憎しみと愛~共犯者と綺麗になった私の七年越しの復讐計画~의 모든 챕터: 챕터 71 - 챕터 80

97 챕터

第71話 理由のはっきりしない違和感

「……朝から、にぎやかね」 落ち着いた声。 振り返ると、ミレイユが立っていた。 状況を一目で把握したように、視線が会場をなぞる。「トラブル?」「小さいのが、いくつか」 私が答えると、ミレイユは肩をすくめた。「そう。 でも——致命的じゃない」 その言葉に、わずかに背中の力が抜ける。 彼女は、クレアとルカの方を一度だけ見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。「ええ。 条件は、もう揃ってる」「……わかっていると思うけど」 そう前置きして、ミレイユは会場を一巡させる。「このコンテストでは、ブース展示と実演の両方を見るわ」「完成度だけじゃない。 その場で、どう判断するかも含めてね」 その目が、告げているようだった。 ——ここまでは、問題ない。 開場まで、あと十分。 偶然も、妨害も、基準も、 すべてが、この場所に集まっている。 ——逃げ道は、もうなかった。*** 会場全体に、低く澄んだ音が響いた。「——メサージュ・ダム・エ・ムッシュー」 天井のスピーカーから流れる、落ち着いたフランス語。 ざわめきがすっと引き、足音が揃う。「《ルミエール・ガトー展示会》、本日の一般公開を開始いたします」「出展者の皆さまは、所定の位置で待機してください」 そのアナウンスを合図に、空気が切り替わった。 名刺交換は途切れ、笑顔は奥へ引っ込み、視線だけが、鋭くなる。 評価が始まる。 私は無意識に背筋を伸ばした。(……来た) もう、準備の時間じゃない。 調整も、言い訳も、ここまで。 ここから先は—— 見られる側だ。 隣で、晴紀が静かに息を吐く。 白衣の袖を整える指先は、不思議なくらい落ち着いていた。 クレアのブースに、人が集まり始める。 少し離れた場所では、ルカが無言で立っている。 それぞれが、それぞれの戦場に立つ。 私は、心の中でだけ言った。(やろう) 清晴堂の名前を、この場に刻むために。*** 評価が、静かに始まっていた。 開場と同時に押し寄せる、というほどじゃない。 でも、足を止める人がいる。 通り過ぎずに、戻ってくる人がいる。「……あ、これ」「SNSで見ました」 低い声。 確かめるような視線。 以前、話題になった映像。 断面。 構造。 「完成させない菓子」という言葉。 それを覚えて
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第72話 展示会で、妻は他の男を支援した

 また、視線を感じた。 ちくりと胸に引っかかる。 好意じゃない。 明確な、敵意。 顔を上げると、 少し離れたブースにいるルカと、目が合う。 隣にはいずみ。 偶然だと思って、視線を外す。 でも—— 少しして、また合った。(……さっきから、何度も) 理由は分からない。「……まただな」 晴紀が、低く言った。 手は動かしたまま。 でも、声にだけ苛立ちが混じっている。「なんだ、あいつ。 さっきから」 その言葉で、 私もはっきり意識してしまう。 ——確かに、おかしい。 そのとき。「……ああ」 Dが、小さく息を吐いた。 誰に向けるでもなく、 会場の奥を見たまま。「分かったわ」 私たちの方を振り返らないまま、続ける。「彼女が、ルカの隣にいる理由」 晴紀と私が、同時にDを見る。 Dは黙ったまま、スマートフォンを差し出した。 表示されているのは、業界向けの速報。《神園家、世界的に注目されるパティシエ ルカ・ベルナールへの支援を正式発表》 ——展示会直前。 晴紀が、はっきりと息を飲むのが分かった。「……設営の妨害だけじゃなく」 低く、噛みしめるような声。「最初から、直接ぶつけに来てたってことか」 視線が、ルカのいる方向へ向く。「……どれだけ、うちを潰したいんだ」 晴紀が、一歩踏み出した。 躊躇はなかった。 止めるための言葉が、私の喉に引っかかるより早く。「……晴紀」 呼んだ声は、届かなかった。 白衣の裾が揺れる。 一直線に、ルカのいる方へ向かっていく。 周囲の視線が、わずかにざわつく。 展示会場で、感情が動く気配は目立つ。 ルカは、それに気づいていた。 でも、避けなかった。 歩み寄ってきた晴紀を見て、 ほんの少しだけ、顎を上げる。「何か?」 声は低く、静かだった。 挑発も、防御もない。 ただ、真正面から受け止める構え。「……ふざけるな」 晴紀の声が、抑えきれずに滲む。「展示会の直前に、支援を切り替えて。 設営にまで手を回して」 一歩、距離が詰まる。「勝負する気があるなら、正面から来いよ」 ルカは、少しだけ目を細めた。 怒りを隠そうともしない目。 正しさを疑わない姿勢。 いずみは、隣に立っている。 視線は下がったまま。 何も言わない。 ルカは、静かに口
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第73話 その人は「いい男になったわね」と苦笑した

 午後に入り、実演が始まった。 全ブースの参加者が、順に実演台に立つ。 実演は、決められた時間内で行われる。 その場の判断、手順、完成までの流れすべてが評価対象だ。 ——ここでの一手が、順位に直結する。 最初に前に立ったのは、クレアだった。 動きは無駄がなく、迷いもない。 素材も、温度も、工程も、すべてが予定通りに進む。 驚きはない。 けれど、崩れもしない。 ——完成度が高い、という評価が、そのまま空気になる。 拍手は控えめだった。 それで十分だ、と誰もが思っている。 続いて、ルカ。 彼の実演は、クレアよりもさらに静かだった。 手順は少ない。 説明も最小限。 だが、ひとつひとつの動きに、意思がある。 これが正解だと、最初から決めている人間の所作。 周囲は息を潜める。 技術を見るというより、宣言を聞かされている感覚に近い。 ——勝ちに来ている。 その空気だけを、はっきり残して、ルカは下がった。 間を置かず、係員の声が響く。「——次は、清晴堂さま。実演の準備をお願いします」 一瞬だけ、胸の奥がきゅっと縮む。(……この順番で、来るんだ) さっきまでの視線。 因縁。 スマートフォンを構えた人影。 すべてが、まだ残っている。 実演台へ向かう前、晴紀が、ふっとこちらを見た。「大丈夫だよ」 言い切りだった。 確認でも、祈りでもない。 一瞬だけ、目が合う。 ——こんな表情、する人だったんだ。 そう思った瞬間、 胸の奥が揺れた。 理由を考える前に、視線を落とした。 そのとき、隣から気配が動く。 Dが、こちらを見ていた。 口元に、ほんの小さな苦笑。 何も言わない。 でも——全部、分かっている顔だった。 実演が終わった。 香りは静かに残り、 評価者たちは、皿ではなく、晴紀の手元を見ていた。 質疑応答に移る。「一点、よろしいですか」 最初に口を開いたのは、 年配の男性だった。 Dが資金側だと言っていた人物。「この菓子の構造ですが……」 視線が、完成品から晴紀へ移る。「かなり柔軟ですね。 原価変動を前提にしている」 一拍。「ただ、その分、量産時の資金負担は大きいはずだ」 空気が、少し張る。「御社の現在の財務体質で、この菓子を量産することは、本当に可能ですか?」 ——正面
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第74話 かろうじて息をした翌日、地下にはエンジンの冷えきった車だけが残っていた

 展示も実演も終わり、残ったのは発表を待つ時間だけだった。  照明が、ゆっくりと落ちる。  一斉に、会場のざわめきが沈んだ。  音が吸われたみたいに、空気だけが重く残る。  スクリーンに、静かな光。  これは順位の続きじゃない。  ——結果を、決める発表だ。  司会者の声が、少しだけ低くなる。 「ここからは、本展示会の結論となる発表です。  最も市場と未来を動かす一皿」  はっきり、言い切る。 「本年の《ルミエール・ガトー展示会》を象徴する——  結果を決める一皿です」  胸の奥が、ぎゅっと縮む。 (……来る)  これはただの評価じゃない。  融資。契約。生き残るかどうか。  全部が、この先にある。 「まず、順位の発表を行います」  淡々とした声。  隣を見る。  晴紀は前を向いたまま。  背筋はまっすぐ。  でも——呼吸が、ほんの少し浅い。 (……来る) 「第三位——《メゾン・ヴァレ》」  拍手が収まると、会場に短い空白が落ちた。  音が吸われたみたいに、空気だけが重く残る。  知らない名前じゃない。  堅実で、評価が安定している老舗。  落としどころ。  拍手は、控えめで、でも確実だった。  私は、喉がひくりと鳴るのを感じた。 (……3位に、入らなかった)  ここで名前が呼ばれない、ということ。  それは——  もう、残りは二つしかない。  晴紀の指先が、白衣の裾を掴む。  ぎゅっと、一瞬だけ。 「続いて——第二位」  心臓が、耳の裏で鳴る。 「ルカ・ベルナール」  拍手が、はっきりと広がった。  評価の音。  迷いのない拍手。  ルカは、静かに一礼する。  当然の結果だと知っている歩き方。  その背中を見た瞬間、胸の奥が、すうっと冷えた。 (……終わった)  頭の中で、言葉がはっきり形になる。  一位が取れなければ。  融資。  条件。 「話にならない」という現実。  視界の端で、晴紀が息を吐いた。  深く、ゆっくり。  でも、それは落ち着きじゃない。  覚悟を飲み込む音だった。 「——第一位」  司会者が、カードを持つ手を上げる。  会場全体が、息を止める。 「クレア・モンルージュ」  一瞬遅れて、拍手が弾けた。  納得。  賞賛
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第75話 消えた人は、まだ名前を呼ばれない

 展示会当日の深夜。  ホテルの部屋は、静かだった。  照明は落としている。  窓の外には、まだパリの夜が残っている。  晴紀は、スマートフォンを見下ろした。  発信。  ——呼び出し音。  出ない。  もう一度、発信。  同じ音が、空しく続く。  留守番電話に切り替わる前に、通話を切った。  胸の奥で、嫌なものがゆっくり形になる。  そのときだった。  着信。  日本の番号。  表示された名前を見て、指が止まる。 「……佐野?」  清晴堂・経営企画室の課長。  悠斗の部下だ。  通話に出た瞬間、向こうの声が少しだけ震えた。 『悠斗さんが、出社していません。  駐車場に、車が残ったままで……』  晴紀の視線が、ふとテーブルの一点で止まる。  ほんの数秒。  そこには、何もない。 「警察に届けてくれ」  一拍も置かずに、言う。 「間違いなら、それでいい」  電話の向こうで、息を呑む気配。 『……分かりました』 「それと」  晴紀は、視線を落としたまま続けた。 「経理の坂東は?」 『え……少し、お待ちください』  保留音。  短い沈黙。 『……坂東さんですが。  数日前から、休みを取っています』  その一言で、胸の奥が冷え切った。 ***  パリの朝は、驚くほど穏やかだった。  ホテルのダイニングには、まだ人が少ない。  白いテーブルクロスに朝の光が落ちて、パンの焼ける香りと、コーヒーの苦い匂いが、静かに混ざり合っている。  私は窓際の席に座って、ようやく深く息をついた。  ——ここに来てから、こんなふうに朝食を取るのは、初めてかもしれない。  展示会の準備。  打ち合わせ。  想定外のトラブル。  毎朝、何かに追われるみたいにホテルを出て、  コーヒーは紙カップ、パンは片手でかじるだけだった。  でも今日は、違う。  融資の話は、前に進んでいる。  結果も、悪くない。  少なくとも、「全部が終わる」朝じゃない。  そう思えたからこそ、  私は、ちゃんと席に座って、  クロワッサンを割り、湯気の立つカップを両手で包んでいた。  外では、パリの街がゆっくり目を覚ましている。  石畳を踏む足音。  角を曲がる配達車。  テラスを拭くカフェの店員。  誰
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第76話 キスされるかと思ったけど、されなかった

 ミレイユは、話を最後まで聞いてから、静かに息を吐いた。 「……家庭の事情があるのは、分かったわ」  声は柔らかい。  だが、同情で終わらせる気はない目だった。 「心配でしょうし、帰りたい気持ちも当然よ」  少し視線を落としてから、続ける。 「でも、契約は契約。  展示会後のインタビューと、プロモーション。  これだけは、必ず出てもらわないと困る」  晴紀は、何も言わずに聞いている。 「特別賞を取った。  今、清晴堂は選ばれた会社として見られているの」  テーブルの上の資料を、指先で軽く叩く。 「ここで姿を消せば、理由がある会社に変わる。  市場は、そこを一番嫌うわ」  視線が、まっすぐ晴紀に向く。 「今日と明日。  最低限の露出と挨拶。  それを終えてから帰国するか」  少しだけ、声を落とす。 「すべてを投げて、今すぐ帰るか」  選択肢は二つしかなかった。  私は、思わず晴紀を見る。  彼の表情は、動かない。  迷っていない。  ——迷う時間すら、許されていない顔だった。 「……分かりました」  短く、はっきり言う。 「やるべきことは、やります」  ミレイユは、ほんのわずかに目を細めた。 「それでこそよ」  感情は混ぜない。  けれど、突き放してもいない。 「終わらせてから、帰りなさい。  会社としても、人としても」  その言葉で、晴紀が背負うものの重さが、はっきり形になった。 ***  ヴァロアのロビーは、朝の光がきれいだった。  ガラス越しに差し込む日差しが、石の床に淡く広がっている。  晴紀は、別室で契約の協議に入っている。  私は、ソファに腰掛け、コーヒーカップを両手で包んでいた。  カップの縁から立ち上る湯気。 (……晴紀は、うまくやってるかな)  展示会が終わり、融資の話も現実味を帯びて。  ここ数日、立ち止まる余裕すらなかったことに、今さら気づく。  でも、まだ終わっていない。  そのときだった。 「不安?」  低い声だった。  振り向くと、Dが立っている。  コートはもう肩に掛けてある。  ここに長く留まるつもりはないと分かる姿。 「……ええ」  否定しなかった。  今は、それがいちばん正しい答えだった。  Dは、小さく頷く。 「でしょ
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第77話 「少し、話がある」――その一言で、火ぶたは切られた

 ヴァロア本社の会議室。  晴紀は、契約書にもう一度だけ目を通す。  数字は問題ない。  条件も、法務には事前に確認してもらっている。  不利な契約じゃない。  ただ—— (語られ方、か)  清晴堂という名前が、これからどう紹介されるか。  どんな文脈で、どんな言葉を選ばれるか。  その主導権は、こちらにない。 「プロモーションは、こちらで設計する。  世界に出す以上、統一感が必要だから」  ミレイユの言葉が、静かに響く。  正しい。  商業的には、間違っていない。  その瞬間、朱音の顔が浮かんだ。  老舗の挑戦という輪郭を与え、清晴堂を、ここまで連れてきたのは朱音だ。  どんな時も諦めない、希望を追うあの表情。 (……嫌がるだろうな)  理由まで、はっきり分かる。  語られ方を、誰かに預けること。  それを「安全」だと言われること。  守られる代わりに、自由が一段、削られる。  晴紀は、ペンを握り直した。  食い下がった。  だが、この線だけは引かせてもらえなかった。 (分かってる)  今は、必要だ。  会社を生かすために。  それでも、いつか——  この線を、引き直す日が来る。  そう思いながら、署名欄に名前を書いた。 ***  その日の午後。  公式会場とは別に設けられたプレスルーム。  そこには、前日の熱を切り落とした、整えられた静けさがあった。  照明は抑えめで、壁際にロゴボード。  記者たちはすでに配置につき、開始を待っている。  その入口で——  晴紀の足が、わずかに止まった。  ルカ・ベルナール。  そして、その隣に立つ、いずみ。  偶然を装うには、近すぎる距離。  仕事の同席だと分かる並び方。  視線が合う。  ルカは、軽く顎を引いた。  敵意も、挑発もない。  ただ、「ここにいる」という事実だけを示す仕草。  いずみは、一瞬だけ視線を伏せ、すぐに逸らした。  晴紀の表情が、わずかに硬くなる。  怒りを浮かべるほどじゃない。  でも、感情が一段、内側に沈む。  私は、その横顔を見て、何も言わなかった。 (……まだ、悠斗さんのことは分からない) (でも)  胸の奥で、嫌な予感だけが形にならずに残る。  今ここは、感情を出す場所じゃない。
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第78話 責められた瞬間、彼女は青ざめた

 いずみは、振り向いた。  その動きは、ゆっくりだった。 「……なんですの?」  声は落ち着いている。  少なくとも、表面上は。  晴紀は、一歩だけ距離を詰めた。 「悠斗が、行方不明になった」  前置きはなかった。  事実だけを、静かに落とす。  いずみの動きが、はっきり止まった。  一瞬、呼吸を忘れたみたいに見えた。  次の瞬間、顔から血の気が引いていくのが分かる。 「……え?」  声が、掠れていた。  聞き返した、というより——  現実を受け止めきれずに、音がこぼれた感じ。  指先が、わずかに震える。  肩が浅く上下して、呼吸が乱れる。  朱音は、その変化から目を離さなかった。  ——演技じゃない。  驚きを装っている様子もない。  本気で、怯えている。 (……何か、知っているの?) (それとも——何も、知らない?) 「日本で。  駐車場に車を残したまま、連絡が取れない」  周囲の音が、少し遠のく。 「展示会の直前に、経理部長の坂東が姿を消して。  その直後に、あなたがルカの隣に立っていた」  責める声じゃない。  でも、逃がさない。 「……偶然だと思えと?」  その言葉に、  いずみの肩が、はっきりと強張った。 「……ち、違いますわ……」  声が、かすかに震える。  否定しようとして、息が詰まったように言葉が途切れる。  唇が、わずかに開いたまま、閉じられない。  視線が泳ぎ、落ち着きどころを探している。 「わたくし……本当に、何も存じませんの」  丁寧な言葉遣い。  けれど、語尾が揺れていた。  弁解するための調子じゃない。  怖さを抑えきれずに、必死で形を保っている声。 「そのようなこと……考えたことも……」  最後まで言い切れず、言葉が、喉の奥で消えた。  指先が、きつく重ねられている。  手袋越しでも分かるほど、力が入っていた。  その沈黙に、晴紀の感情が、ほんの少しだけ滲んだ。 「関係ないなら、そう言えばいい。  でも——」 「……君は以前に、探偵を雇って炎上させた」 「晴紀」  私が、遮った。  声は強くない。  けれど、はっきりしていた。 「ここじゃない」  晴紀が、こちらを見る。  怒りが消えたわけじゃない。  でも、理性が戻
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第79話 この会社を一番愛してる人間がなるべきなんだと思う

 機体が、ゆっくりと滑走路を離れていく。  窓の外、シャルル・ド・ゴール空港の誘導灯が、朝の光に溶けていった。  ふっと、重力が変わる。  ——本当に、帰るんだ。  展示会。プレス。契約。  怒涛の数日間が、ようやく現実から切り離されていく。  隣を見る。  晴紀は、肘掛けに腕を乗せたまま、窓の外を見ていた。  眠ってはいない。  ただ、起きているには、静かすぎる。  並んで座っているのに、  まだ、どこかに距離が残っている気がした。  ——あのロビーの空気が、完全には消えていない。  しばらくして、シートベルト着用サインが消える。  機内が、ようやく落ち着きを取り戻す。  窓の外は、雲の海だった。  私は、少しだけ迷ってから、声をかけた。 「……大丈夫?」  晴紀が、わずかにこちらを見る。 「悠斗さんのこと、心配だね」  一瞬、言葉が止まったあと、短く息を吐いた。 「……そうだな」  それだけだった。  でも、その一言が、やけに重かった。  私は、膝の上で指を組み直す。 「……悠斗のこと、ちゃんと話してなかったな」  私は、そちらを見る。 「うん」  短く答えると、彼は少しだけ困ったように笑った。 「……あいつさ」  声は低く、機内の空気に溶けるみたいに静かだった。 「海外のMBA出てて、数字も論理も、俺よりずっと得意なんだよ」 「知ってる」  言った瞬間、少しだけ空気が和らぐ。 「知ってるのか」 「うん。  会議のとき、だいたい悠斗さんが最後にまとめてた」  晴紀が、わずかに口元を緩めた。 「……そういうとこ、よく見てるよな」 「仕事だから」 「それでも、だよ」  短い沈黙。  それから、晴紀は少しだけ言いにくそうに続けた。 「昔は……ちょっと、コンプレックスあった」  私は、何も言わずに聞く。 「兄なのにさ。  経営のことも、資金繰りのことも、制度のことも……あいつのほうが、ずっと分かってた」  指先が、肘掛けの縁を軽くなぞる。 「正直、何度か思った。  ……社長、あいつのほうが向いてるんじゃないかって」  胸の奥が、少しだけ締まる。 「でも?」  私がそう聞くと、晴紀は、小さく笑った。 「あるとき、あいつに言われたんだよ」  ——ふっと、視線が少し遠
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第80話 監禁された部屋で、兄さんを信じている

 天井の染みを、もう何度見ただろう。  白だったはずの天井はところどころ黄ばんでいて、細いひびが走っている。  照明は弱く、影ばかりが濃い。  窓はない。  空気は動かず、埃と湿気の匂いが、喉の奥に張りつく。  地下の倉庫。  ──もともとは、そんな用途の場所だったのだろう。  壁際には使われなくなった棚があり、空の段ボールが無造作に積まれている。  床はむき出しのコンクリートで、背中越しに冷たさがじわじわ伝わってくる。  両手には、細い鎖のついた手錠。  長さはある。立ち上がれるし、数歩なら歩ける。  だが、逃げられる長さじゃない。 (……トイレには行かせるつもり、か)  そういうところだけ、妙に現実的だ。  意識が落ちる前の記憶を、ゆっくり辿る。  あの日の夜。  会社を出る直前、スマートフォンが震えた。 『少しだけ時間をもらえませんか』  坂東からだった。  指定されたのは、会社から徒歩数分のセルフサービスのカフェだった。  店内に入ると、坂東はすでに席にいた。  背筋を伸ばし、膝の上で手を組んでいる。  いつも通りの姿勢。  ただ、目だけが落ち着かなかった。 「すみません、急に」 「いえ」  向かいに座る。  一拍、間があった。  坂東は、視線を落としたまま、言った。 「……コーヒー、持ってきます」 「いえ、自分で——」 「……いえ」  声が、少しだけ強かった。  言い切って、立ち上がる。  カウンターへ向かう背中は、どこか硬い。  しばらくして戻ってきた坂東は、紙カップを二つ持っていた。  テーブルに置くとき、わずかに手が震えていた。 「……どうぞ」 「ありがとうございます」  悠斗は、自然に受け取る。  ブラック。  香りも、色も、いつものコーヒーだった。  一口、飲む。  苦い。  普通の味だった。  だから、その瞬間は、何も疑わなかった。  坂東は、自分のカップにはほとんど口をつけなかった。  ただ、ずっと、悠斗の手元ばかりを見ていた。 「……坂東さん?」  声をかけると、坂東はびくりと肩を揺らした。 「……あ、いえ……」  言葉が続かない。  沈黙が落ちる。  その沈黙の中で、坂東はようやく口を開いた。 「……俺は、間違えたんでしょうか」
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