「ところでさ、歴史の記録って、誰がどうやって選んでるの?」
エリシアの素朴な疑問が、静かな夜の作戦会議室に落とされた。
「王国の正史は、基本的に“王家とその参謀機関”が編集してるわね。」
ネフィラが答える。
「でもそれって、書かれなかった人たちは“存在しなかった”ことになるってことよね?」
ユスティアがハッとする。
「……それ、まさに俺だ。」
「そう、“記憶を消された”だけじゃなく、“記録からも削除された”存在――それが“記されぬ民”。」
ミィルが地図を広げた。
「最近、周辺の村で奇妙な現象が報告されてる。“存在しないはずの人々”が、目撃されてる。」
「記録されてないのに、生きてる?」
「そう。“記されぬ民”と呼ばれる、王家の禁制により文献からも削除された一族の末裔たちよ。」
エリシアは椅子から立ち上がる。
「決まりね。彼らに会いに行くわ!」
「また思いつき!?」
「うちの国家的には日常茶飯事です!」
◆◆◆
翌日、グランフォードの調査隊は北西の山間部へ向かった。
記録上“無人”とされているにも関わらず、村の痕跡があり、人の気配もあった。
だがその集落は、まるで“幻”のようだった。
「誰も……いない?」
だが、そのとき。一人の少女が現れた。
褐色の肌に銀の瞳、質素な衣装に不釣り合いなほどの威厳を漂わせて。
「なぜ、ここへ?」
「あなたが“記されぬ民”なのね?」
少女は小さく頷く。
「我らは、“語られぬ王”に仕える一族。かつて王家の礎を築いた者たちの、もう一つの血筋。」
「語られぬ王……?」
「“記憶”も“記録”も奪われた、真なる王の系譜。そして、あなたたちの国家がその“記憶”を揺さぶったことで……彼の眠りが、揺らいでいる。」
「眠り……?」
少女は空を見上げて呟く。
「“語られぬ王”は、“記されぬ記憶”の中に生きている。だが――目覚めの時は近い。」
その瞬間、大地が揺れた。
地の底から響くような轟音。そして山の麓に広がる巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「こ、これは……!」
「封印が、崩れていく……!」
少女はエリシアに向き直った。
「貴女たちがこの地を踏んだことで、“語られぬ王”の記憶が反応した。“選択の刻”が迫っています。」
「また“選択”!?うちの国家、選択肢多すぎじゃない!?」
「国家とは、選択の連続よ。」
ネフィラの呟きが妙に重く響いた。
そして――山の奥から、ひとつの声が聞こえた。
「……我が名は……。」
エリシアが息を呑んだ。
「記録にない……“王”の声……!?」
「……我が名は……セレヴェル=ルーン・アルティリオ。記されぬ王家の、最後の者……。」
その声は大地の奥から響いたのに、なぜか“耳”ではなく“記憶”に届くような感覚だった。
「セレヴェル……アルティリオ?」
ネフィラが素早く魔導具を起動する。
「この名、どの歴史書にも記されてない……存在そのものが、記憶操作で消されてるわ。」
「また記憶操作!?何でも消せばいいってもんじゃないのよ!」
エリシアが怒る横で、クレインが真顔で呟く。
「……でも、なぜ今になって覚醒が……。」
「それは……俺たちが“記憶を掘り起こした”からだよ。」
ユスティアが言う。
「魔王の遺産、“真実の鏡”も、“涙のスープ”も、“感情と記憶”を伝播させる力があった。つまり俺たちは、“セレヴェル”という存在にリンクしてしまったんだ。」
「繋がった結果がこれって……スケールがでかすぎるんだけど!」
◆
その夜、グランフォード領にて。
エリシアは自室で、セレヴェルの声を思い返していた。
(“記されぬ王家”の末裔……“記録から消された王”ってことは……)
「もしかして、今の王家の“正統性”って……。」
「……揺らぐかもしれないな。」
背後から声がして、ユスティアが入ってきた。
「俺の過去、クレインの料理、そして今度は“語られぬ王”……この国、どんだけ物語引き寄せるんだよ。」
「……でも、みんな繋がってる。記録されなかった過去が、今を揺さぶってる。」
「そして、その中心にお前がいる。」
ユスティアはエリシアをまっすぐ見た。
「お前は、記録も血筋も関係なく、この国を“本物”にしようとしてる。それは、俺にとっては一番確かな真実だよ。」
「……ユスティア。」
「……だから、セレヴェルに会おう。“記されぬ王”が何者で、何を望むのか、自分の目で確かめよう。」
◆◆◆
数日後。再び山間部の集落へ。
そこには、崩れた石の玉座と共に、ひとりの男が立っていた。
長く乱れた白髪、閉じられた目、そして刻まれた魔力の紋様。
「……来たか、現世の継承者たちよ。」
「あなたが、“語られぬ王”セレヴェル?」
「我はかつて王にして、“記されることを拒まれた”者……。」
セレヴェルの瞼が静かに開く。
「そして貴様たちが――“記憶の国”を作ろうとする者か。」
「そうよ。私たちは、“忘れられたものを取り戻す国”を作ってるの。」
エリシアは、玉座の前でまっすぐ言い放つ。
「だったら、あなたの記憶も、消されていいものかどうか――私たちに教えてよ。」
静かに、セレヴェルの頬が揺れた。
「……面白い。では試すとしよう。“王”が、再び語るに足るものかどうか……!」
彼の魔力が放たれ、山々が震える。
だがその瞬間、背後から声がした。
「お待ちなさい、セレヴェル様!」
現れたのは、銀の髪に身を包んだ、凛とした少女だった。
「わたくしが、“あなたの記憶”を守っていました――この時のために!」
新たな来訪者とともに、忘れられた王の物語が、再び動き始める――。
——〈次話〉“記憶を継ぐ者と、血を継がぬ継承”
「今夜は、“星降りの夜”なんですって!」エリシアがワクワクした声で言うと、家族と仲間たちは一斉に顔を上げた。「年に一度の流星群か……。」カイラムが空を見上げながら呟く。「願い事、考えておかなきゃね!」「お嬢様、その手の願掛けは“恋人と並んで星を見る”のが正式な作法だそうですよ。」「なんですって!?そんなロマン行事、聞いてないわよ!」◆◆◆丘の上では、祭りの準備が進んでいた。屋台が立ち並び、子どもたちが星形のランタンを持ってはしゃぎ回る。エリシアはふと、静かな一角に佇むカイラムを見つける。「どうしたの?お祭り嫌い?」「いや……昔、この夜に、祖父……つまり前魔王が、何かを呟いていたのを思い出した。」「何を?」「“星が降る夜には、魔王の願いが空に返る”って。」その言葉が、なぜか胸に引っかかった。「……ねぇ、カイラム。もしかして、“魔王の願い”って、まだこの国のどこかに残ってるのかな。」「わからない。でも、残ってるなら――。」彼は空を見上げた。「“継ぐ者”に届いてほしいって、そう思ってたんじゃないか。」◆◆◆夜が深まり、星が降り始めた。そのとき、ひときわ大きな流星が、空を切り裂くように駆け抜けた。「っ、あれは……!」地平の彼方、旧魔王領の奥深く――かつて誰も足を踏み入れたことのない、黒の谷に、光の柱が立った。「……あれは、“魔王の遺産”かもしれない。」カイラムの言葉に、空気が凍る。「私たちの旅、“国づくり”じゃなく
ルヴァーニュ共和国――それは“感情を統制する国家”として知られている。表情、語調、服装に至るまで“合理性”と“統一性”が求められ、感情の発露は“社会的なノイズ”とされる文化だった。「……なんて退屈そうな国なの。」エリシアはクロードに連れられ、共和国の中心・サンクト議政庁に足を踏み入れた。「形式美と管理こそが、我々の誇りです。」そう語るクロードの背はまっすぐで、感情の揺れなど微塵も感じさせなかった。けれど――「……ほんとに、そう思ってるの?」彼の瞳の奥には、かすかに“ためらい”があった。◆◆◆「クーデター未遂事件に関し、証言が必要です。」応接室に通されたエリシアは、共和国の官僚たちから次々と質問を受けた。「あなたの国家では、恋愛が政務に影響を与えるのですね?」「ええ、バリバリに。恋がなきゃ税制改革もできないわよ?」「……理解不能です。」「そうでしょうとも!」堂々と笑うエリシアに、誰もが困惑の表情を浮かべる。だが、ただ一人――クロードだけが、視線を伏せていた。◆◆◆その夜。「この国、本当に全部が“仮面”ね。人の顔も、言葉も、街も……みんな均一で、誰も泣かない、誰も笑わない。」エリシアは屋上で夜風に吹かれながら呟いた。「……それが、我が国の安定の源です。」クロードの声が背後から響く。「けれどその安定が、“恋すら許さない”なら、それはただの――。」「欺瞞、ですね。」エリシアの言葉を、クロードが遮った。「……私は、知
「外交、ですって?」エリシアが口をあんぐりと開けたのも無理はない。「うん。ついに来たよ、国交樹立のお誘いが!」ネフィラが書状を振って誇らしげに報告する。「え、え、どこの国から?」「三つ来てるわ。“氷雪の王国グレイスフロスト”、“砂の自由商都エリゼール”、そして……“新王制を掲げたルヴァーニュ共和国”」「多いな!?建国から何ヶ月だと思ってるのよ!?恋する暇ないじゃない!!」「逆ハーレム国家、外交もハーレム構造なのか……?」ユスティアが若干引きつった表情で呟く。◆◆◆「というわけで!」エリシアは気合を入れて、各国の使者を迎えるための“大歓迎セレモニー”の準備に取りかかっていた。「国家間の友好関係は、“第一印象”が大事よ!ここで『この国イケてる!恋もできそう!』って思わせなきゃ!」「その基準で外交してるの、世界広しといえどグランフォードくらいですよ……。」クレインがため息をつきつつ、宴会のメニュー表に目を通す。「でも正直、心配なのはルヴァーニュ共和国ね。」ネフィラが神妙な顔で続ける。「彼らは、“感情”より“実利”を重んじる国家。うちの『恋する国政』に、どう反応するか……。」「ってことは、逆に“感情面”を刺激すれば、突破口があるってことね!」「……エリシア様、それ、まさか――。」「決まってるじゃない。政略恋愛よ!!」「また爆弾投下したぁ!!」◆◆◆三国の使者が一堂に会したグランフォード迎賓館。冷ややかな視線のグレイスフロスト王子リューディル、陽気で策略家のエリゼール
「……どうしてこの部分だけ、記録が“空白”なんだろう。」ネフィラは記録管理室の古文書を前に、眉をひそめていた。「魔王領にまつわる記録の中でも、特に“魔力の起源”に近い文献がごっそり抜け落ちてるのよ。」「また記憶操作……?それとも、意図的な封印?」ユスティアが地図と照合しながら唸る。「でも、興味あるわ。“記録から消えた魔力”……って、なんだかロマンあるじゃない?」エリシアは軽い口調で言いながらも、心の奥に小さなざわめきを覚えていた。(このところの記憶や恋に関わる現象、すべてが“何か”に繋がってる気がする……。)「場所の特定はできるの?」「はい。ここです。“グランフォード地下第三層、未調査領域”。」「未調査?でもそこ、建国初期に調べたはずじゃ――。」「“記録上は”ね。でも、実際には“立入禁止”の印だけが残されてて、中の調査記録は一切残ってないの。」「うちの国家、ほんと記録に穴ありすぎじゃない!?」◆◆◆グランフォード地下第三層。岩肌がむき出しの空間を進むと、古びた扉が現れた。そこには、今では使われていない古代文字が刻まれていた。「“ここに遺せしは、過去にして未来。記されずとも、力は残る”……?」「……記されずとも……。」セーネの言葉が蘇る。“記録に残さなくても、想いと魔力は宿る”――「行こう。この扉の向こうに、“遺された魔力”があるなら、今こそ向き合う時だわ。」◆◆◆扉の向こうに広がっていた
「……この地図、変よ。」ネフィラの一言に、会議室の空気がピリリと張り詰めた。「どうした?見慣れた地図じゃ――。」「そう、“見慣れてる”はずなのに……この区域、前は“湖”だったのよ。」ネフィラの指先が指す先――そこには、現在“乾いた草原”と記されている。「湖が……干上がったの?」「違うわ。記録上は最初から“草原”になってる。でも、私の記憶では確かにここは“蒼の水鏡湖”だった。」「記録と記憶が、またズレてる……?」ユスティアが眉をひそめる。「誰かが、“土地の記憶”を操作した可能性がある。」「土地の記憶……それって、“存在そのもの”を塗り替えるってこと?」「うん。そして、その中心部で“謎の揺れ”が観測されたの。」「行くしかないわね!エリシア探検隊、出動よ!」「そんなノリで国家の調査隊を出すなぁ!」◆◆◆数日後、調査隊一行は“元・湖”だったとされる草原地帯へ到着する。「……ここが、あの蒼の水鏡湖……のはず、なんだけど。」エリシアが歩を進めると、突然、空気がひんやりと冷たくなる。「魔力濃度、異常に高い……。この空間、“魔力の傷跡”だわ。」「何かが、ここで“封じられた”……あるいは“消された”。」そのとき、風に乗って、誰かの歌声が聞こえた。『……忘れられた風を追い、影は静かに舞い降りる
「……エリシアは最近、“誰か”のことばかりだな。」魔王領の旧兵舎跡。カイラムは一人、壊れた石柱に腰掛け、スープをすすっていた。「料理?ユスティア。記録?リュシア。なんか忘れてないか……?俺のこと……。」彼の背後で、リビアが気まずそうに翼をぱたつかせた。「まぁ、その……閣下は“宰相”としても大忙しですし……。」「俺だって宰相だし、魔王だったし、初期メンバーだし!ていうか、最初に木刀で吹っ飛ばされた被害者だし!」「それは確かに……いや、ちょっと誇れる内容ではないのでは?」「くそっ……!エリシアの奴、今頃“継承式”の準備とかで浮かれてるんだろうな……!」そう、現在グランフォードでは“王家による正式な国家承認”の是非をかけて、“最初の継承式”を開催する準備が進められていた。王都からの使者も到着し、“新たな王位継承者”としてエリシアの名前が取り沙汰されている。◆◆◆その頃、グランフォード本城・会議室。「ねぇこれ、“王位”って言っても形式上だけよね?」「今さら何を言うか。もう継承式の招待状、王都に送っちゃったぞ。」「え、あの金ピカのやつ!?冗談のつもりだったのに!」「……エリシア様、それ冗談で国政動かしてたんですね……。」ユスティアがこめかみを押さえ、クレインが真顔でメモを取る中、ネフィラは厳しい声を上げた。「でも気になるのは、王都の“沈黙”よ。」「使者は来たのに、本家からの返事がないってこと?」「うん。しかも