Semua Bab 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Bab 91 - Bab 100

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縁語り其の九十一: 白蛇

僕たちは、藤次郎さんに案内され、桜翁の根元に隠された秘密の通路を降りていった。 ひんやりと湿った石の壁が、僕たちの足音を不気味に反響させる。階段はどこまでも深く、まるで地の底へと続いているかのようだ。下から吹き上げてくる、淀んだ冷たい空気が、肌にまとわりついてくる。 「藤次郎さん、こちらには……何が封印されているのですか?」 階段の途中で、美琴が静かに尋ねた。 「先程も言ったが沙耶様がな……故郷からこの翁の苗と共に持ってきたらしい。そして、この地下に“何か”を封じた、とだけ文献にある。詳しくは儂にも分からんが……“白蛇山の怨霊の分身体”とだけ、記されていた」 怨霊の、分身体……? 白蛇山──初めて聞く地名。だが、その名前を聞いた瞬間、隣を歩く美琴の呼吸が、僅かに止まった。その顔から、すっと血の気が引いていくのが、薄暗がりの中でも分かった。 (やっぱり……何か知っているんだ…。) 「美琴……まさか、それって“琴音様”のこと?」 ふと湧き上がった疑問を、そのまま口にする。 美琴は視線を伏せたまま、ゆっくりと答えた。 「分かりません……。ですが、もし琴音様ほどの力を持つ存在なら……白蛇山から“霊脈”を辿り、この桜翁に影響を及ぼすことは、可能だと思います」 まるで神話のような話だ。神を鎮めたとされる巫女が、呪いとなって封じられ、千年経った今も影響を残しているなんて。現実感はないはずなのに、桜翁のあの禍々しい異変が、その全てを冷たい事実として証明していた。 地下通路を歩き、10分ほどが経った頃。 空気が、一変した。 黒く、重く、ねっとりとした気配が辺りを包み込む。それは魂が直接圧迫されるような重圧で、僕の背筋を冷たく撫でていった。 やがて、行く手に巨大な木造の観音扉が、地の底の番人のように立ちはだかっていた。 見ただけで分かる。“何か”がいる。強大で、得体の知れない“それ”が、この扉の向こうに──。 「悠斗君、ここから先は……本当に危険かもしれません。引き返すなら……今のうちです」 美琴の声が、わずかに震えていた。彼女さえ怯えさせるほどの相手が、この先に封じられている。 ──怖い。 本当は、足がすくんで、今すぐ逃げ出したい。 でも、それよりも遥かに強い想いが、僕の心を支配していた。 「正直……怖いよ。でも、美琴が行くって分かってる
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-23
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縁語り其の九十二:神域の怪異

「星燦の輝きを我が手に集めよ……我が祈りにて、穢れを砕く珠を放て──!」 美琴の切なる声が、淀んだ空気の底をびりびりと震わせた。 「星燦ノ礫っ!!!!」 叫びと同時に、彼女の掌から血のような紅い閃光が炸裂する。凝縮された星の輝きを宿した光の礫は、夜闇を引き裂いて一直線に飛翔し、白蛇の頬と思しき箇所に深々と食い込んだ。 鈍い衝撃音。 山のように巨大な身体が、ピクリと震える。神聖さを弾く油膜のような鱗が数枚、はらりと剥がれ落ち、力なく宙を舞った。 だが──白蛇は、その血の溜まったような瞳に、痛みの色すら浮かべない。 「そんな……!?」 美琴のかすれた声が、静寂に吸い込まれた。 その瞬間だった。 光礫が当たった箇所から、まるで毒が回るように、白蛇の鱗がゆっくりと……しかし確実に、禍々しい紫黒く染まり始めた。 ジュゥゥゥ……ッ。 生きながらにして腐敗していくような、湿ったおぞましい音が響き渡る。墓を暴いたような土の匂いと、腐肉の甘い匂いが混じったような瘴気が立ち上り、白銀だった神々しい身体は、ぐずぐずと爛れた闇色へと冒涜的に変質していく。鱗の下で何かが蠢き、血管が黒く浮き出る様は、まさしく呪いが具現化していく過程そのものだった。 ぎょろり。 赤く爛れた瞳が、こちらを値踏みするように見据える。 「っ…!!! 悠斗君、来ます!」 美琴の叫びと同時。 『グォォォォアアアアアアアアッ!!!!!』 白蛇が咆哮を上げた。それは怒りとも苦痛ともつかない、この世の理そのものを否定するような絶叫。地下全体が軋み、大地が断末魔を上げる。 巨大な身体が一気にしなり、尾が唸りを上げて振り下ろされた。 「幽護ノ帳っ!!」 美琴が叫び、深紅の結界が瞬時に展開される──が、それももはや気休めにしかならなかった。 祈りが蹂躙される甲高い破裂音と共に、結界がガラス細工のように砕け散る。直撃は免れたものの、叩きつけられた衝撃波が、容赦なく僕たちの全身を打ち据えた。 視界が明滅し、背中から石畳に叩きつけられる。肺から強制的に空気が搾り出され、呼吸が止まった。 「ぐっ……ぁ……!」 呻きながら体を起こすと、足元の石畳には巨大な亀裂が走り、砕けた破片がスローモーションのように舞っていた。 「こいつ……一体、なんなんだ……!?」 答えは、絶望に染まった美琴の口から
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-24
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縁語り其の九十三:君を守りたいから

地の底から、咆哮が響いた。 音ではない。空間そのものを歪ませる、骨身に直接ねじこまれる振動だ。 「──幽護ノ帳ッ!!」 絶叫。美琴の声に呼応し、無数の術式紋様が虚空を走る。血をインクとして描かれた深紅の結界が、頭上を覆った。幾重にも折り重なる光の帳は、魂を削って織り上げたかのような、悲壮な輝きを放っている。 白蛇の尾が空を薙いだ。 真空の刃が走る。遅れて、鼓膜を破る衝撃波。 骨が軋む鈍い音が響き、結界の表面に蜘蛛の巣状の亀裂が刻まれた。 それでも美琴は、膝をつかない。 「はぁ……っ、はぁ……っ……まだ、です……!」 汗が顎を伝い、落ちる。その瞳だけが、爛々と異様な光を宿していた。狂気と紙一重の決意。それが彼女をこの場に縫い付けていた。 (僕が引き付けなければ……美琴が持たない…………!) 心臓を氷の指で掴まれる。焦燥。紅色の勾玉を強く握りしめた。 「こっちを見ろ、化け物ッ!!」 叫び、ありったけの想いを込めた石礫を放つ。 「星燦ノ礫――ッ!!」 星の煌めきを模した光の矢が、白蛇の左眼に吸い込まれた。血の溜まった沼のような、赤い瞳孔。 バチィィィッ!! 生暖かく、ぬるりとしたものを抉る破裂音。白蛇が天を仰ぎ、巨体をくねらせ絶叫した。 残された右眼が、怒りに濁る溶岩の赤黒さに染まる。 ギロリ、と。その視線が僕だけを捉えた。 (効いた……!こっちを、見た……!) ズズズ……ッ! 身じろぎ一つで、大地が断末魔を上げる。鱗が擦れ合う音は、耳の奥にこびりついて離れない。 巨大な顎が開く。冥府の入り口だ。 光も概念も飲み込む絶対的な闇が、僕めがけて迫る。 「くっ……!」 思考より先に、体が動く。地面に倒れ込み、滑るようにして直撃を回避した。背中を撫でた風圧だけで、肌が粟立つ。死の匂いがした。 (一瞬の油断が……命取りだ……!) 僕がいた場所で、凄まじい破壊音が轟く。岩盤が砕け、舞い上がった土煙が視界を白く染めた。 (時間を稼ぐんだ……!それだけでいい……!美琴に繋げ……!!) よろめきながら立ち上がる。その時だった。 白蛇の動きが、止まった。 その視線が、スウッと……美琴へと吸い寄せられる。最初から、そこにしか興味がなかったかのように。 「……まずい!」 美琴は次の詠唱に集中し、完全に無防備だった。その横顔は、あ
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縁語り其の九十四:加勢

「はぁ……っ、はぁ……っ……」 肺が焼け付く。全身を巡る血液は、もはや鉛のようだ。 体感では数時間。実際には、数分も経っていないのかもしれない。それほどまでに、目の前の“それ”が放つ圧は濃密だった。 白蛇の攻撃は、これまで対峙してきた怨霊とは何もかもが違う。 速さ。重さ。そして、質量を持った殺意の密度。 “神”が振るう暴力は、自然災害そのものを凝縮した、理不尽の塊だった。 (まずい。このままじゃ、持たない……!) 祓うには、一瞬の隙が必要だ。だが、現実はその一瞬すら許さない。 ギギ、ギギギ……ッ 白蛇が、軋む音を立てて巨体をくねらせる。 その左の顔面──先ほど美琴が焼き貫いた傷口から、ぷすぷすと煙が上がっていた。 ……じゅっ、じゅぅぅ…… 肉が焼け、ただれる粘着質な音。新しい鱗が、焦げ付いた組織を内側から押し破り、ぬらりとした光を帯びていく。 自己治癒。命が、目の前で強制的に上書きされていく。 「っ……再生まで……!」 僕の隣で、美琴が息を呑んだ。彼女の肩が、絶望に小さく震えているのが分かった。 (あの一撃には、彼女の霊力の大部分が込められていたはずだ……!次はない……。もう、あの化け物は隙を見せない) どうする。どうすればいい。 僕がもう一度、囮になるか? いや、無駄だ。さっき証明された。 思考が、焦燥にかられて空転する。 その、一瞬。 ギロッ。 再生を終えた白蛇が、真紅の眼をこちらに向けた。光を映さない、飢えだけを宿した瞳。ただ“喰らう者”として、その瞳孔が鈍く開く。 「ッ!」 蛇の舌が、ちろりと揺れた。 ──来た。 轟音。空間が歪む。白蛇の巨体が、ありえない初速で床を這い、僕たちに襲いかかってきた。距離が、消滅する。 僕は咄嗟に美琴の腕を引き、地を滑るように転がった。 半秒前までいた空間を巨大な顎が砕き、背後の岩壁が塵となって吹き飛ぶ。 (無理だ。引くしかない……!) 意思を無視して、脚が震える。だが、心はまだ折れていない。 「逃げるよ……!」 美琴の肩を支え、震える脚に叱咤する。来た道、かろうじて残る扉へ。 地を伝い、巨体が這い寄る振動が追ってくる。大地が恐怖に呻いていた。 「悠斗君……!」 美琴もまた、限界を超えた身体を引きずっている。視界が滲み、呼吸が喉に張り付いていた。 振り返る。
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縁語り其の九十五: 神籬ノ帳

「すごい……! これなら……!」 美琴が震える声で呟く。その肩に、沙月さんの手がそっと置かれた。 『……あなたは、その身に刻まれた代償ゆえに、全力を出せなかった。ですが今、この数珠があなたの代償を一時的に引き受けています』 沙月さんの静かな声が、鼓膜を優しく揺らす。 『もう迷うことはありません。全ての想いを懸けて──あなたの全力で、祈りを放ってご覧なさい』 それは命令ではなかった。だが、その言葉に、美琴の強張っていた肩からふっと力が抜けるのが分かった。彼女の心を解き放つ、温かい“祈り”だった。 そして──沙月さんの、凛とした視線が不意に僕を射抜いた。 『悠斗。あなたにも、託したい力があります』 「……え?」 あまりに突然の言葉に、間の抜けた声が漏れる。彼女は変わらぬ穏やかさで、僕にすっと手招きをした。促されるまま傍に寄ると、沙月さんは静かに僕の手を取る。 ふわりと──温かく、心の奥深くに染み込むような力が流れ込んできた。 (沙月さんの霊気が……流れ込んでくる……) それは、初めて美琴と手を繋いだ時に感じた不思議な温もりに似ていた。いや、もっと根源的で、巨大な……枯れた大地に注がれる、清らかな水のような力。 『あなたには、私の“結界”の力を授けましょう。大切な人を、どうか、あなたの手で守ってあげてください』 『巫女の力は“想い”の力。あなたの“守りたい”と願う心が、そのまま術の強さになるのです』 その声は優しく……けれど、確かに僕の魂の芯を打った。 「おのれ……沙月ィィィ……!!」 白蛇が、狙いを美琴に定め、憎悪の塊のような気弾を放つ。 ゴォッ──!! だが沙月さんは、一歩だけ前に出ると、詠唱すらなく桜色の結界をふわりと展開させた。気弾は、陽炎に吸い込まれるように音もなく消滅する。 『その子には……指一本、触れさせませんわ』 怒りを募らせた白蛇は、今度は僕を狙う。しかし──寸分違わぬ位置に、もう一枚の桜色の結界が空間から滲み出るように現れた。この空間そのものが、沙月さんに味方しているかのようだ。 (次元が……次元が違う……!) 『私の子孫にも、同じことです』 その声に、一切の揺らぎはない。 圧倒的な防御。なのに、その気配はどこまでも暖かく、柔らかい。白蛇の憎悪がどれほど激しくとも、届く前に、沙月さんの想いの深さがすべて
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-25
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縁語り其の九十六:神祓い

白き神が断末魔をあげ、その身を霊気の塵へと変え、崩れ落ちた。 「はぁ……っはぁ……っ…神祓い、完了です……っ」 美琴が呟き、力尽きたように膝をつく。僕もまた、限界寸前の身体をなんとか支えていたが、意識が遠のきそうだった。全身の筋肉が軋み、肺が酸素を求めてひくつく。土と埃と、瘴気の混じった重い空気が喉に張り付き、吐き出す息さえ熱い。 そんな僕たちに、沙月さんがそっと歩み寄る。その微笑みは、あたたかく、どこか寂しげに僕の目には映った。 『お疲れ様……。あの白蛇様は、分身体とはいえ……本当によく乗り越えてくれましたね』 ──分身体。 その言葉に、思考が凍り付く。そうだ、藤次郎さんが言っていた。文献にはそう書かれていたと。あまりの強さに、忘れてしまっていた。 あれが? あれだけの威圧と力が、”本体”ではないというのか。 血の気が引いた。再びあの絶望を相手にする想像が、疲弊した心に重くのしかかる。だが今は、考えたくなかった。ただ、すべてが終わったのだと、この身で感じていたかった。 そのとき、美琴がゆっくりと顔を上げる。その声は、まだ震えていた。 「本当に……沙月様なのですね……」 『ええ。初めましてですね。美琴さん、それに悠斗』 沙月さんの言葉に、美琴が息を呑む。 「私の名前を……」 『ええ、悠斗とあなたのやり取りを、この桜翁からずっと見守っていましたから』 (……! 桜翁から感じていたあの気配……それってつまり……!) 僕がずっと感じていた「呼ばれている」という感覚の正体が、今、繋がった。 美琴もまた、何かを確信したのだろう。彼女は意を決したように、ずっと胸の内で抱えていた問いを口にする。 「沙月様……ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」 『ええ。時間の許すかぎり、お答えしますよ』 少し迷うようにして、美琴は問いかけた。 「どうして……村の文献には、“沙月様の名”以外のことが、何ひとつ記されていなかったのでしょうか?」 その問いは、僕自身の血筋にも繋がっている。聞かなければならないことだ。 これほどの力を持つ巫女が、なぜ歴史から姿を消したのか。 沙月さんは一瞬だけ目を見開き、それからふっと表情を和らげた。 『……そうですか。名と、立場だけが残っていたのですね』 そっと視線を落とし、穏やかな声で続ける。 『それは、おそら
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-26
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縁語り其の九十七:神に愛された鬼子

『それは千年前のこと……私の姉・琴音は、“感情を持たぬ鬼子”として、この世に生を受けました』 沙月さんは、遥か遠い記憶を辿るように静かに語り始めた。その声は、地下の冷たい空気に溶け込み、僕たちの耳に深く響く。 『泣くことも、笑うことも、怒ることすらなく……ただ、そこに在るだけの少女。だからこそ、当時の村人たちは彼女を畏れ、遠ざけていたのです』 沙月さんが口にする琴音の姿は、僕たちが想像していた巫女の始祖とはあまりにもかけ離れていた。神に選ばれし者。その始まりが、こんなにも哀しいものだったとは。 『……当時の村には、神々の怒りを鎮めるため、“人”を山へ捧げる風習があったんです』 「生贄………」 美琴の呟きが、僕の心に重く響いた。その言葉だけで、当時の人々の恐怖と絶望が伝わってくる。 『ええ。それが当たり前とされていた時代でしたから。神の怒りは天災となり、人々を飲み込んでいたのです。疫病も、干ばつも、地割れさえも……抗う術など、何一つなかった』 沙月さんの声には、当時の人々の無力感が滲んでいた。僕たちの想像を絶する過酷な時代に、琴音さんたちは生きていたんだ…。 『そしてある年、姉が“生贄”として選ばれました』 その瞬間、僕の胸が締め付けられる。感情を持たないとされた少女が、どれほどの運命を背負わされていたのか。 『ですが──姉は、死にませんでした。むしろ……神々は、彼女を気に入られたのです』 息を呑む。まさに奇跡だ。 『姉には、人の感情という『雑音』がなかった。だからこそ、誰よりも純粋に、神々の声を聞き取れたのかもしれません。神の言葉を明確に受け取り、神々もまた、彼女を通して意志を伝えるようになりました』 『その日を境に、姉の運命は大きく変わりました。人々は彼女を“神に選ばれし子”として崇め、やがて村の願いをすべて託すようになっていったのです』 『姉は、巫女となりました。神に仕え、神と人をつなぐ存在として』 「それが……始祖の巫女……文献と一致しています」 美琴がぽつりと呟いた。その声には、長年の疑問が解き明かされる確信が込められていた。目の前の沙月さんが、歴史の空白を埋める存在であるという事実に、僕たちはただ圧倒される。 『ええ、そうです。姉は巫女として神々と対話を重ね、人としての輪郭を、少しずつ失っていきました』 『けれど……そ
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縁語り其の九十八:負の連鎖

古の巫女の起源──それは、想像を絶するほどに重く、深い闇に包まれていた。 『自分を殺され、挙げ句にその肉を食されて……姉上は、自らを深く辱められたと感じたのです。その魂は、身を焼き尽くすほどの怒りに染まり……呪いとなってしまいました』 沙月さんの声が、地下の冷たい空気を震わせる。それは単なる声ではなく、千年を超える苦しみが凝縮された、魂の響きそのものだった。 『もしも姉が、ただの怨霊と化しただけなのであれば、私ひとりでどうにか出来たのかもしれません。ですが……そこに、神々の怒りが共鳴してしまった。琴音の悲しみに、大地そのものが同調したのです。山は哭き、川は荒れ狂い……天は、血の涙を流しました』 琴音様の仕打ちに、神までもが……。 その事実が、思考を鈍らせる重石のように、僕の頭にのしかかる。 『姉は…もはや人の理の外にある存在。神と融合した、呪いの権化と成り果てたのです』 その言葉だけで、肌が粟立った。人の手に負えるような代物ではない。対峙したあの白蛇が、その途方もない存在の、ほんの欠片に過ぎなかったことを今更ながらに思い知る。 『怨念としての憎しみと、神としての裁き……そのすべてが混ざり合った姉の力は、もはや災厄そのもの。……正直に言って、神々の気まぐれによる天災の方が、まだ救いがあったように思えるほどに』 あまりに重い話に、言葉を失う。隣の美琴も、ただ固く唇を結んでいた。僕たちのちっぽけな物差しでは到底測れない悲劇の深さに、ただ圧倒されていた。 『それでも私は、村を守りたかった。姉を止めたいという想いと、姉を失いたくないという想い。その二つに引き裂かれそうになりながら……それでも、です。身勝手でしょう? そんな私を支えてくれたのが……美琴さん、あなたのご先祖である千鶴、その人だったのです』 「……っ! はい……」 美琴の声が、わずかに上ずる。彼女は自分の源流が物語に現れたことに、息を詰めて聞き入っていた。 『……姉の肉を口にしてしまった後で、ようやく、私たちは立ち上がった。本当に、勝手なものですよね……』 沙月さんは自嘲気味に笑う。だが、その瞳の奥には、消えない悔いが宿っていた。 『私と千鶴は、姉を白蛇山の頂にある巨大な桜の木に封じました。最初は、それですべてが終わるはずでした。けれど……現実は、そう甘くはなかったのです』 『姉の負
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縁語り其の九十九: 千年の祈り

『私は……絶望に打ちひしがれ、あの村を後にしました。最初に辿り着いたのは、温泉が湧く小さな里。名前もない、静かな場所でした』 沙月さんは、独り言のようにぽつりと語る。 ──温泉郷。陽菜さんがいた、あの場所だ。 『そこでは、……ほんの数ヶ月、そこでただ、静かに時が過ぎるのを待っていたのです』 今では“清き巫女”の伝説が残るあの里に、その伝説の本人である彼女が、ただ隠れ住んでいた。その事実が、彼女という存在の大きさを物語っていた。 『そして……この桜織へと、たどり着きました』 「そうだったのですね……。でも、どうして、あの浄化の舞いをこの土地に……?」 美琴が静かに尋ねる。彼女の故郷の舞いが、なぜ遠く離れたこの桜織の地にあるのか。その問いは、全ての謎の核心に繋がっていた。 『浄化の舞いを伝えた理由は二つあります』 『一つは、この地に満ちていた、行き場のない魂たちへ祈りを捧げるためでした。当時のこの地は、成仏できずに嘆き彷徨う魂たちの哀しみで満ち、土地そのものが生命力を失いかけていたのです。私の舞いが、彼らの魂を少しでも天へと導き、この地を守る一助となれば……そう、願わずにはいられませんでした』 『その様子を見た、この地の住人が、私の舞いを繋いで行きたいと申してくれたのです』 「なるほど……それで桜織に浄化の舞いが……」 『はい……。そして、二つ目。──姉上に、せめてもの安らぎを捧げるためでした』 『毎年春に舞われるこの浄化の舞いを、姉へと送り続けるのです。私の祈りだけは、姉上の元へと届くように……』 『桜織の神社が、遥か彼方の白蛇山を向いて建てられているのは、そのためです』 藤次郎さんも口にした白蛇山…。その見えざる山へ向かって祈りを捧げ続けてきた沙月さんの想いを想像すると、胸の奥がじわりと熱くなる。 『そして……流石に名前がないのは不便でしたから。“櫻井 沙耶”と名乗って、この地で静かに生涯を終えたのです』 まるで天気の話でもするように、彼女は微笑んだ。 『これまでのこと……おおよそ、こんなところでしょうか』 その言葉に、僕は胸がいっぱいになった。誰よりも過酷な運命を生き抜きながら、なお誰かのために祈り、笑う。その姿が、鮮烈に刻み込まれる。 「ありがとう……ございます」 美琴が、深く、深く頭を下げた。 「もうひとつ……お聞き
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-27
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縁語り其の百:君が夏を連れてきた

あれから、また少しだけ時が流れた。 神社の境内を埋め尽くしていた桜は、ひらひらと風に乗り、祝福のように舞い散った。今ではもう、アスファルトが陽光をじりじりと照り返し、夏の訪れを告げている。 桜翁のもとで「神祓い」を終えてから、僕たちはまた、いつもの日常へと戻ったはずだった。 けれど、何かが静かに、そして決定的に変わってしまったことを、僕は肌で感じていた。 あの桜の木の下で感じられた、あたたかな気配はもうない。僕を呼んでいた、あの懐かしい声のような響きも、今はただの静寂に溶けてしまった。その喪失感は、「寂しい」というありふれた言葉では到底足りなかった。沙月さんの魂が、千年という永い旅路を終え、本当にこの世界から旅立ったのだという、紛れもない事実がそこにあったからだ。 胸の奥、かつて彼女の気配が触れていた場所が、不自然なほどに軽い。呼吸をするたび、その隙間を冷たい風が通り抜けていく。ずっと身体の一部だったものを、ある日突然もぎ取られてしまったかのように、ぽっかりと穴が空いていた。 彼女は自らを「蓋」とし、呪いの根源をその身に封じ込めていた。千年もの間、たったひとりで。その魂を削り、未来へと繋ぐためだけに、永い孤独と痛みに耐え抜いた巫女。思い返すだけで、あの時流れ込んできた記憶の奔流──あまりにも永い時の重さと、骨身に染みるような孤独感が、今も胸を強く締め付ける。 これほどの想いを抱いて生きた人が、他にいるだろうか。 「悠斗君!」 風のように柔らかな声が、思考の淵から僕を呼び戻した。振り返ると、彼女が立っていた。 「やっぱり、ここにいたんだね」 満開の桜が、目の前でもう一度咲いたかのような笑顔。そのあまりの眩しさに、僕は思わず目を細めた。 そうだ。僕たちの間にも、確かな変化があった。 出会った頃、僕を「先輩」と呼んでいた美琴。そして、どこか見えない壁を感じさせる敬語は、もうない。今はごく自然に「悠斗君」と呼んでくれる。その声も、表情も、まるで光そのものを編み上げたかのように、どこまでも柔らかい。 その響きが鼓膜を揺らすたび、胸の奥で、沙月さんの気配とは質の違う熱が灯るのを感じる。生まれたばかりの小さな炎が、じんわりと熱を広げていくように。失ったものの大きさを知るからこそ、目の前にあるこの温もりが、かけがえのないものだと痛感する。凍てついていた心
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