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八十八話:古びた家系図

Author: 渡瀬藍兵
last update publish date: 2025-06-21 20:30:04

 そして、夜。誰もいない自宅で、悠斗は机の上に筒の中身を広げていた。

「これは……家系図……?」

 思わず漏れた声は、静まり返った部屋に小さく沈む。

 だが、それはただの家系図ではなかった。自分の両親や祖父母を辿るようなものではなく、もっと古い。何百年も前まで遡る、自分のルーツそのものが、ひとつひとつ書き記されていた。

「しかもこれ……相当古いな……」

 紙そのものにも、文字にも、長い時間を経たものだけが持つ乾いた気配がある。複製ではない。そんな確信めいたものが、指先に触れるだけで伝わってきた。

「母さんは、どうしてこれを藤次郎さんに……? 母さんは、一体なにを知っていたんだ?」

 問いかけても、答える者はいない。

 母は十年前から、ずっと眠り続けたままだ。だからこの疑問は、どこへ向けても行き場がない。解きようのない謎だけが、古びた家系図と一緒に、今夜の机の上へ静かに置かれていた。

 その紙に記された名の連なりは、まるで遠い過去からこちらを見返してくるみたいで――悠斗はしばらく、最後の一枚から目を離せなかった。

 *

 そして、約束していた日がやってきた。春雪の提案で決まった、心霊スポットの視察の日だ。

 悠斗はその車内で、窓の外へ流れていく景色をぼんやりと眺めていた。昨日、藤次郎から渡された家系図。あの紙に記されていた名の連なりが、いまも頭のどこかに引っかかって離れない。

「……」

「先輩、どうしました?」

 隣からかけられた声にも、悠斗はすぐには反応できなかった。

「先輩?」

「あっ、ごめん。考え事してた。どうしたの?」

 ようやく我に返ると、美琴が心配そうにこちらを見ている。

「それはこちらの言葉ですよ。なんだか、ずいぶん思い詰めた顔をしてましたけど……」

「実はさ、ちょっと不思議なことがあって」

 悠斗は小さく息をつき、声の調子を整える。

「昨日、桜翁の管理人さんに会ったんだ。どうやら、僕と母さんのことを知ってたみたいで……」

 そこで起きたことを、美琴へ順を追って話していく。桜翁の前で声をかけられたこと。母が昔、この木の下へ通っていたこと。そして、十年前に預けられていたという筒と、その中に入っていた古い家系図のことも。

「なるほど……。それは、たしかに不思議ですね」

 美琴はすぐに否定も断定もせず、静かに言葉を置いた。

「どうして先輩のお母様が、その家系図を藤次郎さんに託したのか。そこは……ご本人に聞かないことには、はっきりしませんね」

「うーん……。あっ」

 その瞬間、悠斗の中で別の線がふいにつながった。

 これまで、古の巫女の血がどこから入ったのかはわからないままだった。だが、もし何百年も前まで遡る家系図が本物なら、その手がかりくらいは見つけられるかもしれない。

「美琴。家系図を見たらさ、古の巫女の血がどこから入ったのか、わかるんじゃないかな?」

「なるほど。たしかに一理ありますね」

 美琴はわずかに目を細め、それから確認するように問い返した。

「ちなみに、一番先頭に書かれていた人物――櫻井家の源流にあたる方のお名前、覚えていますか?」

「たしか……櫻井沙耶、だったかな」

 記憶を手繰るように視線を上へ泳がせてから、悠斗は続ける。

「その次が、櫻井葵だったのは覚えてる。どう?」

「沙耶さんに、葵さんですか……」

 美琴は少し考え込んだものの、やがて申し訳なさそうに首を横へ振った。

「残念ですが、そのお二人の名前には聞き覚えがありません」

「うーん……。結局、ふりだしかぁ」

 せっかく掴めるかもしれないと思った糸は、またするりと指の間を抜けていく。

「それにしても……」

 ふと隣へ目をやり、悠斗は呆れたように息をつく。そこでは春雪が、何の緊張感もない寝息を立てていた。

「これから、仮にも悲惨な事件があった場所に向かうっていうのに……よく寝ていられるよ」

「そういえば先輩、詳しくは聞けていないのですが……。何が起きた場所なんですか?」

 美琴に問われ、悠斗は窓の外から視線を引き戻した。

「昔のことだけど、大量殺人があった場所だって話はしたよね?」

「はい」

「そこ、一人の作業員が大勢を手にかけた現場なんだ。ナイフとかパイプ、それに工場の機材まで凶器にして……多くの人が殺されたらしい」

 口にしながら、悠斗はわずかに眉を寄せる。当時の詳しい記録を知っているわけではない。ただ、断片的に聞いただけでも、想像したくない惨状だった。

「それは……。被害に遭われた方々が、どうか無事に浮かばれているといいのですが……」

「……そうだね」

 悠斗は静かにうなずく。

「当時はかなり大きなニュースになって、世間を騒がせた事件だったらしいよ」

「犯人は、どうなったんですか?」

「捕まった。今も刑務所で服役してるはずだよ」

「なるほど……」

 美琴は小さく目を伏せる。

「それなら、少なくとも被害者の方々の無念に、ひとつの区切りはついたんですね」

 その言葉に、悠斗はすぐには返せなかった。区切り――たしかに、法の上ではそうなのかもしれない。けれど、奪われた側の時間まで戻るわけではないことを思うと、簡単に肯定する気にもなれなかった。

 やがてバスが速度を緩め、車内に停車を知らせる気配が流れる。どうやら、目的地は近いらしい。

「ほら、春雪。着くよ」

 悠斗は少し雑に、隣で眠る春雪の肩を揺すった。

 

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