LOGIN「違い、ます……。ただ、あなたが何を考えているのか、気になって」
「頭のいい先生が考えるほどのもんじゃない。俺は、ただの欲深い男だ」 会話はここまでだと言うように、腰から這い上がってきた手がとうとう肩にかかる。力を込められたわけではないが、手を振り払えない圧力のようなものを感じ、それに和彦は屈した。 背を丸めて身を屈めると、南郷の脇腹におずおずと顔を寄せる。顔を背けるなという軽い脅しのつもりか、髪を梳かれた。 独特の艶まで描かれた百足の体に、和彦はぎこちなく唇を押し当てる。二度、三度と唇を押し当て、そこで顔を上げる。途端に南郷から言われた。「おいおい、あんたは長嶺組長に、いつもそんなおざなりなことをしてるのか?」 怒りと屈辱と羞恥から、カッと全身が熱くなる。何より、賢吾に対するものと同じ行為を要求する南郷の驕りが、ひどく癇に障った。 こんな不気味なものを、愛してやれるはずがないのだ――。 百足を見下ろし、心の中で呟いた和彦だが、南郷の求めに応じないわけにはいかムキになって反論する間に冷めてしまいそうで、和彦は黙って、温かなタオルに顔を埋める。心地よさに小さく吐息が洩れていた。「そのまま聞いてくれ、先生。――あんたをこれから、長嶺の本宅まで送り届けることになった」 タオルからわずかに顔を上げると、南郷はあごに手を当て、やけに神妙な顔をしていた。「本宅、ですか……」「あんたをゆっくり休ませて、昼頃にでもマンションに送る予定だったんだが、どうやら本部のほうで騒動になっているらしくてな。早く戻ってこいと命令された」「南郷さんに命令って、会長が――」「総和会の組織体系がまだピンときてないだろうが、あそこで、俺に命令できる人間はいくらでもいる。普段は何かと大目に見てもらって好き勝手しているが、さすがに長嶺組を本気で怒らせるような事態となったら、話は別だ。ケジメをつけるために指を何本か落とせと言われても、逆らえない」 南郷の話に、和彦は顔を強張らせる。騒動の原因が、自分の行動にあることを嫌というほど自覚しているからだ。大事になると薄々わかっていながら、長嶺組に連絡を入れることなく一晩所在をくらませ、しかも南郷と一緒だったと知り、長嶺組――というより賢吾の怒りは、和彦にも向くかもしれない。「……総和会には、どこにいるか知らせてなかったんですか?」「知らせたら、どこからか長嶺組にも伝わって、あんたは数時間とここにいられなかったはずだ。俺は案外、義理堅い男なんだ。まあ、誰にも邪魔されたくなかったというのもあるが」 別に、南郷に感謝しようという気持ちは湧かなかった。ただ、自分のせいで南郷が、総和会で危うい立場に追いやられるかもしれないということに、わずかながら申し訳なさを覚える。 そんな感情の揺れが顔に出たのか、南郷がニヤリと唇を歪めた。「優しいな、先生。そんなことだから、悪い男たちに付け込まれるんだ。それともあえて、そういう隙を見せているのかな」 返事の代わりに咳をすると、すぐに表情を引き締めた南郷は、和彦がテーブルの上に置いたスーツ一式を、無造作にゴミ袋に突っ込み始める。「何してるんですかっ」「バッ
二人分の精で汚れた和彦の下腹部を見下ろし、ぽつりと南郷が洩らす。和彦のほうは呼吸を整えるのが精一杯で、自分の姿を気にかける余裕はない。 南郷は、自分が脱ぎ捨てたワイシャツを掴み寄せると、惜しげもなく和彦の下腹部を拭き始めた。一瞬戸惑いはしたものの、少し前まで確かにあった屈辱や羞恥という感情は、虚脱感によって踏み潰されてしまった。 傲慢に振る舞われた意趣返しというわけではないが、後始末は南郷に任せることにする。「暑い……」 いまさら暖房の効きが気になり、つい声が洩れる。眉を跳ね上げて反応した南郷が、くっくと喉を鳴らした。「そりゃあ、あれだけ燃え上がればな」 腕を伸ばした南郷がスウェットのトレーナーを取り上げ、和彦は漫然とその様子を目で追う。太い首から胸元にかけて幾筋もの汗が伝い落ち、身じろいだ拍子に、脇腹に差した影も視界に入ってドキリとする。 汗が、百足も濡らしていた。ゾクリとするような生気を帯び、ますます艶が増している。総毛立つほど気味が悪いと感じる一方で、どこかで心惹かれるものがあると、この瞬間、和彦は認める。 それと同時に、南郷の脇腹に向かって手を伸ばしていた。 意識しないまま取った自分の行動に驚いた和彦だが、一方の南郷も、何事かと怪訝そうに眉をひそめる。だが、すぐに和彦の行動の意味を察したようだった。 伸ばしかけていた手を取られ、また脇腹へと導かれる。和彦は自分から指先を這わせていた。そんな和彦を、南郷は興味深そうに見下ろす。「――ほらな、あんたは刺青と相性がいい。それとも、俺と相性がいいのかな」 そう言って南郷が顔を寄せ、ベロリと目元を舐めてくる。その拍子に、ムッとするような雄の匂いが強く漂い、眩暈に襲われる。 心も体も疲れきっているというのに、それでもまだ胸の奥から湧き起こる淫らな衝動に、和彦は、南郷でも百足でもなく、自分自身を恐ろしいと感じた。**** ウトウトしていた和彦は、急に肩を揺すられて目を開く。南郷に見下ろされていると知り、慌てて起き上がろうとしたが、狭い折り畳みベッドの上だと
「違い、ます……。ただ、あなたが何を考えているのか、気になって」「頭のいい先生が考えるほどのもんじゃない。俺は、ただの欲深い男だ」 会話はここまでだと言うように、腰から這い上がってきた手がとうとう肩にかかる。力を込められたわけではないが、手を振り払えない圧力のようなものを感じ、それに和彦は屈した。 背を丸めて身を屈めると、南郷の脇腹におずおずと顔を寄せる。顔を背けるなという軽い脅しのつもりか、髪を梳かれた。 独特の艶まで描かれた百足の体に、和彦はぎこちなく唇を押し当てる。二度、三度と唇を押し当て、そこで顔を上げる。途端に南郷から言われた。「おいおい、あんたは長嶺組長に、いつもそんなおざなりなことをしてるのか?」 怒りと屈辱と羞恥から、カッと全身が熱くなる。何より、賢吾に対するものと同じ行為を要求する南郷の驕りが、ひどく癇に障った。 こんな不気味なものを、愛してやれるはずがないのだ――。 百足を見下ろし、心の中で呟いた和彦だが、南郷の求めに応じないわけにはいかない。天井を見上げたまま、口元に笑みを湛えている南郷の様子を上目遣いにうかがってから、和彦は再び行為に及ぶ。 震える舌先を、百足の長い体に這わせる。賢吾の大蛇の鱗を丹念に一枚一枚、愛撫したように。そうしていると賢吾は焦れたように背を震わせ、それを合図として、和彦は舌全体で大蛇の巨体を浅ましく舐め回し、高まった情欲のままに吸いつくのだ。行為の最中、導かれて触れる賢吾の欲望はいつも熱く高ぶっており、その反応に和彦は歓喜し、安堵していた。 賢吾だけではない。三田村と千尋の背にある刺青を愛撫するのは好きだった。何より、素直な反応を示されると、愛しいのだ。 微かに濡れた音を立てて、南郷の肌を吸い上げる。腹筋がぐっと硬くなり、傲岸でふてぶてしい男が決して無反応ではないのだと知らせてくる。 実際、南郷の欲望は、萎えることなく勃ち上がったままだ。 和彦の目には、下腹部に彫られた百足の赤い頭とともに、南郷の〈分身〉はなんともおぞましく映り、心の内で悪趣味ぶりを罵る。追い打ちをかけるように、こんな言葉がかけられた。「気に入ったんなら、
敷き直した毛布の上に仰臥した南郷は、傍らに座り込んでいる和彦に向けて手招きをしてくる。鷹揚な動作に反発する余裕もなく、毛布に包まった体を小刻みに震わせる。 逃げ道を探すように、どうしても視線を扉に向けてしまいそうになるが、それだけで南郷の機嫌を損ね兼ねないと思い直し、渋々――嫌々、横たわる逞しい体に目を向ける。隠す必要はないとばかりに南郷は、脇腹から下腹部にかけて這う百足の刺青だけではなく、興奮が鎮まる気配のない欲望を見せつけてくる。 そうやって、和彦の反応を楽しんでいるのだ。その証拠に、揶揄するように声をかけられた。「いつまで、そうやっているつもりだ。俺の体が冷えちまう」 南郷の肌を汗が伝い落ちている。それがひどく生々しく感じられ、和彦は咄嗟に顔を背けた。「やっぱり――」「嫌だというなら、さっき言ったが、あんたをこの場で犯すだけだ。暴れられて、思わず手を上げるなんて事態にはしたくないから、申し訳ないが縛らせてもらうが。尻さえ突き出してもらえば、用は済む」 卑猥で下劣な言葉に、煽られているとわかっていながらも反応せざるをえない。屈辱感に唇を噛み、怯えを押し殺しながら南郷を睨みつける。どこまでも和彦を甘く見ているのだ。だからこそ無防備に、こうやって体を曝け出せるのだ。 いくら非力とはいっても、爪で肌すら傷つけることができなくても、目を狙うことぐらいはできるというのに。「――怖いことを考えている顔だな、先生。普段は優しげなんだが、あんたはときどき、ゾッとするほど冷たい顔をする。感情が一気に欠落して、人間から人形になったような感じに……」 我に返った和彦が身構えようとしたときには、腕を掴まれ引っ張られる。抵抗する間もなく、分厚い胸元へと倒れ込み、間近から南郷と目が合っていた。さきほどまで皮肉げな色を湛えていたはずの両目に情欲の気配を感じ取り、和彦は息を呑む。 身じろごうとして、自分が南郷の右脇腹に手を置いていることに気づいた。そこから毒に侵入されたように、なぜか体が動かなくなった。 後頭部に南郷の手がかかり、ぐいっと引き寄せられる。「んっ……うぅ」
和彦は最後の抵抗とばかりに、抱えられた両足を振り上げ、なんとか南郷の顔か肩を蹴りつけようとする。南郷は煩わしそうに顔をしかめると、柔らかな膨らみに手を伸ばした。「暴れると痛い目をみるぞ、先生」 手荒く揉みしだかれて甲高い声を上げる。的確に弱みを弄られて、ささやかな抵抗は完全に封じられてしまった。 南郷が、指にたっぷり垂らした唾液を内奥の入り口に施してから、再び欲望を押し当ててくる。濡れた肉をわずかにこじ開けられたところで、堪らず和彦は細い声を上げる。無意識に片手を伸ばしてさまよわせると、その手を掴まれ、南郷の脇腹へと導かれていた。 ごつごつとして硬い腹筋を指先でまさぐると、逞しい体がブルッと震える。 気味の悪い百足の刺青になんとか触れまいとしたが、それを南郷は許さなかった。しっかりとてのひらを押し当てることを求められ、今にも内奥を犯されそうになりながら和彦は、百足を撫でた。 ああ、と南郷が吐息を洩らす。この瞬間、和彦の中で湧き起こる感情があった。 ある意味、馴染み深い感情ではあるが、南郷に対して持つべきものではない。和彦は必死に自分の中で否定しようとするが、その間にも南郷の行動は淫らさを増していく。「んんっ――」 欲望の先端で内奥のごく浅い部分をこじ開けられはするものの、深く押し入ってくることはなく、ただ擦られ、突かれ、浅ましい肉が自ら蕩けていくのを待つように刺激される。「美味そうな肉だ。真っ赤に充血して、濡れて、蠢いて……。先生は、百足が肉食だってことぐらいは知ってるだろ。昆虫だけじゃなく、小さな動物にだって喰らいつく。そんな百足だが、喰われることもある。天敵ってやつだな。例えば――蛇だ」 再び反り返った和彦の欲望の先端から、透明なしずくが垂れ落ちる。内奥に先端を浅く含ませたまま、南郷が片手で欲望を扱き始める。堪え切れず和彦は喘ぎ声を上げながら、腰を揺らしていた。「が、一方的に喰われるだけじゃない。蛇だろうが油断すれば、百足は容赦なく餌にする。獰猛でふてぶてしいんだよ。地面を這いずり回るどころか、湿った暗い場所に身を潜めているような嫌われ者の生き物だが、だからこそ俺にぴったりだ。極道の世
南郷が思わせぶりな手つきで、着ているワイシャツのボタンを上から外し始める。浅黒い肌が露わになっていくにしたがい、強い匂いが和彦の鼻先を掠めた。南郷自身の体臭に、汗だけではなくコロンや煙草の匂いも混じっている。 不快なほど強烈な雄の匂いだと思い、反射的に顔を背けようとしたが、南郷がワイシャツを一気に脱ぎ捨てる。 そこで姿を現したものを目にして、和彦は動けなくなった。 まさに筋骨隆々という言葉がふさわしい体つきに圧倒されたからではない。そんな南郷の引き締まった右脇腹から下腹部にかけて、不気味な影が這っていたからだ。 影の正体を知った途端、総毛立つ。本能的な忌避感と嫌悪感が、全身を駆け巡っていた。 瞬きもしない和彦に見せつけるように、南郷がわずかに体の向きを変える。「――こいつが俺のとっておきだ。立派なもんだろう?」 南郷が身じろぐたびに、浅黒い肌に彫られた刺青が、まるで生きているように蠢く。和彦はおぞましさに顔を強張らせながら、詰めていた息をわずかに吐き出す。 南郷の肌に棲んでいるのは、大きな百足だった。 艶々とした黒く長い体にはいくつもの節があり、そこから左右対となる無数の足が生えている。触覚を伸ばす頭と足は毒々しい赤色が使われ、それが気味の悪さに拍車をかけている。 ただ、彫った人間の腕は確かなものだろう。精緻に彫られた百足はあまりに生々しく、身をくねらせている姿に卑猥さすら感じる。「見惚れてくれてるのか、先生?」 南郷がのしかかってきて、己の高ぶりを和彦の下腹部に擦りつけてくる。いや、刺青を擦りつけているのだ。意図を察した和彦は全身を使って南郷を押し退けようとするが、びくともしない。 覆い被さってきた南郷と、汗で濡れた素肌同士が重なり合う。南郷から立ち昇る雄の匂いがますます強くなり、和彦は眩暈にも似た感覚に襲われる。そこに、まるで甘い毒でも注ぎ込むように、南郷が囁きかけてきた。「あんたなら、俺の刺青とも仲良くなれると思っていた。長嶺の男たちですら甘やかしているあんただ。俺の百足も、同じように甘やかしてくれ」「な、に、言って……」
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する