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第4話 

Author: むぎゅ
澄音は中絶手術の予約を入れた。

だが、診察と検査を終えたあと、医師は厳しい顔で告げた。澄音はもともと妊娠しにくい体質であり、この子を諦めれば、今後子どもを望むのは難しくなるかもしれないという。

澄音はまだ膨らみのないお腹に手を当て、うつむいたまま長いあいだ黙り込んだ。

今の自分は、頭の中がぐちゃぐちゃで、とても決められる状態ではなかった。

「琴川さん、本当に中絶手術の予約を入れますか?」

医師がもう一度尋ねると、澄音は疲れきった顔を上げ、最後にはゆっくりと首を横に振った。

翌朝早く、父から見合い相手の写真と待ち合わせ場所が送られてきた。

澄音はため息をつきながら起き上がり、身支度を整えて、急いで約束の場所へ向かった。

待ち合わせ場所は、駅ビルにあるカフェだった。澄音が着いたとき、相手はまだ来ていなかった。

澄音は水を一杯頼んで席に着き、この相手にどう切り出して事情を話すべきか考えた。

――今の自分は妊娠している。子どもを諦めるにしても産むにしても、すぐに新しい関係を始められる状態ではない。

約束の時間を30分過ぎてから、見合い相手はようやく現れた。

30代半ばを過ぎたように見える、柄物のシャツを着た、少し髪の薄い男だった。

男は席に着くなり、澄音に苦手なものがあるかどうかも聞かず、食べ物や飲み物を勝手にいくつも注文した。

澄音が口を開こうとした瞬間、向かいの男が遠慮なく話し始めた。

「琴川さんですね。私は須藤栄太(すどう えいた)、今年34歳です。あなたの資料はもう拝見しましたので、雑談は省きましょう。午後も予定がありますから、なるべく手短に進めたいんです。

私は大手IT企業のG社でプログラマーをしています。朝九時から夜九時まで毎日忙しく、週末も出勤が多いので、家にいる時間はほとんどありません。

ですから、結婚後は仕事を辞めて家庭に入っていただきたい。あなたは子どもを産んで、家事をしてくれれば、それで構いません。

それから、結婚後は私の両親も同居します。2人とも年を取っていますから、そのあたりの世話もきちんとしていただかないと困ります」

栄太は話し出すと止まらなかった。まるでもう結婚が決まっているかのような口ぶりで、次々と条件を並べていった。澄音はついに聞いていられなくなり、その場で立ち上がった。

「須藤さん、念のため申し上げますが、これはお見合いであって、家政婦の面接ではありません」

栄太も立ち上がり、澄音の顔を指で指した。

「おい、お前、何だその言い方は?見合いに来ておいて結婚後の生活の話もしないで、まさか恋愛ごっこでもするつもりか?

自分の年を考えろよ。きれいだからって何だ。どうせ、さんざん男に遊ばれてきたんだろうが!」

澄音はその言葉に怒り、目の前のグラスを手に取った。

水を浴びせる前に、背後から伸びてきた腕が、ふいに澄音の肩を抱き寄せた。

「須藤さんはG社にお勤めなんですね。どちらの部署ですか?」

栄太は突然現れた男を見た。仕立てのいいスーツをまとい、品のある雰囲気を漂わせていた。その姿に一瞬たじろぎながらも、怪訝そうに問い返した。

「あんた、誰だ?何の関係があって口を挟むんだ?」

「桐生グループの桐生悠臣(きりゅう ゆうしん)です。あなたの話に口を挟む資格くらいはあると思いますが」

その名を聞いた瞬間、栄太の顔色が変わった。しばらく口ごもったあと、態度をがらりと変え、「誤解です、誤解です」とだけ言って、そそくさと背を向けた。

澄音は追いかけなかった。二歩下がって悠臣の腕から離れ、頭を下げて助けてもらった礼を言った。

悠臣は軽く手を振り、そのまま栄太が座っていた席に腰を下ろした。ちょうどスタッフが注文された料理を運んできたところだった。

悠臣はコーヒーを手に取ってひと口飲み、もう一杯を澄音の前へ差し出した。

「どうして見合いなんかしているんだ?清陽のそばにいただろう。結婚するつもりはなかったのか?」

清陽の名が出た途端、澄音の胸がまたかすかに痛んだ。澄音はどうにか笑みを作った。

「社長は雲の上の方です。私なんかと一緒になるはずがありません」

悠臣は口元をわずかに上げ、ナイフを指先で弄びながら、冗談のような口調で言った。

「清陽が駄目なら、俺はどうだ?年も近いし、最近は家から結婚を急かされている。案外、釣り合うと思うけどな」

その言葉を聞いて、澄音ははっと顔を上げた。目の前の男の端正な顔には、本気とも冗談ともつかない薄い笑みが浮かんでいた。

悠臣と清陽は同じ社交圏の人間だった。名家の出で、どこへ行っても周囲から持ち上げられる存在だった。

――ああいう人たちが、自分のような女を本気で見るはずがない。悠臣はきっと冗談を言っているだけだ。

澄音は首を横に振った。

「桐生社長、からかわないでください」

澄音がその話題を避けると、悠臣はわずかに目を細めた。それ以上は追及せず、話を変えた。

「どこに住んでいる?送っていく」

澄音はやんわり断ろうとした。けれど悠臣はなぜか譲らず、澄音は仕方なく住所を告げた。

2人は車に乗った。澄音が席に着いた瞬間、すぐ隣に停まったばかりの白いスポーツカーに見覚えがあることに気づいた。

澄音が思わず窓を開けると、案の定、ほどなくして清陽が車から降りてきた。清陽は助手席へ回り、華やかな女性に手を貸して車から降ろした。

澄音はその光景を見つめたまま、少しのあいだ我を忘れていた。
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