八雲の好みは甘酸っぱい味付け。これは、私が何度か紀戸家の食事会に参加して気づいたことだった。中でも、このスペアリブの甘酢煮は、彼の大好物の一つだ。材料こそシンプルだが、甘すぎず酸っぱすぎず、それでいて骨の香ばしさを失わないように仕上げるのは、実は意外と難しい。この料理の秘訣は、スペアリブに絡める氷砂糖にある。煮込む火加減は強すぎても弱すぎてもだめで、「九つの氷砂糖」――それが八雲にとってベストな味のバランスだ。かつては、私の得意料理でもあった。でも、前に彼が「もう飽きた」と言ってからというもの、私はこの料理を作る気力をなくしてしまった。今回、浩賢がわざわざリクエストしてくれなければ、テーブルに並ぶこともなかっただろう。葵はそんな背景を知らないから、何気なくこの料理に触れたが、私も、八雲も、そして浩賢も、その裏にある事情をよく分かっていた。八雲が余計なことを言うとは思わないが、それでも私は、つい浩賢に視線を送ってしまった。すると、彼もちょうど私のほうを見ていた。その目線はすぐに八雲へと移り、「東市名物料理なんて、紀戸先生が食べたことのないものなんてないだろう。とっくに食べ飽きてるんじゃないか?」と、淡々とした口調で言った。気のせいだろうか、「飽きてる」という言葉が、彼の口から出ると、なぜか妙に刺さった。場にいた皆が一瞬黙り込み、看護師長も少し間を置いてから、笑って言葉を繋いだ。「藤原くん、それは違うわよ。外で食べるのは物珍しさ、ここで食べるのは情よ、意味が違うの」そう言って、八雲に「さあ、座って」と促し、彼は葵の左隣、私の右側に腰を下ろした。彼が座るやいなや、葵がにこにこと食器を差し出した。その仕草はまるで、新妻のように愛らしくて。皆が黙って目を合わせ、何も言わなかった。でも私だけが、未熟なオリーブの実を噛んだような気持ちになった。渋くて、酸っぱくて、でも吐き出せない。かつて私は、八雲と並んで食事をする光景を、何度も何度も思い描いたことがある。なのに今、名前だけの「紀戸奥さん」である私は、自分の夫と彼の「小悪魔」が、目の前でいちゃつく様子を黙って見つめるしかなかった。滑稽で、そして哀しい。私は無言で皿の中を見つめ、食欲が一気に失せた。その時、看護師長が再び話題を切り出した。「そういえば、明後日
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