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Nox.II 『歴史秘書のお仕事』Ⅳ

Author: 皐月紫音
last update Last Updated: 2025-07-17 19:01:15

◆◇◆◇

 夕陽が照らす帰り道——。

 王国を象徴する花である百合の季節が終われば、少しずつ緑の葉が紅い化粧を|施《ほどこ》してゆく。

 ダリアや|秋桜《コスモス》のような花々は待ち侘びたかのように自慢の花を咲き誇らせ、|象牙色《アイボリーホワイト》やパステルイエローを基調とした街を彩っていった。

 アルジュリュンヌの街を左右に分断して貫くマリーヌ川の左岸。

 こちらは文化的な施設や多くの観光名所が立ち並ぶ右岸とは異なり、教育施設や食料品を扱う店や雑貨屋など、市民の生活に根付いた施設が多い。

 通りには巨大なアパルトマンが建ち並び、王都ということもあり、一定以上の収入がある富裕層が主に生活している。

 また、このようなアパルトマンとは、レストランやカフェ、書店のような店が一体化していることも少なくない。

 夕方になり、学生や観光客で|溢《あふ》れる左岸は右岸には及ばずとも、活気に満ちあふれている。

 いつもこの通りをレイフは、一人で歩いて帰っていた。

 左右の岸を繋ぐ巨大な橋の上で騒ぐ観光客を見て呆れたり、娯楽雑誌を読みながら、カフェ自慢の新作パンを食べて笑う同級生を、少し羨ましく思ったりもしていた。

「……おい、レイフ。聞いてるのか? レイフ!!」

「あっ? なんだよ、ジャック」

「なんだよじゃねぇよ! さっきから何回も呼んでるだろ」

「あぁ、全然気がつかなかったわ」

「ったくよ。まぁいい、それよりウルバノヴァ先生の好きな食べ物、仲の良いお前なら知らないか?」

「あぁっ……なんか甘いものじゃね」

「甘いものか! それなら今度なにか差し入れてみるかぁ。エミリー、どこかいい店知らないか?」

「あぁ、ジャックくん……。ヴィオレタ先生、甘いもの大嫌いみたいだよ」

 エミリーの言葉に何かを思い出したかのようにレイフの目が見開かれた。

「あぁ、だから前にケーキを差し入れた時に不機嫌だったのか。おかげで後が大変だったんだよな……」

「なにっ!? レイフ、お前適当に言いやがったな!!」

 激昂したジャックはレイフに|掴《つか》みかかるも、ひらりと風切り音が響きそうなほどに華麗な動きを見せるレイフに、あっさりと|躱《かわ》されてしまう。

「あっ! この野郎! 避けんな!!」

 |懲《こ》りずにジャックは、何度も|掴《つか》みかかるも、レイフはその全てをポケットに手を突っ込みながら、軽やかにいなしてゆく。

「女って大体、甘いもん好きだろ」

「レイフくん、それはちょっと|偏見《へんけん》……」

——「おーい、お前たち。いつまで話してるんだ」

「そうですわ。予約時間に遅れたらお店に迷惑でしてよ」

 話に入ってきたのは、同級生のニコラ・レヴィとレオノール・ボワシエだ。

 ニコラは少年と呼ぶには、やや大人び過ぎた男子生徒だ。

 |巻き髪《パーマ》のかかったシャンパンゴールドの髪を、綺麗に後ろへと流して気品を漂わせ、眼鏡の先には鋭く怜悧な青藍色の瞳が覗いている。

 レオノールの髪はニコラと同様に金髪だが、その色は陽の光を浴びた雪のように白く艶のある|白金色《プラチナブロンド》で、ドレスを想起させるほどに優雅にそれは腰まで伸びていた。

 垂れ目がちな|深藍色《ふかきあいいろ》の瞳は、一見すると周囲に穏やかな印象を与えるが、非常に気位の高い女性であることを、彼女と一度でも関わった人間ならば知っている。

 その苛烈な性格は、負けん気の強さと勢いでレイフを圧倒するほどだ。

 それぞれが名家の生まれであるこの二人は、レイフのことをよく思っていなかったグループの中心人物だった。

 だが、最近のレイフの歴史秘書としての仕事ぶりやヴィオレタとの砕けた会話を見たことで、多くの彼に批判的だった生徒の認識は変わりつつあった。

 悪ぶっていても面倒見が良い。

 歴史のことでわからないことを聞けば、丁寧に教えてくれる。

 美人教師と面白おかしいやり取りを日々繰り広げている、いじり甲斐のある男。

 それが今のレイフに対する大多数の生徒からの評価だ。

 特にニコラ達とは、レイフが直接頼み込むことで何度か勉強を見てもらったこともあって、今ではすっかりと打ち解けている。

「おう、今いく。ジャック、いい加減にしろ」

 レイフは左手を気怠げに振り上げると、斜め上から軽めの手刀をジャックの頭に振り下ろした。

「いってえぇぇっ!!」

「あ、悪い。意外と強かったか」

「悪いじゃねぇっ!! このヤンキーめ、ウルバノヴァ先生に言いつけてやる……」

「ほら、二人ともいつまでも|戯《じゃ》れてないの〜。ニコラくんたちが、せっかく予約とってくれたんだから」

「おう」

「はい……」

 わざとらしく、ぷんぷんと怒った様子を見せるエミリーに、連行される形で、両手をポケットに突っ込むレイフが歩き出すと、その後ろから頭を両手で押さえるジャックも続いた。

 先を歩くニコラ達の視線の先には、四階建てのアパルトマンがある。

 建物は、その〝色〟によって二つに横から分断されていた。

 三階と四階――建物の上半分は、夕日に溶け入るように淡く清雅な|象牙色《アイボリーホワイト》。

 二階までの下半分は漆黒の大理石が、素材として使われていた。

 このモノクロームの〝カフェ〟が、ニコラたちの予約した店だった。

 【ラ・ヴィオレット・ブランシュ】

 現存するものでは、ユリアスベル最古のカフェとして記録されている。

 二階部分はテラス席となっており、一階部分は窓から店内を覗くことができた。

 緋色の壁には、王国の著名な貴族の肖像画や郊外の牧歌的な風景画が飾られていた。

 18時を既に過ぎた店は夜の顔を見せはじめる。

 客たちは|珈琲《コーヒー》ではなく、片手に|葡萄酒《ワイン》のグラスを傾け、楽団の演奏を楽しみながら|今宵《こよい》の|恋人《パートナー》と語らっていた。

 本来、学生がこの時間に入るべき店ではないだろう。

 だが、そこを|融通《ゆうづう》してもらえるのも、富裕層の家のものばかりが通うヴァルメール学院生徒の特権だ。

 とはいえど、流石にこの大人の社交場に学生服で入るわけにもいかない。

 レイフ達は店の近くにある、|高級服屋《ブティック》へと相応しい服を買いに行くのだった。

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