INICIAR SESIÓNそんな会話を交わしながら、賢吾に片手を握られる。ドキリとして和彦が隣を見ると、賢吾が口元に薄い笑みを湛えながら、握った手を引き寄せ、唇を押し当てた。この瞬間、艶かしい感覚が胸に広がり、和彦は息を詰める。
運転席と助手席にいる組員の存在が気になるが、当然のように、賢吾は意に介していない。 何度も指先や手の甲に唇を押し当てられ、手を引き抜くわけにもいかず、だからといって素直に反応してみせるわけにもいかない。困惑していた和彦は、とうとうこの空気に耐え切れなくなり、口を開いた。「どこに――」「んっ?」 ようやく賢吾の動きが止まる。ここぞとばかりに和彦は言葉を続けた。「ドライブがてらの遠出って、どこに行くんだ」 和彦がうろたえていることに気づいているのか、てのひらに唇を押し当てた賢吾の目が楽しげに細められた。「見舞いだ。昔、俺のオヤジと兄弟盃を交わした人で、長嶺組の傘下の組を任されていた。だが、引退してからすっかり弱ってな。いよいよ入院したという連絡が入ったんで、俺がオヤジの名代として行くこと思いがけない三田村の言葉に、きつい眼差しを向ける。「どうしてだ?」「……明日、長時間車に乗るんだ。体に負担がかかる」「いまさらだな。ぼくがそんなに柔じゃないのは、知ってるだろ」 和彦の眼差しを避けるように、三田村がわずかに顔を伏せる。その反応で薄々とながら、実は三田村が何を気にかけているか推測できた。夕方かかってきた賢吾からの電話だ。「もしかして、あんたにも、組長から電話がかかってきたのか?」「いや……」「でも、組長のことを気にしているだろ」 三田村は少し困ったような笑みを浮かべ、和彦の額に唇を押し当てた。「先生は鋭い」「鋭くなくてもわかる」 和彦を抱き締めたままじっとしていた三田村だが、深く息を吐き出したのをきっかけに、ぽつりと洩らした。「――……俺の〈痕跡〉をつけた先生を、組長の元に返すことが、いまさらながら怖くなった」 和彦は、三田村の頭を撫でながら応じる。「ここに来てから、あんたの本音をいくつも聞けた気がする。嫉妬したり、怖がったり……。ずっと、三田村将成という男は、寛容で優しくて、強いと思っていた」「がっかりしたか?」 まさか、と答えて和彦は笑う。「俺は、先生に嫌われたくない。そう思えば思うほど、自分のみっともないところを先生に見せていないことを痛感するんだ。先生を騙しているみたいで……」「ぼくなんて、あんたに初めて会ったときからずっと、みっともない姿を晒し続けている。そのうえ今じゃ、厄介で複雑な立場だ。それでもあんたは、こうして側にいるし、ぼくに触れてくれる」「……俺にとって、先生は特別だ。どんな姿だろうが、しっかりと目に焼き付けておきたいぐらい、貴重なんだ」「『どんな姿』でも?」 和彦の声に滲む猜疑心を感じ取ったのか、三田村は怖いほど真剣な顔となって応じた。「ああ」「だったら、信じる。その代わりあんたも、ぼく
『先生は薄情だ。離れてしまうと、もう目の前にいる男以外、どうでもよくなるんだろ』 ドキリとするようなことを言う賢吾だが、口調はあくまで楽しげだ。電話越しの和彦の反応をおもしろがっているのだろう。『四日間、のんびりできたようだな。その辺りは、自然だけはたっぷりあるが、言い換えるなら、それぐらいしかないような場所だ。退屈はしなかったか?』「いや……。三田村や中嶋くんに、ずいぶん気をつかってもらったから、楽しかった。連休中だから、車で少し出かければ、あちこちで何かしらイベントもやっていたし」『なんだったら、連休が終わるギリギリまでそこに滞在してもいいぞ』「その口ぶりだと、もしかして部屋の工事は終わったのか?」『とっくに。千尋だけじゃなく、俺もそろそろ先生の顔が見たくなった』 こういう場合、なんと答えればいいのだろうかと考えている間に、タイミングを失ってしまう。結局黙り込んでしまうと、電話の向こうで賢吾が低く笑い声を洩らした。『先生はそうでもないだろうが、やっぱり、側にいないと落ち着かないもんだ。――明日、戻ってこい』「……ああ」 電話を切った和彦は、いつの間にか自分にとって、長嶺の男の側が〈戻る場所〉になったのだと、唐突に実感していた。 連休が終わるまで別荘に滞在していいと言ったすぐあとに、当然のように、明日戻って来いと命令する賢吾の傲慢さに、ちらりと苦い表情を浮かべる。「ぼくの反応を、試したな……」 ギリギリまで滞在したいと和彦が言ったとしたら、賢吾はどう返事をしたのか、興味がある。もちろん、大蛇の化身のような男の反応を試す度胸は、和彦にはないが。 携帯電話をパンツのポケットに突っ込んだところで、気配を感じる。デッキチェアから身を乗り出して窓のほうを見ると、三田村が立っていた。窓は開けていたため、和彦が電話で話している声は聞こえていただろう。「――明日帰ってこいと言われた」 和彦が話しかけると、三田村もテラスに出て、側にやってくる。「先生のおかげで、のんびりと過ごせた」
連休中はどこかに出かけるのかと尋ねられ、まさか今のような状況になるとは思ってもいなかった和彦は、自宅でのんびりと過ごすと返信したのだ。一方の里見は、仕事が忙しくて休みどころではないらしい。 のんびり過ごすと返信した手前、いつ里見から連絡がきても応対できるようにと、こうして携帯電話を持ってきたのだが、三田村もともに過ごしているこの場所で、果たしてこれは正しい行動だったのだろうかと思わなくもない。「本当にぼくの生き方は、そういうことで成り立っているな。厄介で物騒な男たちの事情に雁字搦めになって、受け入れて、身を委ねて……」「そんなふうに言われると、俺の目の前にいる人は、自分の意思がなくて、弱いのかと思えますが、違いますよね。先生は、したたかでタフだ」「昔から、鍛えられているからな」 自分でもわかるほど素っ気なく応じて、携帯電話をナイトテーブルの上に戻すと、仰向けで再びベッドに横になり、窓の外に目を向ける。「……今は、甘やかされていると思っている。それに、いろいろと不便で窮屈なところもあるが、少なくとも、佐伯和彦という存在は認識されているし、必要ともされている」「その言い方だと、認識すらされていないときがあったみたいだ。――総和会も長嶺組も、徹底して先生のことは調べ上げているはずなのに、先生には秘密があるんじゃないか、なんてことを考えてしまいますよ」「そうだ。ぼくには、大きな秘密がある」 軽い口調で応じた和彦は、ニヤリと中嶋に笑いかける。虚をつかれたように目を丸くした中嶋だが、同じような笑みを返してきた。「聞いたところで、教えてくれないんでしょう。その様子だと」「冗談だ。本気にしないでくれ。ぼくは、長嶺の男に目をつけられるまでは、普通の暮らしをしていた、遊び好きの美容外科医だった。それだけだ……」 ふうん、と意味ありげに声を洩らして、中嶋が和彦の隣に横になる。ごろりと転がってうつ伏せになると、やはり窓のほうを見て目を細めた。「昼寝するには最高の陽気ですね。午前中は体を動かしたし、昼メシも食ったあとだし。俺も、釣ってきた魚の下処理
今回の別荘の滞在で、中嶋は世話係として本当にうってつけの人材だと、改めて感心する。一応、一人暮らし歴は長かったため、料理以外のことはソツなくこなせる和彦だが、三田村も中嶋も、器用さとマメさのレベルが違う。「君と三田村が側にいると、ぼくは一人暮らしでなんの経験を積んできたのか、という気になる……」 和彦の言葉に、中嶋は楽しげに声を上げて笑いながら、針に餌をつける。釣り竿を差し出されたので仕方なく受け取ると、無様な姿勢で湖に向けて仕掛けを投げた。「――先生は、それでいいんですよ。てきぱきと患者を治療して、クリニックの切り盛りまでして、そのうえ家事まで完璧にこなされると、世話を焼く人間がつまらない。少しぐらい隙があるほうが、かえって周囲から愛されるものです」 だったら自分は隙だらけだなと言いかけた和彦だが、それがとんでもなく自惚れた発言になることに気づく。寸前のところで別の言葉に言い換えた。「周囲にいるのがデキる男ばかりで、たっぷり甘やかされてるよ」 和彦の背後で中嶋が、クスッと笑い声を洩らした。もしかすると三田村も、唇を緩めるぐらいはしたかもしれないが、浮きの動きに集中する和彦には、そこまで確かめる余裕はなかった。** 開けた窓から入ってくる風があまりに心地よくて、スリッパを脱いだ和彦はベッドに転がる。そこで視界に飛び込んできたのは、ゆっくりと雲が流れていく青空と、緑豊かな山々だ。 ぼんやりと眺めていると、日ごろの多忙さや、自分の厄介な立場すらも遠いことのように思えてくる。今こうしてのんびりできるのは、その多忙さや、厄介な立場があってこそのものなのだが。 マンションの部屋の工事は進んでいるだろうかと、ふと気になった和彦は、寝返りを打った勢いで起き上がり、ナイトテーブルに置いた携帯電話に手を伸ばそうとする。このとき、部屋の前に立っている中嶋に気づいた。一方の中嶋も、驚いたように目を丸くしている。「……すみません。ドアが開いていたので」「風通しがよくなるから、開けておいたんだ。さすがに知らない人間がウロウロしているなら気をつかうが、そうじゃないし
**** 男三人が、静かな別荘地で何をして過ごすか――。 密かに和彦は、この問題をどうするべきなのかと心配していたのだが、意外なほどあっさりと解決した。主に、中嶋の働きによって。 垂らしていた糸がピンと張り詰め、両手でしっかりと持った釣り竿がしなる。和彦は半ば反射的に、隣で同じく釣り糸を垂らしている中嶋を見る。「先生、魚がかかるたびに、そう動揺しないでください。適当にリールを巻いて、魚の引きが弱ったら、釣り上げるだけです」「適当ってなんだっ……。その適当の加減がわからないんだ」 和彦が反論する間にも、掛かった魚が激しく暴れる。慣れない手つきで慌ててリールを巻き、竿を立てようと奮闘していると、背後で苦しげな息遣いが聞こえてきた。振り返ると、顔を伏せた三田村が肩を震わせている。「三田村、笑っているんなら、交代してくれ」「ダメですよ、先生。掛かった魚は、責任を持って本人が釣り上げないと」 和彦はじろりと、横目で中嶋を見る。言っていることはもっともだが、明らかに中嶋も笑っている。「……ぼくがオロオロしているのを見て、二人とも楽しんでいるだろ」「普段マイペースの先生が、おっかなびっくりで釣りをしている姿が、なんだか可愛くて。つい、からかってしまうんです。三田村さんも同じ気持ちですよね?」 中嶋に問われ、三田村は曖昧な返事をする。さらに言い合うのも大人げないので、まずは掛かった魚を釣り上げることに専念する。初心者ながら、さきほどから意外に釣果は悪くないのだ。 やや物騒な理由から、総和会が所有する別荘で連休を過ごすことになったが、別に和彦個人が狙われているわけではなく、身を隠しておく必要はない。賢吾からも、護衛をつけておく限り、自由にしていいと言われている。 では、自由に何をするか、という話題になったとき、朝食の後片付けを終えた中嶋が、別荘近くの湖で釣りをしないかと提案してきたのだ。道具一式は揃っており、冷蔵庫には餌になりそうなものものが入っていると言われれば、断る理由はなかった。「先生は、
「ぼくのオトコの感触だ……」 意識しないまま和彦が呟くと、三田村は口づけで応えてくれる。緩やかに舌を絡め合い、もっと互いを味わいたいとばかりに唾液を交わし、啜り合う。そんな口づけを交わす間にも、和彦の内奥は猛った欲望の感触に馴染み、強い刺激を欲し始める。 腰をわずかに揺らすと、それだけですべてを察した三田村が律動を刻み始める。内奥の襞と粘膜を擦り上げられ、鳥肌が立つほど和彦は感じてしまう。「うっ、ううっ、うあっ――」「……俺は、こういう先生も見たかった。首筋まで真っ赤に染めて、感じている先生を……」 三田村の唇が首筋に這わされ、ささやかな愛撫の感触にすら狂わされる。三田村に触れられる悦びで、体が蕩けてしまいそうだ。 うわ言のように三田村を呼び続けながら、必死に背にすがりつく。そんな和彦を惜しみなく三田村は愛してくれる。淫らな蠕動を繰り返す内奥の深い場所にまで欲望を突き込まれ、呻き声を洩らして和彦は感じる。「あっ、あっ、三田村っ……。奥、すご、い……」「ああ。よく締まってる。先生が、俺を欲しがっている」 狙い澄ましたように最奥を突き上げられ、そのたびに痺れるような法悦が溢れ出し、全身に行き渡っていく。内奥と欲望を擦りつけ合うだけの行為だというのに、気がつけば和彦は、二度目の絶頂を迎え、今度は自分だけではなく、三田村の下腹部も濡らしていた。 このとき恥知らずな嬌声を上げていたかもしれないが、惑乱した和彦には気にかける余裕もなく、ただすがるように三田村を見つめるのが精一杯だった。誘われたように三田村が目元に唇を押し当て、滲んでいた涙を吸い取ってくれる。 熱い吐息がこめかみに触れ、反射的に和彦は目を閉じる。内奥深くで三田村の欲望が爆ぜ、たっぷりの精を注ぎ込まれる。満たされる悦びに、浸っていた。 三田村の筋肉の強張りが一気に解ける。全身の血がめまぐるしく駆け回っているのか、熱い体から汗が噴き出し、流れ落ちていく。まるで、何かから解放されたようだなと思いながら、和彦は優しく三田村の体を撫でてい
すでに熱くなって身を起こしかけたものを、賢吾に愛撫してもらう。濡れた先端を指の腹で擦られ、ビクビクと腰が震える。「いつもより、涎の量が多いな」 からかうように賢吾に指摘され、和彦はムキになって下肢から手を払いのけようとしたが、低く笑い声を洩らした賢吾に反対に手を掴まれてしまった。促されるまま、和彦は自分の欲望に触れ、ぎこちなく慰める。 再び腰を突き出す姿勢を取らされ、背後から賢吾に貫かれた。 立った姿勢のまま繋がるのは、苦手だった。いつも以上の苦痛に襲われるからだ。その苦痛を紛らわせるために和彦は、自分のものを愛撫するしかない。賢吾は最初
楽しげに言い切った賢吾にあごを持ち上げられ、唇を吸われる。 和彦の体には、その長嶺父子に求められ、貪り合った行為の余韻が、疲労感として残っている。なんといっても、昨夜の出来事だ。しかも千尋が眠ったあとは、夜更けまで賢吾と睦み合っていたのだ。今朝は体がだるくてたまらず、入浴するのも一苦労だった。 体に残る感触すべてが、長嶺父子の情の強さを物語っている。自分の存在が、今はその父子に所有されているのだとも。 体の奥がズキリと疼き、和彦は小さく身震いする。口腔に賢吾の舌が入り込み、感じやすい粘膜を舐められる心地よさに目を閉じようとしたとき、車内に携帯電話の着
不遜だ、というのは簡単だが、ヤクザの世界にハッタリは必要だ。それがわかったうえで、男たちはしきたりを守っているのだ。 上座の壁には、三軸の掛け軸が掛けられている。そこに描かれているのが、賢吾の言う神なのだろう。物の良し悪しの判断は和彦にはできないが、掛け軸をかけてあるだけだというのに、大広間の空気がピリッと引き締まって感じる。「手伝うのはかまわないが……、組員でもないぼくが手を出していいのか?」「ヤクザの手に比べたら、先生の手なんざ、まっさらの絹布みたいにきれいだろ。うちの組の守り神さんも、先生に手伝ってもらうほうが喜びそ
和彦の体の上で、再び鷹津が動き始める。すでに、鷹津に対して従順になっている襞と粘膜は、行き来する逞しいものに絡みつき、吸いつく。体はとっくに、鷹津を受け入れているのだ。それどころか、和彦の気持ちも――。 奥深くを間断なく突き上げられ、波のように肉の悦びが押し寄せてくる。狂おしい快感に乱れながら和彦は、ただ本能的に鷹津の背に両腕を回し、しがみついていた。「うっ……ぁ、んうっ、うっ、はうっ……、うっ」 刺青のない背を撫で回し、爪を立てる。内奥で、鷹津のものが震えたような気がした。閉じた瞼の裏で鮮やか