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第0962話

Author: 龍之介
「今夜は至らぬ点があるかもしれませんが、先輩方も同僚の皆様も、どうかご容赦ください。

それでは、これより高杉グループの年間総括を発表させていただきます」

綿はあくびを一つし、うつむきながら、ついスマホをいじり始めた。

そのとき、炎が歩み寄ってきて、綿の傍らに立ち止まった。

「最近、どうしてる?」

炎の声はいつもと変わらず、優しかった。

だが綿の心は、炎に対する感情が徐々に薄れていた。

初め、炎が現れた時の勢いは強く、正直なところ、彼女も少し心が揺らいだのだった。

自分の心が、まだ誰かを好きになる余力があるのかどうか。

だが今は、ただ平穏だった。

「元気よ、商崎さんは?」

綿は問いかけた。

炎は微笑み、「あまり良くない」と答えた。

綿は言った。

「でも、商崎さんの目は笑ってるように見えるけど?そんなに悪そうには見えないわ」

炎は苦笑した。

「何だよ、人生がうまくいかなくたって、笑うことぐらい許してくれよ」

綿は興味を持ったようだった。

彼女は腕を組み、からかうように尋ねた。

「何がそんなにうまくいかないの?聞かせてよ、もしかしたら私も笑えるかも」

炎は綿を見つめ、その瞳には複雑な感情が浮かんでいた。

どこがうまくいかないのか?

炎は視線を落とし、しばらく黙り込んだ。

綿は焦ることなく、じっと彼が口を開くのを待った。

やがて、炎は静かに言った。

「好きな人に冷たくされてる」

綿は首を傾げた。

「それって私のこと?」

「そうだよ、君のことだ」

炎はうなずいた。

綿は吹き出した。

「じゃあ、他の誰かを好きになったらいいじゃない。私はそんなにいい人間じゃないよ」

炎は静かに問いかけた。

「じゃあ、綿。君はなぜあの時、他の誰かを選ばず、どうしても輝明を好きになったの?」

綿は笑みを浮かべ、答えた。

「わからないよね。あれは、好きっていうより、執着だった」

彼じゃなきゃ、ダメだった。

壇上では、輝明がふと視線を横に逸らし、綿と炎が親しげに話している様子を目にした。二人の会話は弾んでいるようだった。

森下もそれに気づいた。自社のボスが集中していないことは一目瞭然だった。何度もボスの視線を追ったが、その先には必ず綿がいた。

ここ数日、ボスは会社にほとんど顔を出していなかった。今日、ようやく年次総会に出てきた
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