婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う のすべてのチャプター: チャプター 61 - チャプター 70

107 チャプター

61話

「ま、待ってくれ……!麗奈の話は、嘘だったと言うのか…!?お前達が俺の家に……っ!」 「映像を見て。本当に信じられないわね、麗奈の言葉だけを信じて、こんな大騒ぎにして…滝川さんが怪我をしたら、会社の経営にだって影響が出るかもしれないのよ」 私たちが睨み合い、言葉を交わしていると、警察官の上司が近づいて来る。 「……一先ず、署で救急車を手配して、病院へ行きますか……?」 「きゅ、救急車だと!?そんな大袈裟な……!」 「市民の方を守る立場の我々が、怪我を負わせてしまったのです、決して大袈裟なものでは──」 「いや、救急車はいい。後で自分で病院に行く。それより……加納さんが被害届を提出する。手続きを進めてくれ」 清水瞬と、警察の会話を遮り滝川さんがそう言うと、清水瞬が真っ青な顔で口を開く。 「まっ、待て──!俺たちの間で行き違いがあった……!こちらの被害届は取り下げる!だから……」 清水瞬の自分勝手な言い分に、私は怒りが込み上がり、彼を睨み付けた。 「だから何だと言うのですか、清水さん。……そもそも、嘘をついた当の本人から事情説明もなく、謝罪もない今この場でこれ以上話す事はないです。清水さんはお帰りください」 「こ、心……!」 私は清水さんの事を無視し、警察官に向き直る。 「被害届を提出したいです。どうすれば?」 「そ、それではこちらに……」 「心……!待ってくれ、わ、悪かった……!」 私と警察官の話に清水瞬が割り込み、謝罪を口にする。 「麗奈の話を鵜呑みにした俺に、落ち度がある」 「……謝罪は、私にだけですか?清水さん」 「──っ、滝川さんも、すまなかった」 私の言葉に、清水瞬は悔しそうに唇を噛んだあと、滝川さんに向き直り頭を下げる。 その姿を見た滝川さんは、私に視線を向けて「どうする?」と問う。 私は、このまま許したくはない。 だけど、滝川さんが怪我をしているから早く病院に向かいたい。 清水瞬が被害届を出した件は、彼本人が謝罪をして取り下げをしたので滝川さんがこれ以上警察に拘束される事もない。 それなら、私が取るべき行動は一つ。 「……分かりました。とりあえず、今日は被害届を出しません。清水さんから謝罪をされても、私は意味がない。……嘘をついた麗奈がちゃんと嘘を
last update最終更新日 : 2025-11-01
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62話

「滝川さん、お仕事は大丈夫ですか?私のせいで、いつもご迷惑をかけてすみません……」 私は、車椅子を持田さんに押してもらいながらぎゅっと拳を握り、謝罪する。 いつもいつも、滝川さんに迷惑ばかりをかけ、しかも今回は被害届を出されるなんて。 大企業を経営している滝川さんが、被害届を出されてしまった、なんて。 もし、万が一外部に漏れてしまっていたら大変な事になっていた。 会社の信用問題にも関わるし、株価だって…。 私と関わったせいで、滝川さんには迷惑をかけっぱなしになっている。 もう、滝川さんにこれ以上迷惑をかける事はできない──。 そう、私がぐるぐると考えていると、不意に滝川さんの顔が私の視界に入ってきた。 「加納さん。なんか変な事を考えてない?加納さんのせいじゃない。迷惑をかけられた、なんて俺は思った事もないから、自分を責めないでくれ」 「滝川さん……」 「そもそも、今回の件は柳麗奈の言葉を鵜呑みにして、先走った清水が馬鹿な事をしただけだよ。あんなふざけた被害届なんて、すぐに取り下げさせる事もできる」 まあ、朝から少し驚いたけど、それだけ。 と滝川さんは笑顔でそう言う。 私がぎゅう、と握りこんでいた拳に滝川さんはそっと触れると、握りこんでいた私の指を一本一本そっと解すように開いていく。 「加納さんが責任を感じる事は何一つない。この怪我だって…俺がちゃんと加納さんを受け止めれなくてトチっただけだから」 恥ずかしそうに笑う滝川さんに、私もそこでようやくふふ、と笑う事ができた。 「一先ず、先に病院に行ってから会社に向かおうと思ってるんだけど、加納さんが良ければ、病院に一緒に付き添ってくれる?」 「もちろんです!私でお手伝いできる事があれば、お手伝いしますね!」
last update最終更新日 : 2025-11-02
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63話

家に真っ直ぐ戻ってきた瞬は、駐車場に車を止め、急ぎ足で部屋に向かう。 「──麗奈!」 鍵を開け、ドアを開けた瞬は、怒りに任せ怒鳴り声を上げながら麗奈の名前を呼んだ。 「しゅ、瞬お帰りなさい……!どうしたの、そんなに怒って……。もしかして、心が変な言い訳をしたの!?」 「この期に及んで……っ、心を攫ったのは麗奈だろう!?どうして俺に嘘をついた!」 「う、嘘?そんな、私嘘なんて……!」 「これ以上嘘をつくな!心を攫い、更に暴力を振るったと言われた!逆に被害届を提出する、と心が言っていたぞ!それに動画も見せられた!確かに車椅子に乗った心を、麗奈!お前が車に連れてきていた!」 瞬の言葉を聞いた麗奈は、さっと顔色を真っ白にし、視線を彷徨わせる。 (そうだった……!あの日、滝川さんが動画を持ってたわ……!すっかり忘れてた……!) 麗奈は瞳を潤ませ、瞬に縋り付く。 「ご、ごめんなさい瞬!あの日、心に話しかけに行ったの。そこで、心に侮辱されて…カッとしてしまって……!あんな事をしてしまったのよ…、つい、出来心で……っ」 手のひらで顔を覆い、その場に座り込んで泣く麗奈を、瞬は冷たい眼差しのまま見下ろす。 以前は、麗奈が泣いたらすぐに瞬が慰め、抱きしめ、すぐに許してくれた。 けど、今はどうだろうか。 麗奈が泣き続けていると言うのに、瞬は麗奈に優しく声をかけることもせず、ただただその場に立ち尽くし、麗奈を見下ろしている。 「瞬、瞬ごめんなさい……そんなに怒らないでっ。私が悪かったわ、心にいくら罵倒されても、侮辱されても……っ、私が我慢すればいいだけなのよねっ、だって、心から瞬を奪ってしまったのは私だもの。心からいくら恨まれても、罵倒されても仕方ないわっ」 心が、麗奈を罵倒した。 果たして心がそんな事をするだろうか、と瞬の頭に過ぎる。 心は、昔から優しい人だった。 人を罵倒したり、口汚く罵ったりなどした姿など、瞬は見た事が無かった。 いつも、心から罵倒された、罵られた、と麗奈から一方的に聞かされるだけで。 瞬は、心が麗奈に対してそんな言葉を口にした事は一度も見た事がなかった。 「──心は、どんな言葉で麗奈を罵倒した?どんな言葉で、麗奈を侮辱した……?」 ふ、と瞬の胸に言いようのない不安が満ちる。
last update最終更新日 : 2025-11-02
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64話

「……瞬に捨てられたのは、私のせいだ、って……いくら謝っても、心が許してくれなかったの。滝川さんと手を組んで、私を潰してやるって脅されたのよ……だから、それだけはやめてって。あそこで話していてもしょうがないから、車に乗ってもらって、家でゆっくり話を聞くからって、そうなったの……」 「それで、焦ったあまり心を車に乗せる時にあんな乱暴な真似を?」 「そ、そうなのよ……!焦ってしまって……だから乱暴になってしまったの……しっかり心に謝罪するわ」 「……分かった。今の麗奈の説明を、心にもそのまま伝える」 「──え?」 「事実確認をして、被害届を提出するしないは、心に任せるしかない。怪我を悪化させた事は、事実だからな。お互いの主張が食い違っている以上、警察署で話を証言した方がいい」 「そ、そんな……!どうにかしてよ瞬!」 麗奈の言葉に、瞬はきっぱりと首を横に振った。 「そもそも、今回俺が滝川涼真に対して不法侵入で被害届を出した事が間違いだった。心に対して、失礼な事を先にしたのは俺だ……怒るのも、無理はない。誠心誠意謝罪して、心に被害届を出さないようお願いするしかない」 「し、瞬……」 「…仕事に戻るよ。心から連絡があったら、麗奈に連絡する。一緒に警察に行くから」 瞬はそれだけを麗奈に告げると、ぽんと肩に手を置いてからそのまま部屋を出ていく。 一度も振り向かず、いつもしている「行ってきます」のキスもせず、瞬は麗奈を置いてそのまま部屋を後にした。 1人残された麗奈は、唖然と瞬を見送ったあと、怒りに顔が歪む。 「なんでっ、心のやつ……!逆に被害届を出すですって!?厚かましい!」 麗奈は足取り荒くソファに向かい、クッションを手に取るとそのまま壁に向かって投げつける。 いくつもあるクッションを心への罵倒を口にしながら、全て壁に向かって投げつけた
last update最終更新日 : 2025-11-03
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65話

それから、待合室で1時間ほど待ち、無事診察は終わった。 滝川さんの腕は、動かさないように固定されていて、とても不便そうだった。 「全治10日か……」 「本当にすみません」 どうやら、腕の太い靭帯をやってしまったらしい。 酷い捻挫、のようなものだとお医者さんが言っていた。 「ああ、いや大丈夫だ。ただ、これだと会社に行っても周りに迷惑をかけそうだな……と思って」 滝川さんが口元に手を当て、考えていると私の車椅子を押してくれていた持田さんが口を開いた。 「それならば、社長。数日はご自宅でお仕事をされては如何ですか?会議はオンラインで出来ますし、数日程度でしたら調整は可能です」 「確かに、持田さんの言う通りだな」 「関係各所に連絡しておきます」 「ああ。お願いしたい、頼むよ」 「では、私は会社に行き社長のパソコンと必要書類を持ってまいりますね」 「ああ、ありがとう間宮。家に持ち帰っていなかったから助かる」 するすると今後の予定が決まっていき、滝川さんの表情も明るくなる。 私は申し訳なくて申し訳なくて、滝川さんと持田さん、間宮さんの会話をただ黙って聞いているしか出来なかった。 間宮さんとは別行動で、滝川さんの家に戻ってきた私たち3人は、それぞれ一旦部屋に向かう。 私が自室で着替え終わり、松葉杖を使って廊下に出ると、滝川さんの私室から何かが落ちる大きな音が響いた。 「──滝川さん!?」 滝川さんの部屋の前に行き、私がノックをしつつ声をかけると、中から滝川さんの声が聞こえる。 「か、加納さん?すまない、大きな音を立てて…!──うわっ」 再びドサリ!と音が鳴り、私は滝川さんの身に何かあったのでは、と慌てて扉のノブを掴んだ。 「すみません、入ります!」 「あっ、加納さ──」 私が滝川さんの部屋に入ると、滝川さんは着替えようとしていたのだろう。 だけど、腕を固定されていて不自由なせいで満足に着替えが出来ず、スーツをかけるハンガーが落ち、ネクタイが中途半端に外れ、着替える服は床に全部落ちてしまっていた。 そして。 「す、すまないこんな格好で……!」 「い、いえ…!急に入った私が悪いので!」 ワイシャツのボタンをお腹辺りまで外していた滝川さんの肌が顕になっていて、私は咄嗟
last update最終更新日 : 2025-11-03
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66話

滝川さんの部屋で、私と滝川さんは並んでベッドに腰掛けていた。 椅子では、隣通しで座りにくいし、上手く手伝いができないかもしれない。 ソファだと、並んで座ると距離が近すぎて上手く着替えの手伝いができない可能性がある。 そのため、消去法でベッドに並んで座り、滝川さんの着替えを手伝う事にしたのだけど──。 なんだか、変な緊張感が室内に満ちていた。 「えっと、ネクタイから外しますね…」 「ああ…お願いするよ」 片手で変な風に外そうとしたのだろう。 ネクタイはおかしな形で絡まっていた。 私は滝川さんのネクタイに腕をのばし、ネクタイを外しにかかる。 ワイシャツのボタンが開けられているから、滝川さんの胸元から腹部までが顕になっていて、とても目のやり場に困ってしまう。 ジムでしっかりと体を鍛えているからだろうか。 細い、と思っていた滝川さんの体はしなやかな筋肉を纏い、胸板も厚く、腹筋も割れているのが見える。 私は初めて、男性の体を「綺麗」だと、そう思った。 「──加納さん?」 「は、はい…っ!」 急に滝川さんに話しかけられ、私はびっくりして手元が狂ってしまった。 ネクタイを解いていた私の指が、びくりと反応した際に滝川さんの首筋を掠めてしまった。 その瞬間。 「──んっ」 「ひぃ…!す、すみませんすみません!!」 滝川さんの喉から艶やか
last update最終更新日 : 2025-11-04
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67話

「じゃ、じゃあボタン外しますね!」 「あ、ああ…お願いします…」 私の気合いを入れた言葉に、滝川さんも平静を取り戻して頷く。 ワイシャツのボタンを全部外し、滝川さんの固定されている腕の装具を外して袖を引き抜く。 滝川さんが体を捻ってくれたのでそのまま背中側からワイシャツを脱がした。 そして、用意されていた着替えの服を手に取り、今度は逆に怪我をしてしまった腕を先に通してから体を元に戻してもらい、逆側の腕を通した。 後は、ボタンを閉めるだけ。 さっきのように不意に滝川さんに触れてしまわないよう、私は慎重にボタンを閉めていく。 全部のボタンを閉め終わり、滝川を見上げる。 すると、かなり近くに滝川さんの顔があり、びくっと体が硬直した。 滝川さんもあまりの近さに驚き、目を見開いていた。 「──っ」 どうしよう、どうしたら。 すぐに離れればいいのだけど、何故だか私は下手に動いてしまったら駄目な気がして。 どこか気恥しいような妙な緊張感が室内に流れた。 私が固まっていると、目の前の滝川さんがゆっくりと口を開いたのが見えた──。 「──加納さ」 「ただいま戻りました」 滝川さんが私の名前を呼ぶのと同時。 階下から、持田さんの帰宅を告げる声が聞こえた。 部屋に満ちていた、妙な緊張感は一瞬で消え去り、滝川さんが動いた。 「持田さんお帰り。買い物に行ってくれてありがとう」 滝川さんが幾分か声を張り、階下にいる持田さんに声をかける。 そして、滝川さんは眉を下げ困ったような笑みを浮かべたまま、私に顔を向けた。 「ごめん、加納さん。手伝いありがとう。夕食が用意できるまで、部屋で休んでて」 気がつけば、普段の。いつも通りの滝川さんの雰囲気に戻っている。 私はどこかほっとして、ふにゃりと様相を崩した。 「いえ、またお手伝いできる事があれば声をかけてくださいね」 「ああ、ありがとう」 にこり、と笑みを浮かべた滝川さんに見送られ、私は自分の部屋に戻った。 ◇ トントントン、と階段を降りる。 すると、夕食の買い出しをしてくれた持田が冷蔵庫に買ってきた食材をしまっていた。 「持田さん、いい所で帰ってきてくれた」 「社長?どうかなさいましたか?」 持田の言葉に、滝川
last update最終更新日 : 2025-11-04
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68話

夕食の時間になり、持田さんに呼ばれた私は階段を降りる。 松葉杖の音がコンコン、と響き、その音に気づいた滝川さんが私を迎えにやって来てくれた。 「加納さん、大丈夫?」 「平気です。ありがとうございます」 「それなら良かった。夕食の後に話したい事がある。後で俺の仕事部屋に来てもらってもいい?」 「分かりました」 滝川さんの仕事部屋は、1階のリビングのすぐ近くにある。 今日は、会社で仕事をする事が出来なかった滝川さんは、私が部屋で過ごしている間もずっとその部屋で仕事をしていたようだった。 デザイン関係の件で、呼ばれるかな、と思っていたけど、夕食の時間まで滝川さんから呼ばれる事はなく、私は時間を持て余していたので最新のファッションや、生産に関して調べていた。 少しでも、滝川さんの役に立てれば。 私は夕食を終え、気合いを入れて滝川さんの仕事部屋に向かった。 「警察への被害届の件なんだけど、加納さんはどうしたい?」 滝川さんの部屋に入るなり、滝川さんは私にそう聞いた。 てっきりお仕事の話かと身構えていた私だったけれど、そう言えばその件があったのだった、と私ははっとした。 「被害届……」 「うん。画像があるし、被害届は無事受理されると思うし、刑事告訴は無理だろうけど、損害賠償の民事訴訟は起こせると思う」 そこまで口にした滝川さんは「だけど…」と言葉を続けた。 「相手は柳麗奈とは言え、恋人の清水瞬は財閥の家だ。権力を笠に着て、揉み消す可能性もある」 相手──清水瞬は、そんな事もやりかねない人間だ、と滝川さんは暗に言っているのだろう。 昔の私だったら。 昔の、私が知っている瞬だったらそんな事はしない、と自信を持って言えた。 だけど、今の清水瞬は麗奈を守るためだったら何でもやるかもしれない。 私は、滝川さんの言葉に頷いた。 「可能性は、ありますね……。けど、被害に遭った事は事実ですし、しかも清水瞬は滝川さんを相手に被害届を出しました。とても看過できません」 「……分かった、それじゃあ明日、俺と一緒に警察に──」 行こう、と言う滝川さんの声に被せるように、家のインターホンが鳴った。 「こんな時間に、誰だ……?」 「宅配業者、ではないですよね?」 「ああ。外で買い物もしていな
last update最終更新日 : 2025-11-05
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69話

「──えっ!?」 「あの2人が来たのか!?」 私と滝川さんは、驚き同時に声を上げてしまう。 聞き間違いなんかじゃなく、滝川さんの声にもう一度持田さんがはっきりとした声で清水瞬と麗奈の訪問を告げた。 リビングに向かった私たちは、そこで待っていた清水瞬と麗奈の姿を見て、信じられない面持ちで彼らを見る。 私と滝川さんの怪訝な顔に、バツが悪そうにしながら清水瞬は軽く頭を下げたあと、話す。 「こんな時間に申し訳ない。……心に、お願いがあって来させていただいた」 「私、に……?」 清水瞬の言葉に、滝川さんの表情が冷ややかになる。 室内の空気も、ぴりっとした緊張感を孕んだ。 「……このタイミングで加納さんにお願い、か」 嘲るような滝川さんの声が響き、清水瞬は滝川さんに鋭い視線を向けたが、滝川さんに何かを言う事はなく、私に顔を向けたまま、口を開く。 「厚かましいとは分かっているが、どうか麗奈を許してやって欲しい」 「……本当に厚かましいお願いですね、清水さん」 清水瞬の言葉に、私は呆れてしまう。 そもそも、麗奈本人は怯えたように彼の背に隠れたままで、私に対して謝罪も彼と一緒に頭を下げる事もしていない。 そんな麗奈を見て、どうして私が譲歩しなくてはならないのか。 私の胸に、苛立ちがこみあがってくる。 「そもそも、お願いするのは清水さんではなくて、柳さん本人がするのが妥当ではないですか?関係の無い人がこうしてお願いをするのは間違っていると思います」 「──心」 「心、と名前で呼ばないでください。私と清水さんはただの他人です。親しくもない人に、名前で呼ばれたくありません」 私の毅然とした態度に、何故か清水瞬がショックを受けたような顔をする。 「親しくない人って……」 「当然でしょう?過去はどうあれ、私と清水さんは他人です。最低限の礼儀は守っていただかないと、困ります」 私の強い口調に、清水瞬の後ろに隠れていた麗奈が前に飛び出してきた。 「心……っ!どうしてそんなに酷い事を言うの!?瞬は、瞬はあなたが愛していた人でしょう!?婚約を破棄されて、悔しいからって腹いせで瞬にそんな酷い態度を取っていたら、あなたの程度が知れてしまうわ!」 麗奈はぶわりと瞳に涙を溜め、私に向かってそう叫ぶ。
last update最終更新日 : 2025-11-05
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70話

「ぇ…っ、えっと……」 麗奈は、戸惑いを顕に清水瞬に助けを求めるように視線を向けた。 きっと清水瞬は、今の滝川さんの言葉に憤りを顕にして突っかかるのだろう。 そう思っていた私だったのだけど、清水瞬は悲しげに自分に視線を向ける麗奈に対して、驚く程冷静だった。 「……麗奈、滝川さんの言う通りだ。それに、心──加納さんは、そんな事を考える人じゃない。それに加納さんは酷い事も言っていない。確かに、俺たちはもう他人同士だ。……最低限の礼儀は弁えるべきだった、申し訳ない」 清水瞬が、麗奈を諌め、更に私に対して頭を下げた。 私はびっくりしてしまい、目を見開いてしまう。 麗奈の事を庇わず、私に謝罪するなんて。 今までの清水瞬だったら、有り得ない。 私は思わず滝川さんに顔を向けてしまった。 滝川さんも、私と同じくとても驚いているようで、信じられないものを見るように清水瞬を凝視しているのが分かる。 「瞬、わ、私……」 「麗奈、加納さんに謝罪をしてくれ。自分も、これ以上大事にしたくないだろう……」 分かっているのだ。 清水瞬も、このまま私が警察に被害届を提出したらどうなるか。 家に頼り、握り潰す事もできるだろうが、そうすると麗奈の心象は悪くなる。 この先、麗奈と結婚する事を考えている清水瞬は、自分の家族が麗奈に対して悪印象を抱くのを避けたいのだろう。 だから、麗奈に謝罪をさせて被害届の提出を止めたい。 魂胆は気に入らないけど、私だってどうしても大事にしたい訳じゃない。 麗奈が誠心誠意謝ってくれさえすれば、被害届を提出しない。 私だって、これから先滝川さんのお仕事のお手伝いで忙しくなるのだから、出来れば捜査や調書取りなどで
last update最終更新日 : 2025-11-06
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