Alle Kapitel von 氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜: Kapitel 21 – Kapitel 30

51 Kapitel

第20話『一方その頃、祖国では(2)』

 グランゼール王国の王都は、完全に機能不全に陥っていた。 夜になっても魔導灯は一つも点灯せず、街は不気味なほどの暗闇に包まれている。上水道の供給がストップしたため、平民たちは井戸や川へ水を汲みに行かなければならず、物流の要であったブラウベルト運河の封鎖により、市場から食料が完全に姿を消した。 飢えと寒さ、そして先の見えない不安。 それが頂点に達した時、ついに王都の広場で大規模な暴動が発生した。「ふざけるな! 王家は俺たちを見殺しにする気か!」「パンをよこせ! エルゼ様を追い出した馬鹿な王太子を引きずり出せ!」「聖女だか何だか知らないが、祈りで腹は膨れないんだよ!」 怒り狂う群衆が松明を掲げ、王城の正門へと押し寄せる。 本来であればこれを鎮圧すべき近衛騎士団も、給与の未払いと劣悪な労働環境(エルゼの支援打ち切り)により、すでに半数以上が職務を放棄して逃亡していた。残された少数の兵士たちも、暴徒と化した数万の民衆を前にしては無力だった。 そんな王城の執務室で、残された年老いた大臣たちは頭を抱えて絶望の淵に立たされていた。「……終わりだ。エルゼ・フォン・ブラウベルトという巨大な『心臓』を失った我が国は、もはや国としての体を成していない」「他国からの融資もすべて断られました。当然です、我が国は今、あのアウグスト帝国に対して『金貨一億五千八百万枚』という天文学的な負債を抱えているのですから……」「暴徒が城門を突破するのも時間の問題です。……ところで、アルフォンス殿下のお姿が見えませんが?」 大臣の一人が尋ねると、青ざめた侍従が震える声で答えた。「で、殿下は……昨夜のうちに、数名の護衛とミリア様だけを連れて、王城の裏口から馬車で逃亡なされました……っ!」「な、なんだとぉぉぉっ!? 国と民を見捨てて、自分だけ逃げ出したというのか!」 大臣たちの悲鳴が、暗く冷たい城内に虚しく響き渡った。 こうしてグランゼール王国は、実質的な指導者を失い、完全なる崩壊の時を待つだけの「巨大な廃墟」と成り果てたのである。 ◇◇◇ 一方その頃。 国境を越え、アウグスト帝国へと続く街道を、一台の馬車が土埃を上げて疾走していた。「……くそっ! なぜこの王家専用の馬車は、こうも揺れるのだ! 尻が割れそうではないか!」 馬車の中で、アルフォンス王太子が苛立たしげに声
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第21話『招かれざる客(不良債権)の来訪』

 建国祭の熱狂から数日が過ぎ、アウグスト帝国の帝城は通常の落ち着きと、さらなる活気を取り戻していた。「……以上が、建国祭期間中の特別消費税の概算と、来月以降の経済波及効果の予測データです。各ギルドへの再投資配分については、資料の三ページ目を参照してください」 帝城の豪奢な大広間。 私は巨大な円卓の上座に立ち、数十名の帝国貴族や重鎮たちを前に、完璧な決算報告(プレゼンテーション)を行っていた。「素晴らしい……! 祭りの熱狂をただの散財で終わらせず、即座に次の投資へと回すサイクル。我々には到底思いつかない発想です!」「さすがは我らが財務卿閣下! この数字を見れば、他国も帝国の経済力にひれ伏すしかありませんな!」 かつては私を「他国から来た小娘」と見下していた保守派の貴族たちも、今やすっかり私の提示する『圧倒的な利益(数字)』の虜となり、忠実な株主のように拍手喝采を送っている。 私が満足げに頷き、会議を締めくくろうとした、その時だった。「た、大変申し上げにくいのですが……財務卿閣下!」 大広間の重厚な扉が開き、警備担当の近衛騎士が困惑しきった顔で入ってきた。「どうしましたか? 本日のアポイントメントはすべて消化したはずですが」「そ、それが……。城の正門に、『グランゼール王国の使節団』を名乗る者たちが押しかけておりまして。アポイントも身分証もないため追い返そうとしたのですが、『我々はエルゼの婚約者だ! 顔パスで通せ!』と騒ぎ立てており……」 その報告を聞いた瞬間、大広間の空気がピシリと凍りついた。 帝国貴族たちの顔から笑みが消え、代わりに強烈な嫌悪と、信じられないものを見るような侮蔑の色が浮かぶ。「……グランゼール王国、だと?」「我が帝国の心臓(財務卿)を不当に追放し、あまつさえ金貨一億五千万枚もの負債を抱えたまま逃げ回っている、あの無能の集まりか!」「アポイントもなしに帝城に乗り込んでくるとは、野蛮にも程がある! つまみ出せ!」 貴族たちが口々に怒りの声を上げる。 無理もない。彼らにとって、私は今や帝国の繁栄を支える『至宝』である。それをゴミのように捨てたかつての婚約者など、不快な害虫以外の何物でもないのだ。 しかし、有能な経営者である私は、一切の感情を交えずに冷静に状況を分析した。(なるほど。祖国のインフラ停止と経済破綻によるキ
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第22話『元婚約者の勘違い』

 アウグスト帝国の帝城、大広間。 豪奢なシャンデリアの下で、空間そのものが凍りつくような、極限の緊張感が張り詰めていた。「レオンハルト陛下、ルカ殿下。お二人はどうかお下がりください。これは私個人の『不良債権処理』の範疇です。帝国のトップが自ら手を下すような案件ではありません」 私は、圧倒的な殺意を放つレオンハルト陛下と、今にも業火を放とうとしているルカ殿下を手で制した。 ここで彼らにアルフォンスを消し炭にされてしまえば、グランゼール王国が負っている『金貨一億五千八百万枚』の債権回収が面倒なことになる。それに、私有地(帝国)に不法侵入してきた輩の処理は、財務卿たる私の責任において完遂すべき業務だ。「……君がそう言うなら、一応は引いてやろう。だがエルゼ、そこの汚物が君の視界をこれ以上穢すというなら、私の理性がいつまで保つかは保証できないぞ」 レオンハルト陛下は不機嫌そうに目を細め、私の背後にピタリと寄り添うように立った。その手は私の腰に回され、まるで「これは私のものだ」と誇示するような強い独占欲を感じさせる。「僕だって我慢してるんだからな! そいつがエルゼに一歩でも近づいたら、足から順番に炭にしてやる……!」 ルカ殿下もまた、私の反対側に立ち、アルフォンスを射殺すような黄金の瞳で睨みつけている。 帝国の最高権力者二人に両脇をガッチリとホールドされ、私は一つため息をついてから、床にへたり込んでいる元婚約者——アルフォンスを見下ろした。「さて、アルフォンス元殿下。このような身なりで帝城へ押し入り、何のご用件でしょうか。先ほど『私を救い出しに来た』という、意味不明な音声が聞こえましたが」 私が冷徹に問いかけると、アルフォンスは弾かれたように顔を上げた。 彼はレオンハルト陛下とルカ殿下の圧倒的な威圧感に青ざめながらも、なぜかその目に「悲劇のヒロインを救出する英雄」のような、痛々しい光を宿して立ち上がった。「そ、そうか……! 事情は察したぞ、エルゼ!」「事情、ですか?」「ああ! なぜお前がそんな作り物のような冷たい顔をしているのか。なぜ、その野蛮な皇帝や皇子に無理やり抱き寄せられているのか! すべて理解した!」 アルフォンスはビシッと私を指差し、大広間に響き渡る大声で叫んだ。「お前は、この帝国の連中に弱みを握られ、無理やり酷使されているのだろう
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第23話『公開処刑〜帝国財務卿の冷徹なる計算〜』

 アウグスト帝国の帝城、大広間。 先ほどまでの華やかな夜会の空気は完全に消え去り、そこは今や冷酷な「債権回収(取り立て)」の法廷へと変貌していた。「セバス、プロジェクターの起動を」「かしこまりました、お嬢様」 私が指を鳴らすと、セバスが魔導プロジェクターのスイッチを入れた。 大広間の照明が一段階落とされ、空中に巨大な光のパネルが浮かび上がる。そこに投影されたのは、緻密なグラフと、末尾にゼロがいくつも並んだ暴力的なまでの「数字」だった。「さて、アルフォンス元殿下。現実逃避は終わりです。貴方の国(会社)が現在どのような経営状態にあるのか、客観的なデータで振り返ってみましょう」 私は指示棒(ポインター)を手に取り、空中のパネルを指し示した。「現在、グランゼール王国が我がアウグスト帝国に対して負っている債務総額は、元本だけで『金貨一億五千八百万枚』。これに、貴方が婚約破棄(契約不履行)を宣言した日から発生している法定遅延損害金5パーセントが加算され、本日の時点で『金貨一億六千五百九十万枚』に膨れ上がっています」「な……っ、い、一億六千……!?」 アルフォンスが目をひん剥き、口をパクパクと動かした。「い、いいや! そんな馬鹿げた金額、認められるはずがない! だいたい、お前の家が勝手に国に出資していただけだろう! なぜそれが帝国の借金にすり替わっているのだ!」「先日もお伝えしたはずですが? 私は帝国にヘッドハントされる際、持参金としてその債権を帝国に譲渡したのです。合法的な債権譲渡手続きは完了しており、現在の債権者はレオンハルト陛下(アウグスト帝国)です」 私が淡々と事実を告げると、大広間の帝国貴族たちから一斉に嘲笑が漏れた。「自国の首根っこを握るスポンサーを自ら追い出しておいて、借金は踏み倒すつもりだったのか。厚顔無恥にも程がある」「グランゼール王国の一年の国家予算は、確か金貨二千万枚程度だったな。つまり、国家予算の八年分を一括で返せと言われているわけだ。破産確定だな」 貴族たちの容赦ないヒソヒソ声が、アルフォンスの耳を打つ。「う、嘘だ! これは捏造だ! 私は王太子だぞ、こんな書類のサインなど無効に——」「無効にはできません。セバス、原本の投影を」 空中のパネルが切り替わり、一枚の契約書が映し出された。 そこには、アルフォンスの不格好
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第24話『聖女の涙は、一ミクロンも役に立たない』

 大広間の床にへたり込み、レオンハルト陛下の覇気の前にただ震えるだけの「無職の多重債務者」となったアルフォンス。 彼が完全に心を折られ、使い物にならなくなったのを間近で見ていたミリアは、内心で猛烈な焦りと計算を巡らせていた。(ど、どうしよう! アルフォンス殿下がこんなに役立たずだったなんて! このままじゃ、私まで奴隷にされちゃう……っ! いや、私にはまだ『女の武器』と『聖女』の肩書きがあるわ!) 彼女はチラリと、玉座の前に立つ二人の最高権力者——レオンハルト陛下とルカ殿下を見上げた。 どちらも、アルフォンスなど足元にも及ばないほどの圧倒的な美貌と権力を持っている。特に、ルカ殿下はまだ若く、年上である自分(ミリア)が甘えれば、コロッと騙せるのではないか。 そう判断した彼女は、瞬時に目に涙を浮かべ、か弱き悲劇のヒロインの仮面を被った。「ひぐっ……ううっ……」 静まり返った大広間に、わざとらしい嗚咽が響く。 ミリアはよろよろと立ち上がり、アルフォンスを見捨てて、ルカ殿下の方へと数歩近づいた。「ル、ルカ皇子殿下ぁ……どうか、どうかお慈悲を……っ!」 彼女は両手で顔を覆い、指の隙間からルカ殿下を上目遣いで見つめながら、その場に膝をついた。「私、何も知らなかったんですぅ! アルフォンス殿下が勝手にエルゼ様を追い出して……私はただ、聖女として国のために祈っていただけなのに……っ。エルゼ様は、私が殿下に愛されたのが気に入らなくて、私を虐めてるんですぅ!」 ポロポロと、見事なタイミングで涙の粒が床に落ちる。「可哀想な私を、どうか助けてくださいませ……! 殿下のような優しくて強い方に守っていただけたら、私、殿下のために一生祈りますからぁ……!」 ミリアは胸元を少しだけ強調し、最も自分が可愛く見える角度でルカ殿下にすがりつこうとした。 どんな男でも、女の涙には弱いはずだ。ましてや、冷徹なエルゼと違って、自分はこんなにも庇護欲をそそる愛らしい存在なのだから。 彼女はそう確信していた。 しかし。 ルカ殿下は、ミリアが差し出した手を握るどころか、汚い虫でも見るような目で彼女を見下ろした。「……お前、頭大丈夫か?」「えっ……?」「エルゼがお前を虐めてる? 嫉妬してる? はっ、冗談きついな。エルゼにとってお前なんて、道端に落ちてる石ころ以下の『無価値なゴ
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第25話『皇帝の逆鱗』

 大広間の床には、ルカ殿下の圧倒的な魔力圧に当てられ、完全に白目を剥いて気絶した自称聖女ミリアが転がっていた。「ひ、ひぃぃっ……! ば、化け物め……っ!」 その光景を間近で見せつけられたアルフォンスは、ついに完全に腰を抜かし、無様に後ずさった。 頼みの綱であった「聖女の奇跡」も「女の涙」も、この帝国では一ミクロンの価値も持たない。武力(魔力)でも論理(数字)でも完膚なきまでに叩きのめされ、彼に残された手札は、もはや何一つなかった。 しかし、己の非を認める知能すら持ち合わせていない愚者は、絶望の淵に立たされてなお、致命的な「選択ミス」を犯す生き物である。「お、お待ちください、レオンハルト皇帝陛下!!」 アルフォンスは震える声で叫び、床に這いつくばったまま、玉座の前に立つ黒衣の皇帝を見上げた。 彼の中の浅はかな計算が、最後の悪あがきを導き出したのだ。ルカやエルゼのような「頭のおかしい連中」ではなく、同じ一国のトップである皇帝にならば、為政者同士の『政治的な取引』が通じるはずだ、と。「へ、陛下! 同じ王族として、為政者として、私の言い分を聞いていただきたい! そこのエルゼという女は、確かに頭は回りますが、女としての可愛気も血の通った温かさも一切ない、冷血な『道具』に過ぎません!」 その言葉が発せられた瞬間。 私の背後に立っていたレオンハルト陛下の気配が、ピタリと、不自然なほど完全に停止した。「……ほう?」 地を這うような、ひどく静かな声が響く。 アルフォンスは陛下の反応を「興味を持った」と勘違いし、さらに早口で捲し立てた。「あの女は自分の計算のために、平気で国や婚約者を切り捨てる毒婦です! ですが、事務処理の能力だけは多少使える! ですから陛下、こうしましょう! 私の元婚約者であるあの女を、皇帝陛下の『愛妾』でも『奴隷』でも好きにして構いません! 権利はすべて帝国に譲渡いたします!」 アルフォンスは卑屈な笑みを浮かべ、両手を擦り合わせた。「ですから……その『譲渡代金』として、我が国が抱えている一億六千万枚の借金を、すべて帳消しにしていただけないでしょうか!? 中古の女一人としては破格の値段ですが、大帝国である貴国ならば痛くも痒くもないはずです! これで互いに損のない、素晴らしい取引——」 ——カツン。 アルフォンスの言葉は、レオンハル
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第26話『債権回収のフェーズへ移行します』

 静まり返った大広間に、私の冷徹な声が響き渡った。 床に這いつくばり、恐怖で失禁しかけているアルフォンス元殿下と、気を失ったままのミリア様。かつての婚約者と、その「真実の愛」の成れの果てを、私は感情の欠片もない瞳で見つめた。「さて、陛下の御慈悲により即座の処刑は免れましたが、ここからは業務(ビジネス)の時間です。セバス、最終的な『債務確定報告書』を」「はっ。こちらに」 セバスが恭しく差し出した一束の書類。それは、私が帝国へ転職する際に持参した、グランゼール王国の全負債を現時点の金利で再計算した、いわば「死の宣告書」である。「アルフォンス元殿下。貴方の署名と王印が記された契約書に基づき、本日この時をもって、グランゼール王国が我がアウグスト帝国に対して負っている負債、金貨一億六千五百九十万枚の『即時一括返済』を正式に要求します」「い、一括……!? ま、待て、そんなの無理に決まっているだろう! 先ほども言ったが、国に戻って税を……」「却下します。現在の貴国のキャッシュフロー(現金収支)は完全にマイナスです。暴動により徴税システムは崩壊し、主要な輸出資源である魔石鉱山の採掘権も、すでに我が家が差し押さえています。貴方に『返済能力(クレジット)』など一ミリも残っていません」 私は計算機(魔導具)を一度だけカチャリと鳴らした。「有能な経営者として、回収の見込みのない債権を放置することは許されません。よって、契約条項第十八条『債務不履行時における担保権の即時行使』を発動します。貴方がたに支払う意思と能力がない以上、私は『現物』で回収させていただきます」「げ、現物……? 何を奪うつもりだ、エルゼ……!」「すべてです」 私はポインターで、空中の魔導プロジェクターに映し出されたグランゼール王国の地図を指した。「まず、王都を含む王族の直轄領。および、過去十年にわたり我が家が投資し、管理してきた運河、街道、魔導灯網の全権益。これらを時価評価し、負債の一部に充当します。……これで、金貨八千万枚分の相殺です」「な……城も、街も、お前のものにするというのか!?」「いいえ。アウグスト帝国の、です。私はあくまで帝国の利益を守るために動いていますから」 私は続けざまに、地図の残りの部分を真っ赤に塗りつぶした。「残りの八千五百九十万枚については、王族が所有する全財産、
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第27話『愚者の暴走』

 アウグスト帝国の地下深くには、重罪人や反逆者を収容するための特別監房が存在する。 魔力を完全に遮断する漆黒の特殊鉱石で覆われたその空間は、どんな高位の魔術師であってもただの無力な人間へと変えてしまう、文字通りの「底なしの牢獄」だ。「……セバス、移送馬車の手配は完了していますね?」「はい、お嬢様。正午には北部の魔石鉱山行き、および南部の土木作業所行きの護送車が到着いたします。彼らの『再就職先』への手配は万全です」 私は分厚いバインダーを小脇に抱え、薄暗い地下牢の廊下をヒールを鳴らして歩いていた。 本来であれば、帝国財務卿である私がわざわざ罪人の牢屋まで足を運ぶ必要はない。しかし、有能な経営者としては、巨額の負債を抱えた「債務者」が、労働契約書(という名の生涯奴隷契約)に自筆のサインをする瞬間までは、この目でしっかりと見届け(監査し)なければならないのだ。「開けなさい」 私が近衛騎士に命じると、重々しい金属音と共に、一番奥の特別監房の扉が開かれた。 そこには、昨夜の公開処刑で身ぐるみ剥がされ、粗末な囚人服を着せられたアルフォンス元殿下と、自称聖女ミリアの姿があった。「ひぐっ……ううっ……。嫌ですぅ、こんな臭くて暗い場所……っ。アルフォンス殿下ぁ、なんとかしてくださいよぉ……っ」 ミリアは部屋の隅で膝を抱え、ボロボロと涙をこぼしている。もはや彼女に「聖女」の面影は微塵もなく、ただの哀れな村娘にしか見えなかった。 一方のアルフォンスは、鉄格子の前に座り込み、虚ろな目で宙を見つめていたが、私が入ってきたのを見ると、弾かれたように顔を上げた。「エ、エルゼ……! 来てくれたのか!」「ええ。貴方たちが帝国(弊社)に対して負っている金貨一億六千五百九十万枚の債務に関する『生涯労働同意書』にサインをいただくためです」 私はバインダーから二枚の羊皮紙を取り出し、鉄格子の隙間からスッと差し出した。「お二人には、帝国のインフラを支える最下層の歯車として、その命が尽きるまで働いていただきます。逃亡、ストライキ、およびサボタージュは一切認められません。さあ、こちらに血判を」「……っ! ふ、ふざけるな! 誰がこんなものにサインなどするものか!」 アルフォンスは差し出された羊皮紙をバシッと叩き落とした。「私はグランゼール王国の王太子だぞ! こんな野蛮な国で、泥
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第28話『害虫駆除は迅速に(物理)』

 アウグスト帝国の地下特別監房は、二人の最高権力者が放つ桁外れの魔力と殺気によって、まるで圧縮された真空の箱のような息苦しさに包まれていた。「ひ、ひぃぃぃっ……!! こ、こないでくれっ!」 アルフォンス元殿下は完全に腰を抜かし、私の背後に隠れるようにして床を這いずり回った。手から滑り落ちた転移結晶の欠片は、ルカ殿下の黄金の炎によってすでに跡形もなく灰に変わっている。「僕の投資先(エルゼ)に刃物を突きつけておいて、無傷で帰れると思うなよ」 ルカ殿下が、黄金の瞳を冷酷に細めながら一歩前に出た。 彼が指先を軽く振るうと、目に見えない風の刃が鞭のようにしなり、アルフォンスの足首に絡みついた。「ぎゃあっ!?」 アルフォンスの体が、見えない力によって乱暴に空中に引き上げられ、そのまま牢獄の冷たい石壁に向かって凄まじい勢いで叩きつけられた。 ドゴォォォンッ!!「がはっ……!? あ、あぐぅっ……」 骨が軋む鈍い音と共に、アルフォンスが壁から滑り落ち、血まみれになって床に転がる。 だが、それだけでルカ殿下の怒りが収まるはずもなかった。彼はさらに指を動かし、風の刃でアルフォンスの両腕を拘束し、ギリギリと不自然な方向へねじり上げようとする。「ルカ、そこまでだ」 レオンハルト陛下が、低く冷たい声で弟を制した。 しかしそれは「慈悲」からの制止ではない。獲物を完全に解体するのは、トップである自分の役目だという、純粋な独占欲からの言葉だった。 レオンハルト陛下は、コツン、コツンと重々しい足音を立てて、壁際で呻くアルフォンスを見下ろす位置に立った。「へ、陛下……っ、お、お慈悲を……! わ、私はただ、エルゼを国へ連れ帰ろうと……っ」「……この期に及んで、まだ言い訳ができるとは。その薄汚い口を縫い合わせろと命じたはずだが、少しでも手加減されたと勘違いしたか?」 レオンハルト陛下は、革靴の底で、アルフォンスの右手を無造作に踏み躙った。「ぎぃっ!? ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 メキメキと、骨が砕ける生々しい音が地下牢に響き渡る。 アルフォンスの絶叫が木霊するが、レオンハルト陛下の表情は夜の海のように冷たく、一切の揺らぎがない。ただ、極上の宝物に傷をつけようとした羽虫を、最も残酷な方法で駆除しているだけだ。「貴様のその手は、二度と誰にも触れられないよう、完全に粉砕し
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第29話『強制的な有給消化(という名の過保護な軟禁)』

 私が目を覚ましたのは、雲のように柔らかい、最高級の羽毛布団の中だった。「……はて。ここは私の執務室の仮眠用ソファではありませんね」 ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡す。 天井には星空を描いた壮麗なフレスコ画。床には足が沈み込むほどの厚さのペルシャ絨毯。そして、アンティークの家具には一つ残らず帝国最高峰の魔導細工が施されている。 どう見ても、帝城の中で最もセキュリティと格式が高い部屋——すなわち『皇帝陛下の私室』であった。 私は首元に違和感を覚え、そっと手を触れた。 昨日、アルフォンス元殿下の転移結晶でつけられた、ほんの数センチの擦り傷。そこには、傷跡一つ残さない超高位の治癒魔法がかけられた上で、なぜか『国宝級の治癒の魔石』が連なった重々しいチョーカーが、包帯代わりにぐるぐると巻かれていた。「……過剰包装(オーバースペック)にも程がありますね。これでは肩が凝って計算機が叩けません」 私がため息をつきながらチョーカーを外そうとした、その時。「駄目だ、エルゼ。その治癒のチョーカーは、君の細胞の隅々まで魔力が浸透するまで、あと三日は外してはならないと宮廷治癒士長が言っていたからな」 音もなく扉が開き、レオンハルト陛下がワゴンを押して入ってきた。 漆黒の軍服は完璧に着こなしているが、その手にはなぜか、湯気を立てるお粥や栄養満点のスープ、そして山盛りのフルーツが乗った銀のトレイが握られている。「……へ、陛下? なぜ社長自らがルームサービス(配膳)を?」「当然だろう。私の愛しい伴侶(予定)が怪我を負ったのだ。他の誰にも世話など任せられない。さあ、口を開けなさい。私が食べさせてあげよう」 レオンハルト陛下はベッドの端に腰掛け、銀の匙でスープをすくい、私の口元へと運んできた。 さらに、部屋の窓がバサァッ! と開き、そこからルカ殿下が飛び込んでくる。「兄上! ずるいぞ、抜け駆けは! エルゼ、僕も最高級の魔力回復ポーションをゼリー状にして持ってきたから! 食後のデザートは僕が食べさせてやる!」 ルカ殿下もベッドの反対側に陣取り、キラキラした目で私を見つめてくる。 皇帝と皇子による、至れり尽くせりの完全看護体制。「あの、お二人とも。私の傷はすでに見事に塞がっています。出血も止まり、平熱です。これ以上の休息は業務の遅延を招きますので、私は執務室へ—
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