深夜二時。 悠斗は、自宅のデスクで、再び端末を開いていた。 眠るつもりだった。 だが、あの着信が頭から離れない。 知らない番号。 短すぎるコール。 番号検索にかけても、情報は出てこない。 プリペイドか、転送。(……本気だな) 監査資料の件。 経理修正。 警備員の言葉。 全部が、展示会の「後」を見据えた動きだ。 ——負けた場合じゃない。 勝った場合の処理。 悠斗は、ゆっくりと背もたれに体を預けた。(……時間がない) 守るための準備は、もう間に合わない。 必要なのは——「……公開、か」 独り言が、静かな部屋に落ちる。 内部で潰されるなら、 外に出すしかない。 だが、それは—— 清晴堂だけでなく、神園家も、坂東も、全部を巻き込む選択だった。 端末の画面に、未送信の下書きが並ぶ。 《展示会後、即時公開用資料》 《想定Q&A》 《メディア対応フロー》 覚悟を決めるには、まだ一晩、必要だった。 窓の外で、遠くサイレンが鳴る。 展示会まで、あと—— 一日。*** まだ朝は早かった。 パリの街は目を覚ましきっておらず、展示施設の周囲も、通勤の流れから少し外れた静けさに包まれている。 それでも—— 《ルミエール・ガトー展示会》の会場だけは、すでに動いていた。 一般来場者が入る前。 設営が最終段階に入り、評価だけが先に始まる時間帯。 自動ドアを抜けた瞬間、空気が変わる。 磨き上げられた床。 白を基調にしたブースが規則正しく並び、その間を、黒いスーツや上質なコートに身を包んだ人々が静かに行き交っていた。 足取りは落ち着いているのに、無駄がない。 視線は、すでに「見るべきもの」を探している。 聞こえてくるのは、フランス語、英語、時折混じる他国の言葉。 笑顔と名刺交換。 抑えた声で交わされる、短い評価。 甘い香りが、まだ薄く漂い始めたばかりの空間に、金属とガラスの冷たい気配が混ざり合う。 自分たちのブース前で足を止め、私は会場全体を一度だけ見渡した。 どのブースも、すでに形は整っている。 完成度も高い。 ——だからこそ。(ここで、何を見せるか) 味じゃない。 見た目でもない。 構造。 清晴堂が、ここに立った理由を。 私は名札を確認し、 設営図面をもう一度だけ目でなぞる。
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