LOGIN証言台に立つ雅は、糸の切れた操り人形のようにガクリと体を揺らし、それ以上何も言葉を発しなかった。一方、傍聴席の佳乃は血相を変えて立ち上がり、ヒステリックに叫び出した。「違うわ!あの子がやったのよ!私はただ、親としてあの子に自首を勧めただけじゃないの!!」被告人席の紗夜もまた、余裕の仮面をかなぐり捨てて泣き叫んだ。「そうよ、全部雅さんがやったの!私には関係ない、私じゃないわ!!」醜く責任をなすりつけ合う女たちの狂乱に、法廷中の視線が冷ややかに注がれた。――そして、判決が下された。主犯である鷹司紗夜には、懲役二年の実刑判決。ただし、彼女が現在妊娠中であることを考慮し、出産までは自宅での監視付き軟禁処分とし、出産後に刑を執行することが言い渡された。判決を聞いた瞬間、紗夜は足から崩れ落ちそうになった。だが、心のどこかで「出産後に減刑の嘆願を出せば、まだどうにかなる」と、必死に自分を納得させていた。佳乃は、親の仇でも見るような氷の眼差しで水琴を睨みつけていた。自分の完璧な計画が、この女のせいで水泡に帰したのだ。一方の雅は、虚ろな目のまま法廷警備員に連行され、再びあの精神科病院の閉鎖病棟へと戻されていった。……南鳥市立病院のVIP病棟。灼也が入院して、すでに五日が経過していた。病室のドアが開き、七緒がワゴンに乗せた食事を運んできた。灼也はベッドの上から冷たい視線を七緒に向け、不機嫌そうに舌打ちをした。「……なんでまた、お前なんだ」その理不尽な八つ当たりに、七緒は大げさに飛び退いた。「オレじゃなきゃ誰が来るんスか!それより灼也様、水琴さんと何かあったんスか!?なんで水琴さん、ここ数日ずっと顔見せないんスか!」灼也は眉間を揉みほぐしながら、静かに首を横に振った。実のところ、彼自身にも理由が分からなかったのだ。心当たりがあるとすれば、あの日、病室で琉里と交わした会話を、彼女に聞かれてしまった可能性くらいしかない。スマホを取り出し、水琴に発信してみるが、やはり無機質なアナウンスが流れるだけだった。完全に着信拒否されている。今すぐ彼女の元へ行き、直接顔を見て誤解を解きたい。だが、無情にもギプスで固められた右脚が、彼をベッドに縛り付けていた。その頃。水琴は大学の相談室で、一人の学生と
「母さん……あんたが言ってた『解決策』って、まさかこのことだったのか……?」臣は絞り出すような声で問い詰めた。すると佳乃は、何が不満なのかと言わんばかりに臣を睨みつけた。「何よその顔。聞いてたでしょう?雅が自分で言い出したことよ。あの子はあなたと私を悲しませたくないって、そう言ったじゃない。それに、雅には精神科の鑑定書があるから、実刑判決なんて出ないわ」佳乃は悪びれる様子もなく、むしろ胸を張って言い放つ。「全部、あなたの子どもを守るためでしょうが!」臣はギリッと奥歯を噛み締め、証言台で俯く雅を痛切な眼差しで見つめた。少しでも気に入らないことがあればヒステリックに泣き叫び、絶対に自分が損をしないように生きてきた、あのわがままな妹。それが今、母親に脅され、身重の義姉の身代わりとして、公衆の面前で偽証をさせられているのだ。証言台に立つ雅は、無機質な声でさらに言葉を紡ぎ出した。「私は以前から、静沢水琴に対して強い恨みを抱いていました。これは今に始まったことではありません。A大学で彼女に嫌がらせを繰り返していたことは、周囲の誰もが知っている事実です。この事件の直前にも、私たちは激しく衝突していました。だからこそ、あの大槻邸での一件を計画しました。彼女を罠に嵌め、徹底的に絶望して崩れ落ちる姿を、この目で見たかったんです」淡々と語るその口調は、まるで自分が本当に首謀者であるかのようにすらすらと澱みがなかった。……半分は本当で、半分は嘘ね。水琴は冷ややかな目で雅を見つめていた。前半の「水琴を恨んでいて、嫌がらせをしていた」のは紛れもない事実だ。だが、後半の「絶望して崩れ落ちる姿を見たかった」という猟奇的なまでの悪意は、雅というよりは、むしろ被告人席に座る紗夜の心理に近い。紗夜の弁護士は、雅の完璧な証言に満足げに頷いた。紗夜本人もまた、勝利を確信したような薄ら笑いを法官に向けている。雅のこの証言さえあれば、すべての罪を彼女に擦り付け、自分は完全に無実として放免されると信じ切っているのだ。「裁判長。原告側からも、証人に対する尋問を要求します!」水琴の弁護士が立ち上がり、声を張り上げた。裁判長の許可を得ると、弁護士は雅の真正面に立ち、鋭い視線を向けた。「鷹司雅さん。では、先ほどの大槻氏の証言については
手の中にある温かい保温ジャーが、急にひどく滑稽なものに思えた。彼の傍には、家柄も釣り合い、ビジネスのパートナーとしても完璧な「妹」がいる。自分が毎日手作りのスープを運んだところで、所詮はただの自己満足に過ぎないのだ。水琴は踵を返し、足音を立てないように静かにその場を離れた。廊下を歩き去る彼女の瞳には、かつての冷たく、すべてを拒絶するような氷の壁が再び築かれていた。……厳粛な空気が張り詰める地方裁判所の法廷。傍聴席の最前列で、水琴は隣に座る重人と共に、被告人席に座る紗夜を冷ややかな目で見据えていた。紗夜の態度は、異様なほど落ち着き払っていた。自分が重罪に問われている被告人だというのに、その顔には余裕すら感じさせる薄ら笑いが浮かんでいる。まるで、退屈な定例会議にでも参加しているかのようなリラックスした様子だ。あの余裕は一体何……?水琴の胸の奥で、嫌な予感がチリチリと警鐘を鳴らす。紗夜を無罪放免にするため、鷹司家が裏で相当な根回しと代償を払ったことは想像に難くない。だとしても、あの態度は少し異常だ。「原告側代理人、証人尋問を行ってください」裁判長のくぐもった声が響くと、水琴の隣に座っていた敏腕弁護士が立ち上がり、証言台に立つ初老の男――大槻茂の前へと歩み寄った。証人宣誓が粛々と行われた後、弁護士が鋭い口調で切り込む。「大槻茂氏にお尋ねします。鷹司紗夜被告が、大槻氏の御子息である裕也氏に接触し、私の依頼人である静沢水琴氏を罠に嵌め、密室で複数の男を差し向けて危害を加えるよう直接指示を出したというのは、事実ですか?」茂は一度コホンと咳払いをしてから、はっきりとした声で答えた。「はい。間違いありません。息子に指示を出したのは、鷹司紗夜です」決定的な証言。だが、それを聞いてもなお、紗夜の表情には一片の動揺も走らなかった。それどころか、退屈そうに前髪を弄っている始末だ。水琴は視線を動かし、傍聴席の反対側に座る臣と、その母・佳乃の顔を窺った。二人の顔もまた、凪いだ海のように不気味なほど穏やかだった。不利な証言が出たというのに、まるで「台本通り」だと言わんばかりの態度。……おかしい。何か裏がある。水琴の心臓が、不安で早鐘を打ち始める。そもそも、今回の裁判の真の目的は、実行犯である
「さあな。だが、誰の差し金であろうと、必ず引きずり出して代償を払わせる」灼也の声は、絶対零度のように冷たかった。気まずい空気を誤魔化すように、琉里は慌ててベッド用のオーバーテーブルを引き寄せ、持参した保温ジャーの蓋を開けた。湯気と共に、高級食材の香りが立ち上る。「あの……これ、味見してみて。私が朝早く起きて、灼也のために作ったの」琉里は頬をうっすらと朱に染め、上目遣いで彼を見つめた。健気で家庭的な女。それが彼女の演出だった。ここで無碍に突き返せば、景正を通じてまた面倒な干渉をされることは目に見えている。灼也は仕方なくスプーンを手に取り、スープを一口だけ口に運んだ。そして、すぐにスプーンを置いた。「美味いよ。ありがとう」心をまったく込めていない、作業のような称賛。それでも琉里は嬉しそうに微笑んだ。「お口に合ってよかったわ。もしよければ、毎日作ってきてあげる」そして、彼女は少しだけもじもじと身をよじり、甘えるような声で核心を突いた。「ねえ、灼也。今日、お祖父様から私たちのことでお話があったの。景正お爺様ともすでにお話しされているみたいで……もし灼也さえ良ければ、近いうちに、まずは『婚約』だけでも発表しようって」その言葉を聞いた瞬間、灼也の纏う空気が一変した。温雅な微笑みが消え、冷ややかな拒絶の壁が築かれる。「琉里。俺は昔から、お前のことは妹としてしか見ていない」キッパリと言い放たれた言葉に、琉里の顔から表情が抜け落ちた。「でも、私はあなたを兄だなんて思ったことは一度もないわ!ずっと……ずっと私の気持ちに気づいてくれていると思っていたのに!」琉里は傷ついたような、悲痛な顔で灼也を睨みつけた。心臓が嫌な音を立てて早鐘を打っている。どうして?どうして私を受け入れないの?私がどれだけあなたを……!「琉里、俺たちは――」「水琴さんのせいね?」灼也の言葉を遮り、琉里は目を細めて低い声で呻いた。「……何?」「絶対にあの女のせいよ!あなたが水琴さんに夢中だから、私を拒絶するんでしょ!?」彼女の端正な顔が、嫉妬と憎悪で醜く歪んでいく。まるで灼也の心をすべて見透かしているかのような、狂気を孕んだ声だった。いつだってそうだ。自分がどれだけ彼の隣で完璧に振る舞おう
その様子を見た水琴は、氷のような微笑を浮かべた。「描きたくないの?まあ、無理にとは言わないわ。それなら私が直接、あなたの家にお邪魔させてもらうだけだから」水琴は部屋のドアを指差した。「もちろん、外にいる彼らも一緒に連れて行くことになるけれど。それでもいい?」村上はハッと息を呑み、震える手で再びペンを握り直した。しかし、真っ白な紙を前にして、どこから手をつけていいのか分からずペン先が宙を彷徨う。「まずは、あなたのご家族を描いてみて」水琴の柔らかく、しかし有無を言わさぬ静かな声が響いた。村上は促されるまま、紙の上に三人の人物を描き出した。大人の女性と男性、そして小さな女の子の姿だ。「次は家。それから、大きな木。最後に……前へ進もうとしている『車』を描いて」水琴は一つ一つ、丁寧に指示を与えていく。村上は、水琴がなぜこんな真似をさせるのか全く理解できなかった。だが、この奇妙な圧迫感の中で、彼女に逆らうことは無意味だと本能で悟っていた。言われた通りに、家と、道と、一台の車を描き足す。水琴はその絵を受け取り、じっと見つめた。家と家族の絵に向けられる彼女の瞳には、ほんのわずかに同情のような柔らかい色が滲む。だが、視線が「車」に移った瞬間、その瞳は鋭く冷酷な光を放った。「……あなたには、年の離水琴は絵をテーブルに戻し、描かれた車をトントンと指先で叩いた。れた妹さんがいるのね?」「教えて。この車に乗っているのは、誰?」村上はビクッと肩を揺らし、顔を背けた。「……知らねえよ。あんたが描けって言ったんだろ」「いいえ。あなたは知っているわ」水琴はポケットから銀色の懐中時計を取り出し、村上の目の前で静かに揺らし始めた。振り子のように一定のリズムで揺れる光。催眠療法としては古典的だが、極限状態にある人間の精神の壁を突破するには、最も効果的な手段だった。「さあ、見つめて……」水琴の波のように心地よく、それでいて逃げ場のない声が響く。揺れる銀色の光を追ううちに、村上の瞼は徐々に重くなり、やがて糸が切れたように完全に目を閉じた。三十分後。部屋から出てきた水琴の瞳には、冷たい確信が宿っていた。隣の監視ルームから出てきた重人もまた、厳しい表情を浮かべている。マイク越しに全てを聞いていた
柔らかな日差しが彼女の髪を透かし、淡い金の輪郭を描き出している。ただ隣にいて、同じ空気を吸っている。この静かで、満ち足りた時間。灼也は本気で、このまま時が止まってしまえばいいのにと願っていた。その時だった。不意に、少し離れた場所からくぐもった泣き声が聞こえてきた。ハッと我に返った水琴は、耳を澄ませてから不思議そうに灼也を見た。「ねえ……今、誰かの泣き声が聞こえなかった?」灼也も意識を向けてみる。確かに、誰かが苦痛に喘ぐような声が風に乗って微かに聞こえてきた。彼が静かに頷くと、水琴は弾かれたように立ち上がった。辺りを見回し、少し離れた大きな木立の陰で、一人の女性が地面にうずくまっているのを見つける。水琴は慌てて駆け寄った。「どうしたの?大丈夫ですか!?」声をかけられた女性は、脂汗を浮かべて顔を歪めながら、掠れた声で訴えた。「あ、あぁ……生まれ、そう……助けて……っ!」生まれる?水琴の顔からスッと血の気が引いた。よく見れば、女性の腹部は大きく膨らんでいる。妊婦だ。視線を落とすと、女性の足元はぐっしょりと濡れていた。破水している。このままでは危険だ。「待ってて!今、先生を呼んでくるから!」水琴は踵を返し、本棟に向かって全速力で走り出した。幸いにも水琴の呼びかけが早く、駆けつけた医師や看護師たちの迅速な対応により、妊婦は無事に分娩室へと運ばれていった。壁に寄りかかり、ホッと安堵の溜息を吐き出して乱れた呼吸を整えた水琴は、そこでハッと気がついた。――しまった、灼也を中庭に置き去りにしちゃった!自分で歩けない彼を放置してしまったことに血の気が引く思いで、水琴は慌てて病室へと駆け戻った。勢いよくドアを開けると、そこにはすでに車椅子からベッドへと自力で移動し、何事もなかったかのように静かに横たわる灼也の姿があった。日が落ち、完全に夜の帳が下りた頃。重人は水琴を促し、屋敷の奥にある普段は使われていない部屋へと向かった。部屋のドアの前には、黒服の屈強な男たちが数人、彫像のように無言で警備に立っている。異様な空気に水琴が息を呑む中、重人が顎でしゃくると、黒服の一人が恭しくドアを開けた。部屋の中央には、一人の男が椅子にぐるぐる巻きに縛り付けられていた。「重人お兄ちゃん……この
宗一郎は湯呑みをトン、と乱暴に置く。その視線は遠くを見つめ、声には悲しみが滲んでいた。「あの子が嫁いでから、お前の母親はあれほど彼女に冷たく当たっておきながら、自分の体調が悪い時は、医者の手配から何から、毎回あの子を顎で使っていたではないか。雅が我儘を言ってはその尻拭いをさせられ、財布代わりにされて。……お前が夜更けに帰るたび、夕食を温め直して待っていたのは誰だ。あの女のせいで胃を壊したお前のため、慣れぬ手つきでスープを作り、手に大きな火傷までこしらえて……!」宗一郎は、深く息をついた。「あの子の父親が亡くなり、小林家に身を寄せていた時でさえ、あの子は誰かにあそこまで尽くしたことなどなかっ
臣が呆然としていると、温かい手がそっと彼の手を握った。隣に座る紗夜が、心配そうに顔を覗き込んでいる。「臣さん、どうしたの?胃の調子でも悪いのかしら。スープでもいただく?」臣は力なく首を横に振った。水琴は宗一郎に笑顔で応えると、臣と紗夜のやり取りなどまるで存在しないかのように、静かに椅子を引いて腰を下ろした。その傍らで宗一郎が、見せつけるような二人の親密さに、侮蔑を込めてフンと鼻を鳴らした。鷹司家の食卓は、食事中の私語を許さない厳格な家風がある。水琴に食欲などあるはずもなく、ただ宗一郎の手前、仕方なく箸をつけただけだった。やがて食事が終わると、宗一郎が水琴を引き留めた。「臣と
水琴は足を止め、その差し出された手を見つめた。表情は凪いだまま、応じようとはしない。差し出された紗夜の手が、宙で居場所をなくし、彼女の顔から完璧な笑みがわずかに強張る。隣で、臣が割って入るように口を開いた。その声は低く、感情が読めない。「祖父が、俺たちのことを知った。今夜、話があるから屋敷に来いと。お前の携帯が繋がらなかったから、直接迎えに来た」「わかったわ」水琴は自分のスマートフォンに目を落とす。確かに、バッテリーが切れていた。「充電したら、すぐに向かいます」彼女はそう頷くと、付け加えた。「先に行っていて」その言葉は、あなたたちと行動を共にするつもりはない、という明確な拒絶だ
そして、呆然と立ち尽くす雅を視界の端に留めながら、スーツケースのハンドルを握りしめると、一度も振り返ることなく、その家を後にした。鷹司家の重々しい門を抜けると、一台の真っ赤なオープンカーが目に飛び込んできた。運転席から、親友の鹿耶が身を乗り出し、サングラスを額に押し上げながら、芝居がかった投げキスをよこす。「お姫様、ご乗車を。鹿耶様が、最高の祝賀会に連れてってあげる」祝賀会とは言ったものの、離婚したばかりの水琴の心情を慮ってか、鹿耶が連れて行ってくれたのは、落ち着いたジャズが流れる隠れ家のようなミュージックバーだった。離婚の経緯を話すと、鹿耶は呆れ返ったようにグラスを置いた。「また