ズン、と。 鼓膜ではなく、心の芯を直接殴られたような衝撃。 その名が静かな和室に響いた瞬間、僕の身体は硬直し、全身の血が逆流するかのように思考が停止した。 母さんの家に遺されたあの古びた家系図。その一番上、全ての始まりとして刻まれていた、ただ一つの名前。 (美琴の推測通りだ……。僕は本当に……) 藤次郎さんは、呆然とする僕をよそに、まるで自分たちに課せられた歴史を噛みしめるように続けた。 「あまりに長すぎる歴史故にな。俺たち『墓守』の家系にも、その櫻井沙耶様という、偉大な最初の先祖の名前だけが、引き継がれてある。その間のことは、もう誰にも分からんがね」 伝説とか、おとぎ話とか、そういう次元じゃない。千年という、人間が到底把握しきれない時間の重みが、そのたった一つの名前と共に、僕の肩にのしかかってきた。 「私は、櫻井 沙耶様……その方が、沙月様である可能性が非常に高いと、私はそう考えています」 美琴が凛とした声で言う。名前を変えてまで、彼女は生き延びなければならなかったのか。千年の歴史は、一体何を隠しているのか。 そして、僕が沙耶……いや、沙月さんの子孫であるならば、琴音様と僕には、僅かだが血の繋がりがあることになる。僕に呪いがない理由は、それが関係しているのだろうか? 重たい沈黙を、文字通り切り裂くように── 「藤次郎さん!!」 神社の引き戸が、焦りを伴う音を立てて勢いよく開け放たれた。息を切らし、顔を青ざめさせた神社の関係者らしき男が、部屋に転がり込んでくる。 「何事だ、騒がしい」 「さ、桜翁に異変が!! 花が……! 花がおかしいんです!」 その言葉に、場の空気が凍りついた。 「……!? よりにもよってこのタイミングで、か……!」 藤次郎さんは忌々しげに呟き、素早く外へと駆け出す。僕と美琴もすぐに顔を見合わせ、彼の後を追った。 *** そして、たどり着いた桜翁の前。 「……っ!?」 息を呑んだのは、僕か、美琴か。 そこに広がっていたのは、僕たちの知る桜翁の姿ではなかった。 あの淡く優しいはずの桜の花びらが、まるで乾いた血糊のように、禍々しい赤黒色に変色していた。 腐臭ではない。 **むしろ、むせ返るほどに甘く、それでいて吐き気を催すような瘴気(しょうき)が、あた
Last Updated : 2025-06-23 Read more