛み……

え?何?この女、本当に叩いたの?

柊馬も呆気に取られていたが、すぐさま怒りを露わにした。

「柚希、気でも狂ったのか?お前がこんなに嫉妬深くて、性根の腐った女だとは知らなかったよ!今のお前、はしたないにもほどがあるぞ!」

「あら、そう?

で、それがどうしたの?」

柚希は気にする様子もなく手首を回すと、冷徹な視線で二人を見つめた。「もう次はないよ。もし、またこんなことしたら、二人まとめてだから」

その冷たい瞳と顔の激痛に、莉奈は思わず身をすくませる。

弱い者には強く、強い者には弱い。

柚希は鼻で笑うと、この汚らわしい二人には目もくれず、ゴミ箱に捨てられたノートパソコンを拾い上げてそのまま歩き出した。

「柚希!待て!」

柊馬は顔を真っ赤にして叫んだ。「それでも行くって言うなら、もう二度と戻ってくるなよ。AIエモリンクシステムの発表にも、お前の名前は載せてやらないからな!」

しかし、そんな脅しは何の意味もなさない。

柚希は足を止めることも、一度振り返ることもなく、その場を去った。

ドンッ。

腹の虫が収まらない柊馬は、力任せに、持っていたジュエリーケースを地面に叩きつけた。

和解したかったはずなのに、どうしてこうなってしまったのだ?

気力を振り絞って開発部から出た柚希だったが、腰の痛みでまともに立っていられなくなり、壁に手をついた。

「柚希さん」

雅美は柚希に駆け寄り肩を貸し、同情の視線を向ける。「病院に行きましょう」

「ありがとう」

——

腰を痛めた柚希は、スカイ・ペニンシュラへ戻り、ベッドの上で安静にせざるを得なくなった。

部屋の外、廊下には人影が……

健一が真剣な面持ちで報告する。「炎真様、調べて参りました。奥様はFSグループで莉奈様から嫌がらせを受け、そして柊馬様は事情も聞かずに莉奈様をかばったらしく……奥様の腰の怪我は、柊馬様に突き飛ばされたのが原因だそうです」

「死にたいようだな」

殺気が闇の中から一気に漏れ出す。

影の中に佇む長身の男は、その場の空気を一変させた。まるで地獄から現れた魔王のような圧倒的な威圧感をまとっている。

「あいつは自分の手すら制御できないようだ。だったら、その両手とも切り落としてやる」

健一は息をのんだ。炎真と柊馬の関係は確かに良好ではなかったが、ここまで残酷になったことは今までにない。今回の件は……よほど炎真の逆鱗に触れたようだ。

部屋の中では、またあのいい香りのお香が焚かれていた。

柚希は腰の痛みで眠れないと思っていたが、香りのおかげか、すぐ深い眠りに落ちた。

暗闇の中、彼女のベッドがふっと沈み、骨ばったしなやかな指先が、彼女の服の裾をそっとまくり上げる。

磁器のように白い肌があらわになった。

男の呼吸は次第に荒くなり、微かに震え空中をさまよう指先。

結局、男は目をつむり、薬を腰の青あざに塗り始めた。その手つきは、今にも壊れてしまいそうなガラスを扱うかのように優しい。

低く落ち着いた声が、闇の中で静かに溶けていく。

「お前を大切にしないような男の所なんかに、お前を返さないから」

——

FSグループの会議室。

柊馬は左側の空席に視線を向ける。本来ならそこに、柚希が座っているはずだった。

普段なら揉めても3日で関係を修復していたが、今回はもう1週間も経っている……

でも、大丈夫だ。明日は絶対に戻ってくるはずだから!

それに、柚希が長年力を入れてきたAIエモリンクシステム「ココロガタリ」を見捨てるわけがない。

何より……自分の元から柚希が離れていくなんて信じられなかった。

柊馬は視線を上げ、落ち着いた表情に戻す。「明日の発売発表は、何があっても失敗は許されない!ノクターン財閥との契約、必ず成功させるんだ!」

ノクターン財閥と契約を結べれば、FSは現状を打開でき、さらなるステージへと行くことができる。そして、従兄であり、常に自分の先を行く炎真とも戦えるのだ。

同じ桐生家に生まれながら、どうしてずっとあの人の後ろを進んでいかなければならないのか。

長年海外にいた炎真なのに、戻ってきたと思ったら、桐生家の最有力継承者となった。

そんなの、納得できない!

ノクターン財閥との契約は、3年間ひたすら力を蓄え、心血を注いで築き上げてきた悲願だった。だからこそ、今度だけは絶対に負けられない。必ず勝ち取らなければならないのだ!

「柊馬くん、あなたなら大丈夫」莉奈はそっと柊馬に寄り添い、確信を持つように囁いた。「準備は万端。絶対にノクターン財閥との契約を結んでみせるから」

——

携帯が震えた。

画面に表示された国外の電話番号を見た柚希は、ためらいつつも電話に出る。

「チーフ、18日に海鳴市で開かれる業界サミットですが、ご出席いただけますでしょうか?ノクターン財閥はその場で最終的な提携先を一社に絞る予定でして。研究開発部の新任チーフである以上、その決定権は当然チーフにあります。

ちょうど今、海鳴市にいらっしゃるとのことですので、本部の意向としては、ぜひご自身の目で確認し、選定をお願いしたいと考えています」

業界サミット……FSグループの「ココロガタリ」もそこで発表されるはずだ。

昔、柚希は心血を注いでこの企画を練り上げた。柊馬がノクターン財閥と提携する夢を叶えるために。

しかし今では……

自分が運命を決める側になった。

なんたる皮肉だろう。

柚希はふっと冷たい笑みを浮かべると、面白そうに言った。「ええ、私が行くわ」

——

18日、サミット会場のビルの1階。

柚希は落ち着いた足取りでエレベーターに向かった。

指がエレベーターのボタンに触れたその瞬間、背後から手が伸びてきて、白いタオルで顔を覆われた。助けを呼ぶ暇もなく、彼女は無理やり薄暗い非常階段の奥へと引きずり込まれた。

時を同じくして、サミットのメイン会場では、高級なタキシードを纏った柊馬が15度目の時間チェックをしていた。もう始まるというのに、柚希はまだ来ていない。

眉間に深いしわが刻まれ、声には苛立ちが滲む。「柚希はまだ来ていないのか?」

今来なければ、最後のリハーサルにすら間に合わない。

莉奈はわざとらしくため息をつき、柊馬を落ち着かせるように言った。「あと少しで始まっちゃうけど……柚希ちゃん、自分の必要性を知らしめるために、わざと遅れてるのかな?もう……本当に、柚希ちゃんのこの性格、なんというか……」

最後まで言わないことで、柚希は「わがまま」という印象を鮮明に植え付ける。

途端に柊馬の顔色は険しくなり、その苛立ちが嫌悪感に変わった。

「段取りはすべて前もって整えておけ。あいつが現れ次第、すぐに衣装に着替えさせて壇上に上げろ。1秒たりとも遅らせるな」

「ええ……分かった」

莉奈は素直に答えたが、その瞳の奥に陰湿な光が浮かんでいた。

即座にメッセージを送る。「成功した?」

すぐに返信が来た。「安心していいぞ。もうこっちの手の中にいるから。絶対、会場にはいかせないよ」

勝利を確信した莉奈の口角が自然と上がる。時間になっても、柚希が来ることはない!

「ココロガタリ」の設計者という栄光は、すべて自分のものになる!

柚希、あなたが私に勝てるものなんてあるの?

これから先、柚希のすべて……仕事、栄光、そして男までもが、全て私のものなんだから!

「桐生社長!莉奈さん!柚希さんがまだ来てないのですが……」汗だくになったスタッフが、走り寄ってきた。

柊馬の表情はこれ以上ないほど曇っている。柚希がこれほどまで身勝手で、3年の努力すら捨てるなんて夢にも思わなかった。

信じられない!

「柚希ちゃんってば、これほどの大事な場なのに、何でこんなこと……」

莉奈はわざとらしく悔しそうに足を踏み鳴らした。やがて、何か大きな決意を固めたかのように柊馬へ向き直る。「柊馬くん、もう間に合わない!プランBで行くしかない。私が柚希の代わりに発表するよ」

莉奈は真剣な眼差しで柊馬を見つめ、言葉に力を込めた。「柚希ちゃんがいなくても、柊馬くんのために全力で成功させる!ノクターン財閥との契約は、絶対に逃がさない!」

柊馬の中の苛立ちは募るばかりだったが、もはや選択肢はない。

疲労した様子で目元を押さえ、低い声で言った。「ああ……頼む」

莉奈は心の中でガッツポーズをし、今日のために特注した高級ドレスに着替えると、完璧に暗記した原稿を握りしめ、舞台へ向かった。

ライトが莉奈に集中する。

莉奈はにこやかな表情で、「ココロガタリ」の核心となる構想と技術的な強みをよどみなく説明していった。

発表が終わると、会場は水を打ったように静まり返った。1秒、また1秒……沈黙は、実に2分にも及んだ。そして次の瞬間、雷鳴のような拍手が、会場を揺るがすほどに沸き起こる。

「凄い!なんてすごい人なんだ!」

「AIエモリンクが現実に?今世紀最大の発明だ!ココロガタリは世界を変えるぞ!」

「終わった……FSグループのココロガタリがあったら、うちがノクターン財閥と契約を取るなんて、夢のまた夢」

「諦めるしかないな。桐生社長と違って、うちには優秀なスタッフを集める力もないからな」

……

柚希の栄光になるはずだったものが、この時をもって、全て莉奈のものになった。

ステージの中央に立ち、羨望の眼差しを一心に受け、悦に浸っている莉奈。

柊馬は、ステージで輝く莉奈を見詰めていた。本来であれば、成功を喜ぶべきところなのだろうが、心には鉛のような不安と動揺があった。

柚希は本当に3年の心血を注いだ企画を諦めるような女なのか?

まさかあいつに……

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