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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 301 - Chapter 310

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第9話(2)

「そう、悲壮な顔をするな。何もこれから、先生の浮気を咎めて折檻するってわけじゃないんだ」 賢吾の口から出た『浮気』という言葉に、意識しないまま和彦の顔は熱くなってくる。そうではないと抗弁したくもあったが、どう説明すればいいのか、よくわからない。 和彦は、抱えた秘密をすべて三田村に打ち明けた。忠実な犬である三田村は、命令通り賢吾に、和彦の言葉を一言一句正確に伝えただろう。もちろんそのことで、三田村を責める気持ちは微塵もなかった。和彦のために、厄介で面倒な仕事を請け負ってくれたのだ。感謝すると同時に、申し訳なさを覚える。 唇を噛む和彦に、賢吾はゾッとするほど優しい声で言った。「冗談だ。秘密を抱えたぐらいで、俺の前でビクビクする先生が、乗り気で浮気をしたなんて思っちゃいない。三田村が理路整然と説明してくれたからな。先生の状況はきちんと把握したつもりだ」「でも……」「酒を飲んでひっくり返った先生を、ここに運び込ませたときに、酒以外のものも飲まされていると薄々気づいていた。だとしたら、あの男に何かあると考えるのも当然だろ。さて、だとしたら秦の目的は――と思っているところに、今回のことだ。先生を通じて、俺と関わりを持つことだとわかったが、行儀はよくねーな。俺の大事なオンナに怪しい薬を飲ませて、乱暴しようとするなんざ」 意味ありげな視線を寄越された和彦は、自分がどんな状況にあるか一瞬忘れて、思わず睨みつけてしまう。 この世の中で、秦の行動をもっとも責められないのは、賢吾だ。和彦を動けなくして拉致した挙げ句、三田村を使って暴行紛いのことをしたのだ。あのときの恐怖はまだ忘れられず、いまだに夢に見て目が覚めることがある。「ただ、先生も無防備すぎる。そういうことをした男のところに、一人でのこのこと出かけるなんてな。また手を出してくださいと、言ってるようなものだ。それとも、出してもらいたかったのか?」 違う、と口中で呟いた和彦は、秦と一緒にいたときの自分の心理を懸命に頭の中で整理する。生まれながらのヤクザともいえる男に、つい数か月前まで堅気だった人間の〈恐れ〉を伝えられる自信は、あまりなかった。「…&hellip
last updateLast Updated : 2025-12-12
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第9話(3)

 口元に笑みを浮かべながらも、賢吾の表情から静かな凶暴さがちらりと覗く。大蛇が巨体をしならせたような迫力を感じ、和彦は身を強張らせる。それでも口だけは必死に動かした。「それを自分の力だと錯覚しそうで、怖いんだ。あんたに頼むだけで、自分に都合がいいように物事が進んで、片付いて……。そうすることに慣れていったら、ぼくはあんたと同じ、ヤクザだ」「正確には、ヤクザのオンナだ。ヤクザに媚びて、尻を振って、自分の望みを叶える。オンナの特権だぜ」 賢吾は、わざと和彦を挑発する言い方をしている。ここで反論しても話が進まないと思い、大きく息を吐き出してなんとか気持ちを落ち着ける。「そう、なりたくないんだ……。ヤクザに近い存在になりたくない。なのに、鷹津という刑事から、ヤクザから引き離してやると言われたとき、即答できなかった」「秦と危うく寝そうになり、鷹津からは、ヤクザから救い出してやると唆されて――。モテモテだな、先生」「原因は、あんただ」 和彦が断言すると、賢吾の目に冷たい光が宿る。「秦も鷹津も、ぼくを利用して、長嶺組組長に近づこうとしていた」「そうしようと思ったのは、相手が先生だからだろうな。なんといっても先生は、美味そうだ。いろんな意味で」 言い訳したかったわけではないが、自分は何かまだ言い忘れていないだろうかと、和彦は考える。三田村が報告をして、こうして和彦自らも説明しているが、それでも不安になるのは、少しでも自分の状況を有利にしようとする無意識の計算が働いているのかもしれない。 自分のそんなズルさに嫌気が差し、和彦は肩を落とす。「……最初に正直に話さなかったぼくが、事態を複雑にした。自業自得だ」「正直に話せなかったのは、罪悪感と保身のせいだけじゃないだろ。――秦にされたことが、恥ずかしかったのか?」 賢吾に指摘された途端、和彦は激しくうろたえる。そんな和彦を見て、賢吾は楽しげに声を洩らして笑った。「俺は、先生のズルさと、下手なヤクザより肝が据わったところが、愛しくてたまらないんだ。もちろん、色男の顔をして、ど
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第9話(4)

** 和彦は両手首を後ろ手に縛られたうえ、目隠しまでされた裸の姿で、もう数十分以上、敷布団の上に転がされていた。 こうしていると、初めて長嶺組と関わりを持つこととなった出来事を思い出す。辱めを受けたときのことだ。 あのときはただ怖く、死の恐怖すらも味わった。だが今は、怖くはあるのだが、命の危険は感じていない。むしろ強烈なのは、羞恥と高揚感だ。賢吾は、手酷く痛めつけてくることはしないだろうが、容赦ない快楽を与えてくることは十分考えられるためだ。 血流を止められるほどではないが、布が手首に食い込み、少し痛い。和彦は身じろぎ、不自由な格好ながらもなんとか体の向きを変えようとする。 このとき前触れもなく、廊下に面した障子が開いた音がした。それだけでなく、人が入ってくる気配も。一人ではなかった。耳を澄まそうとしたが、音を聞き取る前に、誰かの手に肩を掴まれて仰向けにされる。体の下に敷き込んだ両手首が痛み、和彦は小さく呻き声を洩らした。「んうっ」 いきなり唇を塞がれ、口腔に熱い舌が侵入してくる。慣れ親しんだ傲慢な口づけは、賢吾から与えられているものだ。 意図がわからないながらも、和彦がおずおずと口づけに応えていると、今度は両足を左右に開かれ、敏感なものを掴まれて手荒く扱かれ始める。強い刺激に声を上げようとしたが、しっかり唇を塞がれているため、それができない。 下肢への愛撫は性急だ。扱かれていたかと思うと、感じやすい先端をきつく擦り上げられたあと、柔らかく湿った感触にくすぐられる。それが舌だとわかったとき、和彦はビクビクと腰を震わせ、両足を敷布団の上で突っ張らせた。「んっ、んっ……」 先端を吸われてから、燃えそうなほど熱い部分に包み込まれて締め付けられる。和彦のものは、誰かの口腔に含まれていた。さらには、胸の突起にチクリと痛みが走り、やはり熱く濡れた感触が押し当てられる。 
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第9話(5)

 何も見えなくても、三人の人間の唇が、同時に自分を貪っていることは認識できた。和彦は動揺しながらも、羞恥する。普通ならありえない状況に、自分の頭がどうにかなってしまったのかと思ったぐらいだ。だがその間も、三人の人間は和彦の体を味わっている。 大きく左右に開かされた両足の間で、誰かが湿った音を立てながら、和彦のものを口腔で愛撫している。そして、内腿を這い回るごつごつとした手の感触があり、胸の突起の片方を執拗に弄る指先を認識すると、髪を撫でる感触にも意識が向く。 賢吾と千尋と三田村が自分に触れているのだと、和彦は思った。入り乱れる愛撫に、それが誰の手であり唇なのか、確定することは無理だが、それでも、和彦に触れられるのはこの三人しかいない。「――安心しろ。大事な先生を痛めつけるようなことはしない」 ようやく唇が離され、驚くほど側でバリトンが囁いてくる。やはり、口づけの相手は賢吾だったのだ。「なんの、つもりだ……」 和彦は震える声で問いかける。怖いのではない。絶えず与えられる快感のため、どうしても普通の声音で話せないのだ。こうしている間にも、誰かに胸の突起を甘噛みされ、すでに反応してしまった欲望を舐め上げられている。そのうえ、戯れのように柔らかな膨らみも撫でられていた。「お仕置きだ。男は怖いんだと、先生にきっちりと教え込んでおかないと、危なっかしくていけねー」 賢吾を睨みつけたいところだが、肝心の両目は目隠しで覆われたままで、姿を捉えることすらできない。「……ぼくだって、男だ……」 乱れる息の下、なんとか言葉を紡ぐと、賢吾が短く声を洩らして笑う。「お前は、俺の――俺たちのオンナだろ」 ここでまた賢吾に濃厚な口づけを与えられ、同時に、和彦のものは誰かの口腔深くに呑み込まれ、締め付けられる。 体中に手が這い回り、撫でられていた。周囲で人が動く気配がして、それが和彦の感覚を混乱させ、まるで複数の人間が自分を取り巻いているような錯覚すらしてくる。もしかすると、錯覚のほうが、正しい感覚なのではないかとすら思えてくる。 一体、何人の
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第9話(6)

「男に対して無防備すぎる先生に、その男の怖さを体に叩き込んでやる。もちろん、痛みが苦手な先生に配慮して。……〈初めて〉相手をする男にも愛想よくしろよ。そうすれば、たっぷり可愛がってくれる」 和彦は小さな悲鳴を上げて身を捩ろうとする。しかし、容赦なく男たちの手に押さえつけられ、両足を抱え上げられて膝裏を掴まれていた。秘められた部分を晒す格好を取らされたことに、苦痛に近い羞恥を味わうが、賢吾はさらに和彦を追い詰めてくる。「いつものように、いい声で鳴いて、悶えろよ、先生。みんな、期待して見ているんだから。長嶺組長のオンナは、どれだけいやらしいかと」 そんな言葉のあと、秘裂に冷たい液体が伝う感触があった。辱められたときと同じような状況だと考えると、おそらくローションだろう。 滑った指に内奥を犯され、和彦は声を洩らす。萎えることのない欲望を手荒く扱かれながら、胸の突起を痛いほど強く吸い上げられたかと思うと、もう片方の突起は焦らすように舌先でくすぐられる。たまらず息を喘がせた途端、待っていたように唇を塞がれた。 顔を背けようとしたが、しっかりとあごを押さえられて動けない。口腔を熱い舌でまさぐられ、唾液を流し込まれる。 この瞬間、和彦の体に変化が起こる。否応なく快感を与えられ、生理現象として反応しているだけだったのに、ここまで堪えていた官能が溢れ出し、和彦自身の貪欲さが、自ら快感を貪ろうとしていた。 内奥から指が出し入れされると、無意識に腰が揺れる。反り返って震えるものを舐められると、ビクッ、ビクッと間欠的に体が震える。痛いほど硬く凝った胸の突起を、左右同時に弄られると、不自由な格好のまま背をしならせる。巧みに蠢く舌に丹念に口腔をまさぐられると、その舌に自分の舌を絡みつかせる。 快感で何も考えられなくなった頃を見計らったように、和彦の唇を啄ばみながら賢吾が言った。「火がついたみたいだな。今なら、知らない男のものでも、美味そうに尻に咥え込めるだろ」 目隠しの下、目を見開いた和彦は懸命に訴える。「嫌、だ……。知らない男なんて、そんな――」「よく知りもしない秦のものは、咥え込もうとし
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第9話(7)

 和彦が喉を反らして呻き声を洩らすと、唇を割り開くようにして指を含まされ、舌を刺激される。 ヌチュッと湿った音を立てて、内奥深くに逞しいものを呑み込まされていた。重々しく突き上げられて和彦の体を駆け抜けたのは、嫌悪感ではなく、爪先から頭の先まで駆け抜けるような肉の悦びだった。口腔から指が引き抜かれ、声が抑えられない。「あっ、あっ、やめ、ろ――……。こんなの、嫌だ……」「体は嫌がってない。尻に入れられた途端、涎の量が増えたぜ、先生。知らない男のものだとは言っても、具合のいい道具だと思えば、抵抗は少ないだろ。それにこの道具は、先生の好きな熱い液体を、尻の奥にたっぷり出してくれるぜ」 賢吾の指摘を受けたように、反り返ったものの先端を撫でられる。悦びのしずくを滴らせているのかヌルヌルとした感触を認識し、和彦は体を波打たせる。「いやらしい体だ」 笑いを含んだ声で賢吾が言い、唇を軽く吸われる。その間も、内奥を果敢に突き上げられ、繊細な襞と粘膜は蹂躙されながらも、快感を知らせてくる。誰とも知れない男の欲望を、狂おしいほど締め付けていた。「んあっ、はあっ、あっ、ああっ――」 自分ではどうすることもできず、突き上げられながら欲望を扱かれ、和彦は絶頂に達する。自ら放った精で下腹部を濡らしていた。そして内奥深くでは、力強く脈打った男のものが、賢吾が言ったとおり、熱い精を遠慮なく迸らせる。「あうっ、うっ」 気を失いそうなほどの快美さに、和彦は今の状況も忘れて恍惚としてしまう。 すぐに男のものは引き抜かれ、今度はうつぶせの姿勢を取らされて腰を抱え上げられる。新たに、硬く張り詰めた欲望を含まされた。「くうっ……ん」 拒絶の声を上げたかったのに、和彦の唇から発せられたのは、鼻にかかった甘い声だった。 すぐに男は腰を使い始め、力強い律動を内奥で刻む。乱暴に双丘を鷲掴まれ、限界まで押し開かれると、先に注がれた精をはしたなく滴らせながら、出し入れされる男のものを締め付ける。「あっ、あっ、うあっ……」
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第9話(8)

 放埓に悦びの声を上げて感じる和彦に対して、男たちは容赦なく快感という責め苦を与えてきた。強弱をつけた愛撫と律動が間断なく和彦を襲い、精を搾り取られる。 そしてその代わりのように、熱い精を内奥に注ぎ込んでくれるのだ。 いつの間にか、賢吾は話しかけてこなくなっていた。そのため、周囲で男たちに動かれると、どこに賢吾がいるのかわからなくなる。知らない男たちの中に放り込まれているのだとしたら、和彦にとって頼るべき相手は賢吾しかいないのだ。「賢吾、さん……」 不安になって思わず呼びかけると、返事がないまま、布団に横たえた体に誰かがのしかかり、片足だけを大きく押し上げられる。有無を言わさず、熱く逞しい欲望が内奥に挿入されてきた。** 手首を縛める布と目隠しがようやく取られたとき、部屋には和彦と賢吾しかいなかった。 別に悲しくはないのだが、目から涙がこぼれ落ちると、和彦の傍らに座って髪を撫でていた賢吾が当然のように指先で拭ってくれる。「どこか痛むところはないか?」 問いかけられ、反射的に頷いてしまう。実際、和彦は体のどこも痛めていない。ただ快感を与えられ、男の精を与えられ、よがり狂っただけだった。自分がそうなった理由は、わかっていた。そのせいで下肢が痺れたようになり、思うように力が入らないのは、仕方ないだろう。 ついさきほどまで和彦を抱いていたのは、千尋と三田村、それに賢吾だ。 誰よりも和彦の体の扱い方を心得た男たちは、和彦に対して、決して手荒なことはしない。 混乱している最中は、知らない男たちに体を自由にされていると思い込んでいたが、何度となく快感の波に翻弄されているうちに、体はそれぞれの男たちの愛し方を思い出した。 だからといって安堵できたわけではなく、一度に三人の男たちから快感を与えられ、求められる状況に、異常な興奮と羞恥、抵抗を覚えていた。「怖かったか?」 再び賢吾に問いかけられ、和彦は少し考えてから頷く。「……最初は、怖くてたまらなかった。体をバラバラにされるかと思った」「俺がそんなこ
last updateLast Updated : 2025-12-14
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第9話(9)

「俺に捨てられたくない、というふうに聞こえるな、その言葉は」「耳がおかしいんじゃないか」 減らず口、と呟いた賢吾が、少し手荒に和彦の髪を掻き乱す。「――俺は、先生を捨てるつもりも、気に障ったからといって傷つけるつもりもない。ヤクザは手品師じゃないからな、簡単に死体をパッと消せるってわけじゃないんだ。死体の始末は、おそろしく手間と時間がかかる」 よく考えてみれば怖い発言なのだが、なぜだかこのとき、和彦は込み上げる笑いを堪えられなかった。 くくっ、と声を洩らして笑うと、賢吾も目元を和らげる。「俺は先生を汚したくない。俺の知らない男が先生に触れるなんて、我慢できないんだ。先生に触れていいのは、俺か、俺が許可した男だけだ。今は、千尋と三田村だけだな」 身を屈めた賢吾に柔らかく唇を吸い上げられ、和彦もゆっくりと応じる。さきほどまで三人で和彦の体を貪ってきながら、和彦の唇に触れてきたのは賢吾だけだ。見ていたわけではないが、これも確信していた。「先生は、厄介なぐらい、性質が悪い男を引き寄せる。そこが、刺激的で魅力的でもあるんだがな。だが、自分の立場をしっかりと頭と体に叩き込んでおけ。――お前は、長嶺賢吾のオンナだってことを」 柔らかく唇を吸われたあと、甘噛み程度に歯を立てられる。「先生のみっともないところも、恥ずかしいところも、全部見てやった。だから遠慮はするな。俺は先生をオンナにした。その見返りに、先生は俺に〈力〉を要求できる。それだけのことだ。困ったことがあれば俺や組を頼ればいい。もちろんその中には、千尋や三田村も含まれている。みんな、大事な先生のために、張りきって働いてくれるぜ」 これはヤクザの手口だと、和彦の頭の片隅で声がする。甘い言葉で人を翻弄して、操ってしまうのだ。現にもう和彦は、そのヤクザの手口にまんまと乗せられている。 これ以上、この男たちに関わってしまったら――。「……秦とのことは、浮気じゃないからな」 賢吾の頬を撫でながら、和彦は念を押すように囁く。目の前で賢吾はニヤリと笑い、同時に、賢吾の中にいる大蛇がチロリと舌を覗かせたようだった。「あの男は、俺
last updateLast Updated : 2025-12-14
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第9話(10)

**** 受付用のカウンターデスクやキャビネットが運び込まれただけで、クリニックの待合室らしくなってきたなと、腕組みしながら和彦は思う。そんな和彦の傍らを、診察室に置くデスクを抱えた業者が通り過ぎていく。 医療機器の搬入はまだ先だが、ひとまず家具や備品だけは、運び込んでもらうことにした。できることなら、早いうちに人が過ごせる環境を整え、ここで書類仕事などをしたいと考えているのだ。そうすれば、いざ開業してから使い勝手が悪いと不満を洩らすこともないはずだ。 来週は、クリニックに置く家電製品を買いに行く予定で、買い物好きの和彦としては楽しみにしている。当然のように千尋もつき合ってくれることになっており、すでにもう、家電量販店巡りをメインとしたデートプランは出来上っているそうだ。 エレベーターホールから待合室まで通じる廊下の窓には、カーテンレールの取り付け工事が行われていた。カーテンがいいかブラインドがいいかずっと迷っていたのだが、改装工事が終わった待合室の雰囲気を見て、ようやくカーテンに決めたのだ。 工事が終わったあとは、他の部屋に取りつけるブラインドとロールスクリーンの採寸をしてもらうことになっている。 インテリアについては、秦が頼れなくなったため、結局、和彦が乏しいセンスを駆使して家具を選んだ。小物などについては、開業までの間にゆっくりと選ぶつもりだが、買い物仲間ともいえる千尋を密かに頼りにしている。 置かれたばかりのソファに腰を下ろした和彦は、ほっと息を吐き出して背もたれに体を預ける。 ヤクザと関わりを持ってから慌ただしい生活を送っているが、ここ最近は、身近にいる男たちの思惑もあって、精神的な重圧まで加わっている。 クリニックが無事に開業できるまで、自分の体はもつのだろうかと、和彦はふと考えたりもするのだ。いまさら、この生活を投げ出すこともできないのだが――。 このまま座り続けていると、しっかり寛いでしまいそうな気がして、和彦がソファから立ち上がろうとしたとき、ポケットの中で携帯電話が鳴った。電話に出ると、ビルの外で待機している組員からだ。
last updateLast Updated : 2025-12-14
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第9話(11)

『先生、鷹津が来ました』 和彦は表情を変えないまま、静かに息を吸った。 鷹津がなんの行動も起こさないとは思っていなかったが、やはり動揺してしまう。それでも、前回顔を合わせたときとは違う。和彦にはもう、鷹津に対して弱みとなる秘密は持っておらず、怯える必要はないのだ。『クリニックに向かうんだと思います。今から俺たちも上がります、先生は非常階段から――』「いや、動かなくていい。刑事相手なら、下手をするとあんたたちのほうが危ない。ここはぼく一人じゃないから、手荒なことはしないだろう」 人間性はともかく、鷹津は刑事という肩書きを持っている。それは強みではある反面、鷹津にとっては足枷ともなっている――はずだ。 しきりに心配する組員をなんとか言い含めて電話を切ったのと、背後から声をかけられたのは、ほぼ同時だった。 肩を震わせた和彦は、携帯電話を握り締めたまま振り返る。連絡を受けた通り、鷹津が立っていた。家具を運び込むため、クリニックの出入り口のドアを開けたままにしておいたのだが、図々しく待合室まで入り込んできたのだ。 鋭い視線を向ける和彦を、鷹津は不愉快そうに見つめてくる。和彦の存在に思うところがあるのかもしれないし、単に、外の陽射しの強さに辟易した気分を引きずっているのかもしれない。 今日は無精ひげを剃ってあるあごを撫でながら、ようやく鷹津が口を開いた。「ヤクザのオンナが、ここで何を始める気だ」 周囲に聞こえそうな声で言われ、和彦は咄嗟に、テーブルの上に置いてあったタオルを掴み、鷹津に投げつけた。一応、無礼な男に当たりはしたが、悠然と受け止められた。和彦は立ち上がり、鷹津を睨みつける。「……なんの用だ」「この辺りで、よく長嶺組の人間がちょろちょろしていると、所轄の人間から聞いた。どうやら、ヤクザのオンナの護衛目的のようだが、さて、そのヤクザのオンナはここで何をしているのか、という話だ」 嫌な男だと、心底思う。『ヤクザのオンナ』というのは事実だが、鷹津に言われるたびに、どうしようもなく不愉快な気持ちになる。それを狙って、鷹津は連呼するのだ。しかも、他人の耳があるところで。
last updateLast Updated : 2025-12-14
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