「パンもうまい。シチューもうまい。だが……。」
ユスティアが真剣な表情でスプーンを置く。
「これは料理国家として、壁にぶち当たっている……!」
「うち、料理国家だったの!?」
カイラムのツッコミもそこそこに、会議室には“国家的グルメ問題”が持ち上がっていた。
「実は最近、料理に新しい風を吹き込もうと思って、各地から料理見習いを募集したのよ。」
エリシアがにこにこしながら言う。
「で、その中でも特に目立ってた子がいてね――今日から厨房に配属よ!」
扉が開き、現れたのは金茶の髪を後ろで束ねた少年。
鋭い目元と、生真面目そうな雰囲気が目を引く。
「はじめまして。料理人見習いのクレイン=フォルティアです。失礼がないよう努力しますので、よろしくお願いします!」
「かたっ!真面目!!」
「性格も包丁並みに鋭そうだな……。」
エリシアが近づき、にやっと笑う。
「ねぇねぇ、クレイン君、得意料理ってなに?」
「……“失敗しない料理”です。」
「え、哲学?」
◆◆◆
厨房にて。
「料理は、科学です。すべて計量し、再現性のある手順で――。」
「なにそれ、うちの国家に一番向いてないタイプの子!?」
と、騒ぎながらもエリシアは密かに彼の実力を見ていた。
確かにクレインの料理は――美しかった。
寸分の狂いもない切り方、均等な火入れ、見事な盛り付け。
だが、ひと口食べると……
「……うまい、けど……」
「うちの“パンの涙”と比べると、なにかが足りないな。」
「パンに涙とか名前つけるのやめて?」
ミィルも試食しながら首をかしげる。
「味は正確、技術も完璧……なのに、心に残らない。」
「まるで、感情が入っていない料理……?」
そのとき、ネフィラが一冊の古びた本を持って現れた。
「面白いもの、見つけたわ。“魔王の食卓”って書かれたレシピ集。たぶん魔王領時代の貴族が書き残したもの。」
「え、それヤバいやつじゃない?」
「うん、だって一番最初のレシピが“魔力反応により味が変わる爆発する煮込み”だもの。」
「バトル飯かよ!」
だが、クレインはその本を手に取った。
「……これ、少しだけ貸していただけませんか?」
その眼差しは、どこか熱を帯びていた。
「“感情を乗せた料理”――試してみたいと思います。」
その夜、厨房に一人残り、古いレシピに向き合うクレインの姿があった。
本の隅には、かつて魔王が口にした“ある禁断の味”について書かれていた。
「“感情を伝える料理は、魔力すら凌駕する”――これが、真実なら……。」
鍋が煮える音だけが響く静かな夜。
だが翌朝、厨房からは爆音と共に――謎の“甘い香り”が漂い始めた。
「クレイン君!?生きてる!?」
「……成功、です……多分……。」
床には倒れかけたクレイン、鍋には――黄金色に輝く謎のスープ。
「……あれ、ちょっと泣ける味する……。」
「この料理……記憶が揺さぶられる……。」
そう呟いたユスティアの言葉に、全員が静まり返った。
「まさか……“禁断のレシピ”は、“記憶を引き出す料理”……!?」
だが、その瞬間――厨房の窓が破られ、一枚の矢文が突き刺さる。
『そのレシピを渡せ。さもなくば国家ごと、記憶を失わせる』
エリシアはにやりと笑った。
「……こりゃまた、面白くなってきたわね。」
◆◆◆
「国家ごと、記憶を失わせる……って、すごい脅し文句ね。」
矢文を読み上げながら、エリシアはぽつりと呟いた。
「つまりこの“涙のスープ”には、本当に記憶に作用する力があるってことか。」
ミィルが真顔でスプーンを手に取る。
「……確かに、食べた時に“知らない誰かの景色”が浮かんだ。これは記憶の共鳴だ。」
「記憶が、料理を通じて共有される……? そんなの、本当に……。」
クレインは呆然と鍋を見つめていた。
「俺、何も考えずにただ“感情を込めて作ってみた”だけなのに……!」
「だからこそ、なのかもね。」
ネフィラが言った。
「感情が強く染み込んだレシピ、それが“魔王の食卓”。そして、魔王とは“記憶と感情を支配する者”でもあった。」
「つまり、あのレシピは“魔王の魂”そのもの……?」
「うちの国家、いま何のジャンルになってるの……?」
カイラムがこめかみを押さえるが、その時、外から警報が鳴り響いた。
「報告!外壁に集団接近!武装民らしき30名!頭に“記憶抹消の印”あり!」
「……うわー、早速来ちゃったわね。」
エリシアは即座に指示を飛ばす。
「みんな、スプーン持って防衛線へ!」
「武器それでいいの!?」「うん、うちの国家的に正しい装備よ!」
◆
城門前。
記憶抹消の印を額に刻んだ者たちが整然と並ぶ。その中心に立つのは――白い仮面の少女。
「……“レシピを返して”。あれは“食べるべきではない”もの。」
「食べたけど……美味しかったわよ?」
エリシアが前に出る。
「あなたたちは何者?」
「“空白の会”。記憶の混濁と感情の暴走を防ぐため、歴史を整理し、危険な記録を封じる集団。」
「整理って、消してるだけでしょ?」
「……必要なこと。」
だがその時、クレインが一歩前に出た。
「――だったら、俺が証明します。“記憶を呼ぶ料理”が、人を傷つけるものじゃないって。」
彼は鍋を持ち、スプーンを差し出す。
「どうか、食べてください。“涙のスープ”を。」
少女は警戒しつつも、一口――そして、固まった。
「……これは……わたしが……。」
一滴、涙が頬を伝った。
「“母の味”……忘れたくなかったのに……!」
彼女の仮面が、すとんと落ちる。
◆◆◆
戦いは起きなかった。
代わりに、ひとつの鍋を囲む“食卓”が生まれた。
「……あたたかいわね、この味。」
「俺、はじめて“料理で人を泣かせた”……けど、悪くなかった……。」
クレインが小さく笑った。
「うん、国家的に合格よ!」
「“国家的に合格”って何基準なの……?」
「逆ハーレム国家基準!」
「やっぱりダメだこの国!!」
爆笑が沸く中、“空白の会”の一部は記憶と感情を取り戻し、グランフォードに滞在を希望した。
「……じゃあ彼らは“味覚隊”に配属して、記憶系スイーツを開発してもらおうかしら。」
「なんか新しい研究部門が爆誕した……。」
◆◆◆
その夜。
クレインは厨房に残り、スープのレシピにそっと書き加えた。
「感情を、記憶を、つなぐ味――“涙のスープ Ver.0.2”。まだまだ改良の余地あり。」
ユスティアが静かに呟く。
「お前の料理、危険だけど……人の心を救うな。」
「うちの国らしいでしょ?」
エリシアが笑った。
こうして、“料理と記憶”をめぐる小さな戦いは、食卓の勝利に終わった。
だが――“空白の会”の本体はまだ沈黙を保っていた。
そして、次なる動きは、“記録すら残らない存在”との邂逅となる。
——〈次話〉“記されぬ民と、語られぬ王”
どうも、エリシアです。王都広場で「黒い王の影法師」を倒してから数日。でも私たちは全然安心できなかった。むしろ逆。「黒い囁きの本体は、まだ眠っている」リビアの言葉が、胸にずっと引っかかってる。——その夜。「王宮の地下に、封じられた“旋律の間”がある」そう言ったのはレオニスだった。「古くからの伝承で……王族さえ詳しくは知らない。ただ“音を封じた石室”と呼ばれている」「怪しいに決まってるじゃん!」私は即答。「そうだな」カイラムが渋い顔で腕を組む。「囁きの源泉があるならそこだ」ユスティアは地図を開きながら首をかしげる。「しかし記録には“旋律の間”の位置が抜け落ちている……意図的に消されたのかもしれません」「消された記録と囁きの契約……どっちも怪しさ満点」私はパンをかじりながら言った。——翌朝。私たちは王宮の一角、古い礼拝堂に足を踏み入れた。壁はひび割れ、長年使われていないせいで埃まみれ。「ここに地下への入口が……」セリオが壁を押すと、石板がずれて階段が現れた。「やっぱり隠してたんじゃん!」「うむ、腰に悪い階段だ」父が腰をさすりながらぼやく。地下に降りると、空気がひんやりしていて、かすかに音が響いていた。——いや、音じゃない。“耳の奥に届く気配”。「従え……差し出せ……」また来た!囁き!私は思わず叫ぶ。「パン食べろーっ!!」全員が慣れた様子でパンをかじる。……もうこれ儀式みたいになってきたな。奥へ進むと、大きな石の扉が立ちはだかった
どうも、エリシアです。王都の「仮面会議」で裏切り者を暴いたのはいいけど……全然終わってなかった。「黒い契約の“本体”が潜んでいる限り、囁きは広がり続ける」ユスティアの言葉に、みんな黙り込む。「……本体って、どこにいるの?」私の問いに、リビアが羽をばさり。「記録を追えば、囁きは王の近衛に紛れ込んでいると見て間違いない」「つまり……王のすぐそば?」「そうだ」カイラムが頷いた。 「だからこそ危険だ。王都中枢そのものが乗っ取られかねん」——その夜。城下の広場に妙な人だかりができていた。見れば、派手な衣装の道化師が舞台の上で踊っている。ピエロみたいな格好で、笛と鈴を鳴らしながら。「さあ、皆の者!耳を澄ませ!王の声を聞け! “従え……差し出せ……”」うわ、出た。道化師の演舞に混じって、囁きが観客に染み込んでいく。人々がふらふらと舞台に近寄り、懐から金や装飾品を差し出し始めた。「待って!それは囁きよ!」私の声はかき消される。「暴君、どうする!」カイラムが構える。「とりあえずパン投げる!」「またか」道化師は不気味に笑った。「ははは!パンで影を止めるか!だが私を止められるものか!」そう言うと、舞台の背後に黒い幕が開き、巨大な影の人形が現れた。王の冠を模した仮面をかぶった、影法師——。リビアが顔をしかめた。「……まさか。王を模した影を操り、囁きの王を作るつもりか!」ユスティアは記録帳を震える手で開く。「これが“王都の心臓”を乗っ取るための仕組み……!」
どうも、エリシアです。王都の玉座で黒い影を撃退してから数日。表向きは落ち着いたように見えるけど、裏ではかなりピリピリしてる。「仮面会議を開く」そう告げたのはレオニスだった。「仮面……?」と首をかしげたら、ユスティアが補足してくれた。「王都では、身分や立場に囚われず意見を出す“秘密会議”があるんです。仮面を被って互いの素性を隠すので、公平に話せると」「へぇ~面白そう! でも顔隠したらパン食べにくいじゃん!」「そこか」カイラムが呆れ声。——夜。仮面会議の会場に案内される。高い天井にランプが吊るされ、円卓の椅子には仮面の男や女がずらり。王都の有力者、貴族、騎士、学者……でも誰が誰なのかはわからない。「議題は黒い契約と王都の安全保障」進行役の仮面が告げると、ざわざわと声があがった。「囁きは恐ろしい。グランフォードのやり方に頼るのは危険だ」「しかし、あの国のパンには確かに効果があった」「いや、あれは一時的なものに過ぎない。本体を見つけなければ!」私は立ち上がって声を張った。「だからこそ一緒に探そうって言ってるの! 王都もグランフォードも、パンは分け合えば美味しいでしょ?」場が一瞬静まり……次の瞬間、どっと笑いが広がる。「妙な理屈だが、悪くない」「パンを分け合う……確かに心は和む」——しかし。会議の隅で、ひとりだけ動かない影がいた。仮面の奥から冷たい視線が突き刺さる。「……王都を導くのは血筋のみ。外の者が口を出すな」場が凍りついた。リビアが羽を広げる。「こやつ、囁きに染まっているぞ」仮面の下から、黒い煙が漏れ出した。「しまった…&hell
どうも、エリシアです。いよいよ——王都に向かうことになりました!「暴君、ついに王都潜入か」カイラムが腕を組んで険しい顔。「潜入って……観光みたいに言わないでよ」私は苦笑い。馬車に揺られ、王都の城壁が見えてきた時、胸が少しざわざわした。幼い頃に婚約を結ばされ、そして破棄された街。記憶は苦いけど、それでもどこか懐かしい。「王都の空気は重いな……」リビアが羽をすぼめる。「囁きが満ちてるんだ。民衆の不安がそのまま響いてる」ヴァルターが低く言った。——城門前。セリオが兵士に証文を見せると、すんなり通された。「王都は表向き平穏を装っています。しかし中では……」案内されたのは宮廷の一角。かつて私が一度だけ足を踏み入れた、豪奢な回廊だった。煌びやかなシャンデリア、広い赤絨毯。けれど空気はどこかひんやりしていて、壁に映る影が妙に長い。「……やだなぁ」私は小声でつぶやいた。「気を抜くな」カイラムが隣で囁く。そこへ、見慣れた姿が現れた。金髪碧眼、堂々とした微笑み——レオニス。「エリシア……よく来てくれた」一瞬だけ、胸がきゅっとなった。でもすぐに思い出す。私はもう、前に進んでる。「王都の現状、説明するわ」レオニスは真剣な顔に変わった。——玉座の間。王と貴族たちの前で、囁きが議論を乱していた。「誰かが裏切っている!」「いや、契約に従えば救われるのだ!」重厚な空間に、不安と恐怖の声が渦を巻く。私は深呼吸して叫んだ。「パンを食べろーっ!」貴族たちが一斉に振り返る。……シーン。「…&
どうも、エリシアです。黒い契約の笛吹きを倒した数日後。町はすっかり落ち着いて、帰還祭の余韻でまだ浮かれてる……はずだったんだけど。「エリシア様、急報です!」ユスティアが走ってきた。息を切らして手にしていたのは王都の封蝋で閉じられた書簡。「王都……?」「はい。今朝、王都で“黒い囁き”による混乱が発生しました」私は思わずパンを落としそうになった。「ちょっと!王都でも聞こえるの!?」「ええ。被害は小規模ですが、民衆が一時的に我を失い、広場で暴動寸前に……」カイラムが険しい表情で腕を組む。「やはり……あれは囁きの“試し撃ち”に過ぎなかったか」「本体が動き始めたということだな」リビアが羽を広げる。父は腰台に腰を下ろしながら、「腰は船底。沈む前に補強せねばならん」と真顔。母は「はいはい、まずは食べてから」とパンを配り始めた。……うちの家族は変わらない。——午後。王都から来た使者の話を聞くことになった。馬車から降り立ったのは、淡い紫の外套を纏った騎士だった。「お初にお目にかかります。私は王都直属の調査隊、セリオと申します」彼は礼儀正しく頭を下げ、真剣な眼差しで告げた。「王都は“影の契約者”に狙われています。あの笛吹きは前哨にすぎません。本体は……王都の中枢に潜んでいる可能性が高いのです」ざわつく一同。「つまり、内部に裏切り者が?」「はい。王族、あるいは高位貴族の中に……」エリシア=私の心臓がどきりと跳ねた。「……レオニスは大丈夫なの?」「第一王子殿下は健在です。むしろ“囁き”の被害を防ぐため、民の前に立たれました」
どうも、エリシアです。帰還祭はなんとか最後まで無事に終わったけど……胸の奥にずっと残ってるのよね、あの「囁き」の気配。パン食べても完全には消えない“ざわっ”とする感じ。嫌な予感は大体当たるんだよなぁ……。——翌朝。広場の隅にいた少年は、すっかり元気を取り戻していた。「ありがとう、エリシア様!本当に助けられました!」両手にパンを抱えてぺこぺこ。……元気すぎる。ユスティアはその少年から詳しい話を聞き取り中。「囁きが最初に聞こえたのは、王都から来た旅芸人を見た時……?」「はい。黒い外套をまとった笛吹きでした。曲に合わせて“従え”って声が頭に……」「音楽媒介型の契約か……」リビアが羽をばさり。「普通なら強い魔力が必要だが、笛の旋律で弱い心を捕まえる……厄介な手だ」カイラムは腕を組み、「ならば囁きは、すでに各地で広がっているかもしれない」と唸る。「……もしかして王都も?」と私。「その可能性が高い」ヴァルターが即答する。「だからこそ俺はここに来た。王都の中枢に巣食っている影を直接暴くことはできない。だが、君たちなら……」「またうちに丸投げ?」私は眉をひそめる。「いや……力を借りたいんだ」ヴァルターの声は真剣だった。父が横から登場。「腰は船底。抜いたら沈む。つまり、祭りの腰を守るのは家の役目だ」……要するに協力するってことね。分かりにくいなぁ。母はパン籠を差し出して、「まずは朝ご飯食べてから話しましょう」と笑顔。あいかわらず、この国の合言葉は“パンから”だ。