เข้าสู่ระบบスティーブが去った後、オフィスの中では。雅人は、理恵が来たことを知っていたが、わざわざ隣へ挨拶には行かなかった。仕事を続けながら、彼はクッキーを一枚、取り出した。一口かじると、色の濃い部分は、確かに焦げていた。食感は少し苦いが、食べられないほどではない。理恵のようなお嬢様が、自らキッチンに立つなど、百年に一度あるかないかの珍事だろう。それで、初めてでこの出来栄えなら、彼女もなかなかの才能があると言える。隣のオフィスでは。理恵は、すでに三十分ほど長居していた。二人はよもやま話に花を咲かせたが、当然、蓮司の話題も避けられなかった。もちろん、数日前のような、蓮司がまだネットで派手に暴れ回っていた時なら、彼女もその話はしなかっただろう。彼のために、良いことなど言うはずがないからだ。だが、今、彼が鳴りを潜めているからこそ、理恵はとどめを刺しに来たのだ。理恵は、冷ややかに言った。「ふん、新井も所詮はその程度の男ね。あなたのためにもっと死に物狂いでやるかと思ってたのに。お爺様に脅されたら、もう借りてきた猫みたいにおとなしくなっちゃうなんて。あなたと結婚した時もそうだったけど、結局、見かけ倒しの腰抜けなのよ。あんな男、責任感のかけらもないわ。透子、あなたが泥沼から抜け出せて、本当によかった。でなければ、一生苦しむことになってたもの」理恵は内情を知っていた。大輔に探りを入れて、蓮司のカードがすべて凍結されていることを知っていたからだ。要するに、もう「騒ぎ」を起こす資金がないのだ。だが、それをバカ正直に言うわけにはいかない。だから、彼女は巧みに「脅し」という言葉に置き換えたのだ。とにかく、この人生で、蓮司が自分の親友のそばに近づくことなど、絶対に許さない。透子は、その言葉を聞きながら、何も言わなかった。新井のお爺さんが蓮司の幼稚な行動を止めたのは、もちろん、ビジネス上の判断からだろう。一族の後継者であり、グループの現CEOが、ネットでこれほど大騒ぎするのは、新井グループの名声に傷がつくだけでしかない。蓮司がおとなしくなったのは、いいことだ。これで、もう社員たちの噂話を聞かずに済む。理恵は、そろそろ帰る時間だと腰を上げた。透子は彼女を下まで見送った。彼女が戻ってくると、スティーブが書類を一部、手渡して言った。
スティーブは彼女を見て、改めて言った。「理恵様がその気になられましたら、このポストは、いつでも理恵様のために空けておきますので」理恵は視線を逸らし、さして気にも留めないといった風情で、そっけなく言った。「さあ、どうかしらね。透子に会いたくなったら、連絡するわ」スティーブは頷いた。理恵がこちら側に来るのは、もはや時間の問題だろう。透子を柚木グループに引き抜かれるくらいなら、いっそ理恵をこちらに取り込んでしまえばいい。そうすれば、未来の社長夫人というのも、あながち夢物語ではないかもしれない。スティーブが辞去しようと、踵を返したその時。一歩も踏み出さないうちに、理恵に呼び止められた。スティーブは振り返り、その口元に笑みを浮かべた。「理恵様、もうお考えが変わりましたか?」早いな。やはり、自分の読み通り……理恵は立ち上がって言った。「ううん、違うわ。あなたに、橘さんへこれを渡してもらいたいの」彼女は持参した二つの紙袋のうち、片方をスティーブに差し出して言った。「透子に持ってきたんだけど、ついでだから、あの人にも一つあげるわ。迷惑じゃなきゃいいけど」スティーブはうやうやしく受け取ると、慌てて否定した。「社長が迷惑がるはずがございません。きっと、感激なさいますよ」理恵は、それが単なる社交辞令だと分かっていたが、何も言わなかった。スティーブが去り、オフィスのドアが閉ざされた。透子と理恵は並んで座り、理恵が手元のもう一つの袋を開封した。理恵は言った。「食べてみて。うちの家政婦さんが焼いたんだけど、結構いけるのよ」透子はクッキーを一枚つまんで口に運んだ。確かに美味だ。理恵は、さらに言った。「二皿分焼かせたの。もう一皿は、橘さんに」透子は尋ねた。「諦めるんじゃなかったの?」理恵はふんと鼻を鳴らして言った。「だから、焦げた方をくれてやったのよ」「わざと家政婦さんに、二皿目は焼き時間を長くして、温度も上げさせたんだから」透子は言葉を失った……それは、一体どういう理屈なのだろう?プレゼントはするけれど、あえて焦げた失敗作を贈るなんて……透子も彼女の真意が測りかね、先日の件について尋ねてみた。理恵はまだ、親友に対し、彼女の兄から正式に、しかも適当な理由をつけて断られたことを打ち明ける心の準備ができてい
透子はスティーブに言った。「ありがとうございます」スティーブは恭しく返した。「どういたしまして。何かございましたら、何なりとお申し付けください」理恵は、我が物顔で椅子に腰掛けると、人がいるのをいいことに、早速ケチをつけ始めた。「スティーブ、透子はあなたの社長の実の妹なのよ。それなのに、こんなみすぼらしいオフィスをあてがうなんて、どういう考えだ?」理恵は再びオフィスを見回し、続けた。「南向きでもないし、広さだって猫の額ほどじゃない。給湯スペースは共用じゃなくて、専用のがあってもいいはずよ。ファイルキャビネットもないし、休憩室へ続くドアもなさそう。トイレもパウダールームもついてないんでしょ?ねえ透子、いっそウチの会社に来なさいよ。お兄ちゃんだって、あなたの面倒くらい見れるわ」スティーブはそれを聞き、心の中で警報を鳴らした。それはまずい。羊を狼の群れに放り込むようなものだ。聡が透子に好意を寄せているのは、とっくにリサーチ済みだ。だから、理恵のこの提案には、兄のための下心があると見て間違いない。スティーブが口を開きかけたが、理恵は彼に反論の隙を与えずに続けた。「それに、あなたもよ、スティーブ。あなたの社長、もしかして倒産寸前で火の車なんじゃない?まともな自社ビル一つ買えないなんて。いっそ、ウチに転職してきたら?コネでねじ込んであげるわよ」スティーブは、丁寧な、そつのないビジネススマイルを崩さずに答えた。「理恵様、お心遣い痛み入ります。ですが、弊社の経営状態は極めて健全でございまして、当分倒産の憂き目は見そうにありませんので」瑞相グループが破産するなど、天地がひっくり返ってもあり得ない話だ。スティーブは、さらに言葉を継いだ。「それに、新社屋の建設はすでに最終段階に入っております。まもなく移転できますので、こちらはあくまで仮のオフィスでございます。移転の暁には、ご指摘いただいたお嬢様のオフィスも、すべて最高水準の規格でご用意いたします。現状は設備が行き届いておらず、お嬢様にはご不便をおかけしておりますが」理恵はそれを聞き、満足げに頷くと、新社屋の場所を尋ね、スマホで検索を始めた。スティーブはその様子を見て、意味ありげな笑みを浮かべて言った。「新社屋へ移転の際は、ぜひ理恵様も、お嬢様の同僚としてお越しください
転送させたところで、実質的な意味はない。ネットに晒せば、すぐに足がつくに決まっている。何しろ、公開範囲が狭すぎる。それに、本社の広報部だって無能ではないのだ。悲願達成を前に、悠斗がまだ本社へ復帰できていない今、博明がそんな愚かな真似をするはずがない。でなければ、今回のネット騒動にも、彼は一枚噛んでいただろう。……蓮司が大々的にネットで愛を叫ぶのをやめ、尻尾を巻いておとなしくなったことに気づいた理恵は、思わず兄に愚痴をこぼした。本当は透子に愚痴りたかったが、そんな話を聞かせれば、彼女の気分を害するだけだと思ったからだ。きっと、新井のお爺さんが動いたに違いない。さすがに、もう黙って見ていられなくなったのだろう、と彼女は踏んだ。何しろ、あんな金の遣い方をしていれば、わずか数日で十億単位の金が消えていく。新井グループは、蓮司に食い潰されてしまうだろう。……理恵も橘家の人々も何も言わなかったが、透子はすべてを知っていた。それも、事細かに、何一つ聞き漏らすことなく。仕方がないことだ。彼女が積極的に情報を集めているわけではないが、どこへ行っても、嫌でも耳に入ってくるのだから。兄と共に出社するようになってからというもの、人混みの中、トイレ、果てはオフィスを通り過ぎる時でさえ、噂話が絶え間なく聞こえてくる。さすがに、社員全員の雑談を禁じるわけにもいかず、透子はその後、極力人目を避けるようになった。聞いていて腹が立つわけではない。ただ、もう蓮司に関するどんな話も、聞きたくなかったのだ。彼の行動はすべて、彼が勝手にやっていることだ。自分は彼に何も求めていない。あれはただの自己満足に過ぎず、自分の心が動かされることなどあり得ない。自分のオフィスに戻ると、透子はデスクの椅子に腰を下ろした。彼女には今、兄のオフィスの隣に個室が与えられており、中の設備もすべて揃っている。広い空間には観葉植物が配され、コーヒーメーカーやウォーターサーバーも完備されている。壁面の棚には、様々な種類の高級茶やハーブティーがずらりと並んでいた。彼女が専属アシスタントを付けるという提案を断ったため、スティーブが彼女のために、特別に「給湯スペース」を設けてくれたのだ。このオフィスは仮のもので、京田市の自社ビルはまだ準備中だ。もう少しすれば、そちらへ
オフィスの中。スティーブはコメント欄の世論の動向を眺め、満足げに口角を上げた。いい気味だ。これで新井社長はネット中の笑い者で、評判は地に落ちたも同然だ。もともと、ここまで徹底的にやるつもりはなかったが、相手があまりにしつこく嫌がらせをしてくるものだから。新井グループ内部からも不満の声が上がっていると聞いた。だが、自分が火に油を注いだことなど、責められる謂れはない。すべては、新井社長の自業自得なのだから。……ネット上の世論が沸騰する中、新井グループ本社では。広報部は即座に対応に追われたが、次から次へと新しい投稿が湧いて出てくる。その上、背後には組織的なサクラやインプレッション操作の影まで見え隠れしていた。新井グループの最高意思決定者として、蓮司のイメージダウンやスキャンダルは、株価に直結する深刻な問題だ。特に、これらはすべて企業の品格を損なうマイナスなニュースなのだから。大輔はこの数日、自分のデスクを広報部に移したも同然の状態だった。誰かが悪意を持って社長を陥れようとしているのを見て、真っ先に悠斗の関与を疑った。だが、広報部がIPアドレスや履歴を辿ってプラットフォームに照会したところ、サクラを雇い、数字を操作していたのは、橘家側であることが判明したのだ。大輔は、観念してスティーブに電話をかけ、「お手柔らかにお願いします」と頼み込むしかなかった。スティーブは、親切心を装って忠告した。「これは一つの教訓ですよ。新井社長にお伝えください。これ以上、余計な真似はなさいませんように、と。さもなければ、世論の力によって、解任動議が出される恐れがありますよ」大輔がその言葉を伝えると、蓮司はそれを聞きながら、両手を固く握りしめた。大輔は、悲痛な面持ちで言った。「社長、数日前までは、ネットの野次馬たちも単なるネタとして消費していました。しかし、このまま悪意ある誘導が続けば、笑い話では済まされず、取り返しのつかないスキャンダルに発展しかねません。取締役会は今のところ静観していますが、今日のこの件を速やかに鎮火しなければ、彼らの不満も爆発するでしょう」蓮司は言った。「カードも止められた俺に、これ以上何ができると言うんだ?」大輔は言った。「僕が申し上げたいのは、ネット上の投稿をすべて削除していただきたい、とい
そして、博明は夜まで待ったが、橘家側からは何の音沙汰もなかった。博明は、次第に焦りを募らせた。まさか、蓮司の金が本当に底をついたのか?もう贈り物さえ用意できないほどに?このところ、あいつがドブに捨てた金は、優に十億を下らない。安物では橘家に相手にされない以上、本当に資金が枯渇したのかもしれない。だが、金がなくなったからといって、他の手段を講じないようなタマではないはずだ。資産の不正流用、会社資金の横領、ペーパーカンパニーを使った投資詐欺……蓮司がその気になれば、それくらいの裏金はすぐにでも捻出できる。博明は、自分が思いつくような悪事は、追い詰められた蓮司も絶対に思いつくと踏んでいた。あいつは今、元妻を取り戻したくて気が狂いそうなのだ。一線を越えるのも時間の問題だろう。自分はただ、部下に監視を続けさせておけばいい。奴が動いた瞬間、証拠を押さえれば、逆転の目が出てくる。橘家が蓮司を支持する可能性など、彼は心配していなかった。もし万が一、蓮司が透子を取り戻せば、自分が証拠を握っていようがいまいが、破滅させられるのは目に見えている。ならば、一か八か賭けてみる価値はある。そう考え、彼は悠斗にメッセージを送り、今は辛抱強く好機を待つよう伝えた。部長室。悠斗は、父から送られてきたメッセージを見ても、その顔に喜びの色は浮かばなかった。なぜなら、彼はすでに自分の手で布石を打っているからだ。父が蓮司の尻尾を掴むのを待っていては、日が暮れてしまう。新井グループの国内株価は最近少し持ち直してきたが、国際市場では依然として泥沼の状態が続いている。国内の人間は誤魔化せても、海外のビジネスパートナーたちは、蓮司の行状を許してはくれない。特に、彼が以前、瑞相グループのCEOである橘雅人の実の妹に行った、あの「最低な仕打ち」については。それだけで、多くのビジネスマンたちが蓮司を敵と見なすには十分だ。何しろ、誰もあの橘雅人を敵に回したくはないのだから。本社の方の状況も、悠斗は常に注視している。取締役会のあの古狸どもが、まだ態度を保留にしているのは、蓮司が透子を取り戻し、橘家の婿になれるという幻想を抱いているからに他ならない。はっ、一体誰がそんな甘い夢を見させたのやら。橘家側の、あの氷のような態度が、すべてを物語っているとい