凪はちょうど手が空いていたので、その話を引き受けた。同僚は何度も感謝し、時間と場所を伝えると、そそくさとその場を離れた。凪は約束の時間にホテルへ着いた。豪華なロビーを見て、彼女は眉間にしわを寄せた。「1600万円程度の小さなプロジェクトで、こんな高級ホテルで話す必要はあるの?」おかしい。まさか、プロジェクトというのは口実で、この会社は二宮グループの社員を買収するつもりなのかしら。凪は疑いを抱きながらも、慎重にビップルームを探し当て、ドアを開けて中に入った。その瞬間、派手なクラッカーが目の前で鳴らされた。部屋は赤いバラで埋め尽くされていた。そして、渉が凪の前で片膝をつき、かつて彼女が一番好きだったピンクダイヤの指輪を掲げた。「凪ちゃん、結婚してくれ!」「結婚してあげて!」「結婚してあげて!」ホテルのスタッフと、渉が雇ったサクラたちが、後ろで一生懸命に叫んでいた。しかし、凪の心は少しも揺れなかった。確かに、かつての自分はこのピンクダイヤの指輪が一番好きだった。渉がまだ無名で、ようやく恒業グループを通してオークションに参加できるようになったばかりの頃、自分と彼は会場の隅っこに座り、きらびやかなピンクダイヤの指輪を眺めながら、そっと指を絡ませ合った。その時、渉は優しく自分に約束してくれたのだ。「いつか、絶対に君に一番きれいなピンクダイヤの指輪を買ってあげるから」当時の自分はその言葉にすっかり心を奪われ、彼の肩にもたれかかりながら、会場の隅で静かに背景の一部になっていた。そう……あの出来事が起きるまでは。自分が指輪を手に入れるより先に、直美が同じシリーズのピンクダイヤのネックレスを身につけていたのだから。直美は、自分と渉の前ではにかんでみせた。「渉さん、私にこんな素敵なものなんて、もったいないわ。やっぱり凪さんにあげて」「彼女には別のプレゼントがある」渉は、直美がネックレスを外そうとするのを止めた。そして、その時の自分がプレゼントとしてもらったのは、渉からのおでこのキスだけだった。そうよ。かつての自分の気持ちなんて、渉にとっては、何の価値もなかったのだ。今さら贈られたこの指輪も、同じように何の価値もない。凪は廊下へと後ずさった。ドア枠が、二人を二つの世界に分ける
Magbasa pa