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第89話 桜織神社の管理人

作者: 渡瀬藍兵
last update 最終更新日: 2025-06-22 19:00:00
──翌朝。

アラームの音で目が覚めた僕は、寝返りを打ちながら、昨日の出来事を思い出していた。

……琴音様の呪い化、沙月さんがこの街に来ていた可能性……。

「なぜ?」がいくつも浮かんでくる。分かったはずのことが、逆に分からないことを増やしていく。思考は完全に迷子だった。

頭を抱えていたそのとき、スマホに通知が届いた。

《すみません、悠斗君。今日もし大丈夫であれば学校を休んで、私の所に来てくれませんか?》

美琴からのメッセージだった。彼女が自分からこんな風に連絡してくるなんて、よほどのことだ。

《わかった。どこに行けばいい?》

《学校から近くてすみません……桜翁の前にお願いします》

(学校を休むのに、学校の目の前って……!)

思わずツッコミたくなるのを堪え、僕は急いで支度を済ませた。

***

「悠斗君、こっちです。」

桜翁の裏手に立っていた美琴が、そっと手招きする。

「今日は急にどうしたの?」

そう尋ねると、美琴が何かを言おうと口を開いた。しかし、その前に。

「儂が呼んでもらったんだ。」

背後から、聞き覚えのある声が響いた。

「……藤次郎さん?」

振り返ると、やはり桜織神社の管理人、藤次郎さんがいた。

「すまんな。ちょっと君達に話したいことがあってね。続きは神社で話そうか。」

藤次郎さんの言葉に頷き、僕たちは神社へと向かった。

***

神社の奥にある、静まり返った一室に通されると、藤次郎さんは何も言わず、年季の入った急須で、僕と美琴のためにお茶を淹れてくれる。湯呑みから立ち上る湯気と、香ばしい緑茶の匂いだけが、重い沈黙の漂う部屋の中を静かに満たしていく。

「……いただきます。」

僕と美琴は、どちらからともなく同時に頭を下げ、そっと湯呑みを手に取った。その優しい苦みが、これから始まるであろう重い話の前に、乾いた喉を静かに潤していった。

「さて……君たちに来てもらったのはな……」

彼がそう切り出すと、美琴が静かに口を開いた。

「私が藤次郎様に無理を言ってお願いしてしまいました。」

藤次郎さんは頭をぽりぽりと掻き、やれやれと肩をすくめる。

「そこのお嬢さんに、桜織市の歴史を根掘り葉掘りと聞かれてな。

「あなた様なら、何かご存知ではないかと……いえ、ご存知
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