天井の染みを、もう何度見ただろう。 白だったはずの天井はところどころ黄ばんでいて、細いひびが走っている。 照明は弱く、影ばかりが濃い。 窓はない。 空気は動かず、埃と湿気の匂いが、喉の奥に張りつく。 地下の倉庫。 ──もともとは、そんな用途の場所だったのだろう。 壁際には使われなくなった棚があり、空の段ボールが無造作に積まれている。 床はむき出しのコンクリートで、背中越しに冷たさがじわじわ伝わってくる。 両手には、細い鎖のついた手錠。 長さはある。立ち上がれるし、数歩なら歩ける。 だが、逃げられる長さじゃない。 (……トイレには行かせるつもり、か) そういうところだけ、妙に現実的だ。 意識が落ちる前の記憶を、ゆっくり辿る。 あの日の夜。 会社を出る直前、スマートフォンが震えた。 『少しだけ時間をもらえませんか』 坂東からだった。 指定されたのは、会社から徒歩数分のセルフサービスのカフェだった。 店内に入ると、坂東はすでに席にいた。 背筋を伸ばし、膝の上で手を組んでいる。 いつも通りの姿勢。 ただ、目だけが落ち着かなかった。 「すみません、急に」 「いえ」 向かいに座る。 一拍、間があった。 坂東は、視線を落としたまま、言った。 「……コーヒー、持ってきます」 「いえ、自分で——」 「……いえ」 声が、少しだけ強かった。 言い切って、立ち上がる。 カウンターへ向かう背中は、どこか硬い。 しばらくして戻ってきた坂東は、紙カップを二つ持っていた。 テーブルに置くとき、わずかに手が震えていた。 「……どうぞ」 「ありがとうございます」 悠斗は、自然に受け取る。 ブラック。 香りも、色も、いつものコーヒーだった。 一口、飲む。 苦い。 普通の味だった。 だから、その瞬間は、何も疑わなかった。 坂東は、自分のカップにはほとんど口をつけなかった。 ただ、ずっと、悠斗の手元ばかりを見ていた。 「……坂東さん?」 声をかけると、坂東はびくりと肩を揺らした。 「……あ、いえ……」 言葉が続かない。 沈黙が落ちる。 その沈黙の中で、坂東はようやく口を開いた。 「……俺は、間違えたんでしょうか」
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