Share

第10話:記されぬ民と、語られぬ王

Author: fuu
last update Last Updated: 2025-07-09 12:00:13

「ところでさ、歴史の記録って、誰がどうやって選んでるの?」

エリシアの素朴な疑問が、静かな夜の作戦会議室に落とされた。

「王国の正史は、基本的に“王家とその参謀機関”が編集してるわね。」

ネフィラが答える。

「でもそれって、書かれなかった人たちは“存在しなかった”ことになるってことよね?」

ユスティアがハッとする。

「……それ、まさに俺だ。」

「そう、“記憶を消された”だけじゃなく、“記録からも削除された”存在――それが“記されぬ民”。」

ミィルが地図を広げた。

「最近、周辺の村で奇妙な現象が報告されてる。“存在しないはずの人々”が、目撃されてる。」

「記録されてないのに、生きてる?」

「そう。“記されぬ民”と呼ばれる、王家の禁制により文献からも削除された一族の末裔たちよ。」

エリシアは椅子から立ち上がる。

「決まりね。彼らに会いに行くわ!」

「また思いつき!?」

「うちの国家的には日常茶飯事です!」

◆◆◆

翌日、グランフォードの調査隊は北西の山間部へ向かった。

記録上“無人”とされているにも関わらず、村の痕跡があり、人の気配もあった。

だがその集落は、まるで“幻”のようだった。

「誰も……いない?」

だが、そのとき。一人の少女が現れた。

褐色の肌に銀の瞳、質素な衣装に不釣り合いなほどの威厳を漂わせて。

「なぜ、ここへ?」

「あなたが“記されぬ民”なのね?」

少女は小さく頷く。

「我らは、“語られぬ王”に仕える一族。かつて王家の礎を築いた者たちの、もう一つの血筋。」

「語られぬ王……?」

「“記憶”も“記録”も奪われた、真なる王の系譜。そして、あなたたちの国家がその“記憶”を揺さぶったことで……彼の眠りが、揺らいでいる。」

「眠り……?」

少女は空を見上げて呟く。

「“語られぬ王”は、“記されぬ記憶”の中に生きている。だが――目覚めの時は近い。」

その瞬間、大地が揺れた。

地の底から響くような轟音。そして山の麓に広がる巨大な魔法陣が浮かび上がる。

「こ、これは……!」

「封印が、崩れていく……!」

少女はエリシアに向き直った。

「貴女たちがこの地を踏んだことで、“語られぬ王”の記憶が反応した。“選択の刻”が迫っています。」

「また“選択”!?うちの国家、選択肢多すぎじゃない!?」

「国家とは、選択の連続よ。」

ネフィラの呟きが妙に重く響いた。

そして――山の奥から、ひとつの声が聞こえた。

「……我が名は……。」

エリシアが息を呑んだ。

「記録にない……“王”の声……!?」

「……我が名は……セレヴェル=ルーン・アルティリオ。記されぬ王家の、最後の者……。」

その声は大地の奥から響いたのに、なぜか“耳”ではなく“記憶”に届くような感覚だった。

「セレヴェル……アルティリオ?」

ネフィラが素早く魔導具を起動する。

「この名、どの歴史書にも記されてない……存在そのものが、記憶操作で消されてるわ。」

「また記憶操作!?何でも消せばいいってもんじゃないのよ!」

エリシアが怒る横で、クレインが真顔で呟く。

「……でも、なぜ今になって覚醒が……。」

「それは……俺たちが“記憶を掘り起こした”からだよ。」

ユスティアが言う。

「魔王の遺産、“真実の鏡”も、“涙のスープ”も、“感情と記憶”を伝播させる力があった。つまり俺たちは、“セレヴェル”という存在にリンクしてしまったんだ。」

「繋がった結果がこれって……スケールがでかすぎるんだけど!」

その夜、グランフォード領にて。

エリシアは自室で、セレヴェルの声を思い返していた。

(“記されぬ王家”の末裔……“記録から消された王”ってことは……)

「もしかして、今の王家の“正統性”って……。」

「……揺らぐかもしれないな。」

背後から声がして、ユスティアが入ってきた。

「俺の過去、クレインの料理、そして今度は“語られぬ王”……この国、どんだけ物語引き寄せるんだよ。」

「……でも、みんな繋がってる。記録されなかった過去が、今を揺さぶってる。」

「そして、その中心にお前がいる。」

ユスティアはエリシアをまっすぐ見た。

「お前は、記録も血筋も関係なく、この国を“本物”にしようとしてる。それは、俺にとっては一番確かな真実だよ。」

「……ユスティア。」

「……だから、セレヴェルに会おう。“記されぬ王”が何者で、何を望むのか、自分の目で確かめよう。」

◆◆◆

数日後。再び山間部の集落へ。

そこには、崩れた石の玉座と共に、ひとりの男が立っていた。

長く乱れた白髪、閉じられた目、そして刻まれた魔力の紋様。

「……来たか、現世の継承者たちよ。」

「あなたが、“語られぬ王”セレヴェル?」

「我はかつて王にして、“記されることを拒まれた”者……。」

セレヴェルの瞼が静かに開く。

「そして貴様たちが――“記憶の国”を作ろうとする者か。」

「そうよ。私たちは、“忘れられたものを取り戻す国”を作ってるの。」

エリシアは、玉座の前でまっすぐ言い放つ。

「だったら、あなたの記憶も、消されていいものかどうか――私たちに教えてよ。」

静かに、セレヴェルの頬が揺れた。

「……面白い。では試すとしよう。“王”が、再び語るに足るものかどうか……!」

彼の魔力が放たれ、山々が震える。

だがその瞬間、背後から声がした。

「お待ちなさい、セレヴェル様!」

現れたのは、銀の髪に身を包んだ、凛とした少女だった。

「わたくしが、“あなたの記憶”を守っていました――この時のために!」

新たな来訪者とともに、忘れられた王の物語が、再び動き始める――。

——〈次話〉“記憶を継ぐ者と、血を継がぬ継承”

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~   第139話:地脈の門と、眠る約束

    雷の国・ヴァンデルを出て、数日。 ようやく嵐の音も静まって、空には晴れ渡る青が戻ってきた。だけど――どこか、胸の奥がざわついていた。「……静かすぎない?」 馬車の中でぽつりと呟くと、 隣のカイラムが腕を組んで頷いた。「だな。風も雷も落ち着きすぎてる。  まるで“地”が息を潜めてるみたいだ。」「“地”が?」「この世界の魔力は風・水・雷・地の四属性で流れてる。  そのうち“地”は根の役割をしている。  もしそれが止まったら――」「全部が、倒れちゃう?」カイラムは黙って頷いた。 ユスティアが記録板を開いて補足する。 「現時点で、地脈の流れは各地で減少しています。  グランフォード領でも、地下水位が下がっている報告が。」「それって……」「はい。次の祠――“地の祠”が、すでに不安定化しています。」 「そっか。最後の祠、だもんね。」 私は深く息をついた。 風、氷、雷。 それぞれの祠には“止まった心”があった。でも、“地”って……止まるというより、 “沈む”感じがする。まるで、眠るように。 やがて地平線の向こうに、 巨大な断層のような亀裂が見えてきた。「……あれが、“地の門”か。」 ユスティアが小さく呟く。 「地表が裂け、祠が沈んだ跡です。  この先に、古代都市《テッラ・ロウ》が眠っています。」「眠る都市……」 「その中心に“地の祠”があるはずだ。」 亀裂の縁に立つと、 地面の下から低いうなり声が響いた。 地鳴りのようでいて、まるで“心臓”の鼓動みたいだった。「……ねぇ、これ、生きてるよね?」 「そう聞こえるな。」カイラムが剣を抜く。 「油断するな。地は優しいようで、いちばん重い。」 亀裂の中へと降りていく。 道は暗く、湿っていて、 壁には古代文字のような刻印が続いていた。「読める?」 「……“根は眠り、芽は夢を見る”」 リビアが呟いた。 「これは“地の神”の古い祈り文。  眠りとは再生、という意味を持つ。」「じゃあ、祠が“眠ってる”っていうのは……  再生の前兆?」「ならいいんだがな。」カイラムが険しい顔をする。 「問題は“何が夢を見てるか”だ。」 やがて、開けた空間に出た。 広大な地下都市――。 崩れた神殿や石像、 枯れた木の根が天井から垂れ下がっている。

  • 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~   第138話:雷鳴の街と、嵐の誓い

    ――空が怒っていた。氷の都を後にして数日。私たちは雷の国《ヴァンデル領》へと足を踏み入れた。とにかく、うるさい。空は常にごろごろ鳴っていて、一時間に一度はドンッ!と何かが落ちる。「ねぇ……これ、平常運転なの?」「はい。こちらの国では、雷が日常です。」ユスティアが冷静に答えた。「この地は“天空の導線”と呼ばれるほど雷が集まりやすい場所で、 空と地上の魔力が常に衝突しています。」「つまり、常に感電の危険があるってことね?」「言葉の選び方!」「落ちたらどうするんだよ……」カイラムがため息をつくと、リビアが翼で頭を軽くはたいた。「魔王族に雷ごとき、恐るるな。 焼けたとしても、香ばしくなるだけだ。」「どんな励ましだよ!?」 一行がたどり着いたのは、雷雲に包まれた街――《ストルムシア》。建物のほとんどが金属の避雷装置で覆われ、屋根の上では“雷集め”と呼ばれる儀式が行われていた。巨大な塔の先端に集まった雷が魔石に吸い込まれ、街のエネルギーとして再利用されているらしい。「すごい……雷を飼いならしてるみたい。」「“嵐を制する者が国を制す”――彼らの国是だ。」ユスティアが呟く。「この地の主は、雷公《らいこう》アルディン・ヴァンデル。 代々“嵐の加護”を受け継ぐ家系です。」 雷鳴がひときわ強くなったそのとき、塔の上からひとりの青年が飛び降りた。「うわぁぁぁっ!? 落ちた!? 今人落ちたよね!?」「いや……あれは飛んでる。」雷の光を背に、彼は空中で軽やかに身をひねる。着地と同時に周囲の雷を吸い込み、電撃を羽織るように立ち上がった。「ようこそ、風の国の継承者よ。」鋭い金色の瞳、乱れた銀髪。その全身から“雷”の気配が滲み出ていた。「俺はアルディン・ヴァンデル。 雷鳴の街を統べる者だ。」「かっこよ……」思わず口から出た。「お、おい、惚れるなよ。」カイラムが眉をひそめる。「惚れてないもん! ちょっと電撃走っただけ!」「それが惚れてるって言うんだよ!」「ふふ……賑やかだな。」アルディンが微笑んだ。「歓迎しよう。 ただし――ここから先は、“嵐の誓い”を越えねばならない。」 「“嵐の誓い”?」「この国では、異国の者は“雷の試練”を受けることになっている。 嵐を恐れぬ者のみが、神殿に足を踏み入れられ

  • 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~   第137話:氷の門と、眠る祈りの都

    風の道を越えて三日。見渡す限りの白銀の大地が広がっていた。「さ、寒いぃぃ……! 鼻が凍るぅぅ……!」私は風除けのマントを首まで引き上げ、凍えながら雪原を進んでいた。「……だから言っただろ、厚着しろって」カイラムが肩に雪を積もらせながら呆れ顔。「その格好じゃ、パンより先に凍るぞ。」「だって荷物多かったんだもん……」「荷物の半分がパンだろ」「焼き立てが恋しいんだもん……」「もん、じゃねぇ」「はいはい、口論は歩きながらでお願いします」ユスティアが軽やかに歩きつつ、冷気でくもる眼鏡を指で拭った。「目的地はもうすぐです。フロステリアの“氷門”。 ここを越えれば、王都ルミア・グラスへ入れます。」 遠く、氷の峡谷の奥に、巨大な半透明の門が見えてきた。「……きれい。」その門はまるで凍った滝のように輝き、陽の光を受けて七色に反射していた。だが近づくにつれ、空気がぴんと張りつめていく。「なんか……静かすぎない?」「うむ。鳥も、風も、止まっておる。」リビアが羽をすぼめ、低く唸る。「氷の精霊の“息”だな。 この門、ただの氷ではない。意志を持っておる。」 そのとき、門の中心に淡い光が集まった。氷の粒が舞い、やがて人の姿をとる。「ようこそ、旅人たち。」その声は風鈴のように澄んでいた。現れたのは、透き通るような白髪と蒼の瞳を持つ少女。肌は雪のように白く、衣は氷の結晶でできているようだった。「私はフロステリアの“氷守(ひもり)”リュミエール。 外の風を運ぶ者たち……あなたたちね?」「え、ええ……たぶん。」「風の国からの報せは届いています。 あなた方が“暁の継承者”だと。 この地の封印を解く資格を持つ者だと。」「封印……?」ユスティアが眉をひそめる。「ここにも、祠が?」「はい。氷の祠《フロストレム》。 けれど、いまは閉ざされています。 百年前の“祈りの凍結”以来、 誰ひとりとして中に入れた者はいません。」 「……凍結?」「祈りが、氷に封じられたのです。」リュミエールの瞳が微かに揺れる。「この国の人々は“永遠の祈り”を望みました。 その結果、祈りは形を得て――時を止めました。」「時を、止めた?」「はい。 人も街も、祈りの瞬間のまま、眠り続けているのです。」 私は息を呑んだ。“沈黙の

  • 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~   第136話:風の帰還と、再会の約束

    ――風が帰ってきた。暁の祭壇での継承の儀から三日。サーラディンの砂の海は静かに息を吹き返し、街には久しぶりに“音”が戻っていた。風鈴のように鳴る砂の結晶、街角で回る風車、子どもたちが笑いながら凧を追いかけている。「ねぇカイラム、見て! 砂が喋ってる!」「……いや、喋ってねぇだろ」「喋ってるもん! “風が気持ちいいね”って言った!」「お前がそう聞こえただけだろ」「じゃあ、聞こえたもん勝ち!」「……理屈になってねぇ」私はにこにこしながら風を両手で掬った。砂の粒が光にきらめいて、まるで世界そのものが笑っているみたいだ。 「本当に……あなた方には感謝の言葉もありません。」そう言って頭を下げたのは、ファリード王子だった。以前の彼の眼差しは、どこか責任と緊張に縛られていた。でも今は――柔らかな風のように、穏やかだった。「“沈黙”は完全に消えました。 風の道も再び開通し、各国への風信も再開しています。 まさに、風の復権です。」「よかった~。 これでパンもちゃんと膨らむ!」「そこに帰結するのか……」「パンは平和の象徴なの!」 ユスティアが笑いながら記録板を閉じた。「風脈の流れを解析しましたが、興味深いことが一つあります。 サーラディンを中心に、世界中の風が“循環”し始めている。」「循環?」レーンが首を傾げる。「はい。 それぞれの国の風が、ただ流れるだけではなく“繋がる”んです。 まるで、風同士が互いを呼び合っているみたいに。」「まるで……人間の心みたいだね。」私はぽつりと呟いた。「誰かが笑えば、それが風になって、 遠くの誰かの背中を押すような……そんな感じ。」「……上手いこと言うな」「ふふん、たまにはでしょ?」「“たまには”って言うな」 ファリードが一歩前に出て、手にしていた金色の風晶を差し出した。「これは、“暁の風”の欠片です。 新たに世界を繋ぐ風の象徴。 グランフォードの風として、お持ち帰りください。」「いいの?」「ええ。 この風はあなた方の功績の証です。 そして――約束の印でもあります。」「約束?」「また、風が迷ったとき。 どうかあなたの声で、再び導いてください。」 胸の奥がじんわりと熱くなる。レオニスが消える前に言った言葉が、また静かに心を撫でていった。

  • 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~   第135話:暁の祭壇と、風の継承者たち

    砂の都・サーラディンでの戦いから数日後。私たちは再び旅立ちの準備を整えていた。塔の最上部に立つと、風がやさしく頬をなでる。あの沈黙の嵐はもうどこにもない。代わりに、清らかな風が都市全体を包んでいた。「ふぅ~、やっと落ち着いたねぇ!」私は伸びをしながら言う。「お前、戦った翌日からパン祭りしてただろ」「だって平和になったんだもん!」カイラムが呆れた顔をしながらも、パンを一切れ受け取って口に運ぶ。「……相変わらず味は悪くない」「“悪くない”って言い方、なんかムカつく!」「誉めてるんだよ」「ほんとぉ~?」そんな私たちの掛け合いに、周囲の兵士たちが小さく笑う。空気が柔らかい。まるで風そのものが笑っているみたいだった。 「エリシア陛下。」声をかけてきたのはファリードだ。彼は以前よりもずっと穏やかな表情をしている。「風の塔の修復が完了しました。 そして……“暁の祭壇”の準備も整いました。」「暁の祭壇?」「はい。 風が最初に生まれた場所。 この世界に“風”という概念が誕生した、最古の聖域です。」ユスティアが説明を引き継ぐ。「古代の地図にも断片的に記録があります。 勇者と魔王が初めて“共に祈った場所”……。」「へぇ……そんな伝承があったんだ。」「風の流れが安定した今なら、 あの地への道が再び開くでしょう」とファリードが続ける。「ですが――そこには、“継承の儀”が残っています。」「継承……?」「ええ。 あなたが“風を継ぐ者”であるなら、 その力はまだ“半ば”なのです。 暁の祭壇で、真に風を繋ぐ資格を問われるでしょう。」 「……試されるってこと?」「そうです。」「よし!」私は胸を叩く。「受けて立とうじゃないの!」カイラムが苦笑を浮かべた。「お前、試されるの好きだよな」「成長イベント大好きだから!」「イベント扱いかよ……」 ファリードが小さく笑い、その瞳に尊敬の色を浮かべる。「あなた方がこの地に吹かせた風は、確かに私たちを変えました。 どうか、次の風も……あなたの手で。」「うん、任せて!」私はにっこりと笑って、風を掴むように手を伸ばした。 ――翌朝。サーラディンの外れ、砂丘の果て。そこに、暁の祭壇への道が口を開いていた。金色の砂がまるで流れる川のように蠢き、光の筋が

  • 逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~   第134話:影の風と、沈黙の誓約

    ――風が、止まった。あの“沈黙の終わり”を祝福するかのように鳴っていた砂上の風が、突如として凍りついたように静止した。「……いまの、聞こえた?」ユスティアが眉をひそめる。彼の耳が、僅かに震えていた。「聞こえたって……何も、聞こえないけど?」私が問い返すと、ユスティアは頭を振る。「そう、それが“聞こえた”んです。 ――音が、一瞬で消えた。」その瞬間、塔の壁に埋め込まれていた金色の砂が黒ずんでいく。音を失った空気が、重くのしかかる。まるで世界全体が“息を止めた”かのようだった。「まさか……“影の風”が、もう……!」ファリードが青ざめた顔で呟いた。「ファリード、説明を!」カイラムが詰め寄る。「“影の風”とは、かつて我々が封印した“風の反響”。 風が流れる限り、そこに生じる“抵抗”―― それが積もり積もって、沈黙として現れる。 風の祭儀で二つの風を重ねたことで……それが、解放されたのです。」「つまり、私たち……また封印を解いちゃったってこと!?」私の声が裏返る。「だが、今度は“自然発生”ではない」カイラムが低く言った。「誰かがこの流れを狙っていた――“風の力”そのものを。」「……まさか、“魔導連邦”が動いてるのか?」リビアが羽をたたみながら低く唸った。「奴ら、風の塔を利用すれば、世界の気流を操作できる。 戦争を始める前に、風を奪えば物流も国境も麻痺する……。」「そんなの、許せない!」私は拳を握りしめる。「風は、誰のものでもない! 世界みんなの息そのものよ!」「……まさかお前からそんな名言が出るとは」カイラムが呆れ気味に笑う。「パンの焼き加減の次は、風の平等か?」「うるさいわね! でも真面目なんだから今!」 ファリードが塔の外を見上げる。空には、黒い霞のような帯が浮かび上がっていた。それは風の流れを逆流させる“影の気流”。「……早い。 これほどの規模、すでに“風脈”そのものが汚染されています。」「風脈?」「はい。 世界中の風を繋ぐ巨大な魔力網。 古代の勇者たちが築いた“循環の地図”の根幹……。 その一部が、今このサーラディンを中心に反転しているのです。」「勇者の……地図……」私は息をのむ。「じゃあ、この現象、私の中の“記録”と関係してる?」ファリードが頷いた。「おそらく。 あ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status