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第35話(11)

作者: 北川とも
last update 公開日: 2026-06-14 20:00:49

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*

 日が落ち始めた頃には、二人はホテルの部屋に入っていた。

 和彦は、着替えを入れた袋を手にしたまま、室内を見回す。落ち着いたブラウン系でまとめられた部屋は、単なるダブルルームではないようだ。宿泊料はけっこうするだろう。

 当日に訪れて、シティホテルで部屋を取れるのだろうかと心配したのだが、鷹津は予約を入れていた。つまり、今日の行動は衝動的なものではなく、しっかり計画を立てていたのだ。

 ここまで来て、鷹津の不可解な行動を問い詰めても、おそらく徒労感しか得られないだろう。鷹津はきっと教えてくれないし、強引に聞き出す腕っ節も勇気も、和彦にはない。

 総和会も長嶺組も大騒ぎになっているだろうなと、心の中でそっと嘆息する。

 クローゼットに袋を入れ、買ってもらったコートだけはハンガーにかけてから、さっそく靴からスリッパへと履き替える。

「足はどうだ?」

 ベッドに腰掛けた和彦の前に屈み込み、鷹津が問いかけてくる。

「大したことない。靴擦れというほどのものでもないし、本当に歩
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     どことなく軽薄さを感じさせていた関西弁のイントネーションが、この瞬間不穏さを帯びる。和彦はアウトドアチェアの上で身じろいだあと、おそるおそる隣をうかがい見る。とっくに餌がなくなったのに釣り竿を上下させながら、九鬼はこちらを見て薄笑いを浮かべていた。「楽しい、ですか……」「和彦さんが相続するキリエ和泉ビルがある地区のいわく、知ってますか?」「うっすらとだけ。長嶺の人間から聞きました」「いわくと言っても、この間見てもらったように、今はもう怖い場所ではないんですよ。殺されたヤクザが化けて出るとも聞きませんし、わたしも見たことありませんし」 際どい冗談に和彦は乾いた笑い声を洩らす。「確かに昔はヤクザが事務所を構えてたようですが、桐栄区で大規模な地域の浄化作戦が行われたときに、一旦立ち退いたそうです。が、すぐにまた派手に揉めて、下手すると自分たちの業界全体の排斥運動に至りかねないと危惧して、名のある組のいくつかが仲立ちする形で収まったというわけです。そのとき、騒動に加わったヤクザ連中と仲立ちしたヤクザたちが血判状をしたためたとか言われてます。まあ、収まりはしたけど、どうしても忌避感ってのは生まれるんですよ。ヤクザどもが大暴れした土地に対して。――さて、ここからが本題です」 悪戯っぽく九鬼が目を眇める。話に集中したくて、一旦針糸を引き上げて釣り竿を足元に置いた。「和泉家があの土地と関わりを持つに至った経緯です。昔からつき合いのある銀行から、担保物件として所有していたビルの扱いで泣きつかれたそうです。バブル景気なんて起こる前の時代ですからね。右から左に流して儲けられるわけじゃなかったんでしょう。ご夫妻は手を出すつもりはなかったんですが、とりあえず見学に行ったそうです。小さなお嬢さん二人を連れて。本当の目的は、帰りにデパートでお二人の洋服を買うことだったみたいですが」 ずいぶん昔の出来事のはずなのに、九鬼の口から語られる話から、ありありと当時の光景が想像できてしまう。できることなら、和泉家の面々が揃ったときに本人たちの口から聞きたかった。「当時、あのビルはひどい有り様だったようです。追い出されていたとはいえヤクザが根城にしていた

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    ** 九鬼から『釣りに』と誘われて頭に浮かんだのは、連休前に同じくオフィスで言われた『餌を撒きに』という言葉だった。 何か深い意味が込められているのではないかと勘繰り、誘いを断らなかったのだが――。 アウトドアチェアに腰掛けた和彦は、糸を垂らした釣り竿をゆっくりと上下に動かす。陽射しを受けて海面がキラキラと輝いていた。少し前まで薄曇りだったが、車で移動する間に頭上の雲はどこかに行ってしまった。「――息抜きで、たまに来るんですよ、この辺り」 隣でコンクリートの上に直に座り込んだ九鬼は、慣れた手つきで針に餌をつけている。 海上に張り出す形で数十メートル続く堤防には、同じく釣り人の姿が見える。出足が遅かったせいか、空いたスペースを見つけるのにちょっと難儀したぐらいだ。土曜日ということもあってか、父親に連れられた小学生ぐらいの子供の姿や、中学生だけのグループなどがおり、ときおり歓声を上げて楽しそうだ。 視線を少し先に向ければ、漁港が見える。釣果がなければ、漁港近くに並ぶ鮮魚店で買って帰りましょうとすでに九鬼に言われていた。「だから、車のトランクに釣り道具を入れているんですか」「考え事をするのにいいんですよ。海を見ていると、なんとなくストレスも軽くなってきますし。ただ、これからの季節はちょっとつらいですね」 それはそうだろう。すでにもう暑いのだ。今、和彦の頭には、途中で立ち寄った釣具店で餌と釣り針と一緒に買った麦わら帽子がのっている。九鬼はつばの長いキャップで、今日のラフな服装も相まって妙に似合っている。そもそも最初から釣りに出かけるつもりだったのだろう。事前に教えていてくれれば、和彦もそれなりに楽な格好をして行ったのだ。 スラックスで地面に座らせるわけにはいかないからと、アウトドアチェアを貸してくれたので文句はないが。 烏丸のほうは、保冷バッグを置きっぱなしにはできないともっともらしいことを言って、車で待機している。とはいえ、気を使ってくれて、手洗い用の水を汲んできてくれたり、飲み物を差し入れてくれたりと、短時間のうちでもちょこちょこと顔を出してくれる。 気楽に釣りを楽しみたいということで、九鬼

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