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第37話(18)

作者: 北川とも
last update 公開日: 2026-06-29 20:00:14

 おそらく初めて会った人物だった。八月の法要では、城東会の人間とも顔を合わせ、挨拶も交わしているが、今目の前にいる男の姿はなかった。八月以前に催された行事の記憶も辿っていると、男はチノパンツのポケットをまさぐり、小さく舌打ちをした。

「すまない。名刺入れを車に置いてきたようだ。――城東会顧問の、館野たてのだ」

「……佐伯です」

「ようやく、あんたに会えた。一度じっくり、話してみたいと思っていたんだ。うちの組長……、ああ、城東会のな。長嶺組の組長のことは、俺は〈本家〉組長と呼んでいるんだ。で、うちの組長が、あんたのことを褒めていた。何度か、言葉を交わしたことがあるんだろう?」

「ええ。行事のたびに、ご挨拶をさせていただいています」

「会うたびに、驚かされると言っていた。いかにも堅気だった色男が、図太く、したたかに、うちらの世界に染まってきているという意味で。上手く立ち回っているとも言っていた」

 和彦は、館野が〈うちの組長〉と呼ぶ男の姿を、脳裏に思い浮かべる。四
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  • 血と束縛と   第38話(14)

     南郷が軽く手招きすると、少し離れた場所に立っていた青年がこちらに駆け寄ってくる。タンクトップの上からシャツを羽織った、一見ごく普通の若者らしい服装をした青年だった。女の子に騒がれそうな華のある甘い顔立ちをしているが、感情を押し殺した無表情は、青年から個性を奪っているように思えた。  彼のこともまた、和彦の記憶には残っていた。しかし、強く印象に残っているのは顔立ちよりも、青年の胸元で揺れるシルバーのネックレスと、耳にいくつも空いたピアスの穴だ。前に、南郷に騙されて呼び出されたとき、和彦をカラオケボックスの一室に案内した青年だった。 「こっちは小野寺だ。加藤もだが、この先、何かと先生と顔を合わせる機会もあるだろう」  どういう意味かと、和彦は首を傾げる。南郷は口元に薄い笑みを湛え、車を示した。 「いつまでも立ち話もなんだ。車に乗ってくれ」  素早く後部座席のドアを開けてくれたのは、小野寺だった。  車が駐車場を出てすぐ、助手席の南郷が話し始める。 「――あいつらには、ゆくゆくはあんたの身の回りの世話や、護衛を任せたいと思っている。今は、あんたが本部に滞在していたり、総和会の仕事をするときにだけ、うちからの護衛をつけているが、いつまでもそういうわけにはいかない」 「と、言うと?」 「俺は……というより、オヤジさんの考えでもあるが、常にあんたに護衛を張りつかせておきたい。何かあってからじゃ遅いからな。これからあんたの価値と存在感はますます増す。そのことは、総和会の外にも知られるようになるだろう。目敏い組織だったら、すでにもうあんたに注目していても不思議じゃない」  和彦が顔を強張らせると、その反応を読んでいたように南郷がちらりと肩越しに振り返る。ニヤリと笑いかけられた。 「心配しなくても、あんたの身はうちがしっかりと守る。例の刑事のような害虫は、金輪際近づけさせない」  言いたいことはあったが、ここで南郷に抗議しても仕方がない。南郷の背後にいるのは、守光だ。守光はよほど、鷹津の存在を不快に感じていたのだろうと、南郷の発言からうかがい知ることができた。 「さっきの若い二人だけじゃなく、使える人材はいくらでも欲しい。あんたの事業

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     これまで南郷にされてきたことが一気に蘇り、和彦は怒りで我を忘れそうになる。こうして同じテーブルについていることも、精一杯の自制心を費やしてのことなのだ。  和彦は、本能的に南郷を恐れている。近づいてはいけないと、頭の中でずっと警報が鳴り続いているような状態だ。そんな和彦に対して南郷の要求は、あまりに酷だと言えた。  顔を強張らせると、南郷に鼻先で笑われた。 「そう、露骨に嫌そうな顔をしないでくれ。さすがに傷つく」  言い訳もできずに和彦が口ごもっている間に、言葉とは裏腹に平然とした様子で、南郷はステーキを平らげ、スープもあっという間に飲み干してしまう。そして、テーブルに置かれた伝票を手に立ち上がった。 「外で待っている。あんたはゆっくり食べればいい」  そう言われても、優雅にランチを楽しめるはずもなく、和彦はどうにかパスタを半分ほど胃に収めて、急いで店を出る。途端に、物陰に身を潜めていた護衛の男たちにさりげなく囲まれた。少し大げさではないかと感じているが、鷹津に連れ去られた件が尾を引いているのかもしれない。  駐車場では、車の傍らに立った南郷が煙草を吸っていた。そんな南郷に、携帯灰皿を差し出すのは――。 「あっ……」  和彦が洩らした声が聞こえたのか、南郷はほとんど吸っていない煙草を携帯灰皿に押し込んだ。 「早いな、先生。慌てなくてよかったのに」 「そういうわけには……。それより――」  南郷の傍らで、頭を下げ気味にして控えている青年を見遣る。やはり、間違いなかった。何日か前に、中嶋と一緒にいるところを見かけた青年だ。  Tシャツがぴったりと張り付いた体つきは精悍で、全身から若さが漲っているなと半ば感心して眺めていた和彦だが、逞しい左腕に黒々とした影が差しているのを見て、一瞬ドキリとする。目を凝らしてやっと、肌に彫ってあるものだとわかる。袖で絵柄の大半が隠れているが、瑞々しいともいえる黒の鮮やかさから、かつて千尋が入れていたタトゥーを思い出した。  和彦の視線を追うようにして、南郷も青年に目を向ける。 「こいつが気になるか、先生?」 「えっ、ええ……」  南郷は素っ気ない手つきで、青年のあご

  • 血と束縛と   第38話(12)

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  • 血と束縛と   第38話(10)

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  • 血と束縛と   第38話(9)

     思わず呼びかけて、逞しい背にぐっと爪を立てる。賢吾は驚いたように軽く目を見開いたあと、惚れ惚れするような鋭い笑みを浮かべた。 「性質の悪いオンナだ。まだ、俺を骨抜きにする気か」 「……な、に……?」  突然、賢吾にきつく抱き締められたかと思うと、上体を起こされた。  胡坐をかいた賢吾の腰の上に、繋がったまま跨る。自らの重みで一層深く欲望を呑み込み、背をしならせて和彦は仰け反ったが、賢吾にしっかりと抱き寄せられる。 「ひっくり返るなよ」  笑いを含んだ声で賢吾が言う。下から突き上げられる圧迫感に和彦は慎重に息を吐き出し、抗議の意味を込めて、もう一度背に爪を立てた。すかさず腰を動かされ、内奥で欲望が蠢く。 「あっ……」  賢吾の両手に尻の肉を鷲掴みにされたが、痛みが心地よくて、和彦は自らゆっくりと腰を揺らしていた。  室内に、粘膜同士が擦れ合う音と、和彦の掠れた喘ぎ声、そして賢吾の荒い息遣いが響く。ときおり、和彦が爪先で布団を蹴る音も。 「――和彦」  ふいに名を呼ばれて伏せていた顔を上げる。唇を塞がれて余裕なく舌を絡め合いながら、和彦は堪え切れずに、賢吾の引き締まった下腹部に欲望を擦りつける。中からの刺激で再び身を起こし、先端から悦びのしずくを垂らしていた。 「んんっ」  繋がっている部分を強く指の腹で擦られて、和彦の背筋が痺れた。ここで舌を解いて唇を離すと、大きく息を吸い込む。内奥でふてぶてしく息づく欲望をきつく締め付けると、耳元で賢吾が低く呻き声を洩らした。体の内で感じる大蛇の分身はドクドクと脈打ち、限界が近いのだとわかる。  和彦は、強い衝動に促されるように、大蛇の巨体の一部が彫られた肩にじわじわと歯を立てた。身じろいだ賢吾に腰を掴まれて内奥を突き上げられる。 「……俺は、度し難いほど、独占欲と執着心が強い」  突然の賢吾の言葉に、息を喘がせながら和彦は笑ってしまう。 「よく知っているつもりだ」 「だから、お前を今以上にどうやって雁字搦めにして、逃げ出さないようにするか考える。――俺が、先生を養子にするというのは、最善で最強の手段だと思っている」  汗で濡れた後ろ髪を

  • 血と束縛と   第4話(27)

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    last update最終更新日 : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第4話(2)

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    last update最終更新日 : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第11話(20)

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    last update最終更新日 : 2026-03-27
  • 血と束縛と   第11話(22)

     さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自

    last update最終更新日 : 2026-03-27
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