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雲と海の距離

雲と海の距離

By:  四海Completed
Language: Japanese
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午後6時、清水陽菜(しみず ひな)は松原博斗(まつはら ひろと)の好みに合わせて、6品の料理とスープを用意した。 午後7時、陽菜はお風呂の準備を整え、横に彼が好きなバラとアロマをセットした。 午後8時、陽菜は玄関に博斗のスリッパを用意した。 午後9時、博斗がドアを開けると、彼女はすぐに迎え、彼のスーツを受け取りながら、スリッパを彼の足元にそっと置いた。そして、スーツをクローゼットに掛けた後、食事にするか風呂にするかを優しく尋ねた。 彼はスマホを見ながら、何気なく答えた。 「風呂」

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Chapter 1

第1話

午後6時、陽菜は博斗の好みに合わせて、6品の料理とスープを用意した。

午後7時、陽菜はお風呂の準備を整え、横に彼が好きなバラとアロマをセットした。

午後8時、陽菜は玄関に博斗のスリッパを用意した。

午後9時、博斗がドアを開けると、彼女はすぐに迎え、彼のスーツを受け取りながら、スリッパを彼の足元にそっと置いた。そして、スーツをクローゼットに掛けた後、食事にするか風呂にするかを優しく尋ねた。

彼はスマホを見ながら、何気なく答えた。

「風呂」

壁に掛けられた時計の針が半周したころ、博斗はバスローブ姿で髪を拭きながら浴室から出てきた。陽菜はすぐにパジャマを差し出し、彼が着替えている間に、温め直した料理をキッチンから運んできた。

彼女のこうした行動に、博斗はすっかり慣れていた。この日、彼は機嫌がよく、ずっとスマホを見ながら誰かとメッセージをやり取りしていた。

彼女が食器を並べるために彼のそばを通ったとき、ちらりとスマホの画面が目に入った。そこには、最上部に「篠田心美(しのだ ここみ)」と登録された名前がはっきりと表示されていた。

陽菜は何事もなかったかのように視線を逸らし、キッチンへ戻るとき、ポケットの中のスマホが突然鳴った。

画面に「博斗の母親 松原雅子(まつはら まさこ)」と表示されている。

通話ボタンを押すと、すぐに雅子の声が響いた。

「陽菜、本当に博斗と離婚するつもりなの?」

陽菜は窓の外を見つめると、壁にかかったライトの下で、月下美人の花がひっそりと咲いていた。

しばらく沈黙した後、彼女は静かに答えた。

「おばさん、ご存知のはずです。私は契約のために彼と一緒にいました。でもその契約も期限が切れましたし、篠田さんも離婚して帰国しました。彼は最近、とても楽しそうで、もう私を必要としていません」

雅子は深いため息をつき、残念そうに言った。

「この数年、あなたには辛い思いをさせたわね。あなたの努力も犠牲も、私はすべて知っていたのよ。本当なら、あなたの献身で彼の心を動かせると思っていたのだけど......でも、もう心美が戻ってきたから、彼のことは心配しなくてもよくなったわ。五年前、あなたは博斗のために海外留学を諦めたでしょう?今でもその夢を追いたいなら、私が手配してあげる」

陽菜は、満開になった月下美人を見つめている。その目には、一瞬の迷いがよぎった。

この五年間、博斗のために彼女の人生は止まったままだった。今は前に進まなきゃ。

彼女は静かに頷いた。

「では、お言葉に甘えて。できるだけ早く出発したいです」

電話が切れると、窓の外で咲いていた月下美人が静かに散り始める。まるで、この五年間の結婚が完全に終わりを迎えたかのようだった。

陽菜の家は貧しく、彼女が学業を続けられたのは、松原グループの支援があったからだった。彼女は学業を修め、さらに全校で唯一の海外留学の推薦枠を獲得した。

留学を目前に控えた彼女は、感謝の気持ちを伝えるために松原家を訪れた。

松原グループが支援している学生は多かったが、直接お礼を言いに来たのは彼女が初めてだった。

最初は形式的な挨拶で済ませようとしていた雅子も、思わず彼女をもう一度じっくりと見た。彼女の謝意を最後まで聞いた後、しばらく沈黙してからようやく口を開いた。

「もし本当に恩を返したいなら、ひとつ頼みを聞いてくれない?」

そのとき初めて、陽菜は博斗と心美の関係を知ることになった。

博斗も心美も神の寵児だった。同じ名門に生まれた二人は、幼なじみとして共に成長してきた。

誰の目にも博斗が心美を好きなのは明らかだった。だが、心美がゆっくり進む恋が欲しいと言ったため、彼はずっと黙って見守るだけだった。

大学を卒業し、博斗はようやく告白の決意を固めたとき、心美は突然別の男性と付き合い、そのまま海外へ旅立ってしまった。

ショックを受けた博斗は空港へと向かったが、途中で事故に遭い、病院に運ばれた。そして彼が目を覚ましたとき、心美はすでに外国であの人と電撃婚した。

その後、彼は一日中家に引きこもり、酒に溺れるようになった。かつての神の寵児は、見る影もないほどに打ちのめされていた。

そのとき、陽菜が松原家を訪ねたのだった。雅子は、彼を立ち直らせるために彼女に頼んだ。

恩返しのため、陽菜は海外留学の機会を諦め、雅子と五年間の契約を結んだ。

あるパーティーで偶然を装い、彼に「一目惚れした」と嘘をついて猛烈にアプローチを始めた。

それ以来、社交界の誰もが、博斗のそばには彼を狂おしいほど愛する女がいることを知るようになった。

彼も次第に彼女の存在に慣れていったが、決して愛を向けることはなかった。

しかし、あの夜に、彼は数人の仲間たちとクルーズ船で賭けをしていた。

誰の付人が海に投げ捨てた指輪を見つけてこられるなら、その人に城北のあの土地をやるって。

博斗がその土地を手に入れるために、何日も眠れぬ夜を過ごしていたことを、陽菜は知っていた。

巨大な波に皆が恐れ、足を引く中、彼女は一瞬の迷いもなく海へと飛び込んだ。

それが、博斗が初めて彼女のために取り乱した瞬間だった。

引き上げられた彼女を抱きしめる腕は強く、彼の声には恐怖と震えが滲んでいた。

「陽菜、結婚しよう、君を愛せるように頑張るから」

しかし後になって、陽菜は知ることになる。

あの夜、彼が自分にプロポーズしたのは、ただ心美がその日の夜、夫とオーロラの下で抱き合う写真をSNSに投稿したからに過ぎなかったのだと。

それでも、彼の心から心美を追い出すという契約を果たすために、陽菜は、必死に彼に尽くした。

彼に料理を作り、家事を完璧にこなした。彼が幼い頃、誕生日の願い事として「流れ星を見たい」と思っていたのに、両親が仕事で忙しく、一度も叶えてもらえなかったことを知ると、彼女は半年もの時間をかけて、流星を観測するのに最適な山頂を探し出した。

だが、その夜、彼女が一晩中待ち続けても、博斗は現れなかった。

後になって、彼女は知った。彼は心美に会いに行っていたのだ。

その頃、心美の結婚生活はすでに破綻し始めていた。

それ以来、彼は毎週海外へ行っていた。

そのたびに面白くて珍しいプレゼントを用意し、心美の家の前に置いて、彼女を喜ばせようとした。だが、それが自分の仕業だとは決して気づかれないように。

心美が本格的に帰国する日、彼は彼女に一刻でも早く会いたくて、無謀なスピードで車を飛ばし、事故を起こした。

陽菜は三日三晩、眠ることなく彼を看病した。

しかし、昏睡状態の彼が病室で呼んでいた名前は心美だった。

それも、一度や二度ではなく、999回も呼んでいた。

その瞬間、陽菜は悟った。雅子から託された「任務」を、彼女は永遠に達成することができないのだと。

ちょうど契約の期限が切れる頃、心美は離婚して帰国した。

博斗は、ようやく彼女を迎えることができる。

そして、陽菜は去る時が来た。

これからは、それぞれの新しい人生を歩もうか。
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