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第8話(19)

「が、それは裏を返せば、総和会に加入している組の名さえ表に出なければいいということだ。先生ならわかるだろ。うちの組は、長嶺組という一つの組織で成り立っているわけじゃない。傘下の組やフロント企業、下部組織……、名前や形態は違えど、長嶺組の代紋を使っているところは、いくらでもある」「つまり、長嶺組の身内が薬を扱っていても、〈長嶺組の組員〉という肩書きでない限りは、総和会は見ないふりということか」「総和会の活動資金の半分は、十一の組からの〈寄付金〉が占めている。肝心の組から寄付金が取れなきゃ、困るのは自分たちだ」 賢吾は短く声を洩らして笑い、和彦の機嫌を取るように唇を啄ばんでくる。今度は応えず、きつい眼差しを向け続けていると、軽く息を吐き出した賢吾が体を離した。ただし、和彦の片手を握ったままだ。「……そう睨むな、先生。例えとしてうちの組を出しただけだ。総和会にいる組のいくつかは薬を扱っているが、うちは違う。ただしそれは、任侠だとか美学とかいう立派な理由からじゃない。――俺は、臆病で慎重なんだ。非合法な稼ぎとして薬は魅力的だが、リスクが半端なくでかい。そのリスクをあえて冒すほど、長嶺組のシノギは悪くない」 賢吾が、こんなことで和彦にウソをつく必要はない。ひとまず、この言葉を信じることにした。 賢吾に後ろ髪を撫でられ、和彦はわずかに顔を背ける。「こんな生活を送っていて、ぼくはいまさら綺麗事を言うつもりはない。何もかも買い与えられているが、その金は長嶺組が稼ぎ出したものだからな。薬も……、手を出す奴が愚かなんだと思っている。自業自得だ。ただ、あんなものを使って、ぼくの知っている人間が壊れていくのは見たくないと思っている」「先生は優しいし、現実的だ」 再び賢吾の唇が、手の甲に押し当てられる。「エゴイストだと言いたいんだろう……」「いいや。優しいんだ。それに、甘い」 バリトンの魅力を最大限に引き出す囁きに、和彦の顔は熱くなってくる。後ろ髪を撫で続けている手に頭を引き寄せられ、賢吾の肩に額を押し当てた状態で会話を交わす。
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第8話(20)

「ぼくは薬を使ってはないが、他の人間からは、そんなふうに思われているかもしれない。力と金で、誰にでも尻尾を振ると……」「先生は、主が誰かしっかりわかっているし、従順だろ。最初にしっかり躾けて、首にぶっとい鎖をしてあるからな」 顔を上げた和彦が睨みつけると、予想通りの反応だったらしく、賢吾が笑いかけてくる。だが次の瞬間には表情を引き締め、怖い男の顔となった。「……今回の薬の件は、気に食わない。人のシマでああいう商売をするなら、通すべき筋がある。それを通さないどころか、組の存在を、警察への目くらましに使っている節もあるんだから、腹も立つだろ。組のシマを汚すうえに、俺の面子を汚す行為だ」「その手の物騒な話に興味はない」「そうはいっても、荒事になったら、先生の仕事が増えるかもしれない」 和彦は賢吾の頬をてのひらで撫で、そっと唇に噛みつく。背にかかったままの賢吾の手に、わずかな力が加わった。「そうならないよう、努力はするんじゃないのか。組長としては」「その組長のオンナっぷりに磨きがかかったな、先生」 和彦はパッと体を離して、顔をしかめる。賢吾はニヤニヤと笑って、そんな和彦を意味ありげに見つめてくる。 車が鉄筋アパートの前に着くと、あらかじめ連絡しておいたこともあり、三田村が待っていた。車が停まると同時に、速やかにドアが開けられる。 和彦が降りようとすると、背後から賢吾に話しかけられた。「――先生、俺は、自分の手を薬で汚すのは嫌だが、薬が生み出す旨みは好きだぜ」 いきなり何事かと訝しみながら和彦が振り返ると、賢吾は唇に、凄みのある笑みを刻んでいた。「金どころか、人脈も生み出すからな。うちの組とは関わりのない奴が、その旨みを俺の前に運んできてくれりゃ、最高だと思わないか?」 凄まれたわけでもないのに、賢吾の空気に呑まれてしまった和彦は、咄嗟に言葉が出なかった。やはり、身を潜めてはいても大蛇は怖い。そこにいるだけで、恐怖の対象なのだ。「そんな……、そんな都合のいい人間、どこにいるんだ」「案外、
last updateLast Updated : 2025-12-07
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第8話(21)

**「……お宅の組長、何か企んでいるのか?」 走り去る車を見送りながら、傍らに立つ三田村に声をかける。表情を変えないまま三田村は首を横に振った。「俺程度の人間が読み切れる人じゃない」「だったら、ぼくはなおさら無理だな」 三田村が何か言いたげな顔をしたので、和彦は素早く釘を刺した。「そんなことはない、なんて言うなよ。そこは素直に、同意してくれ」 こんなことでムキになる和彦がおもしろかったらしく、三田村は微笑を浮かべる。賢吾の凄みのある笑みを見たあとだと、ほっとするような表情だ。 青年を診るため、さっそく部屋に向かっていたが、鉄筋アパートの階段の途中でふいに三田村が足を止めた。「――あれから、秦は何か言ってこないか?」 突然の問いかけに、和彦はビクリと肩を震わせる。隣に立った三田村が、容赦なく鋭い視線を向けてきた。「あっ……」 小さく声を洩らしてから、答えを逡巡する。怪我をした秦をやむをえず治療したことを、和彦は誰にも告げていない。もちろん、三田村にも。 もう一度、秦が自分に絡んできたら、あとの対処は長嶺組に任せると言った。あのときは確かに本気だったのだ。それなのに、秦は、悪辣な脅迫者としてではなく、重傷を負って弱った姿で目の前に現れた。 あの状態の秦を捕えるのは、ヤクザにとっては造作もないだろう。 さきほど賢吾に言われた言葉が蘇る。和彦は、自分が優しい人間だとは思っていない。ただ、甘い人間であることは認めざるをえない。「先生?」 三田村に呼びかけられ、反射的に和彦はこう答えていた。「大丈夫……。まだ何も言ってこない。さすがに自分の身が危ないと思ったんじゃないか」 三田村は返事をしなかった。ただ、和彦を見つめてくる。向けられる厳しい眼差しから、三田村の気持ちは簡単に推し量れた。 和彦の大事な〈オトコ〉は、保身のために秦を警戒しているのではない。ただ、和彦の身を案じてくれているのだ。
last updateLast Updated : 2025-12-07
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第8話(22)

「何かあれば、すぐに知らせてくれ。こういう言い方は卑怯かもしれないし、そもそも効き目があるのかわからないが――、俺のためにも、先生は組の連中に素直に守られてくれ。そして、頼ってくれ」 和彦は目を丸くしたあと、わずかに視線を伏せた三田村に笑いかける。「……効き目十分だな、その台詞は」「だとしたら、らしくないことを言った甲斐があった」 三田村を煩わせたくなかった。和彦個人の事情に巻き込んで、組の中でさらに複雑な立場に追いやりたくない。 だからこそ、やはり秦のことは言えなかった。自分の甘さが引き起こした問題である以上、できることなら、自分自身でケリをつけたい。 和彦は一瞬だけ三田村の指先を握り締めてから、小さく呟いた。「――大丈夫だ。心配いらない」** スタジオで体を動かした和彦が、タオルで汗を拭きながらラウンジに向かうと、一足先にプログラムを終えたのか、中嶋がイスに腰掛けてスポーツ飲料を飲んでいた。和彦に気づくと、笑顔とともに会釈される。「――先生、ずいぶんハードなのをスタジオでやってましたね」 向かいのイスに腰掛けた和彦に、中嶋がさっそく話しかけてくる。見ていたのかと、思わず苦笑が洩れた。「インストラクターに勧められたんだ。体力と持久力をつけたかったら参加してみませんか、って。一人でもくもくとマシンを動かすのも飽きていたし。さすがに、いきなり中級者クラスはきつかった」「でも、様になってましたよ。パンチのときの腰の入り方といい、ハイキックでの足捌きといい」「嫌いな人間を思い描くのがコツだな。そう思うと、狙いがズレない」 音楽に合わせて体を動かすというと、まっさきにエアロビクスが頭に浮かぶのだが、インストラクターが勧めてきたのはボディアタックというプログラムだった。みんなと一緒に体を動かすということに気恥ずかしさを覚える性質の和彦も、全体の動きが格闘技のようだったため抵抗も少なく、興味半分で参加してみたのだ。「誰を思い描いていたのか、聞くのが怖いですね」 中嶋の言葉に、和彦は真顔で応じた。「少なくとも、
last updateLast Updated : 2025-12-07
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第8話(23)

 自分のことのように顔をしかめる中嶋は、とてもではないが、野心的なヤクザには見えない。ただ、この世界に足を踏み入れてわかったが、ヤクザであることを匂わせないヤクザのほうが、実は性質が悪い。 その一人が中嶋なのだが、少なくとも秦の件で見せる表情は、本心だろう。それだけ、あの男――秦を本気で心配しているのだ。頭の切れる中嶋が、明らかに厄介事を背負っている秦をまだ自分の部屋に匿い、世話を焼く理由としては、それしか思いつかない。「あれだけの内出血だ。さぞかし派手な痣になってるだろうな」「ええ。男ぶりが台無しだと嘆いてましたよ」「そんなことが言える余裕があるなら、大丈夫そうだ」 和彦がこう言うと、途端に中嶋は表情を曇らせた。「一応体を起こせるようにはなりましたが、息をするのもつらそうです。胸が痛いと言って」「まあ、肋骨が折れているんだからな……」 ここで二人の間に、不自然な沈黙が流れる。肝心な部分をはぐらかして会話することに、どうしても無理が生じてしまうのだ。 組の事情にも立ち入らないし、ヤクザ個人やそれに近い人間の事情にも立ち入らない姿勢を貫きたい和彦だが、つい二日前に賢吾に言われた言葉が脳裏を過る。 いくら和彦が知らないと背を向けたところで、組の事情はどんどんその背にのしかかっていく。和彦が関わった人間の事情もまた、そうやって背にのしかかるのだ。これはもう、和彦の意思だけではどうにもならない。 汗で濡れた髪を手持ち無沙汰に拭きながら、とうとう和彦は切り出した。「――……君は、何か感じているんだろう。彼が何かしらトラブルに巻き込まれていると。あの怪我は、酔っ払いに絡まれたとか、そういう生易しいものじゃない。痛めつけるという意図を持ったうえでの、リンチの跡だ」「ええ、まあ。一応、暴力沙汰には慣れているので……」 困ったような中嶋を見ていると、別に責め立てているわけではないのに、居心地が悪くなってくる。中嶋としては、和彦に何を言われても甘んじて受け入れるつもりなのかもしれない。「秦さんからは、何か説明してもらった
last updateLast Updated : 2025-12-07
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第8話(24)

「正直俺は、自分が元にいた組に戻る気はないんです。戻ったところで、俺より使えない人間が大きな顔して居座っている。だけど総和会は生え抜きの人間揃いで、学ぶべきことが多い。だからこそ、総和会での自分の居場所を確保しないといけないんです」 普通の青年の顔をしていても、中嶋は内にたっぷりの野心を秘めたヤクザだ。そんなことはとっくにわかっていたことだ。ただ和彦は、ヤクザの言動を頭から疑ってかかるようにしていたせいか、中嶋の演技を見抜いていた。「悪党ぶらなくても、君はヤクザのくせに優しい、なんて恥ずかしいことは言わないよ」 目を丸くした中嶋が、まじまじと和彦を見つめてくる。どんな表情を浮かべていいかわからない、といった様子は、とうていヤクザには見えない。「君が野心家なのも、そのためには他人を利用することも厭わないのもわかる。だけど、彼に対しては、その気持ちがいくらか控えめになるんだろ。恩のあるなしじゃなく……自分たちは似た者同士だと思っているんじゃないか」 参ったな、と洩らした中嶋が苦笑を浮かべる。「先生は、怖いですね」「失敬な」「――でも、甘い」 今度は和彦が目を丸くする番だった。中嶋は目の前で涼しげに笑う。したたかなヤクザの素顔が覗いて見えるようだ。「今みたいな話を聞いたら、俺の頼みを断れないでしょう?」「頼みって……」「もう一度、秦さんを診察してください。一応、先生に言われた通りの手当ては続けていますが、不安なんです。もしこれで異変がないなら、もう無茶は言いません。だからあと一回だけ、お願いします」 テーブルに額を擦りつけるようにして中嶋が頭を下げる。その姿を見ながら和彦は、自分の迂闊さに歯噛みしたくなった。もう面倒事は嫌だと断りたいのに、中嶋が言った通り、断れない。打算だけではない中嶋と秦の奇妙な関係を知ると、和彦は非情に徹しきれないのだ。 聞こえよがしにため息をつき、ぼそりと答えた。「――……これが最後だからな」 和彦の返事に、中嶋が顔を上げる。このとき一瞬見せたのは、心底安堵したような表情
last updateLast Updated : 2025-12-07
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第8話(25)

** 夜、中嶋の部屋に向かう手順は前回と同じだ。二度目とはいえ、さすがにマンションの前からタクシーに乗り込むまでは、緊張のあまり指先が冷たくなって痺れていた。 しかも、いざ中嶋の部屋の前まできても、違う緊張感が和彦を襲う。 秦がまた、何か仕掛けてくるのではないか――。 それを予期していながら、こうして部屋を訪れるのは、まるで自分が何かを期待しているようで、嫌でたまらなかった。だが、中嶋と約束したため、いまさら引き返すわけにもいかない。 これが、和彦の甘さだろう。ヤクザにいいように利用されるとわかっていても、持って生まれた甘さは容易に捨てられないのだ。 合鍵を使ってドアを開けると、玄関に電気はついていたが、廊下やダイニングは暗かった。どうやら秦は眠っているようだと見当をつけ、和彦は気配を殺して靴を脱ぐ。 秦が使っている部屋を覗くと、こちらも電気は消えていたが、テレビはついていた。ただ、ベッドに秦の姿はない。「先生――」 突然、背後から声をかけられて、和彦は飛び上がりそうなほど驚く。慌てて振り返ると、やや前屈み気味の姿勢で秦が立っていた。「何、してるんだ……」 硬い声で和彦が問いかけると、秦は苦笑めいた表情を見せ、あごに手をやった。顔を殴られた跡はいくらかマシになったようだが、やはり端麗な顔立ちには不似合いだ。「洗面所でヒゲを剃っていたんですよ。中嶋の奴に、ひどい顔だと言われたんで。……ちょうどよかった。先生にみっともない姿を見られなくて済みましたね」「……殴られてズタボロになった姿を見ているんだ。いまさら何を見たって平気だ」 ベッドに戻るよう促すと、秦は素直に従う。ぎこちない動きでベッドに腰掛けた秦に対して、和彦は余計なことを言わず、無造作にパジャマの上着を脱がす。 一旦、コルセットを外して診察する。もっとも、診察とはいっても、折れた肋骨は安静にしていればひどいことにはならず、体中の打撲も、痛む部分は湿布を貼るしかない。日を置いて新たな症状が出ていないか、それが心配だったが、大丈夫そ
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第8話(26)

 秦は自分の切り札になるかもしれないと言いながら、普通の青年の顔をして野心をたっぷり抱えたヤクザは、本当はどんな気持ちで、この性質の悪い男の面倒を看ているのか。中嶋の気持ちを想像して、和彦の胸は不穏にざわつく。 愛欲に満ちた和彦自身の今の環境のせいもあるし、何より、秦という男の存在が鮮やかで艶かしく、謎に満ちているせいだ。 自分のような存在と、秦のような存在は、本来は近づくべきではないのだと、なぜかこの瞬間、甘さを伴った危機感が芽生えた。「先生?」 秦に呼ばれ、我に返る。何もなかったふりをして和彦は、コルセットと上着を押し付けた。「もう、ぼくが診る必要はないだろ。我慢できるなら出歩いてもかまわないが、無茶はするな。体中の派手な痣が消えたら、一度きちんとした病院で、レントゲンを撮ってもらうことだな」「その口ぶりだと、先生はもう診てくれないんですか?」 秦は、コルセットを傍らに置き、慎重な動きで上着を羽織る。「ぼくは、美容外科が専門だ。それに本来、あんたを診る義理もないしな。……中嶋くんの頼みで来ただけだ」「あいつは、先生を信頼しているうえに、それなりに扱い方も心得たようですからね」「彼にまで、甘いと言われたよ」 秦は小さく噴き出したが、それが胸に響いたらしく、次の瞬間には呻き声を洩らす。ささやかだが、和彦の溜飲を下げる。 念のため、治療に必要そうなものは最低限持ってきたのだが、一切使わなくて済んだ。和彦はバッグを手に立ち上がろうとする。「帰るんですか?」 秦からかけられた言葉に、反射的に鋭い視線を向ける。「用が済んだんだから、当たり前だ。こっちは自由に一人で動き回れる立場じゃないんだ。もし、得体の知れない男の元にいたなんて知られたら、どんな目に遭うかわからない」「――でも、手荒なことはされないでしょう。蛇みたいに冷酷で怖いことで有名な長嶺組長が、強引な手段で手に入れた〈オンナ〉を大事に可愛がっていると、部外者のわたしの耳にも入っているぐらいです。手荒なことなんてとんでもない。先生相手だと、せいぜい淫らなお仕置きでしょうね」 挑発されて
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第8話(27)

「ぼくを……、ぼくを振り回して、怒らせて、何が目的なんだ。言っておくが、君がこうして、のうのうと体を休めていられるのは、ぼくが長嶺組に何も報告していないことを忘れるな」「ええ、忘れていませんよ」「本当か? 長嶺組の力があれば、あんたを襲った人間のこともわかるかもしれない。そうなれば、あんたが選べばいい。長嶺組に引き渡されるか、自分を襲った人間たちに引き渡されるか。……選ぶ権利はやる。どちらに痛めつけられたいのか」 秦は真剣な顔となって、和彦が殴った頬を撫でる。単なるハッタリを言っただけで、秦の答えなど本気で求めていなかった和彦は、この隙にと立ち去ろうとしたが、すかさず秦に手首を掴まれた。「――先生にも、選ぶ権利をあげますよ」 手を振り払わなかった時点で、和彦は秦の話に引き込まれていた。「わたしにもう少しつき合ってくれるか、今この場で、わたしが長嶺組に連絡を入れるか。お宅の組長のオンナをお預かりしていますとでもいえば、長嶺組は大騒ぎでしょうね。今度ばかりは、先生の忠実な騎士もすぐに駆けつけるというわけにはいかないでしょう。先生がどこにいるのかわからないんですから」 和彦は、秦を睨みつける。一方の秦は、肋骨が折れて、体中が痣だらけだということを感じさせない艶っぽい笑みを浮かべ、掴んでいた和彦の手首を離す。「……目的はなんだ。ぼくを脅すということがどれだけ危険か、承知しているはずだ」「危険であると同時に、魅力的ですよ。先生は、総和会の中ですら絶対の発言力を持つ長嶺組に庇護され、大事に大事に扱われている。長嶺組長の単なるセックスパートナーじゃない。先生は、長嶺組にとってのビジネスパートナーでもある」「ぼく個人にはなんの力もない」「ありますよ。先生は自覚してないだけで。――総和会より怖いともいえる組織が、先生の守り神になっている。それは先生の力です」 この男は何を切り出してくるのかと、和彦は静かに身構える。「長嶺組の前組長は、今は総和会の会長ですが、その前組長と並ぶ切れ者ぶりで、さらに容赦ない性格だと言われているのが、現組長です。身内
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第8話(28)

「長嶺組長は警戒心が強く、慎重です。外部の人間は信用しないし、まず関わりを持たない。まともに話ができるのは、身内に引き入れてからだそうです。身内にすれば、自分の腹ひとつで生殺与奪が決められるから、と物騒な噂を聞いたことがありますが。わたしは、そんな長嶺組長――長嶺組を後ろ盾にして、商売がしたいんです」 中嶋だけでなく、秦も野心家だ。しかも、危険な野心を持っている。毒気にあてられたような眩暈を感じ、和彦は頭に手をやる。「……本人にそう訴えたらどうだ。中嶋くんのツテを頼れば、会うぐらいはできそうだろ」「総和会を通す気はないんです。わたしは長嶺組とサシで、ビジネスの話がしたい。それに、少々厄介な事情を抱えていて、まともに取り合ってもらえる可能性が低いんです」「だから、ぼくにどうにかしろと? 無理だ。ぼくは組の事情に首を突っ込む気はないし、自分のことで手一杯だ。力になるにしても、相手は選びたいしな」 手厳しい、と洩らして秦は肩をすくめる。しかし、落胆した様子はない。和彦が承諾するとは思っていなかったのだろう。 秦の今の話には、切迫感がないように感じた。事実を話していないようでもあり、和彦の反応をうかがうために、それらしい話をでっち上げたようでもある。とにかく、掴み所がない。「いままで適当に、あちこちの組とつき合いながら店を経営していたんなら、どうして今になって、長嶺組と近づく必要がある。……あんたの話は、何かおかしい」「先生は勘がいい」 そう言ったきり秦は口を噤み、ただ柔らかな眼差しで和彦を見つめてくる。一分はその時間に耐えられた和彦だが、秦はもう続きを話す気がないのだと悟ると、ため息をついた。「話がそれだけなら、ぼくは帰る。――今聞いたことは、全部忘れる。それだけじゃなく、この部屋であったことも」「残念ですね。わたしはむしろ、先生との間にあったことを忘れられないよう、心と体に刻みつけておきたいんですが」 そう言って秦が片手を差し出してくる。和彦が軽く目を見開くと、秦は美貌を際立たせるような艶っぽい笑みを浮かべた。「円満にこの場で別れられるよう、また秘密を持ち
last updateLast Updated : 2025-12-08
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