تسجيل الدخول箱の中には、三色の綺麗な硝子の小瓶がびっしり入っていた。数えてみると、30個もある。しかも一つ一つ工夫を凝らした手作りのようだ。驚いて瓶を見つめる凛華に父が、「気に入ったかい?一足早いクリスマスプレゼントだよ。工房長に頼んで作ってもらったんだ。出来上がったと連絡をもらったので早速君に見せたくて届けに来たんだ。」「凄いです!とっても素敵です。ありがとう、お父さん。そうだ!もう出来てる香りがあるんです。ぜひ、試して見てくれませんか。」「いいのか。」「もちろん!」凛華はすぐに既にできている凛華のレシピのを持ってきた。そして、グドムンドの手首にひと吹き吹きかけた。辺りに爽やかな香りが広がる。以前試したのよりもすっきりした感じがする。「どうですか?お水を替えてみたんです。それと、精油の産地を替えてみたりもしたんです。」「うん。爽やかさが増して普段でも使えそうだ。」「ふふっ。ちょっとお父さんに合うかなって思ったのでそう言ってもらえて嬉しいです。」「……僕?僕をイメージしてくれたのか?」グドムンドのあまりの喜びように、少し慌てて、「いえ、ただ、ちょっと、合うかなって思っただけですけど……。」「ちょっとでも思い浮かべてくれただけで嬉しい。プレゼントを届けに来たのに逆にプレゼントをもらった気分だよ。ありがとう、凛華。あっ、この香り、芙美華にも感想を聞かなくては!早く帰らなきゃ。じゃ、凛華またな。無理をしてはいけないよ。」父はお茶も飲まずに慌ただしく帰ってしまった。少しイメージしたと言っただけで、あんなに喜んでもらえるなんて予想もしなかった。もし、颯生さんに最初からあなたをイメージして創りました、なんて言ったらどんな反応をするのだろう。ただの知り合いの妹のような存在からそんな事を言われたら……、やっぱり迷惑に思うのだろうな。これは絶対に秘密にしなくては…と密かに心に決めた。マリア達とは、学園のミーティングルームを借りてそこで集合した。「凛華、アルフ、久しぶりね。どう?満足のいくものができたかしら。」「はい。今の私にとって最高の物ができたと思います。」「僕もだよ。この3カ月間、とっても楽しかった。」三人で近況報告をした後、それぞれの作品を交換して鑑賞し合った。「同じようなレシピなのに材料や成分の僅かな差でこんなに印象が違ってくるのね。」「
「確かにそれは心配ですね。」てっきりグドムンドを諌めてくれると期待していた凛華と芙美華は驚いて颯生を見た。グドムンドもまた、同志を得たとばかりに颯生を見て、「分かってくれるか!だから芙美華の家みたいにして、凛華も家族も安心して思う存分に好きな事をさせてやりたいんだ。」『えっ?若桜家の離れってそんな理由で建てられたの?』凛華と颯生と勇真は驚いて、一斉に芙美華を見た。芙美華はばつが悪そうに視線を反らした。『『『そうだったんだ……。』』』「まぁ、取り敢えず今は叔父様に紹介してもらった工房の部屋をお借りできてるから充分です。先のことはまたそのうちに……と思っています。」凛華は話題を変えるように言った。「ところで、お姉様はお元気でしたか。確か今年は中学部になられたんですね。」「ああ、彼女は呑気に学校生活を楽しんでいるようだよ。音楽部に入ってバイオリンの練習を頑張るそうだ。」「そうなんですね。じゃあ、今度帰ったら一緒に演奏してみたいなぁ。」「凛ちゃんもまだピアノの練習しているの?」勇真が意外そうに聞いた。「いえ、ピアノは数年で止めてしまいました。三年ほど前からチェロの練習を始めたんです。寮にいた時は音楽室を借りて練習していたんですが、この家に住むようになって家で練習できるようになって嬉しいです。」凛華が答えると、「君たち、凛華のチェロを聴いたことないのかい?僕はもう何回か聴かせてもらったよ。中々の腕前で感動したよ。君たちはまだ聴けていないんだ。それは残念だね。」グドムンドが自慢げに話し始めた。複雑な表情の二人を見て芙美華がグドムンドを諌めた。「グム、大人げないわよ。どんどん親バカになってきちゃって、ごめんなさいね。」「いえ、今度聴かせて貰う楽しみが出来たので大丈夫ですよ。そうだ、凛ちゃんそのうちに同じ曲を練習して一緒に演奏しないか?」「ええ、いいですよ。来栖さんはピアノですよね。」「ああ、三人で弾ける曲を探して連絡するよ。」「楽しみです。」「僕もビオラなら弾ける。」話がまとまりかけた所で、颯生が参加の意思を示した。「へぇ〜。珍しいな。じゃあ翔月にも連絡しとく?」「そうだな。一人だけ知らなかったら寂しがるかもな。」どんどん話が膨らんでいく三人を、芙美華とグドムンドは微笑みながら見守っていた。9月に入っていよいよ医療実習が始
二人は何事かと真剣な顔になり、マリアの話の続きを待った。 「私ね、二人のそれぞれの作品は素晴らしかったって心から思っているわ。それは確かなの。だからかしら。二人のレシピを元に別の材料を使って私なりの香りを作ってみたいの。レシピの盗用になっちゃうけど、素敵な香りだからこそ自分風にアレンジして作ってみたいの。わがまま言ってごめんなさい。」 「「………。」」 二人は暫く考えていた。 先に口を開いたのは凛華だった。 「素敵です!私も自分のをそうやって作り直してみたいとは思っていました。それをマリアさん風にやってもらえるならぜひお願いしたいです。ただし、完成したら必ず私にも分けてください。それから、マリアさんのレシピを使うことを許してくれたらもっと嬉しいです。」 「もちろん、構わないわ。だけど、私も必ず分けてね。」 「ちょっと!僕を仲間外れにしないでよ。その案、僕も参加するよ。今日の3種類の香りが9種類になるんだね。楽しみだ!ねぇ、いつ頃までにできそう?取り敢えず次に集まる日だけでも決めておこうよ。」 実習発表の日は、3人の次の段階へのスタートの日となった。 凛華は発表会のあった日、両親と夕食を取りながらその日の出来事を報告した。そして二人に調香の作業ができる部屋と設備が欲しいとお願いした。 するとグドムンドは、 「分かった。早速秘書に連絡して凛華専用のアトリエを用意させよう。」 と言い出した。しかし芙美華がすぐに止めた。 「ちょっと待って。いきなりそれはだめだと思うわ。まずはどこかに間借りして、どんなアトリエにしたいかを考えてからでないと。後からいろいろ変更が必要になると思うわ。」 「そうなのか?だったら兄に相談してうちの系列の工房にでも頼んでみるか?」 「そんなのもあるの?」 「あるよ。」 「ところで凛華。まずはあなた達の作品を披露してくれないかしら。さっきからずっと気になっているの。」 芙美華に言われてようやく気づいた凛華は、 「あっ、忘れてた。」 と言って横に置いていたポーチから3つの小瓶を取り出した。 「えっと、これが……。」 「待って、凛華。どれが誰のか当てさせてくれない?」 「それは面白そうだ。僕も挑戦したい!」 二人はいそいそとリビングに移動して準備を始めた。
「そうなんですね。今まで何か作業する時は一人だったので気づきませんでした。そう言えば、知らない間に凄く時間が経ってしまってたことがよくありました……。」 「これからは気を付けた方がいいわよ。タイマーをかけておくとか、誰かに声をかけてもらうように頼んでおくとか。」 「はい。気を付けます。」 「さて、じゃあ今日はもうおしまいって事でみんなで帰ろう!」 それからも三人で相談したり、教え合いながらようやくそれぞれの作品が完成したのは実習終了の四日前だった。 その翌日、早速担当指導員のスヴェンと、工房長とオーナーの三人が集まり、ちょっとした発表会が行われることになった。 「スヴェンから今回の実習生は優秀だと聞いてね。いつもは彼の判断だけで成績を出していたのだが、ちょっと興味が出てきて私達も参加させて貰うことにしたんだ。」 工房長のフレドリクに続いて、オーナーのソフィアも、 「私もよ。ちょうど時間も空いていたし、楽しみにして来たの。」 と言ってにこにこしながら席に着いた。 ついさっきまでお互いの作品を楽しみにして燥いでいた三人は、少し顔を引き攣らせながら恨めしそうな目をスヴェンに向けていた。 『もっと早く言って欲しかった。』 三人に見つめられたスヴェンも戸惑いながら、 『僕だってさっき聞いたんだ。まさか本当に二人とも来るなんて…。』 と思いながらも、仕方なく三人の視線を無視して発表会を始めた。 最初はマリアの発表だった。 資料として既に三人のレシピはそれぞれの手元に用意されている。その上で、コンセプトや工夫点の説明をしていった。 そしていよいよ実際に香りを確かめることになった。 マリアが瓶の蓋を開けた途端、辺りに爽やかな香りが広っていく。 まず、試験官である三人がムエットで更に詳しく香りを確かめた。すると今まで気軽ににこにこしていた工房長とオーナーが、次第に真剣な表情になっていった。凛華たちも邪魔にならないように少し離れた所で香りを確認しながら小声で感想や説明を言い合っていた。 十数分して香りがトップノートからミドルノートに移って行くと、再び試験官三人が驚きと満足そうな表情になっていった。 「想像以上の出来だわ。後の二人の作品が楽しみね。」 「全くだ。本当にこの工房にあった材料で作ったのか?
「確かに。ラストノートはかなりその人に馴染んでくるけど、その人のイメージと違い過ぎるとちょっと、えって思っちゃうね。逆にぴったり合ってると心地よく感じるし。結構大事かな。」「第一印象、外面的イメージ、内面的イメージって感じですかね。」「周りにとってはね。自分では、さぁ行くぞ!って気合が入って、ガンガン頑張って、最後に終わったぁ~ってリラックスする感じ?」「そうなんですね!参考になります!」「いやいや凛ちゃん、僕たちの勝手なイメージだからね。正解とは限らないよ。」「いえ、自分ではそんなイメージすら沸かなかったので助かります。うーん、うん!何とか頑張れるかな?」「参考になった?じゃあ、記念すべき第一作は僕たちにも体験させてくれる?」勇真が興味津々で聞いてくる。凛華は、はいと答えようとして躊躇った。もし、颯生の為のものだと気づかれたら気まずくなるかも……。「ちょっと…自信ないです。いくつか練習して、お渡しできるような物ができた時でもいいですか。」凛華の困ったような顔を見て、颯生が、「冗談だよ、凛ちゃん。勇真の言ったことなんて気にせずに、自分で納得できるものを作ればいいよ。」「そうそう、ちょっと言ってみただけだから気にしないで。」「はい。でも、いつかお二人それぞれに合う香水を作れるように頑張ります!」「凛ちゃん、将来は調香師を目指すんだったっけ?」「いえ。調香は趣味になると思います。」「そうなんだ。」一瞬遠い目をした勇真だったが、やる気に満ちた笑顔の凛華を見ると、まぁいいか、と当てにせず待つことにした。颯生達と別れた凛華は調香の工房に戻った。資料室にはマリアが一人で調べ物をしていた。「こんにちは。今はマリアさんだけですか?」「ええ、アルフは別の部屋で試作品づくりをしているわ。」「もうレシピが出来んですか?」「どうかしら。彼は元々レシピは重視しないタイプでしょ。頭で考えるより鼻で組み立てる方が捗るんじゃないかしら。」「なるほど。」「やだ、真面目に納得しないでよ。冗談よ。イメージで組み合わせた香りが実際にどんな香りになるか確かめに行ったのよ。」「それは大事ですね。私もあと少ししたら実験しに行こう。」「その様子ならやっとイメージが固まったようね。」「はい!まだ何となくですけど。マリアさんはどうですか。」「私もイメージはで
颯生は、逃げて行く彼女たちを厳しい目で一瞥した後、ロルフに向かって言った。「妹を助けてくれてありがとう。後は僕達が面倒を見るから大丈夫だ。凛ちゃん、おいで。」そして両腕を軽く伸ばして凛華を呼び寄せた。凛華は颯生を見て、何事もなかったかのように微笑んで言った。「大兄様、私は大丈夫ですよ。心配かけてすみません。ロルフさん、ありがとうございました。」凛華はロルフにきちんと頭を下げてお礼を言うと、急いで颯生の方へ向かって行った。颯生も数歩凛華に歩み寄ると、右手で凛華の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。無防備だった凛華は、颯生に引かれるがままに彼の胸元に顔をうずめて抱きつく格好になってしまった。慌てて身体を起こして颯生から離れた凛華は、流石に少し動揺して「ごめんなさい。」と照れながら謝罪をした。颯生もちょっと驚いたような顔をしたが、「僕こそ強く引きすぎた。ごめんね。」柔らかな表情で、改めて凛華の背中に手を当てて席へと戻って行った。ロルフは、そんな二人を黙って見送った。彼女もあんなふうに甘えるような顔をするんだな。よほどあの男を信用しているからなのだろう。彼は凛華を妹と言っていたが、彼女は一人っ子で兄弟はいなかったはずだ。だとすると、それくらい特別な存在だと言うことか。また少し、彼女が遠くなっていく気がして寂しさを感じた。席で待っていた勇真は、「相変わらず過保護だなぁ。クリスがヤキモチを妬くのも仕方ないんじゃないか。」「妹を守って何が悪い。そもそも僕は彼女と一緒に留学するなんて言ってない。修士は今の教授の元で学ぶつもりだ。それを勝手に思い込んで、違っていたからって凛華に友人たちをけしかけるなんて馬鹿げてる。」「でも、彼女さんだったらちゃんと説明して欲しかったんじゃないですか?」「「彼女?」」「えっ?違うんですか?」「違うよ。誰がそんな事を?」「さっきの人達です。」「全く……。僕は今だに女性との距離感が分からないよ。」「確かに。何度か一緒に食事をしたとか、親しく話したことがあったら、知らない間に恋人認定されていたりする。一体どこが友人と恋人の境目なんだ。誰か教えて欲しいものだ。」「そうなんですか?」「ああ、僕だって知らない間に同時期に三人もの彼女がいることになってた。そんな酷い男じゃないよ、僕は。」「来栖さんは優しいですものね。
「来月には凛ちゃんも3歳になるのよ。みんなでお祝いしましょうね。」「はい!ありがとございます。」そうか、今は4月か。前世で事故に遭ったのは3月だったから少し時間はズレているらしい。母がいる日は母と離れで過ごし、出掛ける日は母屋で過ごす日々の中で、更に状況が分かってきた。母にはお互いに想い合う恋人がいた。私を身籠った事をきっかけに、父は海外に住む家族に結婚の報告をするために帰って行った。その途中で事故に遭い長い間昏睡状態だったようだ。意識は戻ったものの今だに寝たきり状態らしい。母は経済的に自立して、父を養えるようになって結婚する事を目指している。私にはあの男ではなく、本当の父がい
冷たい水が口の中をすっきりさせて、喉の奥にスーッと流れ込んできた。するとさっきまでの不快感が消え去っていった。「ありがと。」凛華がお礼を言うと、その女性は安心したように微笑んで、「どういたしまして。今日の凛ちゃんはとってもお利口さんね。」と言ってまた優しく頭を撫でてくれた。凛華はこの女性を知っている。だが、自分の記憶にあるこの女性はもっと窶(やつ)れて暗い顔をしていた。声も小さく弱々しかった。今の白くてシミ一つない美しい肌も、大きくて澄んだ瞳もふっくらとした花びらのような唇も遠い昔のものだったはず。こんなふうに若々しく美しかったのは、まだ自分がほんの物心ついた頃のことのはず。
「辞令を見ても何も言わなかったじゃないか。」「言ったら撤回してくれたのですか?」「もう決まった事だ。しつこいとクビにして無一文で若桜家に送り返すぞ。それが嫌なら大人しく言うことを聞け。颯生さんにも余計なことは言うな。」「何で……何でいつも勝手に決めてしまうんですか!家でも会社でも命令ばかり!私にも心はあるんです。少しは尊重してくれてもいいんじゃないですか!」「そんなに契約違反をしたいのか。何なら明日にでも離婚して家に返そうか?ご両親の反応が楽しみだな。たっぷり躾けられた後何処かの爺さんの後妻にでも売られるんだろうよ。そう言えばお前まだ処女だったな。さぞかし高く売れるだろうよ。これが最
凛華は元は東雲グループのイベント企画会社に就職していた。しかし、就職間もなく楓香の事情に巻き込まれて翔月と契約結婚する事になった。その時、どうしても働き続けたいと言う凛華の意向を受けて、翔月は監視を兼ねて彼が社長を務める商社の秘書室に出向させた。結婚の話が出た時、東雲家からは会社は辞めて家で家事に専念するように言われた。が、そんな事をしたら離婚後また若桜家に戻って家政婦のように働かされ、その内誰かと政略結婚をさせられるに違いない。凛華としてはそれは絶対に避けたかった。そのためにはちゃんとした仕事を確保しておく必要があった。離婚後こそは自立してようやく自分らしく生きていくのだ。3日後、待ち







