この「夜の色」という絵は、サマーの全作品の中で、ただ一つ人物を描いた絵だった。「この人物──もしかしてサマーにとって、特別な意味を持つ存在なのでは?あるいは、叶わなかった初恋の人かもしれませんね」司会者は、まるで真実を知っているかのように語りながら、サマーの創作背景を勝手に推測していく。客席でそれを聞いていた彩香は、思わずため息をついた。「よくもまあ、ここまで話をでっち上げられるものね。初恋まで作っちゃうなんて、脚本家でもやればいいのに」影斗がくすりと笑う。「ちょっとした話題を足すだけで、値が跳ね上がるからな」「でも作者のことを何も知らないのに、初恋って......信じられないわ」そのとき、ずっと絵を見つめていた仁志が、不意に口を開いた。「この絵の人物......星野さんご本人では?」彩香が驚いて彼を見る。「仁志、すごいじゃない!よく気づいたわね?」彼は穏やかに微笑んだ。「星野さんがヴァイオリンを弾く後ろ姿、よく見ていますから。どうも同じに見えて」展示台の上に掲げられた絵には──白いワンピースの女性が、夜の庭でヴァイオリンを弾く姿が描かれていた。月光が彼女の肩を包み、石畳には淡く光の影が落ちる。奥には小さな東屋、そよ風が彼女の髪を持ち上げ、裾を揺らしていた。静謐で、詩のように美しい一枚。顔は見えないが、その背中だけで見る者の想像を掻き立てる。凛がじっとその絵を見つめた。「......この人、本当に星ちゃんなの?」奏と彩香は、幼いころから星を知っている。二人には、見間違えるはずもなかった。「そうだよ、星の後ろ姿だ」と奏が頷く。彩香が補足した。「この絵のもとになったのは、星が庭で練習してた時の写真なの。私がたまたまカメラで撮ってあげたんだけど、星がその写真を気に入って、自分で描いたのよ」舞台上で司会者が長々と解説を終え、落ち着いた声で告げる。「それでは、入札を開始します。開始価格は一億円。一度の上乗せは二百万円以上から!」すぐに手が上がった。「一億二千万!」「一億六千万!」「二億!」サマーの絵は、市場に出回っているものがわずか五点。その希少性から、コレクターたちは目の色を変える。たった数分で、価格は四億円
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