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縁語り其の八十八:浄化の舞い

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-21 20:30:04
「うわっ……」

突然の和太鼓の重低音に、思わず肩が跳ねた。空気を震わせるその響きは、身体の奥深くまで直接届くかのようだ。隣を見ると、美琴も驚いたように目を見開いている。

始まった。……桜祭り恒例の“桜踊り”。

毎年、この夜にだけ披露される、神に祈りを捧げるための舞いだ。五人ほどの現代の巫女たちが、力強く、そしてどこか儚く舞う。その所作の一つ一つに、何かを伝えようとする“祈り”が滲み出ている気がした。

たった五分ほどの舞いだったが、時間が止まったかのように、僕はその美しさに目を奪われていた。

(何度観ても綺麗だな……)

***

舞いが終わる。ふと隣を見ると、美琴は口元に手を添えたまま、固まっていた。その瞳は、先ほどまで巫女たちが舞っていた場所に釘付けになっている。

「美琴……?」

数秒の沈黙ののち、彼女は静かに口を開いた。

「悠斗君……さっきの舞い……あれは、なんて呼ばれていますか?」

「えっと、桜踊りって言われてるよ。神様に祈りを捧げる舞い、って聞いたことがあるけど……」

その瞬間、僕の身体に電気が走った。

……神様に祈りを捧げる、舞い。

(あれ…?どこかで……聞いたことがあるような……)

「…………間違いありません。あれは、浄化の舞です」

美琴が、確信に満ちた声でそう言った。

「浄化の舞……?」

まさか。琴音様が、神を鎮めるために舞ったという、あの“浄化の舞”が、こんな現代の、この街であるなんて。

「細かい動きは違います。ですが……原型は、間違いなく“琴音様の舞”です。……悠斗君、今――悠斗君の“ご先祖”が、誰だったのか、はっきりと分かりました」

その言葉に、思わず息を呑む。

「えっ……?」

「あの舞いを知る可能性があるのは、ほんのわずか。琴音様はもちろん、彼女と親しかった千鶴様、琴音様の想い人だった清隆様……そして、沙月様だけです」

僕の視線が、夜空の下で静かに揺れる桜翁へと向けられる。あの古木が、僕の血の秘密を知っているかのようだった。

「その中の誰かが、村を出たってこと…なのかな?」

「はい。今の村でも、あの舞いを知っているのは……私と、村の長老だけです」

つまり、あの“舞い”は、村の中でも限られた人間しか知らない秘められたものだということだろうか?

「ってことは……この街に踊りが根付いてるのは、その中の
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