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離婚互助会カウントダウンクラブ
離婚互助会カウントダウンクラブ
作者: 八街ヒサシ

第一話

last update publish date: 2026-06-06 16:30:48

………………………………

離婚するほど不幸なわけじゃない——

そう思って飲み込んだ言葉に、薔薇を一本。

九十九本目までは、あなたの物語。

百本目からは、私たちの出番。

ようこそ、離婚互助会カウントダウンクラブへ。

………………………………

沙月に“カウントダウンクラブ”のことを教えてくれたのは、離婚経験のある女友達だった。

「いいから、一度行ってみなさいよ」

手の中に押し込まれたのは小さなカード。

書かれているのは箔押しの薔薇で飾られた“カウントダウンクラブ”のロゴ、それに住所だけ。

沙月はそれを押し返そうとした。

それでも友人は、小さなカードを引っ込めようとはしない。

「大丈夫、変なところじゃないから。別名“離婚互助会”、本当に真っ当な女性向けの相談サロンだから、詐欺とかじゃないから」

「なんか、すごく怪しく聞こえるんだけど」

「怪しくないよ、私も離婚する時、ここにお世話になったのよ」

「そっか、でもね、離婚したいわけじゃないのよ」

「わかってる、離婚しろっていってるんじゃないの。でも、ここ、結婚生活の愚痴を聞くだけとかもやってるから、ね」

沙月は結局、カードを押し返すことができず、それを受け取ってハンドバッグの底に押し込んだ。

それが三ヶ月前のこと——

今日になって、そのカードのことを思い出したのは、朝食の席で夫に言われた一言がきっかけだったのかもしれない。

沙月の夫——早坂陽介はトーストを齧りながらなにげなく言った。

「仕事、いつ辞めるんだ」

まるで辞めることが決定事項であるような言い様に、わずかな苛立ちが心中に湧く。

それでも沙月は、(彼に悪気はないんだから)と苛立ちを飲み込んで、にっこりと微笑んだ。

「それは、この間も話したでしょう、辞めるつもりは、今のところないって」

陽介と結婚して二年目、義母からも「赤ちゃんはまだなの」と何度も聞かれている。

生活も落ち着いたし、そろそろ子供を持つことを考え始めてはいるが、だからといって仕事を辞めようとまでは考えていない。

「うちの事務所は小さいけれど、産休制度もしっかりしているし、もし辞めるにしても実際に妊娠してから様子を見て、って話だったでしょ?」

「そうだっけ? あー、そうだったかも」

夫に悪気があるわけではないことはわかっている。

わかってはいるが、真剣味のかけらもなくヘラヘラと笑っている様子に、沙月の苛立ちはさらに募ってゆく。

「でも、どうせ辞めるなら遅いか早いかだけの問題だろ、ウチの母がいうにはさ、仕事を辞めて妊活に集中したほうが“君も楽だろう”っていうんだよ」

言葉だけなら沙月のことを考えているようにも聞こえるが……

「俺には十分な稼ぎがあるから、君が小金を稼ぐための仕事なんかしなくても養ってあげられる、それに、君が辞めたからって職場に迷惑がかかるってわけでもないだろ」

「それでも!」

「大丈夫大丈夫、すぐに結論を出せって話じゃないから、ただ、いつ頃なら辞められそうか、上司と相談くらいはしておいてくれよ」

そんな話があったのが今朝のこと。

夫は強引に話を進めるようなことはなかったし、言葉自体は沙月を思いやっているようにも思えた。

だが……

そんなモヤモヤした気持ちを誰かに話したかっただけなのかもしれない。

沙月はカードに書かれていた住所を訪ねてみた。

そこにあったのは、小さくて古いビルだった。

元は雑居ビルだったのか、ビルの壁には破れた看板がいくつか張り付いている。

沙月は握りしめたカードに目を落とす。

「やっぱり、詐欺なのかしら」

だが友人は「ここで世話になった」と言っていた。

彼女を信じて、せめて中に入るくらいは……

そう思って、恐る恐る中に足を踏み入れた沙月は、驚きの声を上げた。

「内装には力を入れているのね」

一階のエントランスは真新しい真っ白なタイルが貼られて、明るく清潔感に溢れる空間になっている。

奥にあるエレベーターも、眩しいほど磨き上げられた銀色の扉に傷ひとつない、新しいものだ。

つまりボロボロなのは仮の姿、中身はすっかり最新式の建物なのがこのビル。

「なぜこんな手間を? 一度取り壊して建て替えた方が安く済むでしょうに」

壁をまじまじと眺めながらつぶやく沙月の背後で、突如、声がした。

「それはね、ここが秘密基地だからよ」

「だれっ?」

振り向くとそこには、細身のレディススーツに軽いカーディガンを羽織った初老の女性が立っていた。

丁寧に手入れされた白髪をぴっちりとセットした上品な居住まいに、思わず“マダム”と呼びたくなる。

彼女は優しそうな微笑みを口元に浮かべて言った。

「ふふっ、冗談よ。ここは夫から暴力をふるわれたり、家族から虐待されている女性のためのシェルターも兼ねているから、まあ、カモフラージュね」

マダムは、沙月に向かってすっと片手を差し出す。

「相談に来たんでしょ、いらっしゃい、お茶を用意させるわ」

沙月はわずかに足を引いて尻込みする。

「でも、私……」

「なあに?」

「離婚するつもりはないんです」

「あら、そうなの?」

“マダム”の答えは軽やかだった。

「でもここへ来た、それって、飲み込みきれずに溢れそうな言葉があるってことじゃないの?」

「……」

「聞かせてちょうだい、あなたの言葉を」

遥子は一歩進み出て、沙月の手をそっととる。

「そしてその言葉に薔薇を」

遥子が華やかに笑った。

「ようこそ、カウントダウンクラブへ」

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    沙月は、持ち帰った薔薇を100円均一で買ったそっけない一輪挿しにいけて、出窓に飾った。夫である陽介は、「へえ、珍しいことをするね」と笑った。悪意からではない。単なる夫婦のコミュニケーションとしての、さりげない会話のつもりだろう。それは沙月もわかっているのだが……「君もようやく女性らしい情緒というものを理解したんだね」「大袈裟ね、花を一輪飾っただけじゃない?」「いやいや、君さあ、花なんて食べられるわけでもないし、資産価値があるわけでもないし、買うだけ無駄だって言ってたじゃない」「ああ、言ったこと、あったかも……」沙月はそっと薔薇に触れる。たった一本残された、あの棘を指先で探す。ちくりと小さな痛みが走った。だが、血が流れるほどじゃない。思えば結婚生活は“お互い様”。時には沙月が彼の棘になることだってあるはずだ。だけど彼も、そうした小さな棘を飲み込んでくれている。円満な家庭とは、そうした思いやりで出来上がってゆくもの――沙月がふと顔を上げると、夫は邪気のない笑みを浮かべていた。「なんか疲れた顔してるなあ、いいよ、今日は手伝うよ、何をすればいい?」そう言ってくれる夫は優しいと思う。ルックスも整っているし、仕事だって大手企業のエリート社員という将来を約束された立場であり、収入も安定している。身持ちが固くて真面目だから、浮気をするようなこともないだろう。だから沙月は、自分は幸せな結婚をしたのだと、常日頃から思っている。少なくとも、世間で見るような“離婚するほど不幸な結婚”をした女性よりもよほど幸せなのだと。だから、多少の痛みは……「そうね、とりあえずお風呂を洗ってきてくれると、助かるかなあ」「よし、任せてくれ、ピカピカにしてやるよ!」陽介は張り切って腕を捲り上げると、風呂場に向かった。沙月はその間に洗濯を取り込み、天日でカラッと乾いた足拭きマットを持って脱衣所に向かう。浴室の扉越しに、少し調子のはずれた鼻歌とシャワーの音が聞こえた。「ねえ、足拭き、持ってきてないでしょ」「ん、あー、忘れた」「ここに置いておくから、ちゃんと足拭いて上がってきてね」「わかったー」この間に食事の支度を済ませてしまおうと、沙月はキッチンに立つ。「豆腐があったわね、麻婆豆腐にしようかしら」レトルト調味料を取り出したところで、お風呂場

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