LOGIN【策を尽くしたところで、運命の気まぐれには敵わない】 婚約者・寒河江風馬(さがえ ふうま)の浮気を確認したとき、ちょうどスマホの画面にそのようなスレッドが流れてきた。 私は静かにその画面をタップし、裏切り話が並ぶコメント欄を開いた。冷え切った指先で、数行のコメントを綴った。 【どれほど皮肉な話かって? 同僚が旅先で何気なく撮った写真が、インスタに流れてきたの。そこに映る何千何万という人々の中で、彼と私の親友が寄り添っている。 挙式を三日後に控えた今、私は飛行機の深夜便で、現場を押さえに来ている】
View More風馬は真っ直ぐ目的地へと向かった。ワインとシナモンの香りが漂う街角で、迷うように足踏みしながらも、私の勤める会社に足を踏み入れる勇気はなかったようだ。そこは、私だけの閉ざされた世界。だが幸いなことに、北ヨーロッパの雪がしんしんと肩に降り積もる中、彼は同僚たちに囲まれてビルから出てくる私を見つけた。同僚たちに別れを告げ、ふと振り返ると、見覚えのある影がそこにある。私は一瞬だけ驚いて目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻した。風馬は私の視線に気づき、おずおずと手を挙げようとした。けれど、私がまるで赤の他人に接するように軽く会釈するのを見て、その手を止めた。それ以来、彼は近づくことすらできなくなり、長い間、ただ遠くから私の後をついてくるだけになった。私がバスに乗り遅れそうになったとき、彼は先回りしてバスを止めようとした。けれど、私はすでに勇気を振り絞って運転手に手を挙げている。私が道で酔っ払いに絡まれ、彼が道端の枝を拾って駆け寄ろうとしたとき、私はすでに道に落ちていた石を拾って投げつけている。私が列に割り込まれ、彼が注意しようとしたとき、私はすでに相手に詰め寄り、論理立てて抗議している。かつての私には想像もできなかった光景を目の当たりにし、風馬の心には募るばかりのパニックが広がっていった。彼の庇護のもとで世間知らずのまま育った「高辻星奈」は、もうどこにもいない。もう、彼を必要としていない。大切なものが手のひらからこぼれ落ちていく感覚。必死に掴もうとしても指の間をすり抜けていく絶望に、彼はついに耐えきれなくなった。人混みの端から飛び出してきた風馬は、私の手首を強く握った。「星奈……星奈……」私を引き留めるものの、私の名前を呼ぶ以外に、彼が言葉を紡ぐことができない。謝罪など、今の私には不要だ。哀願されたところで、許すつもりもない。結末など分かりきっているはずなのに、彼は手首を握る力を強め、なおも抗おうとしている。案の定、私はその手を振り払った。瞳には、触れられたことへの激しい嫌悪と怒りが宿っている。「何をするの!二度と触らないで。警察を呼ぶわよ!」風馬の呼吸が微かに震えている。込み上げる切なさを押し殺すように、彼は掠れた声で弁解した。「すまない、星奈……ただ、お前に会いたくて仕方がなかったんだ」
星奈を探すのを諦めてから数日が経ち、風馬と唯は一緒に暮らし始めた。それはかつて二人が何よりも望んでいたことだった。もう隠れる必要も、遠慮する必要もない。けれど、違和感が常に二人を包んでいる。朝食を買うとき、風馬は今でもつい三人分を手に取ってしまう。もう持ち歩く必要がなくなったあの胃薬も、ずっとカバンの中に入れたままだ。仕事帰りに唯を迎えに行くとき、車のカーナビが真っ先に表示するのは、いつも星奈の会社の住所だ。唯がミルクティーを買うときも、つい甘めで注文してしまう。それは星奈の好みだったから。カプセルトイの店を見かけると、以前のように何千円もの札をコインに両替してしまう。けれど、そこにはもう、目を輝かせてガチャを回すあの子の姿はない。二人だけの生活のはずなのに、彼らはどこまでも三人で生き続けている。何よりも、かつては楽しく笑い合えていたはずの言い合いが、今ではただの不協和音に過ぎない。演奏会に出演する唯は、主催者側の人間と酒を酌み交わした。彼女が着ていた大胆なデザインの上着さえも、激しい諍いの種になった。仕事の重圧に耐えながら、連日の残業で溜まった風馬の汚れ物。それさえも、唯には耐え難い苦痛となった。それだけではない。全く噛み合わない趣味、埋められない価値観の違い、次第に乏しくなっていく会話。すべてが二人をひどく疲れさせた。「手に入れたい」という望みゆえに美化されていた秘密の恋は、フィルターを外して現実と直面してみると、驚くほど色褪せているものだ。皮肉なことに、記憶の中の星奈の存在だけが、日に日に鮮明になっていく。どちらから言い出したのかは分からないが、風馬と唯はあの古いマンションに戻り、結婚を祝うための飾り付けを自分たちの手で取り払った。一生を誓い合ったあの日のはずなのに、その約束はわずか数日しか続かなかった。作業を終え、二人が黙ったままあのラーメン屋の前を通りかかったときのことだ。店主がちょうど店の外に出ていて、にこやかに声をかけてきた。「寄ってきなさい。一杯食べていきな」風馬は手をポケットに突っ込んだまま店に入った。唯もカバンの紐を握りしめ、力なく後に続いた。湯気を立てる味噌ラーメンが運ばれてくると、店主が割り箸を差し出した。「不思議なこともあるもんだな。この前は星奈ちゃんが
薄い紙が、しんとした静けさの中でいつまでも震えている。まるで、誰かに宛てた最後の叫びのようだ。まつ毛に堰き止められていた涙が、唯の目から溢れ出し、手紙の上に重なった。それは、手紙に残っていた乾いた涙の跡と静かに混じり合った。「星奈……」唯は手紙を握りしめ、指先が白くなるほど力を込めた。風馬もまた、一文字一文字丁寧に綴られたその手紙を見つめ、胸の奥が締め付けられるような痛みに襲われている。いつだって自分たちの言葉に耳を傾け、幸せそうに笑っていたあの子。そんな彼女が、この裏切りによって、どこか遠くへ飛び立つための翼を手に入れてしまった。そして、彼女が羽ばたいて最初にしたことは、二人の前から永遠に姿を消すことだ。――星奈に、そんなことができるはずがない。星奈が……どうして?「そんなに焦るな。今すぐ探しに行くから。きっとどこかの隅っこで、一人で泣いてるだけだ」風馬は無理に笑みを作り、唯の涙を拭おうと手を伸ばした。けれど、星奈らしい、あの素直で几帳面な文字が目に入った瞬間、その手は止まった。宙を彷徨った末、力なく引き戻された。「私も行く」唯は立ち上がり、白いベールを脱ぎ捨てた。風馬もまた、胸に飾られた新郎のブートニアを引きちぎり、一言「ああ」とだけ返すと、歩きながら電話をかけ始めた。奇妙なものだ。かつてあれほど強く結ばれることを望んだ二人が、示し合わせたわけでもなく、この式を放り出したのだ。ラインを開くと、星奈の愛らしいアイコンが目に入った。けれど、彼女からの返信はなかった。冷たさだけが残るその電話番号にかけても、「おかけになった電話は、電源が入っていないか……」という無機質なアナウンスが繰り返されるだけだ。風馬は唯と別れ、一人でかつての家へ戻った。そこには、星奈の面影がこれでもかというほど色濃く残っている。きちんと並べられたふわふわのスリッパ、カーテンにいくつも留められた可愛らしいヘアピン、そして床に転がるぬいぐるみ。「私がいない間は、この子たちが一緒にいてくれるからね。暗くても怖くないよ~」語尾に音符が付いているような、彼女の弾んだ声が今にも聞こえてきそうだ。まるで、一度も離れたことなんてないかのように。後ろめたさが、巨大な波のように風馬の心に押し寄せた。唯と密かに過ごした
「行った?」風馬は呆然と立ち尽くし、現実を受け入れられずにいる。今日は、星奈が誰よりも待ち望んでいた日ではないのか。彼女が自ら去るはずがない。けれど、唯は虚ろな瞳のまま、乾いた声で繰り返した。「星奈は……行ってしまったわ。本当に、もういないの」風馬は何かを悟ったかのように、思わず拳を強く握りしめた。「どこへ行ったんだ?こんな大切な日に、一体どこへ?」「早く見つけ出さないと!式が始まってしまうぞ!」友人たちが焦りを見せる中、風馬と唯だけが、これ以上ない静寂の中にいる。二人はようやく気づいた。星奈の許しがすべて偽りだったということに。彼女は最初から、この式を全うするつもりなどなかったのだ。「どういうことですか?この方が花嫁さんではないというのですか?冗談はやめてください。相手を間違えたら報酬はもらえませんよ!」メイク担当が慌ててスマホを取り出し、結婚式スタッフのグループチャットの履歴を見せつけた。進行を指示していたのは確かに星奈だった。けれど、彼女が花嫁として指定していた名前は、自分ではなく唯になっていた。「私たちは何度も確認しました。花嫁メイクの相手は、この部屋に住んでいる武林唯さんで間違いないと」風馬は震える手でスマホを確認すると、確かにそのグループチャットに未読の通知が溜まっている。式の段取りは決まっているものと思い込み、内容を確かめることもせずに放置していたのだ。それ以上に、昨日の彼は唯のドレス姿に心を奪われ、グループチャットの内容に全く注意を払っていなかった。あるいは、払いたくなかったのかもしれない。「私がウェディングドレスを試着してる間に、彼女はスタッフに話したの?」唯の瞳が、血が滲むかのように赤く染まっている。風馬の胸に鋭い痛みが走った。彼は否定せず、ただ頷いた。そこへ、配達員が二つの荷物を持って現れた。「失礼いたします。寒河江風馬様と武林唯様はいらっしゃいますか?高辻星奈様からの宅急便をお届けに参りました」友人たちが促すようにして、二人を前に押し出した。受け取ったのは、豪華な赤い箱。そこには鮮やかな文字で【祝・御結婚】と記されている。唯が震える指で蓋を開けると、中には大きなダイヤモンドが輝くウェディングアクセサリーがいくつか収められている。一方、風