All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 2141 - Chapter 2150

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第2141話

綾羽が一番嫌いなのは、明日香のこの上から目線だった。怒りで頭が真っ白になった綾羽は、お嬢様らしさなんてどこかへ吹き飛んで、明日香に飛びかかった。爪を立てて顔を引っ掻き、髪を掴んで引っ張る。明日香も反射的に抵抗した。ふたりは病院の入口で取っ組み合いを始めた。野次馬が集まってきた。中には携帯を取り出して撮影を始める人もいた。病院のある病室では、仁志がバルコニーに立ち、入口で起きている騒ぎを静かに眺めていた。……星が仁志のお見舞いに来たのは、様子を探る目的もあった。しかし明日香と綾羽がいる前では、仁志と何かを話せるはずもない。星はそのまま引き返すことにした。怜央の事故は命に別状はなかったものの、意識が戻らない状態が続いていた。怜央が昏睡している間、司馬グループの株主たちは次々と動き始めた。星に株式を返還させようと圧力をかけてくる者まで現れた。しかし今の星は、圧力や脅しで屈するような立場にはなかった。雲井グループでは誰も逆らえない発言力を持ち、盟友には各大家族の当主たちが名を連ねている。今や星の基盤は、怜央よりも盤石だった。だからこそ、司馬グループの株主たちや司馬家の人間は、どうしても星を追い出したかった。星が本気で司馬グループの実権を狙えば、当主が変わるのは時間の問題だとわかっていたから。怜央が昏睡している隙に一泡吹かせようとしたのだが、結局、怜央なしでも星にはまったく手が届かないと思い知らされた。星は司馬グループの力を使って、リリーの権力奪取を後押しして当主の座に就かせた。そして今度はヘイザー家を使って司馬グループを牽制し、自分の立場を固めている。さらに手持ちの株式も加わって、対処することがほぼ不可能な状態になっていた。一週間後、怜央がついに意識を取り戻した。その知らせを受けて、星は病院へ向かった。怜央が昏睡していた間に、悠真は事故の経緯を調査しており、司馬グループの株主グループが関与している疑いが浮上していた。悠真は今、意識を取り戻したばかりの怜央に状況を報告していた。「怜央さん、昏睡中および治療期間中の身辺警護は、星さんが全て担ってくださいました。その間、暗殺者と思われる集団を三度にわたって阻止しています」それを聞いて、怜央の目がかすかに動いた。「星が……俺を守ってたのか?」怜央の星への気持ちを知っている悠
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第2142話

星はバッグから招待状を取り出して怜央に手渡した。明日香とは折り合いが悪くても、預かったものを勝手に握り潰すようなことはしない。たとえ相手がどれだけ嫌いな人間であっても。怜央は一瞥してから、脇に置いた。「行ってみる気はない?」と星は聞いた。「お前は行くの?」と怜央は逆に聞き返した。明日香は怜央が好む画家ではない。ただ、それなりの実力があるのは確かだ。別の人間が開く個展なら行ったかもしれないが、相手が明日香となると——星に変な誤解をさせたくなかった。しかし星は少し笑って言った。「明日香から私にも招待状が来てて。最近暇だし、見物でもしようかなって」「じゃあ、一緒に行く」と怜央はあっさり言った。星は断らなかった。「そういえば、この前、明日香と綾羽が病院の入口で取っ組み合いになってたの。野次馬に動画を撮られてSNSに上がって、何日かトレンド入りしてた。綾羽がネットで明日香の秘密をいくつか暴露して、すぐ消されたけど拡散しちゃったみたい。どうやら完全に仲が壊れたらしいよ」ふと星は思い出した。あのふたりが揉めた日は、ちょうど仁志のお見舞いに行った日だった。もしかして、仁志が何かしたのか。ただ、仁志がいったい何を言えばふたりが決裂するのか、星にはまったく想像がつかなかった。仁志の入院は五日間で終わった。退院の知らせも介護士から聞いた。それ以来、仁志から連絡はない。報復もなければ、しつこく絡んでくることもない。まるで星が考えすぎていただけのようだった。本当に考えすぎだったのかどうかはわからない。でも、これ以上仁志と関わりを持つわけにはいかなかった。……薄暗い部屋の中、すらりとした長身の影が窓際に立ち、夜の闇を見つめていた。携帯を手に、無言で電話の向こうからの報告を聞いていた。「綾羽は今、明日香のスキャンダルを必死に集めているようです。ただ、明日香は非常に用心深く、証拠になるようなものは全部消してあります。証拠が見つからないと悟った綾羽は、でっち上げることにしたようです。ただ……俺の見立てでは、捏造した証拠は表面上それらしく見えても、明日香に突きつければすぐに崩される程度のものです」静かな夜に、水のように淡い声が響いた。「いつ動く気だ?」「明日香の個展の当日と思われます。あの日は要人が多く集まります。名誉を失墜さ
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第2143話

「別に何も。前から頼んでた件だよ」そう言って、雅人はため息をついた。「明日香も相当な自信家だよな。以前、仁志さんにあれだけひどい目に遭わされたのに、星野さんの身内だから、星野さんに処理を任せるつもりでいなかったら、とっくに消されてた。それなのに催眠中の仁志さんの前に出てきて騙そうとするなんて。仁志さんがそんな簡単に騙されると思ってるの?」謙信が気になっていたのはそこではなく、考え込むように言った。「仁志さん、何か思い出したんじゃないか?でないと、なんでまた雲井家の人間と関わりを持つんだ?」「M国に行けば、あの人たちに会うのも、何かに気づくのも、避けられないことだよ」謙信はちらりと雅人を見た。「お前は随分落ち着いてるな。仁志さんの記憶が戻ることが心配じゃないのか?」「M国に行くと決めた日から、覚悟しておくべきことだったろ」謙信がふと言った。「仁志さんって、本当に家宝を探しに行ったと思う?」「わからない。仮に何かを思い出したとしても、行って、けじめをつけて、執念を手放してくれればいい。だって……」少し間を置いて、ため息をついた。「仁志さんも、そろそろ新しい人生を始めるべきだから」謙信はそれを聞いてしみじみと言った。「確かに。あの人がずっと仁志さんの側にいてくれてるんだし、そろそろ彼女にもちゃんと応えてあげなきゃな」雅人がすぐに言った。「変なこと言うな。仁志さんと彼女はただの友人だ」「星野さんだって最初はただの友人だったじゃないか。付き合うようになったろ。それに、星野さんより遠山さんの方が明らかに仁志さんに向いてる。何の打算もなく全力で傍にいてくれる。それは星野さんにはできないことだ。この数年、仁志さんに近づけた女性は三人だけだ。高橋さんは命がけで共に戦った仲間で、一度は婚姻関係にもあった。星野さんはもう言うまでもない、骨に刻まれるほどの感情を共に過ごした。そして彼女は——仁志さんの穏やかな日常を作ってくれる最後の人だと思う。深く愛し合うわけじゃないかもしれないけど、傷を癒せる人だ。一方は時間を柔らかくしてくれる人、もう一方は人生を鮮やかに彩ってくれた人——って感じかな」雅人はあきれた目で言った。「なにそれ、ポエム?ネットのエモい言葉ばっかり見るのやめろよ」……怜央は明日香の個展の二日前に退院し、星は
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第2144話

怜央は個展の二日前に退院したばかりで、事故後もカフェには来ていなかった。今日も星との約束があって初めて来た。「知らない」店員たちがその女性を見るなり、笑顔で声をかけた。「遠山さん、またいらっしゃったんですね!いつも通りですか?」女性はしゃがんで猫を一匹抱き上げながら、微笑んだ。「うん、いつも通り。猫ちゃん全員に缶詰を一缶ずつ開けてあげて」女性がふと横を向いた瞬間、星はその顔立ちをはっきり見た。華やかで生き生きとした表情、雪のように白く滑らかな肌、透き通るような明るい瞳がきらきらと輝いて、動くたびに生き生きとした光があふれ出す。腰まで届く黒髪が、体の動きに合わせてさらりと揺れた。容姿は確かに美しかった。でも、それ以上に目を引くのは、少女のような、清らかで弾けるような生命力だった。見る人を、思わず引き込んでしまう何かがあった。男性なら誰もが「初恋」を思い出しそうな、そんな雰囲気だった。怜央は一瞥しただけで、すぐに視線を戻した。甘えてくる小キジトラを静かに撫でながら、専用の缶詰を棚から取り出す。怜央の溺愛ぶりは際限がなく、何から何まで最上のものしか与えない。キジトラもその愛情を理解しているのか、わがままを言わず、いつもおとなしく甘えている。カフェには他にも猫がいるが、怜央の扱いは明らかに違った。食事まで別物だった。少し離れたところで猫と遊んでいた若い女性が、怜央の手の缶詰を見てふと店員に言った。「あ、種類が違う缶詰があるんですか?猫ちゃんたちにも開けてあげてもらえますか?」店員が慌てて説明した。「申し訳ありません、遠山さん。あちらはオーナーが小キジトラのために特別に用意しているもので、非売品なんです。他の猫ちゃんたちには体質に合わない可能性もありまして」「キジトラ?」女性はそこで初めて怜央の腕の中の猫に気づいた。目が輝いた。「この子、新しく来たの?見たことなかった」「いいえ、あちらはオーナーの愛猫です」と店員が答えた。「オーナー?」遠山琴音(とおやま ことね)はそこで初めて怜央に目を向け、少し首を傾げながら隣の店員に聞いた。「この方が……オーナーさんですか?」店員が頷く。琴音は怜央を上から下まで見て、「確かにかっこいいけど……なんか冷たそうで堅そう。猫ちゃんたちって怖くないのかな?」と言った。店員たち
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第2145話

星も礼儀正しく手を差し出した。「星野星です。はじめまして」琴音は次に怜央に声をかけようとした。が、怜央の冷淡な声が先に響いた。「自己紹介はけっこうだよ」本当は「お前と知り合いになる気はない」と言いたかったのだ。ただ、星の前なので、少しだけ丁寧な言い方に換えた——怜央はそれでも十分丁寧だと思っていた。でも傍から聞けば、やっぱりかなりストレートだった。来客は来客だ。あまりに素っ気ない怜央に、星は琴音が気まずくないように話題を変えた。「遠山さんは最近毎日いらっしゃってるんですか?」怜央は事故で療養中、しばらくカフェを離れていた。琴音はその間に店を見つけたのだろう。琴音は怜央の態度をさほど気にせず、笑顔で答えた。「そうなんです!ここの猫ちゃんたちが大好きで。みんなおとなしくて可愛いし」星は琴音を観察した。毎日これだけの数の猫に缶詰を奢れるのだから、家柄は相当いいはずだ。服装や立ち居振る舞いからしても、普通の家の子ではないとわかる。話してみると、琴音は店の猫全員の名前を正確に覚えていて、それぞれの習慣まで把握していた。本当に猫が好きなのだと伝わってくる。少し話してから、星は怜央のそばに行った。「そろそろ行くね。特に用がなければ」「送るよ」と怜央が言った。「大丈夫。会社に寄らないといけないから。侑吾が外で待ってる」それを聞いて、怜央はそれ以上言わなかった。……やがて明日香の個展の日がやってきた。三年前に評判を失った明日香は、それ以来ほとんど表舞台から姿を消していた。三年が経ち、あの頃の騒動も人々の記憶から薄れていった。このまま目立たない日々を送り続けるのは嫌だと思った明日香は、復帰を決意した。悠白も支持してくれた。深夜に男から電話があった件で不満を感じてはいたが、ふたりの間には子供もいる。明日香は原則的な一線を越えたわけでもなく、あれ以来夜に出歩くことも、男から連絡が来ることもなかった。悠白は最終的に許すことにした。それ以降、明日香は疑いを避けるため、仁志のお見舞いには綾羽を連れてくるようにした。ところが、そのふたりが完全に決裂してしまった。ふたりの積み重なった不満は、三年前からすでに根を張っていた。共通の敵がいるから表面上うまくやっていただけで、互いへの不信感は骨の髄まで染み込んでいた。ちょっ
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第2146話

星は賑わう会場を眺めて、思わず言った。「この規模……ずいぶん派手だね」ざっと来場者を見渡す。葛西家からは誠一、川澄家からは恵美が来ていた。雲井家からは忠を除いてほぼ全員が顔を揃えている。志村家は悠白の両親まで、知佳を連れて来ていた。明日香への不満があるとしても、息子の顔を潰すわけにはいかない。それに梨香の件でこちらも後ろめたさがある以上、ひとまず明日香を刺激しないことが得策だった。星は会場を見渡したが、仁志の姿が見当たらなかった。星が誰かを探しているのを察したように、怜央が言った。「仁志も来てる。さっき見かけた」星は少し黙ってから聞いた。「顔色は……よさそうだった?」怜央はすでに、仁志が入院していたこと、同じ病院にいたこと、そして星が付き添わなかったことも知っていた。「悪くなかった」星は大規模な宴会さながらの会場を眺め、眉の間にわずかな憂いを浮かべた。仁志の顔を知る人間は少なくない。明日香がこういう場に仁志を招くなんて、何かを思い出されても平気なのか。怜央は星の考えを読み取って言った。「三年前、仁志がこの街を去る前に、口止めが入ってる。表に出す勇気のある人間なんていない。もし口を開く気のある人間がいたとしても、真っ先にやり玉に挙がるような真似はしない。星、この世界には暗黙の了解が山ほどある。何の得もなければ、わざわざ藪を突いて蛇を出す人間はいない。明日香だって、招待した以上、このルールはわかってるはずだよ」星は頷いた。「明日香の絵、見ていこうか」本当に絵を見る目がある人間はこの場にそう多くない。個展に来ることも、普段の付き合いと大差ないものだ。宴会の会場が展示室に変わっただけ。しばらく絵を鑑賞してから、いよいよ会の開始時刻を迎えた。明日香はドレスをきちんと纏い、満面の笑みで壇上に立ち、感謝の言葉を述べ始めた。そのとき、静まり返った会場に、低く落ち着いた男の声が響いた。「明日香、俺の実の娘が数年も別の男をパパと呼んでいる。そろそろ正しく戻すべき時だと思ってね。俺の血を引く子が、他の誰かを父親と呼ぶなんて、俺には許せない」たった数言だったが、会場に雷が落ちたような衝撃が走り、誰もが呆然と立ち尽くした。入口の方から、長身でひときわ目立つ人影がゆっくりと歩いてきた。その顔を見て、星も思わず目を見張った。朝陽
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第2147話

好きな人と一緒になれなかった。それだけならまだしも、靖に嫁いでからは事実上、空っぽの結婚生活を送っている。外で男を作れば、それだけで不倫だと後ろ指を指される。明日香みたいに誰とでも遊んでいる女が、なぜのうのうといい暮らしをしていられるのか。そう思いながら、綾羽の唇の端にじわりと冷たい笑みが広がった。今日を境に、明日香の幸せな日々も終わりを迎えるのだ。明日香が「朝陽」と呼んで昔の情に訴えかけようとしたが、朝陽はまったく乗らなかった。その視線は真っ直ぐ、客席の三歳の小さな女の子に注がれていた。この子が……俺のたった一人の娘なのか。葛西家には私生児を認めない家風があり、当時の朝陽は自分の立場を揺るがされたくなくて、子供を残すつもりはなかった。しかし三年前、治療中に偶然発覚したのだ——自身の体に、生殖機能に影響する異常があることが。朝陽は焦らなかった。配偶子凍結保存の処置をすでに済ませていたからだ。結婚後に体外受精という手段もある。ただそれはあくまでも最後の手段であり、朝陽としては当然、自力での回復を望んでいた。葛西家は医学界に強い影響力を持つ名家だ。治せないはずがないと思っていた。だから表向きは「顔と足の治療」と言いながら、実際には隠れた病を三年かけて治し続けていた。しかし一向に回復の兆しはなく、葛西先生の診断でついに明らかになった——朝陽の体には、極めて検出が難しい毒が盛られていたのだと。早期発見であれば手の打ちようもあったが、先生の見立てでは中毒から少なくとも一年以上が経過しており、もはや骨の髄まで浸透している。手の施しようがなかった。発覚するまでは何も異常がなく、気づいた頃にはもう手遅れ——そういう毒だった。誰が自分に近づき、毒を盛れたのか。朝陽には心当たりがなかった。仁志ではない。仁志に拘束されていた時期があったが、解放されてすぐに中毒が発覚した。となれば、最も接触の多かった相手——そして唯一、ほとんど警戒を解いていた相手は、明日香だった。さらに、確認のために連絡した凍結保存機関から衝撃の事実が判明した。自分の配偶子がすり替えられていたのだ。あれは自分のものではなかった。毒を盛り、配偶子まで替えるとは——明日香は朝陽に子孫を残せないようにしようとしたのだ。朝陽が生殖能力を失う前に妊娠し、悠白に嫁い
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第2148話

その映像が流れた瞬間、会場が一気にざわめいた。「え、マジで?!これはさすがにやばい」「どういうこと……明日香の子供が朝陽の子?」「じゃあ悠白の娘って、実は朝陽の子だったってこと?」「本当に?明日香が朝陽の子を妊娠してたなら、なんで悠白と結婚したの?朝陽と結婚すればよかったのに」「バカ言って。当時、明日香の評判はボロボロだったじゃない。葛西家といったら家風の厳しさで有名なところなのに、そんな家に入れるわけがない」「でも、志村家だって葛西家に引けを取らないでしょ。葛西家がNGで志村家はOKなの?」「悠白、何年もずっと人の子を我が子として育ててきたのか。しかも三歳になるまで……」「いや、これ本物なのかな。映像一本で何がわかるの」「明日香本人が認めてるじゃない。嘘なわけないじゃない?」「もしかしたら明日香自身もどっちの子かわからなくて、朝陽にはあなたの子と言って、悠白にはあなたの子と言って、どっちが引き受けてくれるかを待ってたんじゃないの」「それはある……もしそうなら、その時期、二人の男を同時に相手してたってこと?」「前は明日香のことがちょっと気の毒だと思ってたんだよね。あんな場所に連れて行かれて、ふたりの男に演技でつき合わされてたって。映像を晒されたのも被害者みたいなものだし。でも今回は……ふたり同時に手出してたんじゃ、さすがに庇いようがないよね」来場者の九割方は疑いもなく信じた。映像の中で明日香本人が認めているのだから、これ以上ない証拠に見えた。映像を見た明日香の顔から、みるみる血の気が引いた。朝陽が、あのときの面会映像を持っていたとは夢にも思わなかった。唇が震えて、言葉が出てこない。これほど公の場でスキャンダルをぶつけられた悠白の顔は、みるみる険しくなった。「朝陽、わざわざ乗り込んで来て、何がしたいんだ?」「娘を連れ帰りに来ただけだよ」と朝陽は淡々と言った。悠白は怒りをこらえながら笑った。「映像一本で俺の娘を奪えると思ってるのか?」「映像だけでは証明にならない。それはそうだ」と朝陽は頷いた。後ろに続いて入ってきた人たちを振り返った。「専門の鑑定チームを連れてきた。その場で鑑定すれば、すぐわかる」悠白は冷笑した。「葛西家は医学界の半分を牛耳ってる。捏造しようと思えばいくらでもできるだ
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第2149話

朝陽がわざとらしく言った。「悠白、まさか怖いのか?」偽りを働いても何の意味もないという点で、朝陽は正しかった。誰も人の子を引き取りたくはない。悠白は屈辱を感じながらも、それほど慌ててはいなかった。出産前に志村家は何度も親子鑑定を行っていたのだ。明日香が婚約前に過ちを犯し、妊娠してから父親が誰かわからなかった可能性はある。確定してから朝陽と縁を切り、悠白と結婚したのかもしれない。明日香に問題があったとしても、子供は自分の子のはず——そう自分に言い聞かせた。「いいだろう。ただしお前も一緒に鑑定を受けろ」と悠白は冷たく言った。「もちろんだ。俺も受ける。お前のように不注意に子供を取り違えたりはしない」と朝陽は返した。こうなった以上、個展が続けられるはずもない。志村家の人間も、正道や靖も、顔色は最悪だった。子供の件はまだ結論が出ていないが、明日香が二股をかけていたという事実だけは、どうにも弁解のしようがなかった。志村の両親が人を動かして来場者を解散させようとしたまさにその時、背後の大型スクリーンがまたフラッシュした。男女がもつれ合う影が映し出された。映像は会場の窓の外、かなり遠い位置から撮影されたものらしく、画質はあまり鮮明ではなかった。それでも、ふたりの顔と何をしているかは、はっきり見て取れた。「え……これって、明日香と朝陽じゃ……?」「さっき明日香が朝陽の子だって認めた時は、脅されてるのかなって一瞬思ったけど、これは……さすがに私が甘かった」「映像の日時、三年前の明日香と悠白の婚約式当日になってる」「ほんとだ!明日香が着てる服、婚約式のときと同じだ!」「は?!控え室でそういうことしてたの?しかも婚約式の当日に?!」「朝陽と関係して、悠白と結婚……ドラマでもここまでやらないでしょ。さすがにどんな神経してるんだ」数年前、宮崎兄弟の件は「被害者」として収拾がついた。朝陽の子を妊娠していたとしても、悠白と付き合う前のこととして言い訳できた。しかし婚約式の当日に朝陽と関係を持っていた映像は——いかなる弁解も通用しない。映像は鮮明ではなかったが、明日香と朝陽の際どい場面は明確に映り込んでいた。志村の両親は二秒固まってから、真っ先に知佳の目を両手で塞いだ。悠白はその映像を見て、目が血走った。屈辱の極みだ
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第2150話

そしてこれは全て——明日香が招いた結果だ。この瞬間、悠白の明日香への感情が、跡形もなく消えた。あれほど自由と尊重を与えてきたというのに、返ってきたのは大事にされることではなく、馬鹿にされ、完全な道化にされることだった。愛していた分だけ、全てを知った今の嫌悪感も深かった。明日香を見る悠白の目は、これまでとは比べものにならないほど冷たかった。客席の綾羽は、その一部始終を見て、一瞬だけ惜しそうな顔をした。あの映像が控え室の中から撮影されたものだったら、もっと鮮明で、もっと衝撃的だったのに。でもそれは無理だとわかっていた。控え室に監視カメラはない。それでもあの映像を探し当てられたのは、ブラックマーケットに高額の懸賞金をかけた甲斐があった。これで十分だ。もし知佳が本当に悠白の子なら、婚前の問題として悠白は子供や家同士の関係、梨香への後ろめたさもあって、許す選択をしたかもしれない。しかし婚約式の当日に朝陽と関係を持っていた映像が出た以上、許せる男などいない。明日香は朝陽がこの場に現れることを全く予想していなかった。まして、朝陽が切り札を隠し持っているとも思っていなかった。控え室の映像が誰によるものかは明白だった——朝陽がわざわざ自分の映像を世間に晒すはずがない。ならば誰が。星ではない。あの証拠を星が持っていたなら、今日まで温存するはずがない。明日香の視線が客席を巡り、こちらを見てほくそ笑んでいる綾羽を捉えた。目が合っても綾羽は全く動じず、むしろ得意満面で見返してきた。そしてピースサインまで作って見せた。綾羽だった。明日香の目に、深い憎悪の光が宿った。決裂してから、綾羽をどう始末するか色々な方法を考えた。でも綾羽は葛西家のお嬢様で、靖の妻——つまり自分の義理の姉にあたる。始末しようにも、できるはずがなかった。だから個展が終わって、仁志にもう少し好印象を与えてから、約束してもらった願いを切り札として使うつもりだった。仁志は家同士の当主を相手にするのは嫌だと言っていたが、大家族のお嬢様ひとり程度なら動いてくれるはずだと思っていた。なのに、こんな形で全てが崩れた。どれだけ精神的に強い明日香でも、これだけの事態が同時に起きれば、平静を保てるはずがなかった。知佳が誰の子かは、明日香自身もはっきりとはわからなかった。ただ一つ
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