その言葉は、ちょうど個室へ入ってきた蒼介と涼平の耳に入ってしまった。涼平は呆れた顔で元を見た。「おい元、何を考えてるんだ。せっかくの食事の席なのに、杏奈の奴を呼ぼうとしてどうするんだ。せっかくの雰囲気が台無しだろ」何かを思い出したように、涼平は言葉を継ぐ。「蒼介もさっき、杏奈をじっと見ていたろ。あの女をどれだけ嫌ってるか知らなかったら、よりを戻したいのかと勘違いするところだったぜ」言った本人に悪意はない。だが、蒼介の胸にはチクリと刺さった。小春の隣に座っていた紗里が静かに顔を上げ、探るような口調で言った。「蒼介。彼女は小春ちゃんのお母さんなんだし、せっかく見かけたのに挨拶もしないのはどうかと思うわ。挨拶くらいしてきてもいいんじゃないかしら?」他の者が口を挟む間もなく、涼平がすかさず割り込む。「いやいや、紗里さんまで何言ってんだ。あの人が来たら絶対に空気が重くなるだろ?」「いいから、お前は黙ってろ」元は涼平の言葉をピシャリと遮ると、蒼介に向き直った。「俺も紗里と同じ考えだ。せっかくみんなで飯を食いに来てるんだし、一緒でもいいじゃないか」正直なところ、元自身にも自分の気持ちがよくわかっていなかった。あの日、杏奈に助けられて以来、ふとした拍子に彼女の姿が脳裏をよぎるようになっていたのだ。思い出すたびに、あの日の彼女の言葉や態度に腹が立つというのに――それでも、気づけばまた考えている。当初は、ただの気の迷いだと自分に言い聞かせていた。命の恩人を気にかけるのは当然で、どうやって恩返しをするか考えているだけなのだと。そんな思いも、二、三日もすれば消えるものだと思っていた。円香が杏奈を連れて「浮気現場」に乗り込んだあの夜、元が前に出ず、会場の隅からただ傍観していたのもそれが理由だった。彼女を目にするたび、なぜか鼓動が早くなる。複雑で、どこか慣れないその感覚に、元は戸惑いを覚えていた。しかし今日、杏奈と再会した瞬間――とりわけ、彼女が見知らぬ男と笑顔で言葉を交わしているのを見た瞬間、ずっと抑え込んでいた感情の堤防が一気に決壊した。もう、どうにも止めようがなかった。そこで元は、さりげなさを装い小春から電話をかけさせてみた。しかし、繋がらない。それが今のこの騒動へと繋がったわけである。彼らのやり取りを聞いていた蒼介は、さして反
Read more