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第546話

作者: 桜夏
「あの、本当に新井社長と離婚したの?」

彼女は慌てて付け加えた。「あ、別に深い意味はないよ。言いたくなければいいんだけど……」

透子はうなずき、淡々とした声で言った。

「ええ。昨日、半休取ったのは、控訴審に出るためだったの」

それを聞いて、同僚は驚きを隠せない顔をした。

さすがは名家だね。離婚するだけで控訴審まで行くなんて、本当に面倒くさそう。

同僚は彼女を慰めた。「離婚もいいことよ。お金持ちの奥さんなんて大変だもの。慰謝料をたっぷりもらって、気楽に暮らせる小金持ちになって、好きなだけホストを養えばいいのよ」

透子の唇に、かすかな笑みが浮かんだ。彼女は何も言わなかった。

蓮司のお金なんて、全然欲しくないし、もらう気もない。

ホストを養うなんて……

それも、やめとこう。今はただ、心が疲れてるだけだ。

昨夜、やっと完全に自由になった。昨晩は先輩や理恵たちがお祝いまでしてくれて、彼女も本当に楽しかった。

でも、それはほんの短い間の解放感とはしゃぎに過ぎず、朝が来れば、また現実と向き合わなきゃいけない。

彼女は蓮司と離婚した。でも、平和な日々はまだ来ない。

蓮司は、まるで影に隠れる獣みたいにしつこい。いつでも飛びかかってきて、彼女に噛みついてくる。

透子の目は虚ろで、そこには悲しみと無力感、そして希望のかけらもなかった。

スマホは壊れちゃって、まだ買いに行けてない。でも、下の階の先輩のことが心配で、同僚に頼んで、食堂で食事してた他の同僚に連絡してもらった。

同僚は聞いた情報を話した。「もうみんな帰ったって。新井社長も帰ったよ。筋肉質の男たちが何人か来て、連れて行ったそうよ」

透子はそれを聞き、その男たちは新井のお爺さんが送ったんだろうと思った。

人がいなくなったと聞いて、彼女は立ち上がり、先輩の様子を見に行こうと支度した。

同僚は彼女の後ろ姿を見送り、自分でお弁当を持ってきてた他の何人かの同僚たちが集まってきた。彼女の姿が見えなくなり、声が聞こえなくなってから、やっと小声でうわさ話を始めた。

「あの新井社長って、透子さんのこと、すごく好きみたいね」

「好きじゃないわけないでしょ?何度も会社に押しかけてきたし、彼女のために旭日テクノロジーを買収しようとしたって話もあるんだから」

「でも、浮気してたんでしょ?ネットニュースにもなった
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