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第8話(22)

Auteur: 北川とも
last update Dernière mise à jour: 2025-12-07 14:00:52

「何かあれば、すぐに知らせてくれ。こういう言い方は卑怯かもしれないし、そもそも効き目があるのかわからないが――、俺のためにも、先生は組の連中に素直に守られてくれ。そして、頼ってくれ」

 和彦は目を丸くしたあと、わずかに視線を伏せた三田村に笑いかける。

「……効き目十分だな、その台詞は」

「だとしたら、らしくないことを言った甲斐があった」

 三田村を煩わせたくなかった。和彦個人の事情に巻き込んで、組の中でさらに複雑な立場に追いやりたくない。

 だからこそ、やはり秦のことは言えなかった。自分の甘さが引き起こした問題である以上、できることなら、自分自身でケリをつけたい。

 和彦は一瞬だけ三田村の指先を握り締めてから、小さく呟いた。

「――大丈夫だ。心配いらない」

 スタジオで体を動かした和彦が、タオルで汗を拭きながらラウンジに向かうと、一足先にプログラムを終えたのか、中嶋がイスに腰掛けてスポーツ飲料を飲んでいた。和彦に気づくと、笑顔とともに会釈される。

「――先生、ずいぶんハードなのをスタジオでやってましたね」

 向かいのイスに腰掛けた和彦に、中嶋がさっそく話しかけてくる。見ていたのかと、思わず苦笑が洩れた。

「インストラクターに勧められたんだ。体力と持久力をつけたかったら参加してみませんか、って。一人でもくもくとマシンを動かすのも飽きていたし。さすがに、いきなり中級者クラスはきつかった」

「でも、様になってましたよ。パンチのときの腰の入り方といい、ハイキックでの足捌きといい」

「嫌いな人間を思い描くのがコツだな。そう思うと、狙いがズレない」

 音楽に合わせて体を動かすというと、まっさきにエアロビクスが頭に浮かぶのだが、インストラクターが勧めてきたのはボディアタックというプログラムだった。みんなと一緒に体を動かすということに気恥ずかしさを覚える性質の和彦も、全体の動きが格闘技のようだったため抵抗も少なく、興味半分で参加してみたのだ。

「誰を思い描いていたのか、聞くのが怖いですね」

 中嶋の言葉に、和彦は真顔で応じた。

「少なくとも、
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