Masuk昔の凛音なら、柊夜が微かに眉をひそめただけで、生きた心地がしないほど心配してくれたものだった。だが今や、たとえ彼が目の前で死んだとしても、彼女は見向きもしないだろう。凛音は、もう本当に俺のことを愛しておらず、完全に見限ってしまった……柊夜は執事に命じて、凛音を病室へ呼ばせた。ベッドの傍らに立つ凛音の表情は、どこまでも冷ややかだった。「一ヶ月の約束が、もうすぐ満了するわ。あなたが交わした約束、どうか忘れないでちょうだい」頭では分かっていたはずなのに、凛音のあまりに事務的な態度に、柊夜の胸の奥には再び耐え難い激痛が走った。「約束は違えない。三日後、お前と一緒に法廷に立ち、蒼真の無実を証明しよう」彼は自嘲気味に笑った。「俺の手元に、瑠奈が蒼真を罠に嵌めたと自ら認めている動画がある。凛音……お前が身に付けているレコーダーは、もう出番がないはずだ」凛音の体が微かに強張った。彼はとっくに気づいていたのだ。ここ数日、彼女が隙あらば柊夜から証言を引き出そうとしていたことを。すべては法廷での証拠を固めるためだったが、まさか最初から見透かされていたとは。最後に、柊夜は深く息を吸い込み、両手を力なくベッドに落とした。「凛音……今度こそ、本当にお前を自由にするよ……」三日後。蒼真にかけられた冤罪を晴らすための再審公判がついに幕を開けた。瑠奈は連れ出され、被告人席へと座らされた。彼女は虚ろな表情で最終的な判決を聞き流した。刑期が加算され、さらに重い実刑判決を言い渡されると、再び冷たい手錠をかけられて連行されていく。法廷を去るその瞬間、彼女の瞳には微かな光すらなく、まるで枯れ木のようにすべてに絶望しきっていた。一方の柊夜は、偽証への加担により弁護士資格を剥奪され、法曹界から永久に追放された。さらには、懲役三年の実刑判決が下された。そして、柊夜が収監されたことで、至誠法律事務所のとうに地に落ちていた信用は完全に崩壊した。事務所は一夜にして瓦解し、所属していた弁護士たちも蜘蛛の子を散らすように去っていき、かつての威光は跡形もなく歴史の闇へと消え去った。収監される直前、柊夜は人づてに凛音へただ一言だけ伝言を残した。「すまなかった」凛音は、それに一切の返答を返さなかった。世の中には、許さないと決
柊夜はその場に立ち尽くし、この瞬間になってようやく悟った。本当の意味で「愛が消え失せる」ということは、彼女が自分を見つめても、もはや涙一つこぼさないという残酷な事実なのだと。そして自分という存在が、彼女の心の中で音を立てて崩れ去っていくのを。抑えきれない後悔と激しい痛みが胸を締め付け、柊夜は百合の花を握る手にぐっと力を込めた。その後の半月余り、凛音は傍観者のように、あの手この手で自分を取り戻そうと足掻く柊夜の姿を見つめていた。その顔に、感情の揺らぎは微塵もなかった。期待に満ちていた柊夜の目が、次第に絶望に染まり、最後にはその光さえも完全に消え失せるまで、彼女はただ傍観し続けた。だが、彼が味わっているこの程度の苦痛が、かつて自分が受けた絶望の半分にでも満つるだろうか。最終的に、柊夜は目を真っ赤に腫らして彼女の前にひざまずき、逃げ場を失った獣のように大粒の涙をポロポロとこぼした。「凛音……どうすれば、もう一度俺の元に戻ってきてくれるんだ?手放したくない……絶対に手放したくないんだ……」凛音は柊夜を見下ろしたが、その心には波風一つ立たなかった。彼女は身をかがめ、指で柊夜の顎を持ち上げた。「そこまで私を愛しているというのなら、どうしてあの時、瑠奈を庇ってお兄さんに強姦の濡れ衣を着せ、刑務所へ送ったりしたの?」凛音の表情は平然としていたが、胸の奥では緊張が走っていた。彼女の服の裏側には、小型のレコーダーが密かに忍ばせてある。これこそが、彼女が一ヶ月の約束に応じた最大の目的だった。柊夜は凛音の服の辺りにちらりと視線を落とした。「すまなかった……あの時は俺も瑠奈に騙されていたんだ。彼女に加担して、蒼真を陥れるべきではなかった。凛音、俺が間違っていた……俺が悪かった……」彼は天を仰ぎ、絶望と苦痛に顔を歪めて目を閉じた。目尻から滑り落ちた大粒の涙が、凛音の手の甲にポタリと落ちる。引き出したかった自白が取れたのを確認すると、凛音はすっと手を引っ込め、氷のように冷たい表情に戻った。「すべての謝罪が許されるわけじゃない」次の瞬間、凛音の手のひらに何かが押し付けられた。ナイフだった。凛音はハッとして手を引こうとしたが、柊夜に強く握り込まれてしまった。柊夜は立ち上がり、涙ぐみながら笑みを浮か
至誠法律事務所は法曹界の鼻つまみ者となり、一夜にして栄光の座から転落した。事務所の入り口には怒れる人々が殺到し、あたりには投げ込まれたゴミや汚物が散乱していた。さらに正面の壁には「人間のクズ」「廃業しろ」といった激しい非難の言葉がスプレーで無残に殴り書きされた。この機を逃さず、凛音は畳みかけるような苛烈な追撃を開始した。彼女は裁判所に対し、蒼真の自白は脅迫によるものだったと主張し、再審を求めた。凛音が再審請求を出した翌日、柊夜の方から自ら連絡を寄越した。「凛音、俺の手元に蒼真が冤罪である証拠がある。俺の元へ戻ってきてくれるなら、この証拠をお前に渡そう」凛音は一蹴した。今の彼女には、柊夜に対する憎悪しか残っていない。彼の元に戻るなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだった。ましてや、今の彼女には響介という絶対的な支えがある。柊夜に頼らずとも、自らの力で蒼真の無実を証明することはできる。ただ、少しばかり回り道になるというだけのことだ。凛音にきっぱりと拒絶され、柊夜はすがるような卑屈な声を出した。「一ヶ月、たった一ヶ月だけでいい。頼むから……一ヶ月俺の傍にいてくれれば、俺のこの手で、必ず証拠をお前に渡す!」凛音は少し考えた末、最終的にその条件を呑むことにした。一日でも早く再審を勝ち取れれば、蒼真は一日でも早く自由の身になれるのだから。凛音が帝都へ戻ると決まり、響介は心配のあまりどうしても同行すると言って聞かなかった。凛音は背伸びをして、響介の頬に素早くキスを落とした。「大丈夫。今回戻れば、柊夜からもっと多くの証拠を引き出せるかもしれない。すべて終わって戻ってきたら、あなたと結婚する」そのたった一言が、響介の鉄壁の理性を脆くも崩し去った。彼は凛音の体を力強く抱き寄せた。「約束したからな……絶対に、無事で戻ってくるって」こうして、凛音は再び帝都へと舞い戻った。一方の響介は、引き続き海都に留まることになった。彼にはまだ、ネット上の世論戦を監視し、至誠法律事務所への追撃を指揮するという役目がある。凛音が後顧の憂いなく戦えるよう、盤石な地固めをしなければならないのだ。帝都。凛音は、かつて柊夜と暮らしていた家に戻ってきた。家の中の光景は、彼女が去ったあの日から時が止まっ
世論の怒りは頂点に達し、SNS上では「クズ男と泥棒猫にカミソリを送りつけてやる」といった過激な書き込みが溢れ返った。柊夜と瑠奈の社会的信用は完全に失墜し、世間の激しい非難の的となった。その煽りを受けて至誠法律事務所の株価は暴落し、大口のクライアントも次々と契約解除を申し出た。この猛烈な世論のバッシングに、柊夜はすっかり打ちのめされていた。彼は多額の資金を投じてトレンドから記事を削除させ、事態の揉み消しを図った。しかし、火消しをしたそばから、すぐに新たな告発記事がトレンドのトップに躍り出るのだった。この背後で、天音法律事務所が糸を引いていることは柊夜にも分かっていた。一方、天音法律事務所。凛音と響介が向かい合って座り、至誠法律事務所の最新の内情調査報告書に目を通していた。その時、凛音のスマホが鳴った。電話の向こうからは、疲労困憊して途方に暮れた様子の柊夜の声が聞こえてきた。「凛音……そこまで俺を憎んでいるのか?俺のすべてをぶち壊したいほどに……」これほどのスキャンダルが明るみに出れば、至誠法律事務所にとって致命傷になるのは火を見るより明らかだ。何しろ、公正さを失った法律事務所など、一体誰が信用するというのか。凛音の声は氷のように冷え切っていた。「言ったはずよ。あなたと瑠奈が私と家族にしたこと、少しずつ、すべてお返しするって。柊夜、本当の地獄はこれからよ!」電話を切り、凛音は再び手元の報告書に視線を戻した。響介は涼しい顔をしていたが、その全身からは、すべてを盤上で操る策士としての絶対的な余裕が漂っていた。彼の鋭い眼差しは、報告書の数字に釘付けになっている。「至誠が崩壊するのは時間の問題だ。こちらは引き続き資金を投入して、トレンドへの露出を最大化させる」凛音は頷き、その瞳には冷ややかな光が宿った。この世論戦において、二人の勝利はすでに揺るぎないものとなっていた。これこそが、彼女が天音に戻り、響介と取引を交わした理由だ。至誠と、そして柊夜と互角に渡り合うためには、十分な切り札が必要だった。世論の波を起こすには、まず天音の持つ絶大な影響力を借りなければならなかったのだ。純子の事件がネット上で激しい議論を呼んでいる最中、ついに決定的な転機が訪れた。事件当日、偶然現場に居合
響介の家へ駆けつけた凛音は、手慣れた様子でドアの暗証番号を入力した。中へ入ると、リビングのソファに横たわった響介が、苦しそうにシャツの襟元を引っ張っているのが見えた。彼の体からは、まだ濃いアルコールの匂いが漂っていた。凛音は慌てて駆け寄り、響介の体を起こしてベッドへ運ぼうとした。だが、彼の体は重かった。持ち上げるどころか、逆に彼に引っ張られる形でバランスを崩し、凛音はそのまま響介の体の上に倒れ込んでしまった。図らずも二人の鼻先がぶつかり合い、互いの熱い吐息が至近距離で交じり合う。電流が走ったように凛音の全身が硬直した。次の瞬間、響介がふいに顔を上げ、凛音の唇を激しく塞いだ。病院で半月以上ベッドに寝たきりだった柊夜は、ようやく退院の日を迎えた。だが、彼の目の前に現れたのは、指を絡ませ合い、仲睦まじげに手を繋いで歩いてくる凛音と響介の姿だった。その繋がれた手を見た瞬間、柊夜は頭に血が上り、理性が完全に吹き飛んだ。彼は血走った目で凛音の前に突進し、その腕を力任せに掴んだ。「凛音、そいつと一緒にいるなんて絶対に許さない!お前は俺のものだ!」響介は凛音の前に立ちはだかり、その表情を氷のように冷たくした。「どうした?もう一度病院送りにされたいのか?」柊夜は歯を食いしばり、反撃に出ようと拳を握った。だがその時、彼のスマホが鳴った。事務所の方でトラブルが発生し、至急戻って対応しなければならないという。柊夜は仕方なく凛音から手を離した。「凛音、俺は一度帝都へ戻る。向こうの件が片付いたら、必ず迎えに来るからな!」柊夜が帝都へ戻った後、凛音のライブ配信は着実に軌道に乗り始めていた。初めこそ助けを求めてくる人はまばらだった。だが、凛音が苦境に立たされた女性たちの痛みに深く寄り添いながらも、問題の核心を突いて的確に指摘し、具体的な解決策を提示する手腕が次第に評価され始めた。そこへ天音法律事務所のネームバリューが加わり、さらに響介が裏で多額の資金を投じてプロモーションを行ったこともあり、凛音のアカウントは瞬く間に人気に火がついた。彼女の評判を耳にした女性たちが配信ルームへ続々と詰めかけ、自身の悩みを打ち明けては、凛音に法的なアドバイスと援助を求めた。こうして、凛音の名声は日に日に高まっていった。社会
「男の介抱なんて、お前が直接手を貸すようなことじゃないだろう」そう言うと、響介は一歩前に出て、柊夜の体をゆっくりとベッドへ横たわらせた。だが、その手つきは驚くほど乱暴で、柊夜はベッドに背をつく際、頭をベッドボードのパイプに思い切りぶつけ、くぐもったうめき声を漏らした。傍らで見ていた凛音は、思わず吹き出してしまった。常に冷静沈着で隙のない響介に、これほどまで大人気ない一面があろうとは。自分の目論見を響介にぶち壊され、柊夜は彼をきつく睨みつけたが、体が動かない今はどうすることもできない。響介はさらに容赦なく力を込め、柊夜に再び歯を食いしばらせてうめき声を上げさせた。その後、響介は高額な費用を払い、二十四時間体制で付き添うベテランの介護士を雇い入れた。プロの介護士がついた以上、柊夜には凛音を引き留める口実が完全になくなってしまった。柊夜は恨めしそうな目で凛音を見つめ、同時に、響介にはさらに殺意の込もった視線を向けた。病院での看病を終え、響介は凛音を車で家まで送り届けた。道中、響介は最高級の和牛と旬の野菜を買い込み、凛音が九死に一生を得たお祝いに、自宅ですき焼きを振る舞いたいと言った。キッチンで、二人は並んで野菜の下ごしらえを始めた。十分なスペースがあるはずなのに、響介はわざわざ凛音のすぐ隣に陣取り、彼女と肩を並べるようにして片時も離れようとしなかった。その途中、響介の指先が不意に凛音の頬を掠めた。たったそれだけのことなのに、彼女は顔が火を吹くほど熱くなるのを感じた。凛音は割り下を準備するという口実を作り、逃げるようにリビングへと戻った。準備が整った。すき焼きの鍋から香りと湯気が立ち上る中、響介はシャツの袖をまくり、引き締まった前腕の筋肉をのぞかせた。これまでに幾度となく見てきたはずの姿なのに、今夜の凛音はどういうわけか、それを見ただけで顔が赤らむのを抑えられなかった。響介は手慣れた手つきで霜降り肉を割り下にくぐらせ、凛音の好物ばかりを選んでは、彼女の小鉢へと取り分けてくれた。時折彼の手が伸びてくるたび、凛音はビクッと肩を震わせ、さらに顔を赤く染めた。この夜、響介が何を話していたのか、凛音は一言も頭に入っていなかった。一晩中、耳の奥はじんじんと熱く、胸の鼓動はいつまでも静まらなかった。こ