Se connecter「何かあれば、すぐに知らせてくれ。こういう言い方は卑怯かもしれないし、そもそも効き目があるのかわからないが――、俺のためにも、先生は組の連中に素直に守られてくれ。そして、頼ってくれ」
和彦は目を丸くしたあと、わずかに視線を伏せた三田村に笑いかける。「……効き目十分だな、その台詞は」「だとしたら、らしくないことを言った甲斐があった」 三田村を煩わせたくなかった。和彦個人の事情に巻き込んで、組の中でさらに複雑な立場に追いやりたくない。 だからこそ、やはり秦のことは言えなかった。自分の甘さが引き起こした問題である以上、できることなら、自分自身でケリをつけたい。 和彦は一瞬だけ三田村の指先を握り締めてから、小さく呟いた。「――大丈夫だ。心配いらない」*
*
スタジオで体を動かした和彦が、タオルで汗を拭きながらラウンジに向かうと、一足先にプログラムを終えたのか、中嶋がイスに腰掛けてスポーツ飲料を飲んでいた。和彦に気づくと、笑顔とともに
こういう表現は変なのだろうが、南郷の土下座は美しかった。 ダークスーツに包まれた大きな体を畳に擦りつけるように折り曲げ、これ以上なく深く頭を下げるという屈辱的な姿勢を取っていながら、どこか誇らしげにさえ見え、そんな南郷の姿に和彦は、ただ圧倒されていた。 初めて目の当たりにした土下座が、よりにもよってヤクザによるものなのだ。しかも、ただのヤクザではない。十一の組で成り立っている総和会の、その頂点に立つ人物の側近だ。 自分は、そんな男を跪かせてしまったのかと、座布団の上に正座をした和彦は、空恐ろしさに小さく身を震わせる。 あくまで和彦と南郷の間に生じた〈些細な諍い〉は、南郷がこうして土下座をすることで、一応の和解となる。正確には、そう公言できるだけの手順を踏んだということだ。 和彦の気持ちとしては、そもそも事を大げさにするつもりはなかったし、頭を下げている南郷にしても、腹の内は煮えくり返っているかもしれない。それでも、和解は和解だ。「――……もう、頭を上げてもらえませんか? 十分ですから……」 こちらから声をかけなければ、南郷の行為を制止する人間はいない。なんといっても、和解のために用意された和室には、和彦と南郷の二人しかいないのだ。総和会と長嶺組双方からの立会い人の同席を求められたが、和彦自身が断ったためだ。その代わり、部屋の外で待機してもらっている。 本当はそれすら断りたかったが、さすがに二つの組織の面子のためにと言われると、無碍にもできなかった。 守光の居城ともいうべき総和会本部の中にいて、何かあるはずもないのだが――。 ようやく南郷がわずかに頭を上げ、鋭い上目遣いで和彦を見つめてくる。「この場に、俺とあんたの二人しかいないが、これでも立派な手打ち式だ。俺が頭を下げて終わりじゃない。あんたが、終わらせるんだ」「……ぼくに、どうしろと?」「簡単だ。ただ一言、許す、と」 ニヤリと南郷に笑いかけられ、数秒の間を置いて和彦は、敵意を込めた眼差しを向けていた。『許す』という言葉が、どれだけの行為に対してのも
ここで和彦は、この寝室にはまだ盗聴器は仕掛けられているのだろうかと思い至り、布団に頭まで潜り込む。いつでも意識するのは、賢吾の存在だ。「少し引っかかっている。穏便に済ませたいという気持ちは、確かにあるんだ。だけど、当事者のぼくに相談する前に、穏便に済ませるためのお膳立てが、会長と組長の間ですでにできていているようだった。ぼくは、上手く誘導されて頷いただけのようで――違うな。そうじゃない。こういうやり方で回っている世界だと知っているし、理解もしているんだ」 そもそも、自分のことで揉めないでほしいと望んでいたのは、和彦だ。長嶺の男たちの行動は、組織同士の無用な対立を避けるためであるだろうが、和彦の望みも叶えてくれている。それでも釈然としないのは、きっと自分のわがままなのだろう。「組長が何を考えているか、まったくわからない。南郷さんのことで、ぼくのことを迂闊だとか、隙がありすぎるとか、そんなふうに責められてもないんだ。……仕事の一つとして、南郷さんとのことを淡々と処理されたように感じる」 ここまで話したところで三田村は、和彦自身ですら輪郭を掴みかねている気持ちを、しっかりと言葉で掬い上げてくれた。『――先生は、組長の感情的な姿を見たかったんだな』「えっ」『俺の〈オンナ〉に何をしやがる、と言ってほしかったと、今の先生の言葉を聞いていたら、そんな心の声も聞こえてきた。……もしかして俺は、自分が思っているより酔っているのかもしれないから、そんなことと、笑ってくれてもいい』 真っ暗な布団の中で、和彦はゆっくりと目を瞬く。三田村の指摘に、自分でも驚くほど納得していた。「……そう、なんだろうな。ぼくは、自分でも呆れるほど、図太い神経をしているかもしれない。人を脅迫して、職場どころか、普通の生活まで奪った男に、そういうことを望むなんて」『組長は本当は、激情家なんじゃないかと、感じるときがある。背負うものがあって、危険な立場に身を置いているから、常に感情を律しているが。先生に直接意見を求めなかったのは、組長なりに危惧したからじゃないか』「危惧?」『先生が怯
南郷のことがあり、じっくりと考える余裕がなかったが、それは言い訳にしか過ぎない。本当は、あえて避けていたのだ。 英俊からの連絡に対して、どう対応すべきかという答えを出すことを。 いくら疎遠になろうが、夢に出てくる佐伯家の光景はいつでも鮮明だ。物心ついたときから感じていた疎外感すら、生々しく心に蘇っている。 もういい大人なのだから、実家と縁を切って生きていくことはできる。実際いままでも、似たようなものだったのだ。それが、こうして不安感に晒されるのは、現在、自分を大事にしてくれている男たちに何かしらの迷惑をかけるのではないかと危惧するからだ。世間からすれば、迷惑を被るのは佐伯家のほうだと、口を揃えて言うだろうが。 やっぱり、あの家のことは考えたくない――。 体を丸くした和彦は小さく呻き声を洩らしてから、再びサイドテーブルに手を伸ばす。携帯電話を取り上げると、救いを求めるように、誰よりも自分に優しい男に電話をかけていた。『――こんな時間にどうかしたのか、先生』 電話越しに聞こえてきたハスキーな声が、鼓膜に溶けていく。その心地よい感触にそっと吐息を洩らして、和彦は応じた。「今、大丈夫か?」『ああ、ちょうど部屋で一人で飲んでいたところだから、気にしないでくれ』「よかった、と言っていいのかな。ぼくのつまらない話につき合わせる気満々なんだが」『俺は、嬉しい。思いがけず、こうして先生の声を聞きながら、酒が飲めるんだから』 自分も、長嶺の男たちのことは言えないと、和彦は笑みをこぼす。三田村から、欲しい返事をもぎ取ったのだ。「……今日は、会長に呼ばれてちょっと遠出したから疲れたんだ。早めに寝たけど、夢見が悪くて、こんな変な時間に起きてしまった」『先生が、総和会の用事で出かけたことは、組にも報告は入っていたが、そうか、会長と……』 三田村の口調はあくまで優しいが、意識して感情を排しているようにも感じられる。「ああ……。何かしら、聞いてはいるだろう。南郷さんのこと」『組を騙す形で連れ出された先生の居
内奥深くにまで道具を突き込まれ、腰から下が甘く痺れる。自分でもわかるほど必死に、道具を締め付けていた。和彦は呻き声を洩らしながら、道具の蠢きに合わせて、妖しく腰をくねらせる。本当は何かにしがみつきたいが、両手首をしっかりと縛められているためそれができない。もどかしいが、そのもどかしさにすら、感じてしまう。「あっ、あっ、んうっ……、うあっ」「もう少し、武骨な形のオモチャも作らせよう。もう少し太く、もう少し長く――。それを味わうあんたを見てみたい」 ここで一度、内奥から道具が引き抜かれる。和彦は再び仰向けにされるが、両手首の縛めを解かれることはない。体の下に敷き込んだことでより拘束感が増し、和彦は半ば恐れながら守光を見上げる。当の守光は、端整な顔に笑みを浮かべ、上気して汗で濡れた和彦の体を眺めていた。しどけない和彦の姿とは対照的に、守光は浴衣の乱れすらすでに正している。和彦に、快感という責め苦を与える準備ができているということだ。 両足を広げられ、反り返って濡れそぼった欲望の形を確かめられる。先端を指の腹でそっと撫でられただけで、和彦は短く悲鳴を上げて感じていた。「この蜜は、あとでまた味わうとしよう。今は、オモチャ遊びだ」 和彦の欲望を緩く二度、三度と扱いた守光は、箱から鮮やかな朱色の組み紐を取り出した。一目見ただけで、その組み紐を何に使うか、和彦にはわかった。『オモチャ遊び』と守光は言ったが、漆塗りの箱は、さながらオモチャ箱だ。和彦を淫らに攻めるための道具が揃っている。「ふっ……」 興奮して震える欲望に組み紐が幾重にも巻きつき、根元をしっかりと締め上げられる。苦痛のため足掻こうとするが、肝心の両手は拘束されており、体を起こすのもままならない。そんな和彦の体を、守光は愛しげに撫で回し、唇を這わせてくる。「うっ、くうっ――ん」 柔らかな膨らみを片手で揉みしだかれながら、胸の突起を優しく吸い上げられる。和彦は甘い嗚咽を洩らして身悶えていた。これ以上ない痴態を守光に晒していると自覚はあるが、すでにもう自制がきかない。そもそも、和彦がそういう状態になることが、守光の望みだったはずだ。
守光の片手に、すでに精を放った欲望を掴まれる。緩く上下に扱かれただけで、和彦は放埓に声を上げて、守光に貫かれながら奔放に乱れていた。酔いのせいで箍が外れたと言う気はない。体が、守光に馴染み始めたのだ。 両足をしっかりと抱え上げられ、内奥深くまで守光の欲望を挿入される。大きくゆっくりと突き上げられて、和彦は上体を捩って悶える。他の男たちであれば、欲情をぶつけるように激しい律動を繰り返すのに、守光は違う。時間をかけ、責め苦のように快感で和彦を狂わせる。 浴衣を完全に脱がされ、胸元に愛撫の跡を散らされる。胸の突起を吸われて喉を震わせると、何度目かの口づけとともに、日本酒を流し込まれる。さらには今度は、柔らかな膨らみを、思いがけず手荒な手つきで揉みしだかれる。「ひっ……、あっ、あぁっ――」 刺激の強さに腰が跳ねそうになるが、体の奥深くまでしっかりと欲望を埋め込まれているためそれが叶わず、空しく震わせる。そこを容赦なく、守光に腰を揺すられ攻められていた。「よほどここが、いいようだ。あんたの尻が、しゃぶりつくように締まる。〈これ〉を仕込んだ男は、この具合が気に入ったんだろう」 守光の指に弱みをまさぐられ、弄られる。優しいが、残酷でもある手つきは、賢吾とそっくりだった。「うっ、うっ、もう、許し、て、ください……、そこは……」「だが、あんたは悦んでいる」 子供のように首を振る和彦の仕草に心惹かれたように、守光がじっと見下ろしてくる。眼差しの強さに羞恥した和彦だが、追い討ちをかけるように問われた。「ここがいいのか、先生?」 守光の指が妖しく蠢き、和彦の意識は危うく飛びかける。なんとか繋ぎ止めはしたものの、代わりに理性は蕩けきっていた。「は、い……」「もっと弄ってほしいか?」「……お願い、します」 守光の唇が緩み、感嘆するように言葉を洩らした。「賢吾や千尋が、あんたに骨抜きになるはずだ。見た目は品のいい青年が、こうも容易く体を開いて、淫奔ぶりを晒け出す
守光とようやく唇を吸い合うようになり、舌先を触れ合わせる。引き出された舌を柔らかく吸われ、軽く歯を立てられた瞬間、和彦の中に無視できない疼きが生まれて、呼吸が弾む。守光の目元が笑みを滲ませた気がするが、何が潜んでいるかわからない両目を覗き込むこともできず、視線を伏せる。それが合図のように、守光の舌が口腔に入り込んできた。 口づけは情熱的で、官能的だった。緩やかに舌を絡めながら、同時に守光の唾液を与えられ、微かに喉を鳴らした和彦は、無意識のうちに鼻にかかった声を洩らす。そんな自分の姿に気づき、燃えそうなほど全身を熱くしたところで、守光に促されるまま布団の上へと移動し、押し倒された。 浴衣の帯を解かれ、下着を脱がされる。湯上がりのせいばかりではない熱を帯びた肌を、守光が両てのひらで撫でてくる。和彦は顔を背け、ゆっくりと深い呼吸を繰り返していた。 守光の片手が両足の間に入り込み、和彦の欲望をそっと握り締める。さらに、首筋には唇が這わされていた。穏やかな愛撫に晒されながら、和彦は目を閉じる。心地いいと思った次の瞬間には、その愛撫を加えているのが守光だという現実にすぐに我に返り、心が揺れる。そんな和彦の反応すら見透かしているかのように、唐突に守光が両膝を掴み、足を思いきり左右に開かされた。「あっ」 動揺した和彦は反射的に目を開け、声を上げる。その拍子に、守光と目が合った。ここでもう、守光の行動すべてを目で追わずにはいられなくなる。 守光は、開いた両足の間に頭を伏せる。さきほどまで、てのひらに包み込まれて扱かれていた和彦の欲望に熱い息遣いがかかった。「んうっ……」 守光の口腔に欲望を含まれた瞬間、強烈な感覚が背筋を駆け抜ける。和彦は布団の上で大きく背を反らし、息を詰める。 守光の愛撫は激しさとは無縁だった。和彦の欲望を優しく吸引し、舌を絡ませながら、じっくりと口腔で育てていくのだ。和彦は速い呼吸を繰り返しながら、次第に下肢から力を抜き、望まれるまま自ら大きく足を開く。 感じやすい先端にくすぐるように舌先が触れ、そのたびに下腹部を震わせる。和彦の欲望は、守光の口腔で熟しきっていた。「――この味が、恋しかったんだ。あ
薄い笑みを浮かべた秦が、自分の口元を指さす。ああ、と声を洩らした和彦は、顔をしかめる。「君に避けられ続けて、少し落ち込んでいるようだったぞ、中嶋くん。ぼくとしては、困惑する彼の姿を想像して、君は楽しんでいるんじゃないかと思っているんだが――」「残念ながら、本当に忙しかったんです。しかし中嶋は、先生に対しては素直なんですね。少し妬けますよ」「……自分の素性を明かしもしないくせに、相手の心の内は知りたいなんて、ずいぶん都合がいいな。それだけで愛想をつかされても、仕方ないぞ」「手厳しい」「ぼくだって、彼に
「先生が」「……着方がわからない」「とりあえず羽織ってみたらいい」 和彦は困惑しつつ、賢吾の着物姿を眺める。大柄な賢吾のために仕立てた着物を自分が着た姿を想像してしまった。すると、和彦の心配を察したのか、短く笑った賢吾が衣装ケースに歩み寄った。「先生にちょうどよさそうな着物がある。この家じゃ、もう誰も袖を通さないものだ」 そう言って賢吾が取り出したのは、明らかに女性ものの着物だった。長襦袢の鮮やかな桜色を目にして、和彦は頬が熱くなってくる。「それ、女物じゃないかっ…&hell
あまりに簡潔な賢吾の返事に、和彦は唇を動かしながらも、声が出なかった。言い返すべき言葉が見つからない。「……どういう、理屈だ……」「俺は自分の〈女〉を、オヤジに一人しか紹介したことがない。千尋の母親だ。オヤジはそれこそ、蛇蝎のごとく嫌っていたがな。そのオヤジが、俺の〈オンナ〉を紹介しろと、何度も言ってくる。もちろんいままで、俺は自分のオンナをオヤジに会わせたことはない。後腐れなく一度しか寝ない相手を、わざわざ紹介するまでもないからな」 どこか楽しげな口調で話しながら賢吾は、厚みのある固くて大きな
参拝を済ませて、来た道を引き返そうとした和彦は、授与所のほうを見る。せっかくなので破魔矢を買いたいと思ったのだが、この状況では無理だろう。 人並みに参拝できただけで、満足しておくべきかもしれない。そんなことを考えながら、神社同様、混み合う駐車場に戻ると、周囲の視線を気にかけつつ賢吾と同じ車に乗り込む。 「――先生、欲しいものはないのか?」 突然の賢吾の言葉に、マフラーを外していた和彦は手を止める。 「えっ……」 「組の人間とぞろぞろ連れ立って歩いていたら、悠長に露店を覗くこともできなかっただろ。欲しいものがあれば、若い者に買いに行か







